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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(秋)
61/205

参りますよ、お嬢さま(1)

「おはよ、左」

「おはよーです」


 部活に学業に勤しんでいると、すぐに土曜日の休日。午前九時。

 朝から道を行く人たちの後ろ姿は、やたらと多め。

 老若男女もまちまち。全体的には“若女老男”ってな具合だけど。


 流星館に続くこの道には、見慣れぬ中学校(?)の制服から、見慣れた朝女の悪い意味で古めかしい黒いセーラー服に、私たちのような私服女子もいる。

 青糸で編んだ校章が羨ましい紺ブレザー、爽やかな青シャツ、シックでチェックな灰色スカート、この道の平日の支配者たる流星館の勝負服は見かけない。


 お嬢さまがたはとっくに登校し、すでに臨戦態勢ってところか。


「んじゃ、いこ」

「ちゃんと道覚えてます?」

「当たり前でしょ」


 道のりは、大型連休のときに歩き慣れたおかげで迷わず進める。

 次は~。流星館前~。流星館前~。「第三回 流星館女学園文化祭」にお越しのかたは、流星館女学園前でお降りください。なーんて案内もしちゃえるよ。


 先日、葉月から譲ってもらえることになった流星館文化祭のチケット。

 その総数、二枚。誰が行くかの選抜戦は、波乱もなく順当だった。


 恋子ちゃんはまだ余裕があるみたいだけど、かわいらしいお顔には隠し味のように、ほんのすこしの「ピリッ」が浮かんでいた。それもあってか、今日のお誘いも丁重に辞退された。うん、がんばれ受験生。私も一昨年はほんと大変だったからね。高校と大学では挑むステージに差はあれど、共感ならできる。


 一方で、氷空は推せば来そうだったけど、所用もあって辞退した。

 彼女は所用を作らせた当人である花と、二人してここから歩いて十分ほど離れた朝女で、休日にもかかわらずドレソの自主練習に打ち込んでいる。ついでに、花には尋ねる前から「いってらっしゃい」って返事をされてしまった。


 怖いんだってさ。今から成瀬姿のことを、意識してしまうのが。


(だから代わりに、私が姿をスパイしちゃうって算段よ!)

 といった、ひと匙の企みを持ちつつ、順当に私と左が当選したわけだ。


「ぎゃあ、私も制服にするべきだったかもー」

「なんでよ。その服かわいいじゃん」

 左は朝から元気だ。角を右に曲がると元気がなくなるとかなら面白いのに。


「いやいや、制服のほうがやっぱこう、なんかあるっぽい空気じゃないですか」

「ねーってば……気持ちは分かるけど」

 あるかないかで言えば、あるかも。あの場所に限ってはね。


「左、佐伯さんとは何時くらいまで一緒にいる?」

「一時くらい? ですかね。なんかドレソ部で催しやるってんで」


 右手の人差し指でこめかみをクリクリしながら、小首をかしげて答える左。

 いつものアホな後輩っぷりじゃなく、ちゃんと年下をやってくれていると、見た目だけはやっぱり清楚に見える子だから。左のくせに、結構かわいい。


 なにより、選択してきたファッションアイテムがなかなかやりおる。


 左の私服はここ半年で何度も目にしたけど、今日は黒い薄手のサマーニットに、丈が短めな黄色いジャンパースカートを合わせている。

 肩口にひっかけたジャンパー部分の布地はスリムで、装飾や造形も抑えめな服だけど、胸元で陽の光を反射している、ツヤのあるブラウンカラーのマーブルボタンがいいアクセント。小物もベージュ色のちいさな肩がけカバンだけだ。


 子供すぎず、大人ぶった匂いもなく、気合も入りすぎず、ほどよく力が抜けていて、一品一品が主張しすぎないコーディネート。参考になるくらい、実にまとまっている。ファッション感覚がすごくイイ。左自身にも似合っているし、友だちの文化祭に行くお洒落としても「おー」ってなるほど、今日の左はかわいらしい。


