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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(秋)
63/205

参りますよ、お嬢さま(3)

「姿っ!」

 葉月の大声。あまり聞かない声。


「大丈夫。ごめん、あんがと」

 姿が謝りながら、感謝する声。


 なにがなにやら。置いてきぼり。だけど葉月のおかげで、今まさに交通事故にあうはずだった私が、あずかり知らぬところで助けられていたのだけは分かる。

 当事者であろう私が、ようやくといったところで背後に体ごと視線を向けると、床にはいくつもの割れた陶器と、汁もので汚れた姿が倒れていた。


 お椀の中身はお味噌汁じゃなくて、具だくさんの豚汁だったか。姿の胸元のクマさんや剥き出しの左手には、豚肉や大根や人参の切れ端が張りついている。


「え、え……わわっ! 姿どうしたの大丈夫!?」

「ごめんごめん。サプライズしようと思ったら、とちっちゃった」

 汁ものを被ったのか。左手の甲をさすっている。


「リッコちゃんに豚汁お見舞いしそうになったのを、膳ごと叩き返してくれて」

「いいから。ケガは。切ったとこない?」

 葉月が、姿の汚れた体を気にもかけず、ペタペタと触れている。


「だいじょーぶ。ちょっと豚汁くらっただけ。葉月のカウンターのおかげ」

「いいから」

「友だちで、しかもお客さんにやらかしてたら面目立たなかったし、大助かり」

「……左手、赤くなってる」


 葉月は視線を動かすと、近くに立っていた店員さんの手から水の入ったコップをすばやく奪い取り、間髪おかずに葉月の左手にバシャーッ! ぶっかけた。


 おいおい、ここ教室内だぞ……と。

 見ている人の全員が一瞬、思ったかもしれない。


 だけど「それがなに?」とばかりに、妹の身体を最優先したのだろう堂々としたその動きに、私は心の底から、コイツやっぱカッコいいって思った。

 今の葉月はかけらもバカにできないくらい、頼もしいお姉ちゃんに映る。


「左手、冷やしてから保健室いくよ」

「はいはい」


 葉月は姿を引き起こし、急ぎ教室を出ていこうとする。

 その間、周囲に「ごめーん!」と目配せしている姿。


 私もここで待っているのは気まずい気がして、私のせいで盛大に汚れたのだろう床になんとなく罪悪感を覚えつつも、きっと葉月のぶんであろう肉じゃが御膳を運んでいた女の子に軽くお辞儀をしつつ、成瀬姉妹の後ろを追いかけた。


「ごめん、水道使わせて」

「えっ、あっ、はい」


 葉月は教室近くのお手洗いに入ると、鏡の前でワタシ磨きをしていた女生徒を有無の言わさぬ圧力でどかした。執事と若女将が、衣服に豚肉や大根をへばりつけて迫ってくるのだから、その異様さに対抗できるわけはなかったし、張り詰めた緊迫感を漂わせているから、その子も異常を察知してすぐに離れた。


 冷やすよ、と。葉月は姿の左手に、洗面台の水をジャブジャブかける。

 私が入る隙間はなかったけれど、せめて二人の体についている豚汁の具をトイレットペーパーで取り除こうかと思ったら、応急手当はこれでいいと判断したのか、葉月はまた姿の右腕をひっぱってどこかに行こうとする。


 私、小枝律子は今、一番近いポジションにいるだけの完全な野次馬になっているが、自分なりに関係者としての罪悪感があるから、とりあえずついていく。

 葉月はたくさんの人がいる廊下を、無言で、早足で突き進んだ。自然と人波が割れていくのは彼女の力かな。流星のように止まることなく進んでいった。


 廊下の先、階段を下りて、角を曲がり、たどりついたのは清潔そうな保健室。

 幸い、保険の先生はあくびを噛みころしているような状況で、手当はスムーズに行われた。ここでようやく、私も二人の体の具を取り除くことに挑戦した。


「割烹着って、こういうときマジ便利だねー。主婦の知恵が身に染みたよ」


 姿は割烹着を脱いで、保健室の水場でまたもや左手をジャブジャブさせられている。下に着用してた青シャツも濡れていたけど、切り傷もなく、豚汁を直接被ったのも左手だけだった。上半身についた豚汁の具もすべて排除できている。


