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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(秋)
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モンスターの姿形(3)

 指先を冷やすように、真鍮の手すりを撫でながら一階ホールのエントランスに降りた。掲示板の前には人混み。同じ年ごろの少女たちが、入口正面モニターに映し出された試合表を眺めては、手をグッてしたり、ため息をついたり、それぞれの心情を露わにしている。さてさて、私はどちらの側になるやら。


 掲示板から遠目の位置。左後ろあたり。目を細めて名前を探す。

 ない。ない。ない。な……あった。成瀬姿……ウソでしょ。

 シード枠。それも、三回戦からって……えこひいきか?


 参加校数は全十六校。今年のJDSと同じ。参加人数は計二十九人。単純計算でいくと、三校が一人参加で、ほかの学校が二人参加といったところか。

 初日の試合は三回戦まで。JDSの慣例である“ステージ酔いする体質の人”を配慮してだ。そんな人はめったにいないけれど、一昨年の白鳴女学院のように劇的な場面で現れる可能性もあるにはある。連戦は疲れるから、選手としては助かる。


 つまり私は今日、ベスト8からはじまる一戦だけなのか。

 しかもそれに勝てば、明日はいきなり準決勝からはじまる。


 参加人数のせいでシード枠ができるのは、JDSでもよくあること。といっても、厳正なる抽選ではない。大方は前年・今年度の戦績を加味して選ばれる。

 私は今までウィンブレに参加したことはないけれど……流星館だものね。八月末の活躍を踏まえてのことだろう。それに、おそらくは強者を称える意味よりも、「より多くの選手が泣いて笑っての試合を楽しめるように」の側面が強い。


 スポーツの例に漏れず、ドレスソードも残酷な勝ち負けの世界だから。

 できる限りの温情で、最大限の青春を守ろうとする力が働く。


(だけど困った。困る。困るなー。ほんと困るんだけど)

 思わず眉をしかめてしまう。気持ちが置いてきぼりだ。


 それに……ひそひそ。ひそひそ。いつの間にか視線も集まっている。

 目立たない位置にいるけれど、そりゃそうか。ほかの人からすれば私は、シード枠を与えられるほどの化け物。一躍天上で舞った流星館のスター選手。腕の覚えだって、謙遜しない程度にはある。本音は、今この状況にぶつぶつと愚痴ってやりたいくらいだが、それも彼女たちには関係のないこと。


 この場もまた居心地が悪くなってきて、足早にモニターから離れた。

 怖いものなんてない。そんな振る舞いで堂々としていれば気にせず眺められたのだろうけれど、私には無理だった。クラスや部活ではムードメーカーになれても、知らない人たちの前ではね。とくに実力と勝敗がかかっているときは無理。


 絶対に勝つ。自信はある。でも負けるのは怖い。今日はとくに。

 流星館としても、成瀬葉月の妹としても、プレッシャーが大きい。

 私は葉月のように、なにかを振りきってどこかに飛んではいけない。

 自分自身を取り巻く環境をグルグルと回り、悩み続ける、衛星だから。


(ああ、もう。対戦相手を見とくの忘れたし)


 歩いている最中に気づいた。シード枠であったことに気を取られて、私の対戦相手を探るのを忘れていた。あみだくじめいた予想しかできなくても、人数は絞れただろうに。今から確認しにいくのも格好悪い気がしてしまい、諦めた。


 それにあの子は言っていた。明日にはならないと。花ちゃんが順当に勝ち進めば、そうなるってことだ。自分で見るまで信用するつもりはなかったのに、結果的に見忘れたことで、彼女の言葉に支配されてしまう。幸先が悪い。


(私の試合までは……あと二十四試合でしょ。多すぎ)


 個人戦は2ラウンド先取制。試合時間は五分。ラウンドごとのメイクオーバータイムは三分。ステージは縦36メートル×横18メートル×高さ6メートル以上、メイクオーバーエリアの縦幅3メートル×二箇所を含むフルステージを、プラットフォーム設定で半分に割った、長方形型のハーフステージ。


 集団戦は2ステージ同時進行だが、ステージを分割したウィンブレでは4ステージ同時進行となる。個人戦自体、より鎧袖一触な傾向が強くなるから、一試合あたり十分かからないこともしばしば。それでも私の前には二十四試合もある。

 一大イベントを前に盛んになる無人タクシーのように、完璧に最適化された試合進行でフル回転したら一時間後くらいに出番が訪れそうだが、そんなことはなさそう。たぶん二時間、最悪三時間はあとの話。また放浪しているしかない。