 その反面、小枝律子さんは考えすぎた結果、ちょっと無難すぎたやも。

 「お嬢さま学校だし……」と落ち着き感を出すべく、インナーは白無地のブラウス。同じく無地のひざ丈フレアスカートは、朝女セーラーよりやや薄めの黒。


 アウターにはお姉ちゃんに「リツ、これあげる」と下賜された昨年までの秋アイテム。いい感じのカーキ色とゆったりフードが気になっていた、ライトウェア系のマウンテンパーカー。さすが大学生のお姉ちゃん。私の手が届きそうにない、いいお値段グレード。ただ、やっぱ自前のインナー&スカートがね。


 安物なのはご愛嬌としても、ワンポイントがちょっと弱い。お姉ちゃんの普段の着こなしをまねするように、無地でそろえて大人感を出すつもりだったけど。

 それ相応に着こなすには年輪が足りていないなと、家の姿見の前で実感した。


 左が「上品で可憐な滋味」だとすれば、私は「うむー、単純に地味」って感じ。ドレスコードだったら、私のフェイタル(とかないけど)で一敗だね。


「んじゃ、一時くらいに合流して、それ見にいこっか」

「りょーかいでーす」

 左は口をとんがらせ、右手でただしくなさそうな敬礼をした。


 葉月とのすり合わせの結果、私たちは今日、葉月に校内を案内してもらうことになった。でも、左は左で佐伯さんとコンタクトを取ったらしく、一年生同士で回るみたい。まあ左もわけ隔てないほうだけど、そっちのほうが楽だろうしね。


 私も彼女のダブルデート案に賛成し、流星館ドレソ部がなんかやるらしいところで合流することにした。そこで姿の弱みでも見つけてやろう。にしし。


「今ごろ、ソラと花先輩は第二で練習中ですかねー」

「だろうね。頭が下がるよ」

「あの二人って、あんまり話してるイメージないんですが」

「練習中は話してるでしょ」

「ドレソの話ばっかじゃないですか?」

「だから大丈夫でしょ。案外、友だちなんてそれだけで十分よ」


 ウィンターブレードへの出場を決めてからというもの、花はとてもストイックにがんばっている。氷空にしても休日の練習なんて面倒だろうに。それでも花や私の前では嫌な顔ひとつ見せず、「はい」と即決で練習に付き合ってくれる。


 左に関しては平日休日でON/OFFの気があるけど、姿の弱点探しには快く協力してくれるらしい。よくもまあ、あんな塩対応な花先輩のためにがんばれるものだ。大好きだから仕方ないのかな? 先輩系な人に弱い性質なのかも。


 そして私はと言えば、一緒になにかしたいがために嫌がる花ちゃんを無理やりドレソ部に誘ったという負い目がある。結果的に引きずり込まれたのは私で、今では痛くもなんともない経緯だけど、あの子に借りがあるのは間違いない。

 それに、がんばる幼なじみの助けになりたい。その気持ちに偽りはない。


 あらやだ。こうしてみると私って、結構いい女じゃない?


「うおっ。人多いですね」

 流星館の高級そうな校門に近づくと、左がうめいた。


 閑静な街並みに、ひときわ多種多様な少女が吸引されていく黒門。

 以前の合同合宿のときは開いていなかったけど、へえ。あの黒い厳かな鉄扉が開くとこんなふうになるのか。なんて感想は置いといて。


「律子、右野さん」


 私たちにかけられた声が発せられたところに、妙な人だかりができている。

 成瀬さん家の葉月ちゃん……いや、成瀬家の葉月氏が手招きしている。


 なんていうのかな、黒いビシッとしたスーツの執事姿で。


「こっち。おはよう」

「おはよう……なにその恰好? めちゃくちゃカッコいいんですけど」

「うちのクラス、執事喫茶だから」

「や、やばっ! 葉月さん写真撮っていいですー!?」

「嫌だけど、いいよ」

 ムスッとした顔が、その格好だと逆にカッコいい。


 背中側の腰下から生えているのは、長い麗しい布地。

 本物の執事が着るかどうかはさておき、黒い燕尾服だ。


 ボタンを閉じた先にチラリと見える、グレーのベストと白シャツ。首元の黒タイも、両手を覆う白手袋もキマっている。安っぽいコスプレ感が薄く、お高級そうに感じるのは、パッと見で分かるくらい布地がしっかりしているからかも。

