モンスターの姿形(7)
【Lady to Ready……Last Round…………On Stage.】
着装した円盾が、ドシッとした重量感を左手に課す。見るからに小柄なオブジェクトなのに、疲労しきって弛緩した筋肉には、なお荷が重い。
目線の先には、精悍な面持ちのモンスターが悠々と闊歩している。左足を引きずらないよう、まったく効いていないような所作で一歩、一歩と近づく。精いっぱいのやせ我慢。すぐにボロがでようと、今だけはレディでいてやる。
エストックの間合いまで、あと三歩、あと二歩、あと一歩――まずは。
まずはアイツの鼻っ柱、叩き折るっ!!!
「――っう!」
うめいたのは、想像以上に身体が鈍い私と、機先を突かれた花ちゃん。
円盾を力なく胸元に構えながらも、地面にぶら下げていた右手のサーベルを真っすぐに、直線で突き出す。踏み込みの速さは葉月に「遅い」と言われそうなものだったが、相手からの立ち上がりを妨げるだけの効果はあった。
パキンッ。サーベルの刺突を、守りには向かないエストックの長い光刃が、ワンテンポ遅れて振り払う。あのソードはリーチで先手を取り、対面とのアドバンテージを掌握しやすい反面、バチバチに叩き合うのは得意じゃない。
肉迫してやればペースも取り返しづらいはず。なんなら試合終了だって。
だけど、スタッと。花ちゃんが平静に右斜め後ろへ飛びのいた。普段よりも狭い舞台ゆえに、真後ろの余白をなくすのを避けたと見える。こちらは距離を詰められる体ではない。出鼻をくじいた奇襲は、気迫の一撃を見せるにとどまった。
(賢いなっ、もうっ)
こちらの非難の目つきも、どこ吹く風と流されてしまう。
もう一度同じことができれば、格闘技の試合のようにリングの角に追い詰めることもできる。そこから逃がさないためのフットワークは維持できずとも、試合を決めきるテクニックで抑え込めれば、勝算になりえる。
しかし、そんなのも現状、空想にすぎない。体は想像以上に木偶の坊だ。左腕は必死に脇を絞っていなければ、今すぐだらけてプラーンとしてしまうだろう。疲労を振りきれない左足も、さっきからモタついてばかり。長年付き添った右足との息の合った一人二脚にも、とても付き合ってくれそうにはない。
(射程はどう考えてもエストックが有利。サーベルの光刃を届かせるには、受けるか、よけるか、払うか……ううん、難しい。右足が蹴り出せても全身が追いつかない。なら……刺し違え? 分が悪いっての。近づいてきてもくれなさそうだし。勝つには、どこかで身を投げないといけない。それくらいしないと近づけない)
戦術がまったくまとまらない。さっきの休憩中に考えとけよ、私。
幸運にも、花ちゃんは積極的には仕掛けてこない。意地の奇襲に警戒してもらえたようで、ジリジリと様子見している。それも長くは続かなかったけど。
「たあああっ!!!」
遠間の距離から。右手をめいっぱい伸ばした長距離砲。
「こなくそ……!」
浮ついた円盾で受ける。衝撃に左手がこぼれそうになる。こらえろ。
奇声をあげるのは、彼女にしては珍しい。こちとら剣道出の選手。相手の気勢を受けることには慣れている。たじろぎはしない。だけど慣れているから、声に込められた意味を勝手に感じ取ってしまう。「絶対に倒す」。叫びが伝わる。
そうまでして倒してやりたいんだろう。ほんと、カモ冥利に尽きるっての。
「たああっ!」
絶妙な距離からの二連撃め。揺れた円盾に狙いを定めている。
「うっ! くぅぃ……」
円盾が左腕ごと胸に叩きつけられた。痛い、なんて考えている暇もない。
ガンッ。左手はもはや胸にはりつけ。ガンッ。パワーはなくても体幹が揺れる。ガンッガンッ。突きの連打が止まらない。もうオシマイにしにきている。
ガキン! っ、つぅ。ここまで長々と遊んであげたんだから、もうちょっとくらい楽しませろっての! せっかち女! ガンッガンッガンッ。初めてリッコちゃんに共感できそう。今度会ったとき、謝罪すべきか、傷をなめ合うべきか。
胸元にベタづけされた円盾を見て、いよいよ花ちゃんの刺突が両腕や腰部に散らされる。いつもなら絶好の獲物。弾いて一転攻勢といきたいが、左手の芯はどれだけ力を込めても頼りない。どうにか受け止めるのがやっとだった。
相手の弱点を突くのはスポーツマンの正攻法。それにつなげたのはこの子自身の策。罵りはしない。それでも、頭のなかで湧いて出てくる嫌味が止まらない。
(陰気! 根暗! 性悪! サド女! 今度ぶっ叩いてやる!)
