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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(秋)
77/205

モンスターの姿形(5)

「ふー、おも」

 左腕をグルグル回す。試合の緊張も、円盾を構える時間も長くて疲れる。


 ラウンド1の試合時間は四分半。個人戦にしてはかなり長いほうだ。観客にはこちらが一方的にやられていたように見えるだろうけど、花ちゃんは私の胴体中心を狙っていただけ。最後まで致命打になりうる攻撃はできていない。

 終始、私だけがフェイタルに迫っていた。わりと簡単な状況ではある。時間がかかったのはけん制に付き合ったのと、ビックリの手品を用意されたから。


 よく考えたものだね。私も知らない、私自身の弱点を発見させられた。

 これだから怖いのだ。日影花という子は。見立ては間違っていなかった。


 それでも、花ちゃんが持ち込んできた戦術では今以上にできることなどない。もっとも堅牢な胸元を刺し続ける。それだけ。今の段階で刺突箇所を散らされても、私の円盾なら食べ返せる。その状況下にあることも理解しているはず。

 言ってしまえば、彼女はリスクを極限まで減らした結果、リターンの薄い攻撃手段を徹底した先で、私の隙を討ち取るしかない。それを許すつもりもない。


(悪いけど、次で決めるよ)


 彼女には悪いが、次で決める。あの子はこの一年だいぶ……どころではないほど成長し、怖がらせられたけど、たった一年では追いつかせない。


 剣道なら四年間、ドレソなら五年目。積み重ねが違う。私相手でなければ、花ちゃんの勝利を心から願い、祝い、涙交じりに賞賛だってしてあげる。

 でも当事者が自分とあれば別。格下にしてやられる上級者の役なんて、誰だってごめんでしょ? いい経験だとしても、大会では体験したくないよ。


「ふー、もうラウンド2か。早いなー」

 個人戦のメイクオーバータイムは三分と短い。隣に誰もいないのも寂しい。


 試合中でも練習中でも、ずっと左腕を上げて円盾を構えることはなかったから、血の巡りが若干悪い。火傷の二日で筋肉が落ちた? そんな言い訳をしたくなる。今日の花ちゃんはほんと、未体験の対処ばかりさせてくれる。


 さて、時間だ。左手からステージに舞い戻る。

 そういうジンクスだ。一番苦手な部位だから。


 剣道時代、ド初心者だったころの葉月に、基本的には打ってはいけない左小手を叩かれたとき。あの子もまだヘタクソだったから……打ちどころが悪くて、泣きわめくほど痛い思いをした。あれがトラウマで、私は左小手が有効打になってしまう上段だけは絶対に使わないことを決めたくらいだ。左手に円盾を持つのは武装の都合でしかないものの、痛いのが怖い深層心理が、盾で守ろうとしている。そんなふうに考える日もあった。だからせめてもの勇気を示すために、左手から戦いにおもむく。そうして私は今年のJDS、一度もフェイタルされずに大会を終えた。


 そういえばこの話を、葉月がリッコちゃんと花ちゃんに話しちゃったんだった。あの場では笑ってごまかしたけど、家に帰ってから姉の頭をはたいて――。


 不意に、ゾクッとした。


 べつにドレソじゃ、叩かれても痛くもなんともない。ブルブルするだけだけど。あの子が狙っているのが、胸元じゃなく、円盾じゃなく、私の左手だったのなら。ドレソ選手としてはいい狙いだけど、精神的に下劣すぎてクルものがある。

