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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(冬)
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リンちゃんって呼ばないで(2)

「本日は本校までご足労くださり、誠にありがとうございます」

 都美人がきれい所作でお辞儀した。


 私なら「ペコリ」って感じになりそうだが。

 彼女は「スゥー」って感じになっている。お美しい。


 件の彼女、京町紫織さん。JDSの常勝校、桜花女子高等学校で昨年までクイーンを張っていたお嬢さん。しかも、一年生のころから三年連続のクイーン。七咲さんといい、海音さんといい、紫織さんといい。この世代は化け物か?


 艶のある黒髪は、3/7で分けた前髪がチャーミング。肩口に垂れる後ろ髪はビシッと横一閃に断ち切られ……あれは三式菫? バレッタタイプの和風の髪留めをかけている。文字どおり、お人形さんのごとし(薄手の練習着姿でも)。

 京都の人らしく(なのかな?)、おっとりとはんなりな空気を漂わせているが、面持ちに浮かぶ自信は、戦いに勝ってきた女性のそれ。少女の幼さと女性の麗しさを兼ね備えた、ぶっちゃけアイドル級の美人である。なにより――。


 彼女の存在は“最初から”知っていたし、海音さんの口から出るたびピンときていたけど。実際に目にしてみて、湧き上がる気持ちのピントが合った。


 私がドレソに心撃たれた、二年半前のJDS。白鳴女学院がステージに台頭した、あの日。JDS全国大会の決勝戦の場で、のちにダガープリンセスと呼ばれる七咲鈴子さんと対面していた桜花女子のクイーン。それが、それこそが――。


(すげえ! やっぱ“リンちゃん大好きシオリちゃん”だあ!)


 そう。彼女こそ、本物の“リンちゃん大好きシオリちゃん”であった。

 花も口には出さないけど、あの顔。私と同じことを思っているに違いない。


 頭に思い浮かぶのはまず、京町紫織さんこと“リンちゃん大好きシオリちゃん”が現役の女子高生であった、二〇三三年。八月下旬のこと。


 あの夏の日。“ダガープリンセス”の異名で知られるようになる、白鳴女学院のクイーンこと七咲鈴子の短剣は、「こんなにも負けるより悔しい優勝は今後一生ない気がします」と優勝会見で語った桜花のクイーンの胸元のみならず、まぬけな私を含む、全国の女子高生たちの胸元に、深く、鋭く、突き刺さった。


 そして本当の珍事件は、優勝会見後のインタビューで巻き起こっていた。


 実は当時、私はダガプリが試合に勝った瞬間、居ても立っても居られなくなり、すぐに花ん家を飛び出して、だからってべつにドレソできるわけじゃないと気づいて、すぐに花の部屋に戻った……というお粗末なムーブのせいで中継番組が終わってしまっていたので、リアルタイムでは視聴できなかったのだが。


 彼女が戦った七咲鈴子さんは、それはそれは世間に局地的ブームを引き起こすほどの試合を見せつけた。そのせいで優勝者には失礼な話だが、紫織さんへのインタビューでも当然のごとく、七咲さんの名前が真っ先に挙げられた。


 そうして紫織さん――いや、シオリちゃんはあのとき。

 とんでもない愛を、二十三分間にわたって語ったのだ。


「え、リンはすごかったかですって? なにを言っているのでしょう? リンは(紫織さんだけが口にしていい鈴子すずこさんの愛称で、ほかの人が使うと「そう呼びたくば私と決闘なさい」とブチキレると、このあと自分で鼻息荒くして語っていた)昔からずっとそう、すばらしい子です。あの子とは幼いころから同門で、リンの実家の道場で私たちは、親友のように、姉妹のように、家族のように同じ時をすごしてきました。リンは昔からああいう子ですので、とても七咲一刀流とは相いれず、そのせいで今のような状況となっておりますが、そもそもリンの剣とは亡き月を取り戻さんとする志し高き剣であるため、他人から出自の如何を口出しされたくはありません。それにラウンド2での居合い刀は、彼女なりに今の私を試してくれただけのこと。リンの粋な計らい。結果的に私がまさったのは進んだ道の違いであり、剣の差ではありません。ですから今のリンの魂はしかと、あの二つの短刀に宿っていることは明白です。そもそもリンは六歳のころから――」


