リンちゃんって呼ばないで(4)
私がカチンコチンになってからしばらくして、ステージに残っていた紫織さんや霞さんたちも出てきた。黒須第一や桜花、流星館の面々は過去に直接対決したことがあるからか、奇妙な闖入者とも会釈で挨拶を交わしていた。
ライムライトもそこに関係できるほどの実力はあったんだろうが、彼女らは白鳴の台頭時にドレソ部が危機的状況にあったため、面識はもっていないようで。
心なしか、ライムライトのお二人にいきなり「なかまなかま」と底辺チームらしい仲間意識が芽生えてしまった。けど、それぐらいは許してよね。
朝女には望むべくもない、朝から煌びやかさしかない空間なのだ。
ほんのひとかけらの同類項を見つけただけで、こちとら癒されるってもんよ。
「そいでねー、さきちーがガッコウ来てって言ったから、来てねー」
「彩姫さんに会いに、ですか」
双子の相手をするときの紫織さんは、ちゃんとお姉さんだった。
「うん、そー。入り口で学生っぽい人に聞いたら、ドレソはここって言ってて」
「さ、彩姫さんとは、さっきから電話がつながらなくて……すみません」
「紫織ちゃんはさきちーの居場所しってるー?」
「――私が彼女の私生活を存じていると、本当にお思いですか?」
「わわ、失礼つかまつりっ! 紫織ちゃんが知ってるわけないもんねー」
「ま、真奈ちゃん。失礼だよぉ……」
元気な姉の真奈ちゃんに、臆病な妹の真由ちゃん。
最近は近辺に結構な数の姉妹がいるから、関係性もバラエティ豊かに知っているけど。泉姉妹は一言でまとめれば、うーんかわいい! 海音さんが言うとおり、猫ってよりはたしかに犬かな。どっちも懐いたら近づいてきてはにかんでくれそうな愛らしさがある。まあ、ドレソは私よりもめっちゃ強いんだが。
双子ちゃんたちはどうも(年上だけど)、さきちーこと四ノ宮彩姫さん。つまり、鉄面妃と恐れられる白鳴の元副部長を探して、ここにたどり着いたとか。
当の彩姫さんは黒須第一大学に在学しているけど、ドレソ部には在籍していないらしい。そこんところ事情があるんだろうけど、下手に野次馬して紫織さんのお怒りに触れると困るので聞きづらい。あとでこっそり海音さんに聞こう。
「ねー、みんなドレソやってたのー?」
お姉さんの尋問が済むと、迷子ちゃんの意識はドレソに飛んでいた。
「ええ。私たちも泉さんたちと同じく、プロの道を選びますので」
「へー! そうなんだー!」
「わたしゃちげーっての」
「まだ、でしょう」
「たぶん、だよ」
「まったく。頑固なんですから」
「冷静なんだよ、ボケ」
「ねー、ドレソやろー? さきちー来るまでさー? ねーねー」
「ま、真奈ちゃんってばぁ。ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」
自由奔放な姉に振り回される真由ちゃん。苦労人だなあ。
真奈ちゃんのほうは見た目どおりというか、なんというか。
直球で「ドレソだいすきー!」な子みたい。
「泉さん、それよりも先に待ち人を尋ねなさい」
「えーでもー。ドレソあるんだから、さきちーだって来るんでしょー」
「来ませんよ。そもそも彼女は部員ではございません」
「えっ! ささ彩姫さん、どどドレスソード部にいないのですか!!??」
「そうですよ」
それすら知らない元チームメイトって、どんな間柄よ。
まあ、私も、離れ離れな人に関しては人のこと言えないけど。
「むむー。じゃあさきちー、どこでドレソやってるの?」
「存じ上げません。ドレスソードを続けているのかも、私は知りません」
「あはっ! なにそれー、さきちーっぽーい!」
「ええ~……どうしよっか真奈ちゃん」
「まゆちー心配しすぎ。黒須で待ち合わせって言ってたんだし、だいじょぶだよ」
「そ、そうかなぁ……」
泉姉妹のテンポについていけている人は、紫織さんと海音さんしかいない。かといって変に口をはさめる相手じゃないというか……なんだろうね。
目上の先輩で、そこに委縮してる後輩であることは確かで。
事情を知っている人同士が話し合うのも当たり前なんだけど。
たぶん、一線を感じているのだ。会話に入れない私たちが勝手に。
彼女たちもいわば、JDSの頂点だから。
さっきまでやかましかった左もゆゆちゃんも、天真爛漫な大声量に押されているのか、お行儀よく蚊帳の外を演じている。