 なにより髪型。色素の薄い、葉月の墨色の長髪はいつものように肩口に垂らされておらず、私のように前髪やもみあげを残すようにしてスッキリ後ろにまとめた、ポニーテールに仕上げられている。男装の麗人って雰囲気がムンムンしてる。


 伸長は私と同じ、160センチちょっとだから。

 男らしさとまではいかないけれど……こやつ、やりおる。


「そりゃ注目されるって。もはや、かわいいイケメンじゃん」

「うへへぇ……葉月さんかっけぇ……」

 左。よだれやめな。


「だって、クラスのみんなが着替えていけって言うから」

 堂々でも羞恥でもない、ムスーっとふて腐れるのが実に葉月。


 お嬢さま学校の校門前に突如現れた執事は、来場者の注目の的だった。

 中学生も大学生っぽい人も、主婦っぽい女性もあまつさえ老年の男性も、執事姿の葉月さんを眺めたいのか。校舎に向かう足こそ止めていないけど、彼女の周りをぐるっと回るようにして、目で十分に堪能してから校舎に入っていく。コンパニオンとその観客。いや、海にそびえる大岩と白波みたいになっちゃってる。


 まあ、カッコいいし、カワイイし、キレイだし、ステキだし。

 なにこれ無敵か? 成瀬姉妹スペック高すぎ事件だわ。


「これ。二人のチケット。早くいこ」

「ありがと。左いくよ」

 見惚れるのは癪だから、なんでもないフリをする。


「ぎゃ、ぎゃあああ! 服によだれ垂れたー!」

 左の今日の採点は、下品で汚いチビに格下げかな。



 正門でチケットを提出し、身分証をもとに個人情報を記録する。

 そこから先の道、白くて豪奢な校舎までの大通りはだいぶ賑やかだ。


 灰色レンガが敷き詰められた道の両脇の木々は、秋を目前としてもまだまだ青々としていた。等間隔で並ぶ深い色の木製ベンチ、そのあいだの空間が出店スペースとされているのか、少女たちの手作りな露店がスマートに営まれている。

 前に来たときは連休中とあって物静かだったけど、今日はそこら中に活気があり、校舎前の真っ白に輝く噴水も絶賛稼働中。頭四つほど上にあるてっぺんからは水が湧きだし、円周からも一定間隔でアーチのように水を噴き出している。


 ほら、やっぱし。この学校もうテーマパークじゃん。


「律子先輩。なんで私、朝女に生まれたんですかね」

「よしな。今日だけは忘れな」

「なんですかあの噴水。朝女のことバカにしてんですか」

「やめな。お化けになるよ」

「二人ともなに言ってるの?」

「お嬢さまの耳には聞こえない呪詛だよ」

「なにそれ」


 美女執事に先導されながら、私も左も今日一日を満遍なく楽しむために、負け犬の膿を先にひねり出す。人にはこういう儀式が必要なことだってあるのさ。


 校舎の周辺では、いくつかのパネル展示が行われていた。絵や写真、花や木工細工など種類も豊富。朝女なら「やきそば、カレー、フランクフルト」に置き換えられそうなお上品なラインナップだけど、チラッと目にした感じは面白そうな雰囲気があって、時間があったらあとで見にいきたいと思った。

