モンスターの姿形(6)
スラッシュ状態での練習は、流星館でもあまりやらない。
窮地のときのタメになる、実戦的な練習ではあるけど、重い身体を引きずるのはつらいから。最後まで勝負を投げ出さない、そんな心構えを形成するには最適だけど、まともに戦えるものでもないし、部員には満場一致で嫌われている。
実際、ドレソ経験者であれば全員、口をそろえて言うだろう。
スラッシュの練習はしたくない。だって、それをすると、その日はもうおしまいって気分になるくらい――重量ペナルティを背負い続けるのは、疲れるもの。
「このっ! まともにやれっ! さっさと殺せっ!」
「ぜったい! イヤです!」
「性悪根暗女っ! ネチっこいんだよっ! 消極性ペナルティとられるよっ!」
「構いません!」
残り一分半。彼女の思いどおりの試合を続けられると、どうなるか。これまでの経験で分かる。まず、このラウンド2は間違いなくフェイタルを取られる。それはいい。そのうえで、ただでさえ疲労していた左腕は、スラッシュの重みに蝕まれて、三分という短すぎるメイクオーバータイムでは絶対に回復しきらなくなる。
そうなってしまえば、あとは彼女が思い描いたとおり。
私の左腕は、次のラウンドではまともに動かせなくなる。
「こんな、こんなあくどい戦法、見たことないわよっ!」
「うち! 朝女ですから!」
「終わったら絶対リッコちゃんに言いつけるっ! あんたの性根の腐り具合っ!」
「それだけは絶対許しません!!!」
両者の威勢に反し、試合は優雅に間延びした、お遊戯と化していた。
生かさず殺さずの見せかけの刺突。剣先に思いきり体を投げ出して、自らフェイタルになりたいくらいだが、重い左半身が、前に出たい体をせき止める。
シード枠の私が、無様な見せ物人形に成り下がっているところも堪える。
いや違う。観客に「片手でも相手と戦える成瀬姿」と見られるほうがよっぽど苦痛だ。そのような演目に思われてしまえば最後、言い訳もできなくなる。
通常、集団戦であれば人数を減らすことで有利が取れる。相手を放置して多対一を作るのも立派な戦術だ。でも、だけど、個人戦でまさかこんな、こんなスポーツ精神のかけらもない非道を行われるとは思ってもみなかった。実力勝負ではある。ではあるけど、この子のやり口は相手をドーピングに陥れるそれと同じだ。
「ぐうぅ!」
サーベルを振ろうとするだけでも、ブサイクな声が抑えきれない。
動くと重い。動かなくても重い。重すぎる荷物が、左半身に食い込む感覚。痛みはないけど、それだけに不自然な倦怠感にまみれて、毒のように体を冒す。
「ゼーハー、ゼーハー……花ちゃん、さ」
「はい」
「最初っから、この展開だけ、狙ってたの」
「はい。これだけが勝算でした。姿さんは間違いなく、私よりも強いから」
「そりゃどーも……私、左手の小手がトラウマだって知ってるよね?」
「ええ。でもこれだ、って。思ったので」
「性悪。左ちゃんに冷たいのも“左”だから?」
「それは偶然です」
「ならいいけど」
花ちゃんは臆病なけん制合戦どころか、実力不利のなかでギリギリのギャンブルを張って、手番を何度も勝ち取り、こうして形勢を逆転させた。
決して簡単なことではない。私のことを自分のペースに引きずり込めていなかったら、攻めに寄られてやられる未来だってあった。
結局、私は彼女を警戒し、安全を優先して、上級者目線で立ち回りに付き合い、賭けに出なかったたわけだけど。今はそれすらも利用されたと言える。
「ちなみにあんたさ、私が左手を火傷したって聞いたとき、どう思った」
「一日も早く、ケガが治りますようにと」
「ホンネは」
「イケる、と」
「残念。もう治ってるよ」
「火傷の影響が1ミリでも崩れるきっかけになってくれていれば、十分です」
「リッコちゃんに聞かせてやりたいわ」
「ダメです。絶対許しません」
「何様よ。自分勝手な女子め」
執拗に胸元の円盾を狙ったのは、ほかの部位の突破口を開くためじゃなかった。そんなお決まりの常道は狙っていなかった。パリィ後の反撃の円盾狙いも、私の硬直は副産物。最初から盾を狙うことが目的。だから「半分正解」なのだろう。
