モンスターの姿形(4)
【Lady to Ready……Round 1…………On Stage.】
勝敗は簡潔。フェイタルを二本とったら勝ち。
個人戦の狭いステージ。センターラインはすぐそこにある。
優雅にウォーキングしている暇などない。最初から構えて歩む。
腕が疲れないよう、左手の円盾は脇を絞めながら胸先で浮かべる。サーベルは刃先が床に触れないよう、地面に対して斜めに下げて進む。片刃は斬り上げづらく、振りかぶるのに余計なワンモーションが求められるが、剣先で貫くように刺突から入ればさして問題はない。右腕を若干後ろに引いているのも、初速のためだ。
戦いの口火は相手に切らせる。どんな相手にも。
この小さな盾に、私を終始守りきる力はないから。
なればこそ盾術で弾き、接近と反撃でケリをつける。
攻め手の流れを断ち切れば、力も技も意味をなさない。
それを嫌って円盾を避けようと、もとより得手は剣道仕込みのサーベル。
激しい打ち合いになろうとも、力量でも手業でも簡単には破らせない。
相手のソードも戦術も選ばず。交わして弾いて貫いて切り裂くのみ。
私、成瀬姿のスタイルはそれだけ。それだけを磨いた結晶である。
対面は、長い刀身と十字型の鍔を持つソード――両手で持ったエストックの剣先をこちらに向けながら、徐々に近づいてくる。朝女の見慣れたオレンジジャージと制服。右手にスマートな銀鎧を装備し、いつものヘヤピンの上側に銀色の一輪花を咲かせている。朝女の二年生。私と同じ六月生まれ。虚弱な天才児。日影花。
やはりリーチがある。刺突の射程距離は一方的に分が悪い。私から手を出すには一歩踏み込むか、反撃を許さない肉迫を仕掛けるか。ひと手間が必要だ。
(あれ、あの腰のソードは……リッコちゃんの? いや菖蒲さんのか)
彼女の後ろ腰に、これまで見なかった武装が追加されていた。
リッコちゃんと同じソードホルダー。刀身は背中に隠れていて、右腰からちょっぴり先っぽが見えている程度だけど、おそらくはリッコちゃんが菖蒲さんから譲り受けた忍者刀のはず。中型の刺突剣と小型の短剣。ソードの合計武装率は問題なさそうだろうから……花ちゃんがサブソードを仕込んできたってわけね。
もとい、対わたしのための隠し玉だろう。
(そうは言っても、怖がるほどじゃない)
どのレンジで戦うにせよ、あの忍者刀では短すぎる。
肉弾戦のやけくそ、またはやけくその特攻。
そういった悪あがきにだけ注意すれば、依然問題はない。
挨拶の一撃は、センターラインを越える前にやってきた。
二歩踏み込んできた花ちゃんが両腕を前に伸ばし、エストックで軽やかに突いてくる。狙いは胸のど真ん中。そこには円盾を構えている。あからさまなご挨拶じゃないか。初手を弾くのも手だけど、いきなり賭けに出るつもりはない。
徒歩で差し出した右足が地につくと同時に、スッと後ろに飛び退いた。
エストックの尖りは、円盾の中心にコツンと触れるにとどまる。
なんでもないやり合いだけど、頭で修正する。「彼女の間合いはこれくらい」。想定内ではあるけど、思っていた以上に伸びてきたのはたしか。今ごろ花ちゃんも「姿さんの間合いはこれくらい」と脳に新たに刻んでいることだろう。
数瞬の間を置き、エストックが再び飛んでくる。さっきよりも早い。けど。
円盾の中心を狙ったソードの先端を捉えて、左腕を思いっきり開くようにして跳ね上げる。パキンッ! 硬質な音の響きとともに、花ちゃんのエストックの刀身があさっての方向に跳ね上がった。彼女はすぐに体ごと退いて、姿勢を回復させた。こちらもフィニッシュではなく挨拶のつもりなのに、よく怯えてくれる。
戦いで磨きあげた円盾は、今や敵の攻勢を叩き折る刃だ。明日香さんには「羽子板みたいじゃん」と弄られるけど、その評価はわりかしお気に入り。
これが剣道では埋もれて気づかなかった才能。探り当てた、自分だけの才能。
見て、聞いて、動いて、確かめる。それは単純防御行動の防戦ではなく、弾いて仕掛けるシールドパリィに重きを置く私にとって、最大の武器となる。
古のシールドブロッカーほど守りに傾倒しない。武装率の余剰でついでに盾を付ける人とも志が違う。好戦的な防御を押しつけ、反撃の決め手で打ち勝つ。