 マジでイイ性格してるからさ。そういうのわざわざ狙ってきそうだし。


 左ちゃんにすら共感を得られそうにないのがつらい、彼女の奥底。

 左手からくぐりぬけたステージの先で、ソードを再着装する。

 話題の張本人は、真摯な顔つきでこちらを見つめていた。



【Lady to Ready……Round 2…………On Stage.】



 ラウンド2も依然として、花ちゃんの戦術に変化はない。エストックのリーチで、ひとかけらのフェイタルを願うように、強弱をつけて胸元を狙ってくる。

 下から突き上げるように。上から突き落とすように。刺突の角度は凝っているが、到達点はいずれも円盾の圏内に収まっている。ずいぶんと徹底する。


「ペルセすれば? 今ならヤレるかもよ」

 手を返せない代わりに口で煽る。


「今日は、しません」

 花ちゃんは真面目だ。こう着状態にシビれているのは私のほうか。


 次戦も成瀬姿は一方的に攻撃されていて、一瞬の活路にだけ賭けている――そういう見方がされそうだけど、余裕なのは断然こちら側。

 彼女の刺突への対処も整い、先ほどよりコンマ数秒は早く防げる。手を出すたびに選択肢を狭める。「このままでは姿さんを倒せないかも」こういうifのマイナス感情は汚れのようにこびりついて、か弱き乙女の思考を蝕んでいくものだ。


 代わり映えのない一分。変化のない二分が過ぎる。観客にはさぞかしつまらない試合に見えることだろう。花ちゃんも甘めに小突くばかりで勢いがない。転じて、私がシールドパリィしたくなる獲物もやってこないわけだが。

 私から手を出しあぐねているのも事実。なら……もういっていいかな?


(さすがに、そろそろ動かすよ)


 状況は安定しているけど、左腕で円盾を構え続けるのもダルくなってきた。それにコツン、コツンと叩かれ続けるリズムもなんだか癇にさわる。

 すこしは説得力を見せつけなければ、名ばかりの選手になるってものだし。


「――っ」

 手ごろな、本当に手ごろな突きがきた。まるで力が入っていない。


 こういうときは、こっちで弾かせてもらうよ。

 体の重心を入れ替え、右手のサーベルを振るう。

 エストックの横っ腹を殴りつけるサーベルパリィ。


 円盾で絡めとれない甘えたけん制なら、力勝負で叩き返すのが合理的。

 ふたつのソードが左右から交差するようにぶつけてやり、彼女の光刃を思いっきり跳ね除けたあとは、近づいてトドメをさしてやる――つもりだったが。


 シュンッ。サーベルが空を切る。えっ、かわされた?

 叩くはずの花ちゃんのエストックが、眼前から忽然と消えた。


 目線は追えている。彼女は右腕を前に伸ばした矢先、まるで“自分から弾かれた”かのようにエストックを右方向へと振りきった。当然、その空間にはなにもないけど、私の斬撃も目標を失って空振りしている。まずい、釣られたかも。

 まるでサーベルを振りかぶるのを待っていたみたいな反応。一枚上をいかれて腹立たしい。サーベルは引き戻せそうにない。最大のチャンスをくれてやったかもしれない。仕方ない。右手は差し出すつもりで、円盾で胸元をがっしり固める。


 サーベルでの迎撃は私としても見せ技で、小手先の技術に甘えた結果だ。

 珍しい技を待たれたが、待ちきった花ちゃんの勝ち。しかと受け止める。


 ただスラッシュは持っていかれても、フェイタルまでは取らせない。

 でも、さすが花ちゃん。今年初のスラッシュは手土産にくれてやる。


 そして……私の予想は外れて、彼女が予想だにしない動きを見せる。


「――っ、くぅう!」


 彼女は右腕を外に振りきった反動を生かして、うめき声をもらしながら強引に左半身を前に出そうとする。その手には忍者刀。斬りつけるにはほど遠い距離だが、体ごと突進されたらフェイタルもある――そう思っていたのも、つかの間。


 花ちゃんは重心を左半身へ移すついでに、下半身を前方へと投げ出した。そうやって“私の眼下に滑りこんできた”。ぽつりと。小さく聞こえた一言は。


「――アヤメ裂きっ」

 昨年の冬。朝女での練習中によく耳にしたものだった。


【ピロッ――Damage Slash.】


「ちっ!」

 斬られた。左足首か。ドシッと重くなる。


 それは、斬られた部位が体内に向かって締めつけられるような、不自然な重力が加算されたような身体感覚。スラッシュの重量ペナルティ。


 まさか足攻めとは。身体も意識も完全にノーガードだった。

 菖蒲さんほどの勢いはなかったが、彼女はスライディングで滑り込み、脇を抜けていき、こちらの左足首を半分ほど斬り裂いた。真っ二つならフェイタルもあった。技の練度が足りていなかったせいだ。能力不足に助けられた。