偉い人たちの会議を聞くだけの部下って、こんな感じなのかも。
「あ、あの、紫織さん。皆さんとご挨拶させていただいても……?」
真由ちゃんがペコペコしながら提案した。
「そうですね。皆さんに失礼ですので、そういたしましょう」
紫織さんが嫌味のないキレイな所作で、泉姉妹を一歩促した。
「は、はじめまして。長野の大学に通っています、泉真由です。い、妹です」
「あー! 真由ちゃん先にズルっ子ー! 泉真奈です! お姉ちゃんです!」
彼女たちのことを知らない人はいないけど(左すら知ってた)、これは真由ちゃんの気づかいだ。私たちも「部員A」の役のままだと肩身せまいしね。
過去、白鳴と対戦したことないのはライムライトと朝女だけど、霞さんや白峰さんたちは剣道界の有名人みたいだし、JDSでも大躍進を見せたから、とくに考えもしなかったが……なんと、泉姉妹は霞さんたちのことを知らなかった。
もしや、これで意外とお高くとまってる系? そう疑う前に海音さんが横から「白鳴の奴らはドレソに興味なさすぎだから。しゃあねえな」と口を出す。
なんか納得した。興味はないけど頂点には立てる。もし彼女らがそういうタイプだとしても、納得できてしまいそうなオーラと実績がある。
それに、予想外のジャブは意外な角度から飛んできた。
「朝女? 朝女って……なんだっけー。聞いたことある。アレだよねアレ」
「あっ、真奈ちゃん。たしか、彩姫さんが鈴子さんを怒らせた学校だよ」
「あー! すずちーがめっさブチキレたやつ! そうだそうだー」
「え、えっと、私ら、なにかしちゃったんですか……?」
な、なぜに朝女は知ってるの。私らダガプリにキレられたの!?
ちょっと焦り気味に尋ねた私に対して、愛らしい双子は「なんだっけねー」「な、なんだっけ?」と小首を傾げた。そこまでは覚えていないらしい。
えー、めっちゃ気になる。「あの盾ナマイキね!」とか言われてたのか?
モヤモヤしはじめていたら、海音さんがおそらくな答えを教えてくれた。
「どーせ菖蒲のこったろ。鈴子お決まりのぶちぎれポイントだ」
「ああ、菖蒲先輩がらみですか」
「イカレ金髪が舐めたことぬかしてキレたんだろうよ。もはや目に浮かぶわ」
私にとって菖蒲先輩はただの菖蒲先輩なんだけど、彼女は不思議な縁を持っている人だから。海音さんや鈴子さんだけが分かる、なにかがあるんだろう。
「笹倉菖蒲……ですか」
ポツリと。紫織さんもつぶやいた。
「えっ、紫織さんも菖蒲先輩をご存じなんですか?」
考えなしに聞いてしまった。
「いえ、存じません」
「はあ」
そっけなさすぎて、思わず氷空みたいになってしまった。
めちゃくちゃ意味深だが、紫織さん相手には深入りできそうにない。というか今日一日は知らないことのほうが多すぎて、考えるのも面倒だ。
実際、ひと段落がついて、真奈ちゃんも同じように退屈になったんだろう。
「ねーねー! ドレソぉ! ドレソやろぉ!」
「まま真奈ちゃんやめてよぉ! ごごごめんなさいっ、もう行きますのでっ」
こっちはこっちで大変。もう、駄々をこねる娘さんとお母さんである。
真由ちゃんが真奈ちゃんの手をひっぱり、ここから立ち去ろうという動きを見せるが、対して姉は「へへん! それで動くお姉ちゃんではない!」とばかりに駄々をこね続けている。他人だからかわいいけど、身内だったらウザそう。
「しゃあねぇなぁ。おら、あっちの部屋で着替えてステージ入れ」
結局、うるさい子犬を勝たせたのは、愉快そうな狂剣だった。
根負けというより、面白いシチュエーションだからだろう。
その美人なお顔が相変わらず、意地悪そうに歪んでいる。
「やったー! さすが狂犬さん! シンパシーだねっ」
「狂“剣”だ、バカ犬」
海音さんが折れたことで、この場で急遽、泉姉妹を加えてドレソをやる流れになった。まあ、私らは引き続きファンA役だから構わないし、プロ見習いさんたちにとってもそう悪い話ではなさそう。ここまでの泉姉妹がどんなにマヌケそうに見えても、昨年のチャンピオン校の両翼であることには違いない。
個人的にも若干ワクワクしてる。小さな狼さんもあの日、JDS決勝戦で驚かせてくれたひとりだもの……あれ? ラストラウンドに出てたのってどっちだ?