少なくとも私は、どんな相手のどんな攻撃でもすべて弾く……のは最初のうちは無理だけど、試行回数を増やせば防ぐ確立を高められる。そんなのはどんな人でも「成長」の一言で片づけられるが、私の場合はちょっと早い。
想像外の攻撃を仕掛けられても、負けるよりも先に対処が間に合う。それが優れた点として他人の目に映るくらい、突出した能力となっている。
見て、聞いて、動いて、確かめる。それが私の武器。
そしてそれは、花ちゃんも同じ……というより。私よりも優れている。
順応性の高さは二人とも他者の上をいく。自分で自分を擁護するなら、見聞きしたものは正確にインプットできる。けれど、より早くアウトプットできるのは花ちゃんだけ。私のそれは、彼女のそれよりどうしたって遅くなる。事実、合宿中に彼女の稽古に付き合った望さんと明日香さんも同じ結論だった。
私には彼女のように「今さっき見たことをそのまま再現する」なんてできない。得意分野の違い、そんな言葉で表せないほどの差がある。できて不格好なモノマネ。意味のある攻防にはならない。でも彼女はそれ成す。だから戦慄した。
私より上がいたのだ。それも、私より下の初心者に。
それに気づいてからというもの、私は臆病な小動物のように、目の前に立つモンスターを避け続けてきた。安易に対面練習に付き合えば、洞察力の差でいつか上回られる可能性があった。高校生になって葉月が私に勝てなくなったように、今日この日から私が花ちゃんに勝てなくなるかもしれない。
それも皮肉な話。花ちゃんの対策を踏まえて、守りと反撃のスタイルをより引き締めることになったのが、葉月に勝ち越す要因につながっていた。
成長の糧すら下から授ける初心者なんて、どうしたって怖いに決まってる。
「――っ」
吐息だけの無言の二連突き。狙いは相変わらず、鉄壁の胸部。
「ぬるいよ」
一撃目は左腕を引いて打点をずらす。二撃目で円盾で真横に跳ねる。
エストックの剣先がなにもない左側の空間に流れた。ここだ。右足を踏み出す。そのままサーベルをえぐり込んで勝ち――を狙おうとして、とっさにやめる。
花ちゃんのソードは流れているけど、姿勢がほとんど崩れていなかった。それにいつの間にか、エストックを右手だけで握っている。
開いた左手は、静かに忍者刀を抜き放っていた。
まだ、リッコちゃんのも見たことないのにさ。
(こいつー……考えたな。相討ちを狙われると試合も進まない)
個人的に、わりと困る戦術だ。目のつけどころがいい。
私の円盾は左腕の可動域もあって、「自分から見て左側」へ跳ね飛ばす。方向も大まかなら上中下の三通り、細かくは何十通りのパターンを身に着けている。
その反面、自分から見て右側へは無理には弾かない。私は必然的に、左側に弾いて、右手で攻勢に出るからだ。右利き相手の普遍的な袈裟切りを崩す手段として身に着けてはいるけど、それをすると右腕で攻撃しづらい態勢になる。
だから……攻めたい相手の左半身に、こんな風に「刺し違えてやる」と言わんばかりの短剣を握られていると若干困る。二刀流ではないようだけど、サブソードの運用としては効果的でニクい。褒めてあげたいくらいだ。嫌な抑止力。
フェイタル判定は身体部位への侵入・接触具合に応じて厳密に計算されるが、「フェイタルがほぼ同時」の場合は同時撃破になる。命の取り合いならそれくらいの誤差はあり得る……といった妙なリアリティを求めたルーリングの結果だ。
集団戦なら同時退場で済む相討ちも、個人戦の勝負ラウンドでそれが起きると勝利判定にもつれ込む。それまでに多くのフェイタル、あるいはスラッシュを取ったかで決まるケースだ。それでもなお決まらないときは、JDS基準のルールに乗っ取ってサドンデスが適用され、明確な勝敗が決まるまで続けられる。
なにより。
(こういう場で、そういう対策を見せられんのが嫌だってのに)
やる人はいないだろうが、私が特殊な部類のバトルスタイルであることに違いはないから、できれば対策は広まってほしくない。なのに、嫌な戦法を的確に用いてくる。しかも自分が嫌うスタイルにしてまで。嫌味のひとつも言いたくなる。
「左ちゃんにはあれだけ言っといて、自分は二刀流なんだ」
「……必要だったまでです」
