美装絢爛<ドレスコード>(3)
暗がりをひとり、ゆっくりと歩きはじめた私に、パッと――スポットライトが浴びせられた。歩き方なんて分からないけど、それっぽく歩くしかない。
私が目にしてきたドレソ選手のなかで、センターラインまで歩くのが一番キレイだと思ったのは真田さん。気取りすぎず、優雅な素振りのスマートな歩行は、合宿の練習中ですら目を奪われてしまった。当然、まねは無理だけどね。
だから、一番なじみのある、頼りになる人の歩きをまねた。
小さな体でムダにイキイキと。主張控えめな胸を張ってズイズイと。
敵が英雄であろうと、目にしていないけど多対一であろうと。
きっと、あの人は臆さず歩いていたに違いない。そういう先輩なのだ。
シンデレラというには女性らしさが欠けているけど、挙動不審じゃないだけ及第点としてほしい。私はスポットライトに追われ……やや、これは私を先導してくれている気が。照明係がギリギリ不自然に見えないくらいの速度で、私が進むべき道の一歩先を照らしてくれている。気配りの達人か。あとでお礼しなくちゃ。
目線を落とさないように、足元を照らす光に、己が行く先を委ねる。
壇上の中央前方まで歩くと、ランウェイとの接続部分にほんのすこしの段差があるのに気づいた。ショーのために急設されたからかな。そりゃ体育館のど真ん中に年がら年中こんな道があったら、体育や部活動で困るもんね。
会場内は私以外が暗いままだから、幸いにして観客のお顔は分からない。静かな夜のような空気感もあり、良くも悪くも声もあがらない。もう席との距離がほとんどない。そろそろ「ん、誰だこいつ?」と思われていそう。
吹っ切っれたようで、すぐにぶり返す。女子の心情なんてそんなもんよ。
コトン。硬質なガラス風の靴と床がぶつかる、ささやかな音。
ランウェイに片足を乗せた。足は震えていない。大丈夫。いけるいける。
そんな前向きな気持ちを裏切ってくれちゃったのは、ドレスのほうだった。
ガッ。あれ、前に出そうとした左足が空中で止められた。
なんだ。動けないんだけど。後ろからひっぱられてる感触。
一瞬の停止に動揺して、振り切るように左足に力を入れたら。
ビビッ! って破れる音がして。
ぐぎゃ! って両手両膝からずっこけて。
バタン! って倒れると、美しい「アー」に観客の「あーっ!」が被った。
「――――」
「――――」
まもなく、シーンと静寂。あたり一面から動きも響きもなくなる。
一秒、二秒、三秒……止まっていた思考が動き出す。
(……やばい。こけた。私これ。こけちゃったよ、これ)
堂々歩いていたシンデレラが盛大にずっこける、恐ろしくシュールな光景を披露してしまった。焦ってバタバタと手足をもがき、必死に立ち上がる。
なんでえ? どうしてえ? 思わず後ろを振り向くと、水色のプリンセスドレスの幅広スカート、その後ろ部分が一部だけ“剥げて消えていた”。
ドレソではドレスの損傷が限定されているけど、この感じは知っている。
私の盾が、氷空の肩がけオレンジジャージに引っかかったとき。彼女の体をちょっとひっぱったあたりでジャージの袖部分が消失したことがある。氷空はそれを「引っかかって転んだりしないように壊れてくれるんです」と説明した。
つまり、道の段差にスカートを引っかけて、壊して、転んだんだ。私は。
背筋がゾッとしたのもつかの間。うずくまってちゃイカンと思い、なにもなかったかのように姿勢を正し、衝動のままに歩みを再開した。担当者を動揺させてしまったか、ライトのほうが小刻みに揺れていて、慌てて私を追いかけてくる。
熱い。顔が熱い。転んだときに打ってはいないけど、たぶん真っ赤。カーってしている。めっちゃ恥ずかしい。でも動けなくてオドオドするほうが恥ずかしかったから、無理にでも体を動かした。頭は真っ白だけど、足は動いてくれた。
(うわ、左足が素足。靴が脱げてる)
転んだときに脱げたのか、片足だけ硬質な靴の感覚が消えている。自分なりにさりげなくキョロキョロ見回しても見つからない。大きなスカートのなかに埋もれているのかも。そもそも、壇上で履き直すのもマヌケすぎるから諦めた。
スカートのおかげで足元は見えないはず。それに追ってくる葉月が靴を見つけ、「このガラスの靴を履いてみてください」と巧妙な手口に昇華してくれるかもしれない。無理ありすぎな打開策だけど、焦げた思考回路はもはや正常ではない。
ヒソヒソ。ヒソヒソ。周囲から、言葉にならないささやきが伝わる。
……だよねえ。カッコつけて、盛大にずっこけて、またカッコつけてるんだもん。ヒソヒソ話にとどめてくれている観客の皆さんに、逆に感謝だよ。
というか、もし流星館志望の中学生が見ていたら「うーわ流星館ダッサ!」と風評被害を生んでいる可能性もあるのか。後日、校長とかに呼び出されそう。
次は右足。続いて左足。んで右足と。気持ちはスマートだけど、周囲から見ると恐る恐るになっていそうな歩幅で、健気にランウェイの先っぽを目指す。
あとちょっと――というところで、背後でカランカランと異音が鳴る。ドレスの裾にしがみついていたガラスの靴が飛び出た感覚。タイミングわるいよっ!