 荷重に顔をしかめながら、追撃がくる前に右手側へと退き、小賢しい花ちゃんのほうに向き直る。左足の軸が重くて、思うような早さで立て直せない。

 一方で花ちゃんは……地面を滑ったあと、ニンジンのようにコロコロと転がり、私から距離を取っていた。追撃よりもこちらの即時反撃を恐れたような、スマートとは言いがたい回避行動。くっそ。結果的にまた仕切り直させてしまった。


「……やってくれたね。まさか菖蒲さんのまねだなんて」

「そうでもしないと、姿さんを倒せそうになかったので」

 体を起こし、乱れた前髪を整えるでもなく、平然と返してくる。


 私の判断ミス、というには予想外すぎたから仕方ないとする。それに特攻をかけられていたら命も危うかった。見せ技のおかげで命拾いしたことを考えると、今のは花ちゃんの判断ミスでもある。もちろん、一方的にやられたわけだが。


(しかし……まいったね。これは)


 練習でもあまりやらない、下半身のスラッシュ状態での戦闘。やらない理由は「試合でそんなことになれば、まず勝てそうにない」から。

 スラッシュされたのが上半身ならまだいける。でも足をやられるとフットワークが死ぬ。集団戦では地蔵扱いで放置されるくらいだ。


 1vs1の殴り合いでは放置こそないが、もう攻勢には出られない。この状態でエストックの迎撃を切り抜けられるとは思えない。切り替えよう。ラウンド制限時間は残り二分半。それをしのいで引き分け。不完全燃焼だが、それが安定。


 姿勢をただした花ちゃんが、勢いよく迫ってくる。勝負を決めにきた。

 たとえ刺突を弾かれても、私の反撃が鈍いのを理解しているからか、遠慮なしの強烈な連続突きで襲ってくる。左半身の軸足を持っていかれているので、こちらはパリィをすることすら難しいのだが。サーベルも不安定。今は守るしかない。


 見た目こそ変化はないが、攻防の内実は一変している。遠慮のない連撃の衝撃が、小さな円盾の裏側、手甲に包まれた左手にも徐々に蓄積する。

 花ちゃんは刺突位置を調整しているのか、突く場所がほんのちょっとずつ胸から顔へと上昇していく。勝利に急いて、手元が暴れているせい……とは思えない。そう思うには表情が冷静すぎる。必死さがない。まな板の鯉を見つめる温度だ。


 ジャージの目障りなオレンジ色が動くたび、ガン、ガンと痛みがくる。

 円盾の構えは、気づけば胸元から頬のあたりまで引き上げている。


 こうなると、エストックの先端を大胆に頭で回避するのも手だけど、ソードの光刃は刺突剣だろうと、横薙ぎに振るえば斬撃判定を有するから甘えられない。足を使って離れるのが難しい今、テクニシャンぶった動きはただの自殺行為だ。


 花ちゃんの突きが、いよいよ本気で加速する。気を抜くと、防いだときの反動で円盾が顔にぶつかるくらいに。乙女の顔面になんてことしてくれんだ。防御力のため、体を窮屈に縮こませるたび、コートのハイネック部分が唇をこする。

 知り合ったころに比べると、彼女もだいぶ筋肉がついた。連撃を繰り出してもゼーハーしていない。むしろ身体の重心バランスを崩されたせいで、全身が過剰に力んでしまっている私のほうがゼーハーしはじめている。


「っつ。ったく、いちっ」

「――っ!」

 暴力のような過剰な盾攻めが止まらない。


 花ちゃんならもうフェイタルできるはずだ。なのに無駄に私を嬲っているような感じ。いけ好かない。けど、やられているのが自分だから耐えるほかない。

 ガキン! 力強い強撃を止める。円盾の裏側がゴツンと顔にぶつかる。いたた。それでもエストックは止まりそうにない。もう一度同じの、くる。止めるっ!