 対して葉月の執事服は、豚汁を直接被ったわけではないし、具も姿の介抱中にひっついただけなので少量だけど、汁ものの汚れがいかんともしがたい。脱いだら清算できる割烹着と違い、今はむじろ「肉じゃが御膳を被った側」に見える。


「葉月も拭くよ。これって貸し服?」

「家にあったやつだから、気にしないでいいよ」

「よくはないんだけど……まあ、不幸中の幸いかな」


 私は葉月の具をひとつずつ取り除いてから、被害の大きな上着を脱がせる。

 よかった。ベストには侵食していない。被害の大部分は上着だけだ。


「あ……ごめん律子。律子は平気だった? ケガしてない?」

 今になって私の存在に気づいたような気づかい。かわいい。


「へーき。葉月のおかげ……だったのかな」

「姿が悪いんだよ。バカ姿。けどよかった、律子になにもなくて」

「ほんと。私もあのままリッコちゃんを温めてたら、お宅に詫びいってたよ」


 この二人に詫びを入れられても、家族一同が絶対困るんだけど。

 なんか、こうね……ちょっと背徳的で、見てみたいとも思っちゃったり。


「でも、これから本番ばっかの二人より、私が浴びたほうがよかったかも」

「それは絶対ダメ。姿の自業自得だから。こんな子は豚汁まみれがお似合い」

「そのとーり。よくやった葉月。さすが流星館のシューティングスター」


 成瀬姉妹的には筋が通っている。姿にとっては手厳しいけど、私も身内が不手際をしでかしたら、同じような対応をする気がするしね。

 ただ、葉月はさっきまで私の存在すら忘れてたくらい、必死にお姉ちゃんしてたから。あれを見てれば、二人の姉妹愛に疑いようなどない。いやむしろ、さっきのはお姉ちゃんっていうか、もはや王子さま。星の王子さまと化してたよ。


 結局、姿に大きなケガはなかった。けれど左手の甲が全体的に赤く、本人いわく「チリチリと熱い感じ」。軽度の火傷症状になっているようだった。


 姿は「これくらい平気だよ」と何度も言ったが、星の王子さまは絶対に許さず。二十分ほど妹に水を浴びせ続け、様子見に来た2年2組の子にも「姿は病院に行かせます」と言い、保険室の先生に近所の総合病院へと連絡してもらっていた。


「病院はひとりで行けるから。二人とも戻っていいよ」

「でも」

「いいって。葉月、リッコちゃん連れてさっさと行きな」

「……ふん」


 場も落ち着いてきて、いつもの見慣れた姉と妹の関係が戻ってきたころ、姿はひとりで病院へと向かった。葉月はかなーり食い下がったし、なんなら私もこれから愉快に文化祭をすごすより、姿のそばにいてあげたかった。

 しかし、姿が逆にキレそうな気配になってきたので、二人とも諦めた。


「ごめん、律子」

 あらためてシュンとなり、謝る葉月。かわいい。


「私は大丈夫だって」

「ううん、ご飯。食べそびれちゃったから」

「あっ、そうだった」

「それで私、そろそろドレソ部の出し物にいかないとだから、ごめんね」

 時刻はお昼の真ん中をすぎた。葉月は十三時からドレソするんだったっけ。


「いいよ。こっちも左と合流して見てるから」

「なら、終わったら一緒に食べよう。それまでは軽食だけね」

「おっけえ。葉月も軽くは食べときなよ」

「わかった」


 そうして使命を携えた葉月は、墨色の柴犬のように駆け足で去っていった。

 私的には、うーん。今いる場所が校舎のどのあたりか分からないんだが。

 まあ……いっか。ここ小一時間ほど、恐ろしくバタバタしてたし。


 とりあえずこっちも約束の時間だし。左に連絡しよう。そうしよ。

 たぶん美味しく食べ歩きでもしてただろうから、オススメでも聞こう。

 それに姿も大丈夫かなあ。ウィンブレまでに治るといいんだけど。


(――ケガのおかげで、花が有利になるかも)