目に見える劣勢は、すでに観客にも伝わってしまっているはず。
流星館の成瀬妹、ご近所の天才モンスターを前に散る――。
そんなふうな腹立たしい、くやしい見出しを想像してしまった。
彼女の攻勢はなおも止まらず。私の体を判定ではなく、物理的に削っていく。
「――ペルセっ!」
「おいっ、ウソつき女っ!」
今日はやらないって言ったじゃんか!
反論と同じ速度で飛んできた、彼女の必殺の一撃。右半身ごと矢のようにねじり込んでくる全身突きは、これが決定打とばかりに胸を一直線に狙っている。
足元が悪い。この速さ、サーベルでも払えそうにない。真正面から円盾で止めてものけぞる。最悪転ばされる。なら――振り絞るのはここっ!
ペルセの矢じりが到達する直前、左手を胸から離して、斜めの角度で受けるように円盾を傾ける。エストックの鋭い刃先は、左手に重い感触を与え、物騒な音を立てながら盾表面を滑っていく。あとは全身全霊、技もへったくれもない。
残り火を骨の芯から使い果たすように。
強引な力技でシールドパリィへ持ち込む。
感覚の薄れた左腕を叩き起こすように、力いっぱい外側へと開く。バイオリンのごとし、ソード同士がこすれる耳障りな悲鳴が生まれる。エストックの光刃は一直線に進んだまま、狙いがそれていき、左肩の上部を通り過ぎていった。
(よしっ、あとはっ)
ペルセをいなした起死回生のタイミング。ここでフェイタルを狙う――のはまずい。思わず釣られそうになる欲望をねじ伏せる。ペルセをしのがれ、無防備を晒す花ちゃんの上半身を刺し返そうとすると、必ず「竜巻」の暴風に巻かれる。
右腕をピクッと動かし、カウンターを匂わす。それだけでいい。次の手を封じ込んでからヤる。事実、目を見張った彼女は、予想どおり上半身を沈ませて。
前に出した右足で、思いっきり床を蹴飛ばし、後ろに飛んで離れた。
「なによそれっ!」
竜巻をしない。一方的に逃げられた。
「ふー、ふー……姿さんは、竜巻を警戒するはずですから」
「そういう信頼、いらないっての」
これでは隙を見逃しただけの、ただの大マヌケだ。
「ふー……怖い、怖かったです」
「ってか、ペルセしないって言ったよね」
「そのつもりでしたが、気が変わりました」
「しらじらしい。気変わりの早い女は嫌われるよ」
この女、知性に反して品性に疑いあり。
私を狙ったペルセを狙った反撃を狙った竜巻を撃ち落とす。彼女の切り札を考慮したうえでの最大限の読み合いは、いともたやすい途中下車された。
これならペルセのあとの無防備に、刺し返せていたら勝てた。私が目先にくらんでフェイタルを狙っていたら、一体どうするつもりだったのか。それも含め、まんまと神経の図太い選択をとおされた。ひとつひとつ。ふたつみっつも。
認めるしかない。今日の日影花はすべて、私を上回っている。
実力では勝っている。これは両者同じ見解のはず。けれど試合のリードは、技巧と策略で全面的に持っていかれた。一手ごとの敗北に、心が虚脱する。
花ちゃんの手の内を敬うべき。そうと分かっていても、人は手にしていたはずの利を、己の判断でこぼしたと知ったとき、徒労感で勝手に落ち込む生物だ。
花ちゃんの攻撃は途切れている。「ふー……ふー……」。息を回復されている。さっきまでは彼女なりに焦っていた無理攻めだったと見える。
出会う前のもっと虚弱だったころは、こんな雰囲気の子だったのかもしれない。体育の授業ですぐに息を切らして、地べたに座っちゃったりしてさ。
でも今の彼女は、強靭なモンスターに生まれ変わった。
ここ一年半の努力の積み重ねが、すぐに整息を取り戻す。
「ふー……やっぱり動けませんか、姿さんでも」
「場を温めてるだけよ」
左手がなかなか上げられない。さっきのパリィ以降、プルプルしている。
「氷空ちゃんに怖い思いさせてまで研究したんです。動けないはずです」
「花ちゃんって、そういう人当たりで間違い起こしそうだから注意しなよ」
「分かってます。いつも言ってくるんですから、もう」
花ちゃんは口元だけで笑んだ。