 二度とモンスターとエンカウントしないよう、先ほどの憩いの場には戻らない。今しがた降りてきた階段をスルーし、会場奥側の別の階段まで歩いた。

 そこから二階に上がり、建物のちょうど対角を目指して進む。着いた先にはガラス張りの窓で、ベンチがあり、観葉植物はないが似た休憩場所があった。


 気持ち新たにベンチに腰かけると、気分が沈んだ。こちらのガラス窓の向こう側は、秋の匂いがしないビル街だった。東京郊外とはいえ、栄えた駅の近く。物欲的な宣伝広告に、無機質なビル群。反対側で目にしていた牧歌的な光景がどこにもない。率直に言って、寒々しい。つまらない。期待を裏切られてささくれ立つ。


 やっぱり、あっち側に戻ろっかな。

 いやでも、花ちゃんいたらどうしよ。

 ああ、いないのか。そろそろ試合って言ってた。

 やっぱ、あっちにしよっかな。


 二度と戻らないと誓った決意は、「つまらない」を前には十分程度で破棄した。遠い先の出番を考えて、別館でウォームアップするのもありだが、そういう気分でもない。寝起きにランニングを済ましたから、次に負荷をかけるのは試合前にしておきたいのもある。リズムがうまく循環していない。流れが乱れている。


 立ち上がって、歩いて、数分後。先ほどの憩いの場所には誰もいなかった。

 花ちゃんと出会う前の感覚を取り戻したくて、最初に座っていたときと同じようにベンチに腰をあずける。けれど、同じ時間は取り戻せないものなのか。外の風景に意識を委ねられていたときと違い、ガラスの向こうはどこか色あせて映る。


 ああ、今朝はよかった。電車もよかった。受付もよかった。ここに座ったときもよかった。なのに、あの子と会ってから狂った。会ってしまったから狂った。

 体を動かして試合の手応えを感じておきたかったのに、勝手にシードにされた。羨望か恨み言かをひそひそ言われまくった。逃げた先は求めていた場所じゃなかった。帰ってきたここも、安らかな色味がこぼれ落ちていた。


 すべては日影花のせい。ステージに立つときまで、あの顔を見せないでいてくれたら。私はもっと安らいだ気分で、純粋な全力を持って、彼女にぶつかれた。


 昔の彼女はゼーハー息切れしてばかりの初心者で、昨年夏の初試合も余裕の大勝利だった。私より弱い。私のほうが絶対強い。強いのに、私は昨年の冬、朝女にお邪魔した日にはもう対面を避けていた。JDSの試合映像を目にして、鳥肌が立ったから。怖かった。私はそのうち、この子にマジでやられるかもと思った。


 私が彼女と対面しなかったのは、こちらの体感を覚えさせず、あの子の洞察力に看破される前に、限られているかもしれない確実な勝利を拾うため。日影花の戦い方には言い知れぬ不安があるから、単純な力勝負で圧倒すべきだ。

 朝女との練習中も極力、攻めしか見せていない。リッコちゃんなんかはわりと近い系統にいるのに、いまだに私の戦い方を知らなさそうなくらいに。私はたぶん、今日はあの子に勝てる。刺突型の選手の相手は、そもそも得意なほうだ。


 だから、すべては成瀬姿のせい。弱い弱いメンタルが勝手に怯えたせい。



 眠れない夜のベッドのなかでの思考時間のように、脳内で悶々と考えた。

 ゆっくり過ごすどころではない、忙しなく長い長い時間。思案は混雑し、見えない敵への八つ当たりをはじめる。その最中、館内放送で私の名が呼ばれた。


「第二十六試合。選手A。流星館女学院、成瀬姿さん。C1ステージへ」

「第二十六試合。選手B。朝倉女子高等学校、日影花さん。C2ステージへ」


 思わず笑いそうになる。ウソがホントになった気がして。

 分かりきっているドラマ展開を、そのとおりに提供された。

 乙なのはウィンターブレードか、勝ち進んできた花ちゃんか。


 ふと我に返ってみると、脳を酷使しすぎたせいか頭が重い。体も身じろぎひとつしていなかったからバキバキする。いつの間にか二時間近く経っていた。


 ほんとに、やな一日。


 ベンチから立ち上がり、体の筋を伸ばす。お尻がピリピリ痺れている。

 ストレッチするように大げさに足を振って、控え室に戻った。周囲の子たちの視線を浴びながら、ジャージを乱暴に脱ぎ捨てる。青い薄手のスポーツウェアになると調子もあがってきた。本番前の緊張。青く澄んだ感じ。取り戻せ。