「物は言いよう。そういう先輩って困りもんだから気をつけな」
「いいんです。姿さんを倒せるなら。今だけはこれが最適解です」
花ちゃんが持ち込んだ私対策。たしかに効くっちゃ効く。
ただね。私より才能があろうと、エストックの一発があろうと、刺し違えの保険があろうと、そんなもので完封されるつもりはない。小手先の妨害でどうこうできるとは思わないでほしい。多少の対策など、自力で覆せる範疇だ。
腕を伸ばしたエストックの刺突が一撃、二撃とくる。
こちらのサーベルでは斬り返せない。円盾で防ぐにとどまる。
試合の流れは依然、花ちゃんに取られている。こちらから仕掛けるには、あの揺れる剣先が厄介だ。下手すれば接近より迎撃のほうが早い。手はいくつかある。でもまだギャンブルはしない。時間を使い、腰を据えてけん制に付き合う。
そういったペースこそ刺突剣の独壇場。それでいて一瞬一発の勝負にも優れる。戦国武将でもない女子高生がレイピアに群がるのは、当前の帰結だ。
「――っ」
「とおさないっての」
先端数センチほどしか刺す気がない、ふぬけた突きをさばく。
花ちゃんの狙いは明確。揺さぶりだ。胴体中央に攻撃を寄せて、私の意識が固まってきたころ、刺突剣の細い光刃を全身に散らして崩すといったもの。
よくやられるやり口だけど、刺突箇所を徹底しているところが純粋にうまい。頭も体もソードを制御しきれている。それを徹底できず、オマケ当たりを狙ってくる相手ならカモなのに。それにしたって、この二分間。さすがに動かなすぎか。
ヒュン。今までよりも鋭いひと突き。盾の隙間を狙われた。こちらの思考の切れ目を読んだのかと思うくらい、絶妙なタイミングで仕掛けられた。
でも、胸元はカバー範囲に変わりはない。円盾で真正面から光刃を受け止めた。丸みのない盾表面に光刃がつっかえる、些細な痛みを味わわせてやる。
(かなり突きを止めたけど、花ちゃんはまだ動かないか)
すぐに畳むつもりはなかったが、思っていた以上に緩やかな展開が続く。
(っ、重め。力を入れてきたな)
続けざまの三連打。ずっと一方的に攻撃されているけど、余裕すらある。
(――そういうのが獲物なんだよっと)
先のような円盾の隙間を狙う強突き。速さも角度も大好物。いただき。
崩せずに焦ったか、あるいは一方的な攻勢に気が緩んでいたか、安易な刺突を踏み込みながら受け止める。こちらの盾と、相手の剣との衝突で力が拮抗した一瞬、花ちゃんが右腕ごとエストックを引こうとする。その一瞬が獲物。
思いきりよく左手の円盾を直上に跳ね上げると、エストックの光刃が宙を舞う。押し引きの運動が切り替わる瞬間の弛緩をついた。想像のとおり、花ちゃんは右腕ごとあらぬ方向に持っていかれたことで、大きな無防備を晒す。
右半身はしとめた。残りは左半身の忍者刀。やるとしても相打ち狙いだろうね。ま、いいけど。それをユルさない速度で切り伏せるから!
今一度サーベルを握りしめ、射程圏まで近接する。同時に、彼女は無理な姿勢のまま一歩後退し、かろうじてエストックを構えた。相打ち狙いじゃない、けど大丈夫。こういう余裕がないときの、精彩に欠いたイチかバチかには慣れている。円盾で弾くまでもない。最小限の動作でかわして、フェイタルをいただく。
さあ、やってみな。
そう目つきで勇んだ私は、まさか彼女に、見事に止められてしまった。
「ふっ!」。エストックが円盾を突いて、私を止めた。
「をっ!」。近づくつもりだった私は、つんのめった。
破れかぶれの刺突が狙ってきたのは、頭でも手足でもない胸部。いや……盾か? 円盾を狙ってきた。そんな動きに見えた。動きに迷いはなかった。
勝機と見て、破れかぶれの一発を避けて斬るつもりだったのに。私は円盾で止めてしまった。もはや条件反射。「盾で止められるから無意識に盾を構えた」。
(まっさか、止められちゃった。あの状況から)
今までにない例だ。どう見る? 起死回生の逆転狙いで反撃されることはあれど、倒せるはずがない円盾に反撃されたことはない。
でもこの子は、一番貫けるはずがない円盾自体を狙ってきた。ソードの盾は非破壊オブジェクト。どんな剛腕だろうとソードブレイクも狙えない。
つまり、円盾を突けば反射的に構えて、仕切り直せると考えた?