 と、二十三分間。誰しもが二言程度のコメントをもらった終わりだろうと思っていたはずの形式的な場で、それから二十三分間。


 さっきまで清楚で淑やかだったお嬢さんが豹変し、紫織さんは鈴子さんことリンちゃんとの幼少期の出会いから、リンちゃんとの別れ。そしてJDSでの数年ぶりの再会と、決勝で立ち会った今の心境。それらをリンちゃんの気持ちを代弁するかのような推測と感想を交えつつ、自分のことじゃないのによくもまあここまでベラベラと流暢に淀みなくしゃべれるもんだと全視聴者に思わせるほどの勢いでリンちゃん話を怒涛の早口で展開し、優勝者である紫織さん自身が何者であるのかがまったく伝わってこないのに反し、ただひたすらリンちゃんへの愛を語りまくった。


 前例にない優勝者の(別の意味での)独壇場は終わりを見せず、最後に堪りかねたのか運営競技会のおじさんが無理やり打ち切るまで、二十三分かかった。


 その結果、あまりに異様すぎたインタビューの様子は後日、誰かの手によっていくつもの動画となり拡散された。そこで視聴数を一番稼いで有名になった動画のタイトルが、「リンちゃん大好きシオリちゃんwww(完全版)」なのである。


 あの二十三分間は、途中から「この子はなに話してんだ?」と笑わずにはいられないエンタメ性の高さで、ドレソに興味がなかった人らを引きずり込んだ。

 私も面白おかしく見させてもらったクチだけど、それよりも前にダガープリンセスに心を奪われていたので一過性の楽しみで終わっていたのだが。


 今にして思うと、すべてが謎の少女で、素性のいっさいを自ら語ることがなかった七咲さんの素顔の一端がつかめたのは、いきなり早口をかました紫織さんの功労である。もはや「ダガプリ人気爆発の第一人者」と言ってもいい。

 つまるところ、そういう親しみと敬意を込めて、人はこう呼んでしまう。


「本物のリンちゃん大好きシオリちゃんだあ」

「……あなた、なんですって? ねえあなた? 今なんておっしゃいました?」


 げえっ! 口に出てた。やばい!

 紫織さんがグイーっと、私の目前に迫ってきた。


 己の未熟さに助けを乞おうと、周囲にヘルプの目を向ける。

 やろう! 周囲のやつら、みんな一斉に目を反らした。こんの裏切り者っ!


