おいでませ、朝女文化祭(1)
朝女文化祭は、土曜日限りのささやかな地域祭りである。
やる人も来る人も適度に肩の力を抜いて、ほどよさを楽しむ。
そして今日は、その当日だ。
「うぐっ! 苦しい、ぐるじいって! みーちゃんギブギブ!」
「なに言ってんの。りつ姉のお腹が油断してるからでしょ」
「そんな出てないもんっ」
バスケ部にメイド喫茶の権利をわたすはめになった結果、文化祭でのドレソ部の出し物は「うさぎカフェ意味わかんないから却下」「ケーキ屋さん? ソラあんた寝ぼけてんの」「ゼェハァ、ゼェハァ」「じゃあ……着物カフェで……」。
消去法で残ったのは、最初に撃沈したはずの着物カフェであった。
いずれにせよ、私の愛したメイド喫茶は実は厳しかったみたいで。文化祭予算が一万円のところ、メイド服のレンタルは安くて一着千五百円、五人で七千五百円、んでメイド以外なに提供するの? という謎店舗が誕生するところだった。
ならバスケ部だって――と思ったら、向こうはツテがあるらしい。ずるい!
「みーちゃん、私はこれでいい?」
「んーと……花ちゃんはオッケーそう」
「みーちゃーん、私のはどー?」
「うーん、左ちゃんは帯揚げが甘い。こっちが終わったら、よい……しょっと!」
「ぐええーーー!」
妹に、妹に帯で殺される。
文化祭のスタートまであと一時間。私たちはいろんな部活の子たちが控え室に使っている空き教室の一角で、私の妹のみーちゃんに、私ん家の着物を着付けしてもらっていた。菖蒲先輩がいない今、ドレソ部で着付けをできる人がいなかったため、朝っぱらから部外者の中学二年生スタッフが派遣されたわけだ。
みーちゃんは今日一日、お母さんからスペシャルおこづかいをもらうため、私らの着付けを都度確認しては適度に遊びまわり、着物を回収して帰宅となる。
「うっし。りつ姉はこんなもんかな」
「ぐ、ぐるじ。いぎ、できな……」
「だらしないなあ。合気道衣ばっか着てるからだよ」
「みーちゃんつええ」
二個下の中二を尊敬する、左の眼差しよ。
昨年のこともあり、着物の調達は思いのほか簡単だった。てゆうか、お母さんには文化祭でなにやるとも言ってなかったのに、私が話をしにいくころには勝手に着物が五着用意されていた。おまけに「着付けもやってます! 小枝合気道道場!」のチラシ付き。どうも、着物を貸してやるからこれ配れとのお達しで。
小枝律子さん、マッチポンプすぎやしない? 恥ずかしくて表出られない。
それに朝の一連の流れだけで、小枝姉妹(次女・三女)の実態が明らかにされてしまった。天河姉妹はまだしも、成瀬姉妹と比べても姉の威厳がザコすぎることが白日の下に晒されたのだ。でもいーの。私ってばお姉ちゃんもいるし。姉でも妹でもあるし。容赦のない帯締めに苦しみながら、言葉に出さず言い訳した。
「んっ、うっ、ひー」
「はい、左ちゃんもこれならオッケー。りつ姉よりあるし、仕方ないね」
みーちゃん、どこの有無を言ってる? 返答次第ではぶったたくよ?
私たちが着用しているのは、うちの着付け教室で練習用として扱われているカジュアルな色無地で、値はお安くはないけど第一線を退いた子たち。
五着とも瑞々しい夏虫色の染めだけど、何度も洗濯されてきたから、ひとつずつ濃淡が異なる。けれど、各々で帯合わせを変えているからそれも味だ。
ちなみに私の帯は、小さな牡丹が三つ刺繍された小枝三姉妹専用のもの。
「ふー、三人ともヨシ。着物なんてドレスソードで着ればいいのに、ご苦労さま」
「ドレソじゃいろんな意味で無理だって。そもそも校舎に持ってこれないし」
「ドレスコードだと結構やってるよ?」
うちのみーちゃんはドレコ大好きっ子なのである。
「流星館ならまだしも、朝女にドレコはないっての」
「はー……やっぱ朝女ダメだわ。私、来年絶対、流星館受験する」
「学費的に厳しいんじゃない?」
「道場を潰せばなんとかなるって」
「……なんて恐ろしい妹」
お父さん、泣いちゃうよ?
「先週の流星館文化祭だって、着付け教室なかったら行けてたんだから。もー嫌」
「え? 律子先輩は行ってたのに」
「ハ? 左ちゃん今、なんつった?」
このときほど、左を右に捻じ曲げてやりたいと強く思ったことはない。
それ、みーちゃんの前では禁句だって、うち来たときに言ったじゃん!