「姿さんと戦えて、よかったです。これでようやく、自信を持てそうです」
「これからは私がエスコートされろって?」
「私、このまま、もっと上に行きたいんです」
そう言いながら、彼女はエストックを持ち上げた。
この試合に負ければ、私は苦笑しながら葉月に「負けた」と報告する。
そうなれば周囲がどう言おうと、成瀬姉妹には差が生まれる。
この試合に負ければ、私は苦笑しながら花ちゃんに「おめでと」と言う。
そうなれば周囲がどう言おうと、日影花にやられた私になる。
勝負は水物。青春は各々。なんてのたまって。
仕方なしと納得しながら毎日を生きるほかない。
この世では耳障りのいい敗戦ほど、自己弁護がはかどるものだ。
「もし、花ちゃんが勝ったらさ」
「はい」
でも、ひとつだけ恐れることがある。
それはこの子が日影花だということ。
私が想像する彼女は、倒すべき成瀬姿を倒したあと、たぶん……。
「そのとき私ら、まだ友だち?」
「そうでありたいと思ってます」
「嘘つき。そんなに器用じゃないくせに」
花ちゃんって子はさ、飛び越えた強敵はたぶん。
ポイって。捨てるのだ。
いらなくなったら。
「……姿さんのことは好きです。でも私自身、この先はまだ分かりません」
「あんた、イイ性格してるよ。ほんとに」
彼女にとって私は、一番最初の達成目標。捨てたいお荷物の第一号。踏み台にできたらそこでお役御免。憧れの姿さんから、ただの姿さんになる。
悪いとは言わない。勝って勝って前に進むには、抱えられるものに限度がある。手に持てないぶんをそばに置いておける人もいる。でも、花ちゃんは違う。
人間関係が超ヘタクソなの、この子は。他人の横を歩くのがとんでもなく下手。しかもドレソのせいで性根がさらにねじ曲がった。外面ばかりうまくなっただけ。芯が変わっていない。他人を受け付けていない。お手上げのコミュ障だ。
左ちゃんに対してもキツイ当たり方はしている。ただ、あれはどうしていいのか分からない恥ずかしさを隠しているだけ。根底にあるのも仲間への信頼。
私に対しても、同じような当たり方はしている。だけど根本は違う。徹頭徹尾、一線には踏み入らせていない。どんなに言葉や文字を交わしても、リッコちゃんの知らないパーソナルを知っていようと、私は外の人。成瀬姿は外敵なのだ。
彼女に憑りついたのは、人生初の勝利への渇望。
前の目標から、今の目標の私から、次の目標へ。
美しいまでに無神経に切り捨て、前に進む覚悟。
そこで私に用意されるのは「通り道の席」だけ。
成瀬姿は花ちゃんに、一番身近な強敵として興味を持たれた。出会った当初の甲斐甲斐しい連絡の日々は、すぐに無理しているのが分かった。「りっちゃん以外、友だちがいなくて」そう送られたメッセージにも納得できた。
いっぱいいっぱいなのだ。仲間と歩くだけで精いっぱいで、勝利に必要なものしか持ちきれなくて。仲間で手いっぱいだから、あとは敵しかいらなくて。
私はがんばって努力し、強くなれたから、ドレスソードでつながる人も増えた。彼女ほど狭量じゃないから、誰かの手をこぼさないよう優等生になった。
けれど彼女は違う。例外のリッコちゃん、朝女の仲間を除き、距離を作る。ある意味、葉月とは正反対。自らの人間的成長の機会をドレソで殺した。
リッコちゃんには感じ取れないだろう。あの子は“花ちゃんがドレソと出会い変わった”と思っている。それで満足している節もある。
そんなの、近くにいるから見えないだけのまやかしなのに。
もしかしたら、私の被害妄想かもしれない。この子のことを悪く思いすぎているだけで、実際はそれなりに、なあなあと関係が続くかもしれない。
けれど短く、深く、花ちゃんと付き合ってしまったがゆえに想像できてしまう。この子はまず、負かした私には連絡をよこさなくなるだろう。そのときにはもう、知りたいことも、つながりたいことも、虎視眈々と狙う必要もないのだから。
それがワタシの、ハナチャンのトモダチとしての役割なんだもの。
