参りますよ、お嬢さま(2)
それから葉月は、流星館ドレソ部の面々がいるところを中心に校内を案内してくれた。最初に顔を出したのは、部長の真田さんのいるクラス。そこでは「三年目の流星館。地域との三年間」という、小難しそうなパネルが掲示されていた。
といっても、展示内容はそう難しいものでもない。学校側も新設校初の大学受験生たちをおもんばかったのか、どこを見ても文字資料はほとんどなし。
室内に飾られていたのは、現三年生たちが学校周辺でのボランティアや地域交流をしている様子を収めた、笑顔ばかりが咲く少女たちのアルバムであった。
「当時はまだ、生徒が一学年しかいなかったので。不思議な感覚でしたね」
アテンドしてくれた真田さんは目を細めながら、大切なものに触れるようにして写真を指でなぞった。内向きにクルッと巻かれた小奇麗な髪型が、顔にほどよく陰影を落としていて、ああこの人って本当にきれーだわー、って思った。
室内はパネル展示とは思えない混雑っぷり。とくに在校生や親御さんに人気なのか、どの写真の前でも「あったねー」「なつかしー」と盛り上がっている。身内の青春時代の1ページに、想いを馳せている。室内でもっとも新しいであろう、表題「J・D・S! 準・優・勝!」の写真も、とってもキラキラと輝いていた。
続いて足を運んだのは、副部長の徳永親分のところ。そこでは二つのクラス合同で「流星館名物!! O・BA・KE迷路!!」をやっていた。
名前のとおり、教室を使ったお化け屋敷みたい。受付のキュートな魔女さんが、語尾に「ヒッヒッヒ」とわざとらしくつけるのがかわいい。かわいいけど……。
「きゃー!!!」
「いやー!!!」
「むひー!!!」
廊下まで届く、女の子たちの悲鳴がえぐい。
まず、外装からしてガチすぎる。おどろおどろしい暗色ベースに、古今東西のお化けみたいなやつらが絵画チックに描かれている。過激ななにかを表現しているのか、ところどころに赤い塗料が不規則的に飛び散っているのも怖い。
真田さんたちのエモい省エネっぷりに比べると、こっちの二教室はお祭り女が優勢だったのか。正直、手が凝りすぎている。度を越している。気合が入りすぎている。これさあ、どう考えても美術系のデザイナーついてない?
だから……嫌じゃ嫌じゃ! わらわは行きとうない! と間違ったお嬢さま観で私は絶対に入らんぞアピールを猛烈にしたんだけど、「大丈夫だから、ね?」と鬼畜な執事に無理やりひっぱられ、入場してしまった。そのツケがこれだ。
「んぎゃ、ひっ、あひっ、いひひいひひ、うひっ」
「……葉月。これ小枝ちゃん生きてんの?」
「……ここまでとは思ってなくて」
オバケたちの控え室で、苦笑するお菊(お皿の枚数を数える悪い妖怪)に扮する徳永親分に抱きかかえられながら、イケジョ執事になでなで介抱されていた。
暗がりは怖いけど、お化け屋敷は苦手じゃない。じゃないけど、どこか抜けている雰囲気だったり、エンタメ寄りだったりじゃないとダメなの。これはやりすぎ。なんとか迷宮系はやりすぎ。なにが起こっていたのかは覚えていない。思い出さない。私が前を向いて生きていくために、この日のことは忘れようと思う。
苦笑いのお菊に見送られながら、葉月の肩を借りて足取りフラフラと歩く私は、さぞかし病弱なご令嬢に見えたことだろうが、お祭りはまだまだ続く。
「律子。お腹すいた?」
「すいたかも」
「わかった」
優しい執事にいざなわれたのは、二年生の教室が並ぶ一角。廊下にかすかに漂うイイ匂い。そろそろお昼どきとあって、食欲とともに元気も湧いてきた。
「いらっしゃいませー! おっ、葉月にリッコちゃん」
「姿だ。女将さんみたいだね」