「どゆこと? なんでりつ姉が行ってんの? それをなんで私に教えないの?」
「あいや、いやだって、ひ、左も一緒だったし」
「それ関係なくない? 私は、なんで、りつ姉が、行ったのか聞いてんだけど」
「そ、それは友だちに誘われた的な、付き合い的な、的なだったし」
「ふーん……りつ姉は私が道場でバイトさせられてるとき、流星館いったんだ」
「う、うぐぅ」
「それで? 今日は着付けできないから? 私に着付けさせて? へー。ふーん」
高い高い。みーちゃんの怒りの価格が高騰してる。
(花先輩。みーちゃんって妹ですよね?)
(うん。でも、昔からこうというか)
(姉妹もいろいろですねー)
ヒソヒソ話が潜んでない。
「流星館の、ドレスコードが、すっごい楽しみって、私、言ったよね!!!」
「ご、ごめんなちぃ……」
「ハー! 去年だってすごかったのに、今年だって超話題になってたのに!」
「な、なにが」
「ドレコショーのラスト! みんなすっごい最高だったって言ってんだから!」
「さ、さよか」
「あー見たかったなー! 噂の肉食シンデレラぁ! なのに私は着付け着付け!」
……き、きまずい。こりゃ逆に、みーちゃんが流星館にいなくてよかった。
「左さんは!? 左さんは見ましたか!? 噂になったショー!?」
「お、おう。まあ見たと言えば見た気がしないでもない……のかな」
「どうでした!? 超噂になってるんですよ!? 謎のイケモデル現るって!?」
「そ、そうだったかもしれないし、じゃなかったかもしれない、みたいな」
「もう超見たかったです! 見た人みんな、その人の正体知りたがってますよ!」
みーちゃんの激高っぷりはさておき、彼女が求める人物の真相を目にした左どころか、笑い話で伝えていた花も、同情の目つきで私を憐れむ。
姉妹間の温度差を察してくれたのか、左もみーちゃんに真実を伝えようとはしなかった。そこに朝女ドレソ部のチームワークの高まりを感じる。
ここは都合よく考えよう。みーちゃんがいなかったから、私は流星館のドレコに出ることになった。もしもみーちゃんがいたら、姿は火傷しなかったし、私もドレコに出ることはなかった。チョウの羽ばたきの影響的な考え方だ。
私にとっては昔から、みーちゃんは小さな幸せを運んでくる妖精さんだから。怒られ叱られ当たられても、かわいいかわいい私のみーちゃんなのである。
あれ。もしかして私って。
氷空がだーい好きな海音お姉ちゃんのこと、笑えないな?
「り、りっちゃん。そろそろお団子のほうに行かないと」
「そ、そだね。恋子ちゃんと氷空も着付けしないとだし」
「で、ですね。呼びに行きましょう」
「じゃあ私はここで待ってますので、二人をこちらへよろしくです」
素っ気ないところもイケズなみーちゃん。
「なんかあったらすぐ連絡しなよ」
「分かってるって。りつ姉たち、いってらー」
みーちゃんを空き教室に残し、三人で調理場に向かうことにした。
今は私たちが先に着付けをして、その間に家政の心得がある恋子ちゃんと、心得はないけどスイーツに口出ししたい氷空が、着物カフェの名物「お団子(ゴマ&きなこ+緑茶。税込100円)」を制作中。それを今からバトンタッチするの。
幸い、昨年も手伝ってもらった料理研究部には恋子ちゃんの友人もいたらしく、今年もおんぶにだっこで頼らせてもらってしまった。助かる助かる。
ゆって、こっちの戦力は左が家事余裕、花が多少、私がお察しだけれども。
「ぷーくすくす。律子先輩、みーちゃんに真実をバラされたくなかったら――」
「左ちゃん。そういうのやめて。不快だから」
「えー、せっかくの切り札なのに。花先輩ったらつれなーい」
「今度言ったら、許しません」
「はーいはい。あ、花先輩、あとで一緒に文化祭回りましょうね」
「嫌です」
よくあるじゃれ合いを聞き流しつつ、校舎一階に降りていく。
共同調理場の家庭科室は現在、さまざまな飲食を担当する部活のメンバーたちが、買い出し品の保存や調理をしていて混雑している。
最近になって普及してきた、リチウム空気電池式の電化製品を用いているところは、それぞれの持ち場で完結するみたいだから余計に羨ましい。
「恋子ちゃーん、氷空ぁ、着付けこうたーい」
「はぁい、わっ! みんな美人さーん!」
去年も同じ着物を見ている恋子ちゃんなのに、おだて上手。
「ソラどう! これ! かわいいでしょ?」
「左もキレイ」
「あんがと。みーちゃん待ってるから行ってきな」
「うん。お団子はあとは小分けすれば完成だから」
「へー。ソラって団子爆発させる系女子かと思ってたのに」
「はぁ……恋子さん、行きましょうか」
とてとてと空き教室に向かう二人を見送り、私たちは団子制作を引き継ぐ。
お団子は隣の机の料理研究部の監修のもと(お手並みは恋子ちゃん70点、氷空40点だとか)、花の小さな顔くらいのサイズがある白玉団子の塊ができていた。あとはこれをちぎり、丸めて、ゴマときなこをまぶせば完成。簡単でよいよい。
「あれ、この生クリームは料理研究部さんのものですか」
団子の横に、生クリームがプシュ―って出る缶がある。
「ああ、それは天河さんが貸してほしいって」
「……生クリーム団子にでもする気だったのかな」
「かも。天河さん、洋菓子が好きそうだもんね」
「ご迷惑かけてませんでしたか?」
「ううん、いい子だったよ。いっぱいオススメのケーキ教えてもらっちゃった」
氷空は料理研究部の上級生とは楽しく会話できていたらしい。
まーた、ケーキオタク特有の早口でまくし立てていなかったらいいんだけど。
しかし、やっぱし氷空は料理研究部も合ってそうだ。ときおり顔をのぞかせに行くのも彼女にとってはいいかもしれない。その日のおこぼれにあずかれるかもしれないし。つっても、ドレソ部からは絶対リリースしてやんないけど!