それも仕方ないよねって。友だちなんてそんなもんだよねって。分かったフリはできる。そもそも内向的な人間に「仲良くなれ!」って迫るほうがどうかしている。すまし顔で新しい人間関係に向かうのが、いいお姉さんってものだ。
たださ、いいお姉さんを気取りたかったから近づいたのに、こりゃダメだと諦めさせられて、これから一方的に捨てられる私からすれば……許せないよね。
それがどうしようもないくらい許せない。ただただ許せない。
許せないんじゃない。気に入らない。独善的な私が気に入らない。
そういうストイックに見せかけた、ただの面倒くさがり屋の傲慢さが。
べつに大事な親友にはなりたくない。秘密や本音を知る特別な人になるのもまっぴらごめん。ただただ気に入らないの。手を届かせたいもののために、手の届く範囲だけで生きて、それ以外を性格のせいにして切り捨てようとする甘えが。
ドレソ選手としても、人としても、それほど間違いではない。他人からすれば、負けた私なんて「最近連絡なくて悲しいよー、シクシク」ってだけの話だし。
でも、私にカマすつもりなのが気に食わない。
今、この試合で、この瞬間。葉月と差をつけられることになろうが、初心者にボロ負けすることになろうが、そんなのはどうだっていい。些細なこと。
この場で一番、もっとも許せないのは、このバカがバカのまんま勝ち進んで成長したふりして独りよがりのバカのままで世間に人格を認められること。そんな気に入らないやつの性根を叩き直してやれるお節介は、私にしかできない。
だからさ、花ちゃんよ。
あんた、まだまだ当分のあいだ、私を下から眺めてな?
「最後に……話し足りないことはありますか」
右手のエストックが、肩口まで上がる。剣先は私の胸に。
「その一輪花の飾り、かわいいね。似合ってるよ」
「ありがとうございます――では、終わらせます」
本日最大の気迫の構え。見る前から分かる。殺す気満々のペルセ。反対に私は、本日最低の鈍い守り。やる前から分かる。さっきペルセを弾いたときにすべてを注いだ左腕は、もう円盾を構えられない。サーベルでどうこうするのも難しい。
きた。ほらね。ペルセだ。狙いは左腕。小手が嫌いで、火傷が痛くて、たっぷり嬲られてボロボロな左手を、まだ許さないとばかりに貫こうとしてくる。
花ちゃんの全身全霊を止めるだけの力は、この円盾にはもう宿っていない。残りの力でできることと言えば、素直に左手を差し出してあげることくらい。
「たあああぁぁっ!!!!!!」
全力のペルセが飛んでくる。相打ち狙いすら困難な勢いで。
だからさ、くれてあげる。こっちだってね。
ヒカゲバナの殺し方はずっと温めてきた。
あんたが壊した成瀬姿のジンクスはさ。
いつも、左手からなんだよ。
「――だから、くれてやるって、言ってんだろうがッッ!!!!!」
言ってないけど、言ったから。この左手、持ってきな。
「なっ……なっ!?」
花ちゃんの動揺は、エストックの光刃の到達と同時だった。
彼女の暴力的な刃が、私の体を慈悲なく刺し貫く。
私がすんでのところで円盾を投げ出し、突き出した。
左の手のひらを。銀色の手甲もろとも。一直線に貫く。
【ピロッ――Damage Slash.】
右半身を投じきるペルセで、円盾ごと私を吹き飛ばすつもりであったのだろう花ちゃんの細長いエストックが、手のひらからグロテスクに突き出る。それと同時に左腕を動かし、刺突の軌道を無理やり、顔面の左横を通りすぎるようにズラした。光刃は人体に対しての物理接触がないため、本来ならこの手にソードの軌道を制限する力などない。ないが、この手に着装したアーマーの手甲が、わずかな反発力を生んだ。それはお飾りと罵られるアーマーらしく、守りには到底使えぬ、生クリームにフォークを突き刺した程度の抵抗しかなかったが、光刃の狙いはズレた。
あんたさ、やりすぎたんだよ。
そのペルセは、勝つには“全力すぎた”。
これほどの速さで突き込む、これほどまでに力んだペルセは、彼女のドレソ史上でも最大級の一撃と言えるはず。それだけに、コントロールが効くもんじゃない。高速道路を快速で走る車のように、わずかな抵抗で足を奪われる速さ。
