宿敵、バスケ部の襲来ぞ(1)
「りっちゃん。文化祭委員会いってくるね」
「うぃー。いってらー」
今日は朝女文化祭の出し物の提出期限とあり、花部長(代理)がメイド喫茶の夢を片手に、委員会の集まりに出席することになった。
先週の流星館文化祭はいろんな意味ですごかったけど、単純に出し物の出来もすごかった。お祭りとしてのステージが朝女とは一段違ってた。
つっても、こちとら地域に根差した庶民系女子高だからね。やる人も来る人も大層なものは求めない。すごすぎないところが朝女の武器ってもんよ。
(んーで、せっせっせっと。残りあと六枚)
今は放課後のお掃除の時間。花がお仕事にいった代わりに、彼女の担当を下っ端の私が引き受けることにした。清掃範囲は教室外の窓ガラス。全部で八枚。
手が届かない上のほうは、引退した箒の柄をリサイクルしたお掃除棒に布巾をつけて、キュッキュと磨く。そのへんは鏡用途にはならないから、掃除具合に個人差が出てくるし、許容もされるけど、私はなるべくがんばるほう。
最終的に窓ガラスが磨き足りないと、クラスメイトたちから「窓が曇ってるんですけどー」「(指でツーってやりながら)ホコリ被ってるよね?」など、イジワルな継母のごとき弄りを受けかねないので、灰かぶり役は気合を入れるのだ。
お手洗いの洗面台の鏡でいいじゃん、なんて言うのはご法度ね。
「女子高のだらしない実態!?」なんてのは対外向けに切り取った面白話であって、女子力の高低に関わらず、女同士の領域で自らの手落ちをむやみやたらに晒すと、それだけで印象的なヒエラルキーというのは簡単に上下するもんですから。
「律子せんぱーい。お掃除中ですかー?」
向こうのほう。廊下の端っこから左がやってくる。氷空もいる。
「見てのとーりだけどー。なに、二階に用?」
一年生の住み家は校舎一階。二階にくるのは移動教室のときくらいだ。
「文化祭委員会の企画草案で、なにか手伝えるかなと思いまして」
氷空はいい子いい子。昨日も部活後、みんなで話してたもんね。
「花ならもういっちゃったよ。企画も昨晩のうちにまとめたって」
「そうですか」
「あれま。新部長は有能ですねー。律子部長だったらどうだったことか」
「うっさい。右に曲げるよ」
最近ハマってるの。このフレーズ。
「メイド喫茶、とおるといいですね」
「どうだろね。定番ってゆうか、逃げにも攻めにも使える案だし」
「だからウサギカフェにするべきだってあれほど何度も」
あらやだ、票を得られなかったのに見苦しい後輩だ。
でも、二人とも助力に来てくれたわけだからね。かわゆい後輩だ。
私が引き続きせっせとガラス掃除をするなか、氷空たちは「ガラス掃除はやはり気合入れないとなんですね」「おかしな風習だよねー」「私、何度かクラスの子に怒られた」「私らも朝女に染まってきたなー」などと、しみじみ話している。
人によるとは思うけど、“上級生の階”で気負わず会話できるところは、二人ともキモが座ってるんだなあって思う。私なんかは「ひえー! 帰ります帰ります!」になるというか、侵してはいけない領域みたいに逃げ帰りたくなるもの。
ひとり掃除する上級生を手伝わず、それすら肴に世間話をしているところは、まっことドレソ向きの度胸だろう。べつに手伝えとは言わないよ?