 一瞬。思い浮かんだ。その発想にすぐ自己嫌悪した。


 そういう勝ち負けのつき方は、キライだ。相手の弱点を突くのは正攻法。それ自体は割り切れても、不慮の事故までプラスに考えるのは……やっぱ嫌。


 それくらい貪欲な考え方をすべきなのが武芸者、ないしスポーツ選手だと思う。だから否定しないし、見習うべき点もある。けど、私はココロが弱いから。

 それがより強い人の在り方だとしても、私はきっと、そうはなれないのだ。弱い自分のままでいいから、ただしく軟弱であり続けることを選んでしまう。


 それにさ。姿のケガをうれしそうに伝えても、花に嫌われちゃいそうだし。

 なんてことを考えながら、左に合流のメッセージを送ろうと思ったら。


「りつこっ!!! まって!!!」


 葉月が大声を出し、二倍のスピードで舞い戻ってきた。


「んん? なにどうしたの」

「はぁ、はぁ……ごめん。トラブル発生。助けてほしいの」

「なんの」

「ドレソ部の出し物。姿が欠員なの、忘れてた」

 あちゃあ、そうか。鬼気迫っててなんだと思っちゃったが。


 姿のことは我ながら「小枝律子があの場にいてしまった罪」を背負っているから(成瀬姉妹に言ったら怒られそう。ふふ、こーゆーのも言うと怒られそう)、事情を考えるとやむなしか。彼女の代役としては……いささか適任じゃないけど。


 ドレソの実力的にもだけど、なんていうか、ほらね……ビジュアル的にも。

 ええーい言わせんなっ! とはいえ、しゃーなしだ。


「いいよ。出たげる」

「ありがとう。ほんと助かる」

「できる子なんて限られてるだろうしね。ドレソでしょ。ルールは?」

「ううん……実は違うの」

 葉月が申し訳なさそうにモジモジする。かわいい……けど。


「違うって、集団戦じゃなくて個人戦とか?」

「違うの」

「あ、JDS決勝大会のドレスビューティーコンテストみたいなのとか?」

「近い。けど違うの」

「じゃあなにさ」

「ドレソじゃなくてさ、ドレコなの」

「は?」

「ドレソ部さ、今から“ドレスコード”のショーやるの」


 ドレスソードが生まれたのは、二〇二七年

 そこからさかのぼること五年前、二〇二二年のこと。


 世界中の人々は、手に取れないはずの電子情報を特定領域内に物体化するという、限りなく次世代につながる先進技術を目の当たりにした。

 その五年後に須磨研究所が提唱したのが、人体での接触および着脱が可能なドレス(服飾)、人体への非干渉および非外傷性を担保したソード(武装)、規範性を組み込んだ集団戦闘競技種目「Dress Sword」(ドレスソード)である。


 しかし乙女の戦い――いえ、女の戦いは、二〇二二年からはじまっております。


 ファッション業界向けに生み出された、世界初の接触型情報出力システム。

 正式名称「Dress Code」(ドレスコード)。


 ステージを彩るのは、女たちのプライドをかけた“戦いのドレス”。

 たとえ、ぶん殴っても、はっ倒しても、切り裂いても。勝てはしません。

 舞台で勝つための法はただひとつ。美しくも優雅に、人々の心を落とすこと。


「律子さ、去年の夏、みんなでドレコやったって……言ってたよね?」


 マウンテンパーカーの袖が、さりげなくギュッと握られた。

 困り眉の柴犬は、いけしゃあしゃあと獲物に食らいついていた。

次回「美装絢爛<ドレスコード>」(1)。

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