「もう一度、聞いてあげます。あなた今、なんておっしゃいましたか?」

「ご、ご勘弁を。つ、つい口から出てしまっただけで」

「極めて不快です、その呼び名。私のことを挑発しているのでしょうか」

「しゅ、しゅみません……」

「“リン”と呼びたくば、私と決闘なさい。私は死んでも負けません。さあ!!!」

 そっちかよ。


 紫織さんは一転して「ふんすっ! ふんすっ!」と高ぶっておられる。

 鼻息が聞こえてしまっている。美人が台無し。大和台無し子

 私が悪いのは分かってる。でも、この人も残念がすぎる。


「おら、シオリちゃんよぉ。自分で蒔いた種で年下に突っかかんなよな」

「海音には関係ありません。私とリンとこの子の話です」

「ごめんなぁ、リッコちゃん。こいつ鈴子んことになると頭腐ってるから」

「は、はあ……そ、そのお、ごめんなさい。つい口にしてしまい」

「二度は許しません。そのときは覚悟なさい。私は死んでも負けません」

 海音さんがなだめ役になるくらい、怒ってるのが見て取れる。


 シオリちゃん、いいえいえ。紫織さんの前で迂闊だった。

 桜花の元クイーン。JDSは一年生と二年生のころに二連覇。

 ドレソ界の頂点の一角。それが“紫御前”京町紫織さんなのだ。


 私など、ドレソだろうがそうじゃなかろうが、簡単に踏み潰されてしまう。


「……こほん。お見苦しい姿を見せましたが、本日のご用件は立ち合いでしたね」


 彼女は私を目の外に追いやると、顔色をキリっと切り替えて話を進めた。

 決して他意はないけど。西の都の女子らしい、はっきりとした裏表だ。


 それから紫織さんは、私以外の人たちと順に挨拶を交わしていって。


「道は違えど、剣龍・剣虎の異名は存じております。お会いできて光栄です」

「真田さん、徳永さん。一昨年のJDS準決勝での手合わせ、楽しかったですね」

「丘町さんとも、二年前の全国以来でしょうか。元気な姿はお変わりないようで」

「氷空さんですね。海音から聞いています――隠し抜刀を使うようですね」

「日影さんは今や有名人ですから。私も奇抜な戦術にゾッとさせられたものです」

「あなたが猪戸さん……いえ、海音に聞いていた印象とは異なっていたもので」

「右野さんは初心者とのことで。一緒にドレソをやれること、うれしく思います」


 ほかの面々とは次々と挨拶していったが、キレイなお顔の向きはこっちには戻ってこなかった。私には挨拶すら不要ということだろうか。滑りきった口の第一印象だけで、はっきりと毛嫌いされたようだ。ははっ……せつねえ。


 けれど、この事態をスルーせずにフォローしてくれる人もいた。


「おい、大人げねぇぞイカレ女。この子がリッコちゃんだボケ。よく見ろカス」

「あ、あわわっ」

 海音さんが私の両肩をグワッと鷲掴みにし、紫織さんの前に突き出す。


「……そう、あなたが噂のシールドブロッカー。今どき奇特なことで」

「おめぇからすりゃ大抵の選手は奇特だろうよ。それより可愛がりすんな」

「悪口はそちらが先。軽はずみに愛称を奪われるのも不愉快千万。いい迷惑です」

「んなの、まずは当時やらかしたテメェに言っとけや」

「そ、それは……こほんっ。そんなことより、用件を進めましょう」


 海音さん強し。和解の道は遠そうだが、なんとなく場は収まった。

 私はひとまず輪の中心から離れて、いそいそと花と恋子ちゃんのそばに近寄る。二人とも気まずい顔をしながらも、頭をなでなでして慰めてくれた。


 心境としてはすでに「あー、もー、帰りてえ……」。ミーハー心が悪い方向に作用してしまい、この場における気持ちの居場所がすでになくなった。

 けど、残念ながら本題はここからなのである。


 正直なところ、朝女の面子に大した用事はない。ドレソ強者の宴を眺められると思えば、目にはいい刺激になるけどね。肥やしにできるのは花や氷空のような子たちだけ。ほか三人はぶっちゃけ、ステージが違うんだな、これが。

 そのうえ、ワキャワキャするハートが早くもお亡くなったわけで。知らない厳しい他人のバーベキューに潜り込んでしまったような気分でしかない。


 といっても、私が無理やり黒須第一に来ることを決めてしまった手前、一番に「もう帰るね」とは言いづらい。あとは存在感を隠してすごすしかないのだ。


 私を除いた挨拶が済むと、紫織さんがドレスソードプラットフォームを起動しに動いた。その間、海音さんが私たち十名を更衣室へと案内してくれた。

 朝女の面々も、念のため練習着は持ってきている。積極的に参加するつもりはなかったけど、見学だけじゃないかもしれないから。保険にね。まあ今は、紫織さんと同じ空間にいるのが恐ろしくて、足早に離れたいだけだけど。