「あっ、そういえば氷空はさ」
「はい」
「姿のこと、どう思う?」
「どう、とは」
「ドレソの強さ的な意味で」
花や海音さんの言でも、JDS準優勝チームの一員という彼女の肩書きだけでも、姿のドレスソードでの強さはお墨付きだったりするけど、私から見て強者と言える氷空の視点ではどうなのか。なんとなく気になっていた。
「私は数度立ち会わせていただいた程度ですが、強いと思います」
「どんくらい?」
「当然、私よりも。葉月さんと比べると……言い方が難しいのですが」
彼女はすこし言いよどんでから。
「葉月さんよりも強いかもしれませんが、状況によるというか、そんなような」
「マジで?」
意外すぎる所感だった。
そして氷空は、私に言い訳をするように続ける。
「葉月さんは強者で、集団戦における理想的なブレードアタッカーだと思います。攻撃的な選手は数あれど、うちのチームだって、ほかのチームだって、葉月さんほど全面攻勢に出られる人はめったにいません。今年のWLDの攻撃的な代表チームに選出されたのも納得です。そのため姿さんは対としてのバランサー的な意味で光るわけですが、1vs1の場合、葉月さんは姿さんに勝てない……とまでは言いませんが、防御反撃に秀でた姿さんが粘り勝つのでは、という印象があります」
わりと真剣に語ってくれた。
「つまり、海音さんが言ってたみたいな感じなのかな」
「ほえー。初心者の私には、どっちも強すぎて区別つかないんだけど」
実は左の意見に近いのが不甲斐ないけど、私は盾だし。盾だしねっ!
いずれにせよ、私が葉月に挑むくらい、花にとっても無謀な挑戦なのかも。
「ただ、花さんには策があります」
「一発逆転もありえるってこと?」
「分かりません。戦術のすべてを押しとおせるなら、あるいは。までとしか」
会話に神妙さが漂いはじめたころ、キリよくガラス掃除を終えられた。
用具の後片付けが済むまで二人には待ってもらい、三人で第二に向かうことにした。私だけ自転車だから、玄関口でも待たせてしまうけれども。
職員室に寄って、顧問の橋場先生に一言してから、第二の鍵を受け取る。
通いなれた裏門から、ボロい第二体育館へ。相変わらず廃墟じみた風体だけど、慣れた今となっては第二の我が家だ。ほかの部活の子や先生たちが来ないってところがやっぱし楽だよね。シャワーもあるし。面積だけなら豪邸だし。
「プラットフォーム起動するよー」
「はい」
「はーい」
館内四隅の銀ポールが、一年半と付き合ってもいまだ謎な謎空間を生み出す。
JDSの閉幕以降、花とその練習に付き合う氷空(と部活に来れない恋子ちゃん)はまだしも、私と左は若干気が抜けがち。定員枠二名のウィンブレだけど、朝女ドレソ部からは氷空も含めて、花以外の選手が出る予定はない。
身内でぶつかるのを避ける……とか以前に、個人戦に出たい人がいなかった。
こうなると花を除いた四名。いや、恋子ちゃんも除いた私たち三名はこれから、来年の六月下旬に行われるJDS予選を目標に、練習を重ねることになる。
一年って早いのよと愚痴る、お母さんたち大人のようになれば「たかが一年の辛抱」などと言えちゃうのかもしれない。けど、少なくとも一年後なんて分からない私たち女子高生にとっては、十年後の見えない将来とさほど違いはない。
(んなこと考えてても、仕方ないんだけどねえ)
九月に入ってから、何度もしてきた心の問答。解決法は見ないことだけ。
見えない未来に全力で進もう――なんて考えてたほうが青春っぽいから。
体をほぐして、ドレスとソードを着装して、左とふぬけたチャンバラをし合う。そういやライムライトに負けて以降、後ろ腰のアヤメを抜いていなかった。
すみませんと、誰かに謝ってから左手で忍者刀を抜く。40センチほどの刃渡りはやっぱり氷空の居合い刀よりも、左の直剣やレイピアよりも圧倒的に短い。花のエストックと比べたらもっとだ。こんな包丁じゃ、相変わらず出番はない。
そうこうしていると、花がぬるっとステージに入ってきた。