「似合うでしょー。ごはんしてく?」
洋風な校舎にはあまり似つかわしくない、クマさん付き割烹着の姿。
彼女の頭上には、ごはん、お味噌汁、お魚にお浸しといったカラフルな紙細工が張り付けられた茶色い看板。場所は2年2組。彼女のクラスのようである。
「葉月と姿って、クラス違うんだ」
「違うよー。今まで一緒だったことのほうが少ないし」
姿は青シャツのうえから、中央にクマさんの顔マークがついた割烹着を身に着けている。頭には白い布巾。想像するところは小料理屋……なんて入ったことはないんだけど、そういうお店にいそうって思う、和風なお食事処の女将さん。
日本人形みたいな葉月が執事で、ギャル王みたいな姿が女将さん。
見た目のイメージは双方ちぐはぐだけど、悲しいかな。美人さんってのはなに着ても似合うものだ。いっそのこと、姿の執事姿も見たくなってくる。
「律子はどう。ほかに食べたいものある?」
「んーん。姿もいるし、ここにしようよ」
「そう」
お嬢さまの言を承った執事ちゃんが、女将さんにぶっきらぼうに伝える。
「二人。入れる?」
「はいよー。二名さま、ご来店でーす!」
「いらっしゃいませー!」
店内(教室内)からも歓迎の声が届いた。
ノリノリな姿の背中を追い、葉月と一緒に室内へと入る。
わー。流星館的フレグランスが台無しなくらい(いい意味で)、和だ。
これまでの教室で目にしてきた流星館の学習机は、朝女の「木。木。木。昔ながらの木の机と椅子」ではなく、素材は分からないけどピカピカしててツヤツヤしてる、近未来の学校みたいな机と椅子だった。
どっちも足が床に固定されているからズレないし、その場でコンパクトに畳めるから箒の掃き掃除のときも便利なんだとか(そこは掃除機じゃないんだ)。細かいところでイチイチ差をつけてくれるご近所さんだよ、まったくもう。
だというのにだ。姿のクラスでは机も椅子も固定部位をうまく動かして、二人客の向かい席、四人客のテーブル席にされている。そこまではいいけど、わざわざ机に安っぽい木目調の敷物をしき、未来感を殺した和風な食卓を表現している。先進的なプラスチック感の雰囲気が台無しである。
ただ、こっちのほうが学生の文化祭チックな温かみを感じられるのも確か。
というより、親近感かな。
朝女の領域まで落ちてきた感。したしみー。
「律子、なに食べたい」
「んーと、姿ぁ。お店のおすすめは?」
「当店の看板名物は、手作り肉じゃが御膳でーす」
愛嬌のある若女将。近寄りがたさのない、近寄ってくる美人なのも強い。
室内を見渡すと、ちょうど誰かの肉じゃが御膳が運ばれていた。ちょこんとした陶器のお茶碗にごはん。朱色のお椀は……お味噌汁かな? どっちも湯気が立っているから保温はばっちしのようだ。小皿に入った緑は、ほうれん草? お浸しっぽい。主役の肉じゃがも小盛りな感じで、全体的に量は控えめに見えた。
どれも紙製の食器じゃなくて、木や陶器を使っている。大変そうだけど本格的。文化祭ということで量を配慮しつつ、手作りとテーマで勝負してるのか。
「ぜんぶ手作りなの?」
「そうだよー。流星館女子のお手製よ」
それを表しているかのように、室内のお客さんも上々だ。
とくに……父兄さん? お兄さんお父さんな男性客が多い。
どーせみんな「手作り」の甘美な響きにやられたに違いない。
「ま、調理担当者は今ごろ食堂で絞られてるんだけどね」
「食堂で作ってるんだ」
「食品系の調理は大体あそこ。で、ヌシのお姉さまがたに監修されるから」
「ああ、そ-ゆー。絞られそうだね」
「でしょ?」
ゴールデンウィークの合宿でお世話になったから、よく覚えている。