右足、左足と。会場中央の観客席の中心、ランウェイの先端にたどり着いた。朝の支度よりも長い時間をかけた気がする。怖くて視線を下げられない。シラーっとされているのならまだいい。ただ「……がんばれー」って感じで同情されていたら、立ち直れる気がしない。そうなったら帰りの道のりは担架輸送で確定だ。
ポーズもなにもない、心も体も地蔵のままで突っ立っていると、今はハーって聴こえる音楽に弦楽器の音源が足され、曲調がスケールすると同時に、私に浴びせられていた光量が申し訳なさそうに弱まった。むしろありがたい。
それからすぐに、ステージの意識は新たに登場した葉月のほうに移った。観客の意識から私の存在がすこしでも多く消えてくれるよう、強く祈る。
葉月はキリっとした面持ちで、気持ち早足にランウェイに向かってくる。その身にまとったぶっきらぼうな空気は、青年のキャラクター性には似つかわしくない。まあ、今の彼女は恋する青年どころか、ドジ女のレスキュー隊な気分だろうし。
……そうか。流星館のみんなは優しくヨシヨシと慰めてくれそうだけど、この会場にもしも左がいたら、盛大に爆笑されるか、完全に失望されるかも。
むしろ、笑ってから「律子先輩さぁ……」とダメ出しされるフルコンボかも。
はー……落ち着いているようで落ち着かない。
ひー……さっきから頭んなか、グルグルしてる。
ふー……恥ずかしさの心臓ドキドキ運動も絶好調。
もー! 早くきて葉月! 私をここから連れ去って! 死んじゃうからっ!
葉月はモデルらしさを見せつけることもなく、身の素振りに気を配ることもなく、ある意味オトコらしくズカズカとやってきた。飾り気がないぶん、クールで不器用、だけど胸中は熱そうな青年、なーんて見方もできないことはない。
よーやっと、青年がお姫さまに近づく。二人を照らすふたつの光源も、そろそろ接触する。あとはなんか愛想でも振りまくか、恋に落ちる表情でも見せるかして、手をひっぱられて帰れる感じかな。なんでもいいから非常に助かります。
私のとこまであと数歩。近づいてきた葉月が、右手を前にあげる。
なんだろ。手を取ればいいのかな? アドリブが思考できない。
とりあえず、それでいっか。その手に左手を交わそうとして。
――カラン。ズルッ。フワッ。
葉月がいきなりと体勢を崩し、転げそうになった。
ドジな私の救出間近とあって、視線はすでにこちらに向けていたから、足元には気づかなかったのだろう。私も気づかなかったけど……アカン。なにが起きてしまったのかは、すぐに理解できてしまった。犯人は絶対、私だ。
あの脱ぎ散らかしたガラスの靴が、バナナの皮を演じてくれやがった。
「あっ」
なにが起きたのか分からないような顔のまま、葉月が崩れそうになる。
「まっ!」
後ろに倒れる。危ない。思わず出た声とともに、体もとっさに前に出た。
後頭部から倒れそうな葉月の右手を左手で鷲掴み、左足を前に踏みきる。
もう片っぽの右手は彼女を支えようと、葉月の背を強引にすくい取った。
すると、じゃじゃーん。このとおり。
青年をか細い両腕で強引に抱き寄せる、肉食系プリンセスの誕生だ。
「――――」
「――――」
まもなく、シーンと静寂。あたり一面から動きも響きもなくなる。
一秒、二秒、三秒……止まっていた会場から悲鳴があがった。
「きゃ……きゃあああぁぁぁあああっ!!!!!!」
「ふわあああぁぁぁああぁぁああぁっ!!!!!!」
「ぎゃあああぁぁぁあああーーーーっ!」
間に合ったあ。ホッと安堵した私。目をぱちくりさせてる葉月。顔が近い。周辺からおぞましい嬌声のアンサンブルが聴こえてくるけど、脳には届いてない。
「だいじょーぶ?」
「うん」
「ちょっと重い」
「このまま立つの無理かも」
葉月は両足を前方に置いてきたまま、上半身が後ろに倒れ込んでいるから重心が悪い。正直、彼女を抱える腕の筋肉はプルプル。限界にきてる。引き起こせそうにはないから、コワレモノを扱うようにゆっくりと地面に座らせる。
しっかし。私も相当呆けているほうだけど、今は葉月のほうがぶっちぎりで呆気にとられている。ゆっくりと地面に腰を下ろさせると、彼女はペタンとお尻で着地した。それから私は手を差し出して、青年を慎重に立たせてあげた。
事のはじまりから、事件の勃発から、大事件のフィナーレまで。疲れた。
今は館内に流れる静かな音楽を蹴散らすかのように、「きゃあああっ!」という暴力的な歓声がこの場を支配している。私の疲れきった感情はそれらを拾うことを諦めて、顔面に「ハハハ……」と微妙な笑みを出力するだけにとどまった。
姫に恋する青年。当初の想定からはかけ離れた表現になったけど、解釈によっては同じ着地を果たせた。けれど心中は「頼むからもう終われ……」。私たちは見得を切ることもせず、トボトボと足を引きずり、ランウェイから逃げ帰る。
私と葉月を出迎えてくれた真田さんや徳永親分は、よくカマしてくれたとばかりに感激しているけど、タハハと返すのが精一杯。私の頭に唯一染みたのは、コントの一部始終を見守ってくれていた、感情のないショーの神さまの声だけだった。
【Dress Code……「流星館ガールズ」…………End of Stage.】
次回「美装絢爛<ドレスコード>」(4)。