こちとらやる前から生死を投じる賭けだったけど、願望はご覧のとおり。
エストックはハンドルもブレーキも利かず、見る見るうちに私の手のひらに侵入していき、刀身の根元をすぎて、あわや十字型の鍔まで到達する直前――。
瞬きの時間。その身を光の粒子に変え、全形を消失させた。
「っ、しまっ!」
「せいぜい左ちゃんに説教されなっ!」
――ソードの柄などの実体部分が身体接触して殴打しないよう、光刃の根元部分に人体外皮表面が触れると、打突事故防止のためにソードが緊急消失する。
乙女の柔肌を傷つけないように、ドレスソードの設計者が定めた優しいルール。普段はあまりに見ない、あってもフェイタルとほぼ引き換えになりがちな安全のための規定。それを逆手にとると、相手のソードを試合中に消去させられる。
花ちゃんも普段ならこんなヘマはしない。刺突型の選手ほどソードの緊急消失に気を配る。だから、狙いを強く意識していて、勝てそうにない相手に勝てそうになって、感情が高ぶっていて、最後の最後で力んでしまわない限りは。
ペルセで勢いあまってソードを消失させるなんてこと、起きないはずだった。
あの日、葉月がしたり顔で、私の弱点が左手だと言いふらした。
その日、花ちゃんはいつしか、私の左手を狙ってくると思った。
流星館で、日影花が右野左の思いつきのダーツを叱ったとき。
止めようもないほどに突き込ませれば、使えるかもと思った。
名づけて「苦手意識を克服するありがとう左ちゃんな左手ソード殺し」。
この名はやめておこう。左殺しなんて縮められたら、外聞が悪すぎる。
「あっ」
「いちっ」
ソードが消えた彼女の拳が、勢いのまま私の手のひらを殴る。痛いけど我慢。
身体接触ペナルティは重量ではなく、事後の減点につながる。試合中は意味をなさないし、あってもどちらの過失とも言いづらい状況だから構わない。
そして、左手の今日最後のふんばりどころ。手のひらで受け止めた花ちゃんの右拳をガシッと握りしめる。その瞬間、重量ペナルティが課せられた。一瞬、この手が切り落とされてしまったのではないかと思うほどに身体感覚をなくした。でも、おかげで“彼女の拳を握りしめた五指”は置き物のように固定され、硬直した。
その手指に、一体どれだけの力がこもっているのか、いないのか。自分でも分からない。ただ少なくとも、花ちゃんはビクンとしながらも、手をすぐに振りほどくことはできなかった。賭けに勝った。あとは締めだ。状況を理解される前に、一歩進んで密着し、サーベルで斬りつけようとして――ドッタンバッタン。
「きゃっ」
「うげっ」
左足がついてこなかった私と、つかまれた手を振りほどけなかった彼女が、優雅さのかけらもない勢いで、もみくちゃになって転んだ。花ちゃんが背中から倒れて、痛々しい声を漏らす。私も私で両膝から倒れてしまい、ひたすら痛い。
傍から見れば、私が彼女の手を握りしめたまま覆いかぶさってまたがり、押し倒しているように映りそう。ほんと、最後までサイテーな気分にさせてくれる。
「うっ、つぅぅ……っっっ!!!」
「させるかバカっ!!!」
地面に押し倒されてもなお反撃しようと、花ちゃんが空いた左手で忍者刀を振り上げようとする。その前に、私のサーベルが彼女の左手首を斬り落とした。
ゴツン! ぐぅ……いたぁい。斬撃というより、やみくもにナタで斬り下ろすような格好になってしまい、右拳がステージの床を豪快に殴った。
【ピロッ――Damage Slash.】
「はぁ、はぁ」
「ふー、ふー」
斬った花ちゃんの手から、忍者刀がこぼれた。
眼下の少女の目は澄んでいる。転倒した姿勢で腰から下にまたがられ、右手は固く握りしめられて動けない。左手もたった今斬られてソードを失った。諦めにも似た「つかれました……」といった顔色でこちらを見つめている。
結末を覚悟して、身じろぎひとつせず、場のなりゆきを私に託している。