流星館の無垢なひな鳥たちに庶民的な礼節と作法を叩き込む、あの元気ありあまる食堂のおばちゃん……ではなく。お姉さまがたに絞られながら作っているようなら、ここのお店の味や衛生面も期待できそうってなもんだ。
「ダメだし多めだけど、ちゃんと手作り。昨日も父兄にバカウケだったよ」
「娘さんらの手作りじゃあねえ」
「クラスの子たちも知らない父兄さんもいっぱいくるし」
「なんじゃそりゃ」
父兄らがちょろいったらありゃしないが、2年2組の戦略の勝利だろう。
流星館女子の手作り和食。そんなの、私ですらバリューを感じてしまう。
「花ちゃん、やっぱ来てないんだ」
会話の切れ目に、姿がポツリとつぶやいた。
「うん。ウィンブレがんばるぞーって、今日も第二で特訓中」
「へー……だから。文化祭に誘っても袖にされるわけだ」
ほんと、二人とも意外と仲のよいことで。
「あの子、うちで合気道も稽古中だからね。本番では投げ技に要注意だよ」
「そりゃ助かる。一瞬で反則負けしてくれそうじゃん」
「冗談だよ。でも練習してるのはほんと」
「まじかー、花ちゃんが合気道かー……反則覚悟で骨折られそう」
わりと真剣そうに言うから、妙に面白いギャグに聞こえた。
「姿はどう。ウィンブレは余裕そうなの」
「まっさか。私だってビビってブルって冷や汗だっての」
「……私の幼なじみちゃん、あんましバキボキしすぎない程度で勘弁してね?」
「善処はするよ。あの子の出方次第だけどね」
口元が危険な口角だ。まじ勘弁してほしい。
花と姿が出場する十月初旬のウィンブレには、個人としての力量に自信がある、あるいはそれを試したい選手たちが集まる。なかでもJDSと同様、朝女を含む東京B地区代表の大敵は、やっぱり同地区における天敵の“ココ”である。
JDSと違い、ウィンブレの上位進出者は二名のみ。
つまり、決勝戦に進めなければその時点で敗退となる
花も策を考えているらしいけど、決勝までに姿さまがお出ましとあればね。
上位進出のハードルはむしろ、ベスト4で済むJDSより高いものがある。
「姿、早く注文」
蚊帳の外で不機嫌になったか。葉月が会話を遮る。かわいい。
「へいへい。リッコちゃんはどーする」
「じゃあ、肉じゃが御膳で」
「まいどー。葉月は」
「私も」
「かしこまり。すぐできるから。あ、あとお水も持ってくるねー」
パタパタと甲斐甲斐しい姿の後ろ姿。実にモテそう。
「肉じゃが二膳いただきましたー!」
「ありがとーございまーす!」
店員さんたちの小鳥のような反響にも癒される。
商品提供は食べ物をよそうだけで完了するようで、ふたつの肉じゃが御膳はみるみる間に完成しそうな勢いだった。ときどき目に入る「重たーい食器を洗い場に持っていき、持って帰ってくる担当の子」がゼェゼェ言いながらゲッソリしているけど、ああいう陰のがんばり屋さんがいるから、お店は成り立つのだろう。
思わず応援したくなるのは、私の植生と似ているからかも。
「あっ。てゆうか葉月に言うの忘れてたね」
「なに」
「ワールド・レディ・ドレスソード。代表選手に選ばれたんでしょ」
「ああ、うん」
「やっぱ葉月はすごいね。ほんと流れ星みたい」
「なにそれ」
「早く飛んでいきすぎて、手が届かないってこ――」
あっ――小さな悲鳴が、私の後ろで鳴って、葉月が大げさに立ち上がった。
彼女はドレソのステージで大太刀を振るうときのように、乱暴な速さで右腕を振り払うと、私の側頭部あたりでなにか物体を押し返した。
目で追う前に聞こえてきたのは、ガッシャーンと物が落ちる暴力的な破損音。
それと「あっつぅ……」という、姿の痛々しい声だった。
次回「参りますよ、お嬢さま」(3)。