盾ではなくサーベルを誘って空振りさせたのも、針の穴をとおすような賭けだ。忍者刀の意味も読み違えた。無意識に用途を限定した。視界を切るよう、素直に円盾を誘導されたのもムカつく。まさか先輩方の技を盗んでくるとは。それにスラッシュに抑えたのも意図してのこと……すべてはこうして、私を壊すために。
そこまで考えていたはずがない。そう思いたい。
そこまでコントロールされるはずがない。そう思いたい。
そう思ったところで、今の私は、彼女が切り開いた結果でしかない。
吐息が荒い。座り込んでしまいたい。自殺行為でフェイタルを早められるのによっぽど注意を払っているのか、もはや誰から見ても不自然なくらい、舐めきった攻撃しかしてこなくなった。今すぐこのステージの暗幕を消滅させて、観客が私のためにしてくれるであろう正義のブーイングを盛大に浴びせてやりたい。
そんな都合のいい妄想をしたところで、戦況は変わらない。
彼女からは、私を疲れさせるためにラウンド終了直前の数秒すら費やすという、確固たる意志を感じ取れる。最低最悪のクソ女。誰が見てもクソ女。それなのに、勝利にだけ執着にし続けている彼女が美しいくらいにカッコいい。
あからさまなぎこちなさを見せ続ける一分半は、そうして過ぎていき。
【Make Over Time……5……4……3……】
制限時間の二秒前、花ちゃんがトドメを刺しにきた。
これをしのげば引き分け。試合も有利に進められる。
でも、残念なことに左腕が1センチも上げられない。
そして目の前の性悪サディストは、きっちりと私を仕留めた。
ご丁寧にも、重しのようにぶら下がる左腕を的のように刺し貫いて。
ブルブル。ささやかな被撃の振動が、筋肉をさらに痛めつける。
といっても、私の左腕はもう。
震えているのがかすかに伝わってくる程度の、感覚のない物体と化していた。
【Annihilation……Round 2「日影花」……Make Over.】
「うぐぅ……」
どてっ。メイクオーバーエリアに帰った途端、身を投げ出してお尻をついた。
重い。左腕がまだ重い。ついでに左足も。どちらも重量ペナルティから解かれて、体の一部だと認識できるくらいには動かせるようになっている。
さすがに、乙女の人体に損傷を与えるようなドレスソードではないが、左腕はずっと重いものを持ち続けたあとのようにフワついていて、力が入らない。完璧に破壊された。足はまだしも、腕は三分経ってもまともに動く気がしない。
「どうすっかなー……」
思わずひとりごちる。次のラウンドまで、あと二分を切った。
冷静に考えよう。左腕の円盾で守りはできる。弾きはよそう。この状態で繊細なことをしようとすれば失敗し、自滅する。長い経験でよく知っている。
攻めに転じるにも、左足もダルい。思いどおりに動くかどうか。コンマの時間までイメージして動かせるとは考えにくい。攻めも守りも特徴が削られた。
こうなると、お手上げかな。
花ちゃんに負けるのか、私。
いつかはこんな日がくるとは思っていたけど……今日は嫌だな。絶対に嫌。
このウィンターブレードだけは、なんとしても絶対に勝ち進みたい。
勝って勝って勝って、頂点で証明したい。してやりたい。
葉月に。あんたの妹はとんでもなく強いんだぞって。
葉月がWLDの選手に選ばれたとき、そして私が選ばれなかったとき。悔しかった。悲しかった。なにより、寂しかった。ひとりで先に行かせることになってしまった姉の背中と、ひとり置いていかれた私の後ろ姿が思い浮かんで。
口では「やったじゃん、おめでとー!」と言えた。ちゃんと喜べた。でもあのとき、私はちゃんと笑えていただろうか? 葉月の「べつに」はいつもより冴えていなかったから、たぶんどっちも下手な芝居を打ったに違いない。なにせ、リッコちゃんのなんでもない一言に揺れて、豚汁をぶちまけるくらいだったのだ。
私がWLDに姉妹タッグで選ばれなかった理由は、客観的に分かっている。それについては流星館でも、ドレソ仲間でも、ネット上の噂話でも一致している。
昨今のドレスソードは攻撃偏重。防御自体が先手を譲る行為と見られる。事実、勝つ選手は攻撃を成し遂げた人たちで、それでいて守りをおろそかにしなかった人たち。JDSで一度もフェイタルされませんでしたより、JDSで対面全員をフェイタルしましたのほうがウケがいい。そして、そういうメンバーを集めてチームを構成する以上、私の入る隙間などない。選手としての方向性がそぐわなかった。