はー、左手がない。感覚がない。左足が重い。両膝が痛い。右手も超痛い。全身ボロボロ。それで同級生を力任せに押し倒して、息も荒げていて……こんなサイテーな姿を衆目に晒している。マジで、あんただけは絶対に許さないから。
「はぁ、はぁ……動けないでしょ、花ちゃん」
「ふー、ふー……会場を盛り上げてるだけです」
強かった。苦しかった。流星館の成瀬姿を真っ向から潰すべく、思い描いたであろう勝利のための軌跡を丁寧になぞり、私を見て、聞いて、動いて、確かめてきた。この試合、彼女は私のすべてを上回り、勝利に近づいていた。
でもさ、あんた今日、浮かれすぎてたよ。確かな自信と緊張でコンディションはよさそうだったから、悪いとは言わないよ。でもね、浮かれてた。試合前も試合中も。戦術は最後まで冷静だった。でも最後だけモンスターらしく狩りに酔ってた。相手が同じくらい頭がいい、おまけに美人なハンターだってことを忘れて。
ルールに活路を見い出して、ライバルの倒し方を編み上げてきたのは、なにもあんただけじゃない。だから嫌味を言うのはやめてよね? 言いたいのは分かるけどさ。だったらその前に私のほうが言いたいっての。
できればもう二度と、私の対面に現れないでほしい。
追われてカモられて無様を晒すのは、まっぴらごめんだわ。
そうは思っても残念なことに、朝女はウチのお隣さん。
この厄介な少女は、私が流星館を卒業するまで、そこにいる。
「最後に話し足りないことは?」
せめてもの、さっきのお返し。
「姿さんの髪は、乱れてもキレイですね」
「そりゃどーも」
うれしくない顔をしてみせて、右手のサーベルの剣先で眼下をトスっと。
少女の胸に雑な角度で侵入させた。そのときの表情は、見ないであげた。
神聖なるステージに倒れたモンスターは、最後の断末魔もあげなかった。
【ピロッ――Damage Fatal.】
【Annihilation……Winner「成瀬姿」End of Stage.】
「だあああぁぁぁーーー!!! つかれたー、もー!!!」
玄関で靴を乱暴に履き捨て、二階の自室のベッドに直行。ジャージでダイブ。
試合終了後は疲れた体を引きずり、すぐに着替えて、即行で帰ってきた。
シード枠だから初日はたったの一戦。どの選手よりも楽しているけど、どの選手よりも楽できなかった。仮に反論したい青春少女がいたとしても、生け贄の解体ショーじみた凄惨な試合内容を見てもらえれば、同情してくるに違いない。
「ぼーばぼぼびばばー」
枕に顔を押しつけて、意味不明なラジオのように喋る。よだれついちゃった。
「……なに言ってるか分かんないんだけど」
部屋に追って入ってきた姉が、ブスーッと言った。
電車に乗るまでいっさい端末を見ていなかったから、会場で観戦していた葉月が「一緒にかえろ」と連絡してきていたのも知らなかった。
幸い、葉月は会場入り口でひとり立ちずさんでいたから合流できたけど、もしかしたら姉を放って、私ひとりで帰ってきちゃっていたかもしれない。
葉月はリッコちゃんと一緒に試合を見て、私たちの試合が終わったあと、その場で別れたという。それぞれの相方に、それぞれの一言を伝えるには、二人一緒だと不都合だったからだろう。観戦側もそれはそれで気苦労がある。
ま、葉月は妹の勇姿をどうこう言う前に「花ヤバかったね……」とドン引きしていたけど。むしろ、今はそこに共感してくれるほうがうれしいけど。
「ぼび、ぼべー」
鞄から取り出しておいたブサイクな恐竜を、葉月にぞんざいに返す。
「明日もあるでしょ。預けておいてあげる」
「ぶー」
そういやそっか。さっきので全部終わった気になっていた。
「疲れてない? マッサージする?」
「びびー……ぷはっ。いいー、そういう疲れじゃないし」
「会場もざわついてたし。花のアレ、来年度には規制されるかもね」
「あとに続く健全なドレソ少女たちのためにも、そうしてあげてよねー」
集団戦では活用しづらいものの、個人戦でさっきの戦術が流行すれば、来年からウィンブレは陰惨な嬲り殺しの祭典になりうる。「重量ペナルティなくなれ」と何度も脳内でわめいたけど、それはそれで攻め手に欠けるし、難しいか。