まさか。そんな習性。私だって知らないよ。考えすぎだ。
考えすぎだけど、彼女の聡明さはよく知っている。
それが日影花だってこと、よく知っている。
いずれにせよ、結果を残す、よく考えられた脱出法だった。少なくとも私は衝撃だったし、会場にいるのなら、私をよく知る葉月も衝撃を受けたはず。
成瀬姿はフェイタル狙いのときも、体に染みついた習性で円盾で守ってしまう……らしい。その気がなくても、花ちゃんに一番簡単な解法を提出された。
「今の、やろうと思ってたこと?」
思わず尋ねてしまう。
「半分正解で、半分違います」
謙虚に意味深な返答。
……これだから嫌なんだ。花ちゃんと対峙すれば、力と技で圧倒するのではない、一休さんのようにシンプルなとんちで弱点を暴かれる気がしていた。
現時点でも、まさにそのとおり。私のフィニッシュムーブの迎撃がこうも単純とはね。気づかなかった。ここ一年、葉月をだいぶ負かしてきた手段だっただけに、姉にも利用されるだろう。だけど、次があっても半分はとおさせない。
次も同じことをされたら、盾表面で光刃を走らせるか、正面から押し返して転倒させる。もう動いて確かめた。もう同じ手は利用させない。
攻防はリセットされたが、花ちゃんに失速の気配はない。本気の突きで追撃してくる。相変わらず、狙いが円盾ばかりだから止めるのはたやすい。
そのぶん、光刃に余計な角度がついていないから弾くのも難しい。
それに、この子はシールドパリィも織り込み済みで仕掛けてきている。
この突きなら――バキンッ! 円盾で弾くも……分かっていたとばかりに直後に姿勢が直る。まるで弾かれる力加減を、体に慣らしているかのように。
弾くと同時、いいや弾く前提でサーベルで斬りかかる? できないテンポじゃないが、攻めっ気が強い。命取りの危険もある。まだ安全圏を保ちたい。
「――っ」
突かれる光刃。こちらの思考中も止まらない執拗な盾狙い。
勝利の芽はまだまだ摘み取られはしない。なんだかんだで防御も回避も完璧にできている。致命傷も遠い。それでも攻勢は一方的に花ちゃん有利で、忍者刀の相討ちに、盾狙いの仕切り直しと迎撃案も豊富。徹底して対策されている。机上の考えのはずなのに、どれも正解を出しているのが手ごわい。かなり困る。
花ちゃんは強いが、全国有数の強さではない。葉月にだって勝てはしない。それでも彼女は朝女の女子だ。あそこには……私ですら困惑の眼差しを向けてしまう、守りに命を注ぎすぎな世にも奇特なシールドブロッカーがいる。あの子のせいで朝女は、おそらくどころか絶対、“盾相手の練習量なら全国一の学校”だ。
奇しくも朝女との合同合宿のとき、お人好しすぎる先輩たちがリッコちゃんに「盾でいなして反撃」という、私が毎日見せてきた戦術を伝授したと、あとになって聞いた。リッコちゃんに伝授するのは構わない。だが花ちゃんに気づきを与えたのは看過できない。現場にいたら怒り狂っていたかもしれない。
防御専門の中型盾と、反撃主体の小型盾の違い。リッコちゃん自身の能力もあって実践投入はまだ遠いらしいが、仲間がその概念に触れているのが厄介だ。残念なことに、私対策に一役買っている。そもそも盾相手の経験値にも優れている。
花ちゃんは今日のために成瀬姿対策を考えた。
埋めずらい自力の差は、盾相手の得意さでカバー。
合気道まで練習し、私をカモる算段を整えたわけか。
陰湿なまでに勝ちにこだわる、花ちゃんらしい選択だ。
攻め手がつかめないまま時が経過していく。攻めに転じるにはエストックを円盾で弾いてから打って出るか、サーベルで直接斬り払ってしまうか。
(なら、ここはもう一度だけ。次は絶対やり返す)
優先したのは暴露された弱点の払拭と、個人的な報復。
一刺し、二刺し……三連撃の最後。鋭い。いい速さ。これなら。
感覚を研ぎ澄ませ。集中しろ。見える。見る。左腕も動く。
ギリギリまで、ギリギリまで引きつけて――今っ!!!
花ちゃんの右腕が伸びきるタイミングを見計らい、刺突を円盾に触れさせた。盾表面に吸いつかせるように左腕を微少に引いてから、殴りつけるように払う。
カーンと透明な音がして、彼女のソードと右腕が無造作に暴れ飛んだ。私は一歩前進。彼女は一歩後退。先ほどと同じ攻防。でも、今度は止まらない。
「――っ!」
花ちゃんの反撃。さっきと同じ、苦しい姿勢からの一撃、かつ胸元狙い。
「とまんねーわよ!」
崩れた姿勢の刺突に怯えるな。正面から押し返すっ!
エストックと円盾が正面衝突した結果、破れかぶれには違いない姿勢で硬いものを突いてしまった花ちゃんは、突っ張った姿勢を維持できずによろめいた。秘策であろう左腕の忍者刀もとっさに振れそうには見えない。今度こそもらった。
自信満々のサーベルの斬撃は、相手の肩口をなんなく斬り裂いた。
【ピロッ――Damage Fatal.】
【Annihilation……Round 1「成瀬姿」……Make Over.】
次回「モンスターの姿形」(5)。