「んじゃ、お団子を丸めますか」
「うん。左ちゃんはお茶とポッドの準備、お願いできる?」
「はーい。もう中庭もっていきます?」
「ひとりでも大丈夫そうなら、お願い」
「はーい」
左はかしましくポーズをとって、お仕事をはじめた。
うんうん。元気な着物娘は見ていて気持ちいい。
ドレソ部の着物カフェあらため「着物オープンカフェ」は、第一体育館前の中庭の一角に出店する。簡素な会議室テーブルに教室の机椅子を数台、「ドレソ部のお団子&緑茶屋」と書いた、ささやかな大きさの看板も昨日用意した。
この一帯は運動部も文化部も問わず、少人数の部活動の飲食系がたくさん集まる屋台広場となり、前後左右と本日のシノギを削り合う。そこまで殺伐としてないし、売上もすべて学校に返還だけど、勝負の意識はちょっとあったり。
こういうとき、千恵の吹奏楽部や敦美のバスケットボール部などは大所帯とあって、抽選なしに校舎内の教室を割り当てられる。部活主体の文化祭では、実績とは関係なく「人数」が物を言うのだ。空き教室はほかにもあるけど、それらはイベント系や展示系にも回されるからさ。結局、少数精鋭の部活は青空活動となる。
ただ、第一体育館では例年、大きな催しがいくつも予定されている。そのため、ここ第一前広場にはたくさんの人が来る。穴場どころか逆に激戦区であることは昨年の経験で知っている。これが食品系の衛生問題を毎年議論されながらも、青空に出店される理由だ。朝女のそれなりの歴史が編み出した戦略でもある。
JDSの東京A代表地区の会場も、毎年そんな感じだって聞くしね。
「モッチモチだ。きもちい」
「美味しそうだねえ」
ビニール手袋ごしの指に伝わる、お団子のふにゃふにゃな触感。
団子をちぎって丸め、ちぎって丸め、花と二人で形を整える。私が丸めるものは徐々に大きく、花が丸めるものは徐々に小さくなるところが私たちっぽい。
丸めたものを半々に分けたら、最後に味付け。うちは串には刺さずに紙製のお茶碗にコロコロいれて、爪楊枝で食べてもらう。去年と大体同じだ。
左は「わっせわっせ」とお茶と保温ポッドを持ち運び中。彼女が中庭との二往復目に入ったタイミングで、隣にいる花になんとなしに尋ねてみた。
「あとで葉月くるけど、姿は呼んだ?」
「こないって。私が流星館に行かないで練習してたから、姿さんもそうするって」
「律儀だなあ。花より団子より決闘だなんて」
「ふふ。余裕がないのは私のほう。姿さんは単に合わせてくれてるんだよ」
涼やかな表情で、指先で器用に団子を丸める花。彼女にウィンブレ出場を宣言されてから先、いまだに聞いていない。「姿に勝てそう?」とかって。
下馬評で言えば、たぶんだけど満場一致だよね。花のポテンシャルの高さは関係者がよく知っているけど、お相手はそれより上の評判で、JDS準優勝チームのひとり。実情も実績も比べるべくもないほど、圧倒的に姿に軍配が上がる。
秘策がある、花なら勝てる――そう口にするだけなら簡単だけど、疑いもなく花の勝利を信じられるかというとね。頼りない親友でごめんなさい。
私が願うことは、花が全力を出しきって戦えること。ここ最近の勝ちにどん欲な彼女も喜ばしく映るけれど、私にとっては今も、花が「なにかに挑戦する」それを見せてくれるだけでうれしくなれるから。戦友というには過保護すぎかな。
「着付け終わったよぉ!」
「おお、やっぱ恋子ちゃんスタイルいいわあ」
「戻りました」
「氷空も似合ってるねえ」
「はぁ……ありがとうございます」
着付けが済んだ恋子ちゃんと氷空が家庭科室に戻ってきた。恋子ちゃんは当然として、氷空も顔立ちがいいから愛らしい姪っ子のように見える。
みーちゃんは空き教室で着物用の風呂敷一式を片づけたら、とりあえずブラブラするとかで。こっちには来なかった。クールな中二である。このあとみんなで料理研究部にお礼して、お団子を運んでいた最中に、朝女文化祭は開幕した。
次回「おいでませ、朝女文化祭」(2)。