なんともまあ、盾防御が先立つ私やリッコちゃんには苦しい時代だよ。
それに葉月は、いつも一緒の双子だったから。寂しがり屋なんだ。自分が走る速度は決して緩めないのに、溝を開けると勝手に寂しがる。厄介なお姉ちゃん。
ずっと隣の席にいついていた手前、そんな姉を支えるのが妹で、そんな姉にぶち抜かれてなるもんかな妹だったから。私自身もドレソの世界でこのまま置いてきぼりをくらうわけにはいかない。成瀬姉妹なんて、そんなもんだもの。
流星館の成瀬姿でも、ドレソ選手の成瀬姿でもなく、成瀬姉妹の姿として。
胸を張って姉と対等でいることが、私が私のままでいられる条件。
だから、この大会だけは勝ちたい。べつに有名になりたくてドレソをやっているわけじゃない。ひとりWLDで活躍するだろう葉月に、なんなら世界で負けて帰ってきた葉月に「おつかれ。私はウィンブレ優勝したけど?」くらいは煽ってやりたい。その埋め合わせで、私たちはドレソの成瀬姉妹でい続けられる。
とんだ妄想だけど、落ち込む心にはやけに面白くて、そのうち笑えてきて。これからも肩を並べて歩むために、絶対に必要な支えにしたかった。
それがどうだ。JDSで守りきった無敗の純潔は、性悪女に散らされた。
私の選手としての価値は、無名で陰険な花ちゃんに壊されたも同然だ。
花ちゃんには負けてもいい。でも一年足らずの才能には負けたくない。
あの子も私に負けたくないから、ここまでがんばってきたって分かる。
だけど負けてやると、私は私でいられなくなる。ただの成瀬姿になる。
それがどうしようもなくイヤだ。世俗まみれの名声稼ぎと言われようが。
純粋な勝ち負けだけで称え合う、立派なスポーツマンでいられなくても。
私は流星館の、流れ星の保護者気取りの、傲慢な立場の成瀬姿でいたい。
(あと、二十秒)
ああ、もう行かなきゃ。ラストラウンドがはじまる前にソードを着装しないと、遅延行為とみなされてしまう。気だるい全身を持ち上げる。
ネガティブなことを考えすぎた。いつもどおりのお姉さんな感じで、カラッとしたい。したいのに、私の前では花ちゃんがああなるように、花ちゃんの前では私もこうなる。性根がねじれている者同士、変な電波を飛ばし合っているのかも。
次のラウンドのことを考えなかったのは、さすがに現実逃避だった。どうせ考えてもできることは限られているからの思考停止であっても。
フェイタルを取れば私の勝ち。取られれば負け。また串刺しの生け贄にされても引き分けに持ち込まれれば負け。スラッシュ判定数で試合に負ける。
重い体を引きずり、いざステージへ。
そんなタイミングなのに、また笑わされてしまった。
(はは……まじ? くっそー、どこまで私を壊すんだよ)
ステージに入ろうとして、左腕を上げようとしない自分に気づき、笑いがこみ上げた。あの子、私のジンクスまで破壊しにきたのか。ひどいモンスターだ。
どうしたもんかな。酷い顔をさらしてしまいそう。悟りげに「負けるかも」って言っていそうな、苦笑めいた諦め顔。ミジメにもほどがある。やっぱり負けても華がある感じで、大人の余裕で譲ってやった感を出すのもありかな。
ふと、なにかに背中を引かれて、背後を振り向いた。
無意識だったけど、なにかに縋りたくなったんだと思う。
そこには大変都合がよいことに、不器用な姉が今朝渡してくれた恐竜のぬいぐるみが佇んでいた。ほんとブサイクな人形。ふにゃふにゃの牙を見せつけるように、口をガーって開いて威嚇している。愛嬌はあるけど、ブッサイクだ。
でも、今の私よりかは、なんぼかマシかな。
(こんな感じ?)
まねして大口を開いてみる。とても人さまにはお見せできない顔。
こいつは葉月の肝いりのお守り。あの日の剣道の大会も、高校受験の発表日も、今年のJDSの決勝戦も、ずっと近くで私たちを見守っていた。
神さまでも仏さまでもないから祈ったところでお導きはないだろうけどね。その堂々としたぶちゃいく顔を見習い、ブサイクにあがくくらいはしてみよう。
どうせ私の敵は、性悪で加虐的でおぞましいヒカゲバナ。
モンスター退治は、キレイじゃないくらいがちょうどいい。
次回「モンスターの姿形」(7)。