 バックパックのなかから、小さめの手提げ袋を取り出し、タオルと水を詰める。ああ、この子もだ。姉から託されたブサイクな恐竜ちゃんも、ついでにぎゅーっと押し込んだ。もっとブサイクになってしまった。ま、いっか。


 部屋の外。廊下の先。ステージの入場口が近づく。ハーフステージ時はメイクオーバーエリアとの直結口は作られず、ステージ外周から幅1メートルを削り、不可視性の通用エリアが設けられる。そのため選手やいつもと変わらず肌着姿を晒さぬまま、ほかのステージにも侵入することなく目的地へ移動できる。


……しかし、今日はとことん最悪。ハーフステージ奥側のメイクオーバーエリアに向かう最中、ちょうどこちら側にやってきた花ちゃんと外周でかち合った。

 フルステージなら入場口からして会場正反対に分かれているから、こんなふうに顔合わせすることはないのに。相変わらず細かい配慮が行き届かない競技だ。


 それでも。先に口を開いたのは、私のほう。


「試合、ここまで勝ってきたんだ」

「はい、どうにか」

「またまたー。余裕だったんじゃない?」

「そんなことないです。これでも精一杯だったんです」

「卑屈すぎ。そういうのもそろそろやめな。人によっては嫌味に聞こえるよ」

「……むつかしいですね」


 花ちゃんとは、決して仲は悪くない。

 むしろ、とーっても仲が良いほうだ。


 みんなといたら普通に仲良く話す。ただ、二人でいたら意地悪を言いたくなる。でも、それは彼女にとって意地悪にはならない。この子は虫も殺せそうにない無害な顔で澄ましていようと、その実は誰よりも悪女だから。


 それに言葉の刃をいくら研いだところで、彼女に売り文句は響かない。私のことなんてどうせ、究極的には「目下の獲物」としか思っていないのだ。


「二回目ですね。私たちで対面するのは」

「私がやりたくなかったからね。花ちゃんのドレソ気持ち悪いし」

「ふふ、そうだと思ってました」


 自分で言うのもなんだけど、成瀬姉妹の姿ちゃんってのはお姉さん肌で気立てがよく、どこにいってもわりと人気者だ。そうでありたいと努力してきたし、自然体で慕ってもらえる自分でもある。葉月の反対側を意識して進んだら、そういう私になれていた。剣道でもドレソでも差をつけられたくなかった姉妹の妹が、違う場面で差を取り戻そうとしてきた、ある種のコンプレックスが生んだ恵み。


 ただ、あのときばかりは選択が悪かった。あれが運のツキだった。


 リッコちゃんに出会ったあの日、彼女のおかげで葉月は変わっていった。家に帰ってからも「律子ってさ」と興味津々だった姉をかわいく思ったものだ。

 それだけに、私は私なりの考えで花ちゃんに歩み寄った。


 花ちゃんを初めて見たとき、すぐに思ったことがある。

 リッコちゃんの背中に隠れてオドオドしていたとき、ピンときた。

 ああ、この子、ぜーーーっっったい、性格悪いだろうなって。

 そしたら、やっぱりそのとおりで。それが予想以上で。


「私は……今日が楽しみでした」

「ようやく目標の獲物に食らいつけるって?」

「はい」


 彼女が心の内をさらけ出すことはほとんどなく、情けない感情の蛇口もがっちり締めている。ただ、言わずとも女の子らしい汚さが見えてくる。

 それに気づかぬリッコちゃんの前では堂々と「か弱い私」ぶっているが、それも嘘偽りのない本心のようだから。わざわざ突っついて破裂させる趣味もない。


 だから、心に土足で踏み入ろうとしたわけではない。上から目線で横っ面をひっぱたくつもりでもない。お節介にもなにかしてあげる気持ちもいっさいなかった。なのに、いつしか葉月を変えたリッコちゃんがステキに思えてきて、“デキない子”の“いいお姉さん”に憧れた。葉月を閉じさせた私の償い……ううん、違う。