ああいう性悪な選手さえいなければ――という根本的な話は人類性善説と同じ。考えるだけムダにしかならなさそうだし。あまり期待できない。
「でも、タメになった。明日の試合終わったらさ、私とも一戦してよ」
「ぜってー嫌」
葉月もさっそく、妹イジメのピントが合ってしまったみたい。
ほんと厄介だ。このまま次、また次と戦えば、私が本当になす術もなく解体される日が訪れかねない。ドレソ選手同士、燃えるライバルというには信頼に値しない。どうせ次も、新しくも手酷い嫌がらせを考えてくるんだろうし。
そうして全国各地で成瀬姿の攻略法が共有されていくと、私のドレソ選手としての価値も目減りしていくのだ。やるせないったらないっての。
互いを高め合える、葉月の親友が羨ましくて仕方ないよ。
あんなヨワヨワで、イジイジで、性格最悪な陰気女子。
この目に映らなかったら、どれだけよかったことか。
PiPi。PiPi。枕横から伝わる音と振動。誰かからのメッセージ。
やる気になった葉月が勝手に「反省会は夜ね」と部屋を出ていったから、気だるげに音の主を確かめる。画面に映っていたのは、今一番見たくない文字。
『花ちゃん からの メッセージ』
ゲンナリした。せめて、もうちょっとくらい時間を置きなよね。今日一日に思いを馳せる夜中の手前とかなら、空気の匂いのひとつやふたつは感じ取るのに。
指先で画面をゆっくりと刺突し、開いた文には。
『次は、負けませんから』
それだけのシンプルな一文。これから先もネチネチと対策を立てて、そのうち仕返しして、いつか捨ててやる。そんな想いが込められているに違いない。妄想だけどね。最悪、来年のJDSがそうなる日ってこともある。ほんっと嫌になる。
ほんっと嫌。なんであんたが捨てようとしている友情を、縁もゆかりもまるでない私がつなぎとめる役回りなのよ。今日なんかまるで「私を捨てないで」って追いすがって押し倒すヒステリック女みたいになってんじゃん。勘弁してよ。とっくに願い下げ。いらないっての。葉月みたいに人間としてひとかけらでも成長してよ。それでこっちだって清々するんだから。それでおしまいにさせてよ。
先週だって私、怒ったよね?
『ねー、ドレソ部の部長になるんだってー?』
『まだ分かりませんが、やりたいとは思っています』
『あんたそれ、部のためリッコちゃんたちのためよね?』
『もちろんです』
『私に対抗してるだけだったら承知しないよ』
『……もちろんです』
『肩書きのためだけだってんなら、リッコちゃんに任せな』
『嫌です』
成長はしてるんだよ。でもさあ、方向性がおかしいんだよ。
なんでもっとちゃんと、見た目どおりの純真なほうにいかないかなあ。
しかも、それで勝ったら勝手に縁切るとかおかしいでしょ? 絶対に許してやんないし。追い抜かれるのもプライドが許さないし、不快ったらありゃしないし。私のほうが強いから、強者の勝手な傲慢だけど、私があんたに求めるものを理解するまでは、一生怠惰に閉じこもって、地面にはいつくばって、負け虫のまんま不思議そうな顔して、涙目で延々と私を眺めてろ。それでも絶対に負けてなんかやんないから。それにどうせ、私の次はおおかた、最近うるさいっていうメリーさんだったかなんだかって子のとこに行くつもりだったんでしょ? あんた言ってたし。
でも残念。ここがあんたの壁。世の中のために被害者はもう増やさせないから。何度挑んできても返り討ちにしてやる。あんたが改心するまでね。
成瀬姿は永遠にあんたの外敵で、お荷物で居続けるっつーのバカ。バーカ!
それにさ。あんたの“そういうところ”。ずっとずーっと気に入らないって言ってるよね? 自信を持ちたいなら、ちゃんと言いな。怒る指先で返事を書いた。
『だから、そーゆーときは“勝ちます”って言いなっ!!!!!!』
んんん……と。いつもの困り顔になっているかと思うと。
気持ちはなんだか、自然と和らいだ。
次回「You Occupy My Thoughts!!【エピローグ】」。