 二十人くらいは余裕で入れそうな更衣室には、フリーのロッカーが並んでいた。自由に使えー、と海音さんから言われたので、入り口近くのものをテキトーに使わせてもらうことにする。ひとつ隣のロッカーは花が使うことになった。


「なっ!」

 着替えの途中、背中側から霞さんの驚きの声が上がった。


「なっ、天河さ……氷空さんもいるので、海音さんと呼ばせていただきますが」

「構わんよ」

「海音さん、プロの話を断ったのですか」

「断ったわけじゃねぇよ。まだ保留にしてるだけ」

 ありゃりゃ、初耳だ。たぶん、みんなして耳を傾けてる。


「なぜです」

「君らに剣道があるように、海音ちゃんにも天河剣術会があるんでね」

「だから、ドレソからは離れると?」

「だぁーからそこまでじゃねえって。大学の就活と同じ、考え中ってだけだよ」

「紫織さんも道場の師範代で、話を引き受けたと聞きます。であれば――」

「だぁー、うっせえっての! だぁから考え中だって! おめぇは私の先生かっ」

「? 霞瀬里奈ですが」

「は? え、おお……」

「すみません海音さん。この子、頭が残念な子なんで」

 白峰さんのフォローが入ると、会話が途切れた。


「海音姉さんは」

 代わりに声を出したのは、氷空だ。


「海音姉さんは、ドレスソードのプロにはならないのですか」

 氷空も知らなかったんだ。もしかしてこれ、天河家の重大話では?


「氷空ちゅわーん……考えてるって、今いったろ?」

「ですが」

「二者択一の話とは言わんけど、お姉ちゃんもまだ悩める大学一年生なんですよ」

「しかし」

「ドレソの産業が将来を託せるほどのものか。母さんたちも心配するだろうしな」

「まぁ、それは」


 それから海音さんは、誰に向けるでもなく愚痴りはじめた。


 ここは黒須第一大学とあって、元黒須第一大学付属高校からの進学組、かつドレソ部の選手もそれなりに在籍しているらしい。紫織さんのように外部から入ってくる人もいる。だけど、それでも、部員数は十名に満たないんだとか。

 JDSで華々しく活躍した子たちですら、大学では活動を継続しないみたいで。


 元ドレソ部の子らも、お遊びでこの地下体育場に顔を出すくらいはするという。けれど、かつてのように時間をかけて打ち込む者は少ない。力のある選手はそれなりにいるみたいだけど、今日ここに海音さんと紫織さんしかいないのは「プロの見習い相手となると顔が立たない」とかで。みんな辞退しちゃったって。


「大学でドレソなんざ、物好きなもんさ。趣味の範疇でしかねぇよ」


 主な原因は、大学以降は公式大会もなければプロの道もないから。唯一、その名を知られる無差別級大会「無双剣」も、賞品と言えば名誉だけ。

 一般的な趣味として捉えればそれでもいいってなもんだけど、結局シーズンスポーツのように、気軽にやれる場所が少ないのが祟っているようだ。


 だから、希望に夢を託すように、果たして社会的動物としての人生をかけてよいものか、否か……張本人である女子たちにはまだ判断しづらいようで。


「十年後なら、もしかしたら一言返事でプロになるべき土壌になっているかもしれんけどな。今は下手すりゃ“礎のための生け贄”だ。それでもいいって紫織みたいに入魂かましてるヤツか、おまえさんらみたいに進路で保険かけとくかしてなきゃ、後々になって哀れなドキュメンタリー映像の主演になるしかねえっての」


 悲観的で現実的な考えを責められる人は、この場にはいなかった。


(こういうときドレソって、ほんと辛気臭いよねえ……)

 明るくパッと見えるプロシーンにも、いろいろ思惑があるんだろうし。


「っつてもよ。なぁに、こちとら天下の狂剣さまだ。するようにするさ」

 そう言った海音さんだけど、練習着に着替えるのは一番遅かった。

リンちゃんって呼ばないで(3)

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