 これもまた、単なるコンプレックス。誰かを変えられる人に憧れただけ。

 近づいた理由も、薄情だけどそれだけ。人間的な興味もべつになかった。

 そう思って、花ちゃんに近づいてしまった。いいお姉さんになりたくて。


 それが私の運のツキだった。


「やっぱり私、姿さんとは相性がよさそうです」

「狡猾。ま、いつかこうなるとは思ってたよ」


 彼女が懐いてくれたのは、私たちの最初のJDSが終わったころ。ドレソはやるもので、ファンではなかったから、ドレソファンである彼女の話は新鮮で楽しかった。それらの話題は日々のきっかけになり、やがて挨拶へと置き換わった。


 けれど、次第に、私に向けられる眼差しの色に気づいた。距離感の遠めな友人、そんなふうに感じていた関係は、すぐに間違いであることに気づいた。

 きっと、彼女は恐ろしい速さで強くなってしまったから。この子は身近で、自分を高められる外敵を欲していた。そんな悪意のない敵意はすこしずつ、ほんのすこしずつ、かわいらしい口元で、挑戦的な声色に溶かして、私に届けられた。


 ウィンブレに出るって言ってきたときなんか、もーね。

 そのかわいい狂犬っぷりに、心がどんよりしたものだ。


『私、ウィンターブレードにでます』

 夏休みの終わりの日。彼女から飛んできたメッセージ。


『奇遇。私もそうしよっかなって』

 思ってもみなくて、実は動揺した。私も出場を考えていたから。


『姿さんも出られるんですね?』

『んー……ま、私もヒマだしね。考えてるとちゅー』

『それなら、うれしいです』

『どして?』

『私、姿さんになら、そろそろ負けないと思うんです』

『私に勝つつもりなんだ』

『はい。負けません。倒させてもらいます』


 こんなやり取りを誰に見せたところで、そんなの誤解だ、じゃれ合いだと片づけられそうなのがいただけない。なまじ仲よさげで、外面がいいからさ。今まで彼女のそれを壊せた人は、勝利の渇望にケチをつけかねない左ちゃんくらいなものだ。それに私からはじめた交友関係だから、こちらから反故にするのも座りが悪い。


「今日の花ちゃん、いつもよりテンション高いね」

「自分でも、そう思います。たぶん高揚しているから」

「私と戦えるの、そんなに楽しい?」

「はい。私、姿さんを倒して“次”に進みたいので」


 花ちゃんは今この瞬間、成瀬姿を“対等”と見定めている。

 当然、同じ選手として敵意を持たれること自体は構わない。

 こうやって互いを高めていくのも、青春の一幕だと思う。

 ドレソの先輩らしく、大らかな気持ちで戦ってあげるべきだ。


「私は踏み台扱いかー。自信あるねー」

「はい」


 でも、ひとつだけ恐れることがある。

 それはこの子が日影花だということ。

 私が想像する彼女は、倒すべき成瀬姿を倒したあと、たぶん……。


「いいよ、気分アゲてきな。私は私で狩りを楽しむから」

「……」

「格の違い、見せたげる。覚悟しなヒカゲバナ。モンスター退治の時間だよ」



【Dress Sword Start-up……「成瀬姿」vs「日影花」…………First Look.】



 着慣れた檸檬色の波型カットソーが出力され、暗い青色のハイネックショートコートが体を絞める。紺色のショートパンツにグローブ、青いハイカットスニーカーも着心地よし。光沢のある銀色のアーマーは、両手の小手に。


 右後ろに目を向けると、ブサイクな恐竜ちゃんが手提げかばんを座布団にして、こちらを見ていた。ふにゃふにゃな歯でびっしりなアギトを開き、間抜けな顔で吠えている。「がんばれー」とでも言ってくれていることにしておこう。


 左手から進入していったステージ。ソード着装エリアで右手を真横に伸ばして、手中に生まれた護拳の柄をにぎる。全長80センチの使い慣れた「片刃のサーベル」は、光刃が流星館のブルーに染まっている。ドレソをはじめたころは普通に刀を振っていたけれど、髪色を変えたころに刀も西洋風に一新した。


 そして胸元の左手には、顔よりすこし大きい程度の小柄な「円盾」の持ち手を。盾の裏側からギュッと五指で握る。花ちゃんには極力見せてこなかった、成瀬姿の本分。昨年は私が瞬殺した。もちろんJDSの映像で戦術は把握されているだろうが、今回の実戦で破らせるつもりはない。着装完了。いざ、万全態勢。


 いつもの半分くらいの距離しかない、窮屈なステージ。

 顔を上げると、いつよりも近い距離で、日影花が笑んだ。

次回「モンスターの姿形」(4)。

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