姉をひっぱろうとしていた真由ちゃんは一転、真奈ちゃんにひっぱり返されてしまい、なし崩しに練習着に着替えさせられていた。そもそも着替えを持ってきてるってことは、さきちーさんとドレソをやるつもりだったのかも。
更衣室から現れた二人は、布地の薄い黒のノースリーブに、同色のショートパンツという格好だった。こうして見ると、ますます中学生。いやそれどころか小が……などと言わないであげるのは、年ごろの乙女同志の協定である。
「どーせだ。リッコちゃんたちも入れ」
「へ? えーやー、私はー……花どうする?」
「チャンスをいただけるのなら、ぜひ」
「花ちゃんはだと思ったよ。ほら、氷空ちゃんたちも。入れ入れ」
「はぁ……まぁ、いいですが」
流されるがままに、強者たちのステージに立たされることになった。私的には……ああ、いやだなあ。すごくいや。きっと、たぶん、おそらく、成長の糧にはなるのかもしれないけど、海音さんの大曲刀はすっごい痛いだろうし。紫織さんや泉姉妹を相手取っても恥かくだろうし。内心、すっっっごくいや!
そんな気持ちを見透かしているのか、肩をグイグイ押してくる狂剣。
今からでは断れそうにない。しゃあない、お出かけの恥はかき捨て。
今日も元気に叩かれてみせましょうぞ――と気分を入れ替えたとき。
ガチャ。ギイィ。またもや、入り口の大きな扉がこちら向きに開かれ。
「いた。真奈、真由、勝手に校内を出歩かないで」
開口一番。その人は高圧的な声色で、泉姉妹を叱った。
目を引くのは、色素が薄めな金色の髪。ライムライトの鬼かわいいハーフさん、藤堂メリーシャさんのプラチナブロンドに黄色みを足した感じ。
花畑で数輪摘むんだマリーゴールドで染めたような、派手すぎない淡さ。
ロングチェスターコートは起毛でベージュ色。そのポケットに両手を突っ込んで、アゴを引きながらの冷めた目線を送ってきている。
細いおみ足を包む、いい布地を使っていそうなグレーブルーのスキニーパンツが、ひざ丈の黒いロングブーツにインされているところが私の好み。
「あー! さきちー遅いよー!」
「あんたが勝手するからよ。真由も、この子に流されないで」
「ご、ごめんなさいぃ……で、でも彩姫さんも連絡とれなかったです、し……」
「は? だからなに? ケンカ売ってるの? 私に探させといて?」
「ごごごごめんなさいっ!!! ほ、ほら真奈ちゃんも謝って! 謝って!」
「あははっ。さきちーったら性格ブスのまんまやー。やーい大学ブゥス」
「ままま真奈ちゃんっ!!??」
大学ブゥスなる、意味は分かるが伝わりづらい罵倒に「ちょっと面白いかも」と思いつつ、今日はもう驚き疲れているから、ボーっと見つめてしまった。
目は細く長く見えるけど、おっきい。まつ毛パッチリ。シュッとした細長のアゴには、水が弾けそうなプルプルの小さな唇。うん、しゃらくさいことは言わない。ただの美人で、ドレソ界イチの美人で、こちらも誰でも知ってる有名人。
「いい度胸ね。真奈、こっちきな。ちょうどコーヒーのスチール缶あるから」
中学生フェンシング世界大会三連覇。剣闘の申し子。白鳴の元副部長。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。それはレイピアを素振りする風切り音。
その音が聞こえているうちは大丈夫。それが鳴り止んだら、もうおしまい。
対面相手はどうしようもなく、最初の一突きで、フェイタルに落ちる。
「おい鉄面の。ここはハチ公前じゃねぇぞ。っんとふざけてんな、白鳴はよ」
白鳴女学院の中央を優雅に歩き、突く、四ノ宮彩姫。通称――鉄面妃。
その堂々っぷりときたら、絶対最強無敵の妃らしすぎて笑えてくる。
だって彼女の両目は今も、泉姉妹以外の人物を捉えていないのだから。
次回「鉄面の妃さま、紫の御前さま」(1)。