練習中はステージ外部の様子が分からない。仮に第二の入口扉が開いたとしても、誰かがニマニマと観戦していたとしても、ステージ内にいる選手たちは気づくことができない。こんな防犯とは無縁そうな活動場所だけど、いうても私ら年ごろの女子なわけだし。もうちょっと防犯意識は持っとかなきゃだよね。
「花おかえりー」
「ただいま……」
なんか花がしょげてる。
「花先輩なんかあったんです? 転んだとか? 見ましょうか?」
「違います……ただ、文化祭の企画でちょっと」
「どうしたの」
「りっちゃんのメイド喫茶ね、バスケ部と被ってたの」
「あー」
だよねえ。みんな大好きメイド喫茶だし。本物は行ったことないけど。
それでバスケ部に言い負かされでもしたのだろうか。花の顔は晴れない。
「言い合いに負けちゃった?」
「ううん、違くて」
「えっ、じゃあバスケ部を負かしたの? 花すげーじゃん」
「それも違くて」
「じゃあ風紀的に却下とか? 朝女でそれはないっしょ」
「でもなくてね……なんかね、バスケ部さんがね、対決しようって」
「うん?」
「対決して勝ったほうが、メイド喫茶やろうって」
「バスケで? 無理でしょ。普通に横暴じゃん」
「うーんとね、ドレソでって」
「……なんで?」
なんで? この一言に対する返事は誰からもなく。
花も私も一年生たちも「なんで?」の顔でお見合いした。
結局この日は、困惑したまま練習を続けて、困惑したまま終わった。
「敦美ー! ちょっとバスケ部どーゆーことー!」
朝の自転車登校後。花を三歩引きはがして、バスケ部の敦美に食いかかる。
「律子ぉ。朝からうるさいよー」
教科書を整えている千恵に目も向けられず叱られたが、攻勢はとめない。
「どゆことって、あードレソの件かな」
「それよ」
敦美は朗らかなご様子である。
昨日は結局、バスケ部の意図が分からないまま打ち込み練習に入り、なぜドレソ対決なのかをシャワーを浴びながら裏を考え、やっぱ分かんないから明日聞こうとなって、今に至る。こういうのは直接対面のほうが味があるしね。
「なんか先輩たちがさ、ドレソやってみたいって」
「いや、やりたいのメイド喫茶でしょ?」
「それはそうだけど、それは置いといての話」
「それだと、対決じゃなくて見学みたいな意味に聞こえるんだけど」
「うん。バスケ部でドレソやったことある人いないし。遊ばせてもらおうって」
「なんじゃそりゃ……」
意気込んできたのがバカだったみたいな返事だった。想像で勝手に好戦的になっていた私は確実にバカなんだけど。ともあれ意外と穏便でよかった。
バスケ部の思惑によれば、文化祭でドレソ部とメイド喫茶が被ったから、せっかくだし話し合いじゃなくて、ドレソやらせてもらう口実にしよう、などと。めちゃくちゃ軽薄な流れでドレソ対決なる果たし状を吹っかけてきたようである。
今年のインターハイでは全国ベスト8入り。それなりの戦績で満足いってるご様子なバスケ部の先輩方による、道楽的な交流会ってところみたいだ。
「それ、いつやんの」
「今日かなーって。バスケ部的には」
「今日!? はやいって」
「出し物の締め切りが伸ばせないじゃん。だから、それしかないよねって」
「えー。花ぁ、どうするー」
鞄を机にかけたあとにやってきた、花にお尋ね。
「んんん、ドレソ部も問題ないんじゃないかな」
「お、じゃあバスケ部のみんなに言っとくー。放課後に乗り込みますよーって」
「橋場先生には一言必要だと思うけど」
「ハシバっちゃんだし、大丈夫でしょ」
橋場先生は両部の顧問だから、話がとおりやすそうではある。
するすると。問題は思いのほか早く解決してしまった。
それから花は午前授業の合間、橋場先生から「いいんじゃない」と言質を受け取った。敦美たちバスケ部のほうもお昼休みの間に「先輩たちオッケーだってー」とまとまった。氷空と左も一言返事で了承。恋子ちゃんのほうも「聞いてるー。じゃあ私が葵たち連れてくねぇ」と最初から乗り気だった。
急遽決まった、バスケ部のドレソ交流会。
あれよあれよと固まったけど、これさあ。
なにをもってメイド喫茶を奪い合うわけ?
次回「宿敵、バスケ部の襲来ぞ」(2)。