 お嬢さまの郷に入れば、私もお嬢さまになれってね。


「右野さん。佐伯はあっちのわたあめ屋の……ああ、あそこにいるね」

「おっ、ほんとだ。ありがとです葉月さん。じゃあ律子先輩もあとでー」

「うん。転ばないでよお」

「転びませんってのよ!」


 あっちのほうで、はっぴ姿の佐伯さんが手を振っていた。

 それを見つけた左とは、約束どおり校舎前で分かれた。


 無事に駆けていく後輩の背中を見届けたあと、私は葉月に向き直る。


「葉月は執事喫茶のほうはいいの」

「私、夕方までお休みだから」

「それなのに、その恰好?」

「そうしろって。クラスのみんなが」

 ははーん。歩く広告塔ってわけか。利口なクラスメイトだ。


「じゃあ、ドレソ部の出し物までは付き合ってくれるの?」

「そのつもり。違うの?」

「違わないよ。出し物はなにすんの」

「体育館で見てのお楽しみ。律子なら飛び入り参加もOKだよ」

「嫌だよ。どうせボッコボコなんだから」

 流星館の一同にサンドバッグられる自分を想像して、底冷えする。


 しっかし、流星館文化祭には在学生のチケットがないと入れないようでも、校舎内はすでに人であふれている。歩けないほどではないけど、歩くには波に乗らないといけない。朝女よりも広い校舎に、それくらいの人がミシミシしている。


 葉月は両親に二枚、私らに二枚でチケットを使いきったという。

 各生徒の親類縁者、友人知人に加え、制服アンド生徒手帳だけで入れる中学生女子も参戦すると、これだけの大盛況になるのか。この学校については社交辞令じゃなくて、わりとどの世代の人でも訪れたくなるんだろうねえ。


 言いたかないが、朝女の文化祭はもっと「年始のご近所さんのお餅つき」くらいの盛り上がりだ。比較すると夢にもなり、毒にもなる、流星館なりや。


「流星館って、やっぱ“星推し”なんだ」

「なにが? ああ、あれ。まあそうなのかな。イメージしやすいのかもね」


 校舎内のらせん階段には、天上から紙細工の星々が吊るされていて、私は「自分たちの芸が分かってるなあ」と上から目線で評価した。なお、吹き抜け天上から張り出しているテラス部分の場所取りは、大混戦を巻き起こしたらしい。

 勝ち取ったのは、カフェ屋かな。コーヒーの芳醇な香りが漂っているから。


「いいじゃん。葉月も“流星館のシューティングスターさん”なんだし」

「……やめてよそれ。恥ずかしいだけ」

 執事さんはJDS準優勝以降、巷で噂の異名をお気に召していないみたい。


 そんな話をしながら歩いていると、周囲からの視線をよく感じる。

 どう考えても、みんなが葉月をチラチラ見ている。


 私自身が注目されるのは好きでも嫌いでもないけど、隣にいる友人が注目されていると、なんだか誇らしげに自慢したくなってくるから不思議。私への注目は小さいもので、ただの余波なんだけど、これくらいが意外と快感である。

 小枝律子には見られる理由がなにもないけれど、「この子をはべらしている子」と見られるのは、お祭りの渦中ともあってゾクゾクする。


 はあ。私ってほんと、性根から脇役なんだろうね。

 ちっぽけな小物っぽさに笑えてくる。不満じゃないけどね。


「燕尾服の効果抜群じゃん。みんな見てるよ」

「律子は嫌?」

 こちらの顔を覗き込むような角度で、心配げに尋ねてきた。


「ううん。執事を連れてると、なんだか私がお嬢さまになったみたいだし」

「なにそれ――では、参りましょうか? 律子お嬢さま」

「よいでしょう」

 差し出されたその手に、小さく吹きながら手を置いた。


 葉月のこういうところ。ノリがよくてかなり好き。

 私にだけ……みたいな独占欲は感じていないけどさ。

 こういう子だから。やる人は選んでいるんだろうし。

 つまり、私は選んでもらえてる子な気がするしー?


 うぷぷ……葉月って大概、私のこと大好きだよね。

次回「参りますよ、お嬢さま」(2)。

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