【ピロッ――Damage Slash.】


 そのスラッシュコールは最初、ウソだと思った。なにも見えなかったから。なのに、左腕の二の腕が確実にブルブルしている。エストックの先端も刺さっている。彼女は剣先を横にずらして腕を切り裂くことなく、素直に真っすぐ引き戻した。


 ダラリと、左腕が地面に向かって垂れ落ちる。継続的な盾構えの疲労と重量ペナルティとで、かつてない不快感を覚える。寝違えて血がめぐらなかった身体部位のように、ぐったりして動かせない。自分の体じゃない、モノみたいな感覚。


 左腕も左足も、これで傷だらけのボロボロにされた。

 それなのに花ちゃんは、まだ様子見するかのようにジーと見つめてくる。


「今、なにしたの」

 思わずかけた声は、命乞いにも似ていて、自分が嫌になった。


「徳永さんの技を、何度か見せてもらいました」

「……明日香さんの、ラウンドアサルト」

「そういう技名だったんですね。りっちゃんも知らなかったので」


 流星館のスズメバチ。シャムシールの徳永明日香の決め手。

 刺突時に曲剣の上下を逆さにし、湾曲した側の刃で障害を回り込み、貫く。手首の強い先輩ならではの曲芸。中型盾を構えるリッコちゃん、大太刀をかついで突撃する葉月など、眼前の視線が途切れがちな人には不可視の一撃となる。私は普段、“視線が途切れるような態勢”を取らないから、あまりやられた覚えはない。


 それなのに、見よう見まねのこの子にいいように操られ、やられた。


「ドレソ技のデパートかよ。どんだけパクれば気が済むの」

「勝つまでです」

「知ってるよ。あーもー、くそっ! ラウンドはくれてやる。さっさときなっ」

「いえ、まだ、このままで」

「……は?」

 その不気味さに、背筋が寒くなる。


「姿さんに勝つには、ずっとこれしかないと思っていました。どんなにいろんな方向から突いても、防がれて、弾かれて、斬られる。りっちゃんよりも小さな盾なのに、それがあるだけで私は貫けない。私のエストックでは、まだ貫けるイメージができない。だからこれが……これだけが。唯一の勝算だと考えました」


 不穏なセリフに、頭が痛い。左腕も重い。左足首もそろそろ動かせそうにない。全身がただただ重い。重しをぶら下げている哀れな囚人のようだ。

 それでもなお、花ちゃんは攻めてこない。私をただ、ジッと見つめるばかり。


「女の子いたぶって眺めたいサディスト? その気があるのは察してるけどさ」

「スラッシュって、軽い重いの重量判定が意外と違うんですよね」


 唐突な独り言を口にしながら、軽く突いてくる。

 まるで、試合中を演じるカモフラージュのように。


「腕や足も切断までいくと、フェイタルになってしまうことが多くて」

 ヤる気がさらさらない、舐めた刺突。そのぶん加虐的に感じる。


「スラッシュも二か所も取ると、フェイタルになってしまうことが多くて」

 笑ってはいないけど、険が取れている。一安心しているように。


「丁寧に、丁寧に斬ったり刺したりしないと、今の姿さんのようにはならなくて」

 持ち上がらない左腕を引きずりながら、なんとかサーベルで迎え撃つ。


「氷空ちゃんと一日中、たくさん試し合って、どうにか解答が見つかりました」

 苦しい。息も荒くなる。余計な疲労がたまる。腕が、足が、体が重い。


「はぁ、はぁ……いい加減に、しな。どういう、つもり」

「その左腕、いつもより疲れてますよね。それにスラッシュの重みも苦しくて」

「だから、そう、だっての――」

「そうなると、疲れきって、“次のラウンドはまともに戦えない”ですよね」

「あんた……まさかっ!!!」


 ホラーサスペンスの犯人がラストシーンでするかのような、悪趣味な独白を聞いているうちに、理解が及んだ。私の身に丁寧に注がれた毒汁の意味。

 ずっと円盾だけを狙ってきたのも、左腕や左足首を薙いで切断しなかったのも、すべてはこの、どうしようもない荷物が疲労を上乗せする――鈍重な体。


「姿さん。私は全部やりきりました。残り一分半。もっと疲れてください」

「こんのクソ性悪サド女っ!!!」

次回「モンスターの姿形」(6)。

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