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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(秋)
59/205

文化の秋。紛糾の先(1)

 決して見てはダメ。見てはダメ。私が食べられてしまう。

 決して見てはダメ。見てはダメ。あの舞台に逃げこんで。


 目にしてしまえば、この手が怯える。

 目にしてしまえば、心が見透かされる。

 臆病な小動物には、逃げることも戦いだ。


 それが分かっている。だから見てはいけない。

 あの姿を、ステージに立って睨みつけるまでは。



――――――――――――――――――――――――――



 乙女の喧騒が鳴りやまない、二〇三五年。九月の初旬。

 私たち朝女ドレソ部は今日も今日とてやかましい。

 

「だんっ! ぜんっ! メイド喫茶だねっ!」

「律子先輩は古っ! 古すぎっ! イマドキはウサギカフェですって!」

「んなの、今年の干支じゃん」

「ゆ・え・のっ! 干支ですっ!」

「全然ゆえってないし。ただの直球だし」

「かぁーっ! 古いっ! 律子先輩の古代ヒューマン!」


 どんな罵倒なのよ、それ。


 ただでさえボロい朝女の第二体育館も、少女の大声くらいじゃ壊れない。

……壊れないよね? 先月は猛暑に耐えかねたのか、二階の窓ガラスが新たにお亡くなったけども。地震とかきたらどうしよ。避難訓練もしておこっか。


「んんん、私は去年みたく、お着物がいいと思うなー……」

「私はなんでもいいのですが」


 私と左がキシャーっと白熱した対面を繰り広げるなか、花は上目づかいでボソッと意見を、氷空は右側だけの編み込んだもみあげを指で弄りながら、どうでもよさげに呟いた。それがまた左お母さん(氷空目線)を怒らせる。


「ソラ、そーゆーのいっちばんダメだから。ちゃんと考えな」

「べつに、左たちが決めたのでいい」

「ちゃんと考えな」

「……はぁ。いいよ、文化祭の出し物なんて。べつに」


 真夏のドレスソードの一大決戦、JDSも先月末に幕を閉じた。

 今年の優勝は、全国決勝戦で貫禄のストレート勝利を見せつけた桜花女子。その相手に立ちふさがったのは、私らがお隣さんの新星校、流星館女学院だ。


 部長・真田望さんと(私の)親分・徳永明日香さんが率いる流星館は、新設初年度に地方進出を、二年目に成瀬姉妹を加えて全国進出を、そして彼女たちの集大成となる三年目に全国大会を勝ち進み、決勝戦で強豪桜花と拮抗試合を見せた。


 最終的には敗れてしまったものの、勝ち取った称号はJDS準優勝。

 流星館の名は、もはや(郊外だけど)東京の人気校のラベルとなった。


 朝女もね。いろいろあったけど、これでも二年連続地方進出っていう普通に快挙なんだけど。お隣が株爆上がりの真のシンデレラとあっちゃあ、分が悪い。

 学校全体にせよ、バスケ部が夏のインターハイで全国ベスト8という真っ当な戦績を成し遂げたのもあり、やっぱり朝女ドレソ部へは光がそんなに当たらない。まあね。仕方ないよね。自分たちの勲章と世間の勲章は相場が違うってもんだし。


 んで、目下の課題はそれよりも。

 九月末の朝女文化祭での、ドレソ部の出し物。

「さーて、今年はなにやりましょ?」の話し合いである。


 生徒の部活入部が必須で、部活主導の取り組みが多い朝女では、文化祭や体育祭といった行事をクラス単位ではなく、部活単位あるいは部活系統で組む。

 つまり私たちは、ドレソ部でなんかやらにゃいかんってわけで。


「着物はもういやあ。もっと洋風がいいって。花は却下ね」

「えええ……でもりっちゃんのお母さん、また喜ぶと思うよ?」

「どうせまたお母さんとかお姉ちゃんとか、みーちゃんにも叱られるもん」

「家族で着付けできないの、りっちゃんだけだもんね」


 それなんだよ、幼なじみちゃんめっ。


 実のところ、わたしくめの実家の小枝合気道道場では、道場経営の足しにと、母主導でご婦人向けの着付け教室も営んでいる。といってもシーズンイベント的なものなので、四季に応じて一回やるくらいの頻度だ。

 着物屋の娘さん(お母さん)と道場持ちの堅物(お父さん)。二人が一緒になったからできる、趣味を兼ねた建設的な生活費稼ぎである。


 そんなわけで昨年は、お祭り大好きな菖蒲先輩がこの時期、「文化祭はコンセプトカフェやろーぜ。タッコ、メイドなんざなしだアッホ」と出展企画を考えていたところ、花がポロッとウチの話をしたもんだから、いいように扱われた。

 擬態だけは優等生。そんな先輩はさっそく小枝家にお邪魔し、ペラッペラの口だけでお母さんをおだてて、「律子はいい先輩もったわねー」などとお墨付きを得て、私たちは母の援助を受け、流れのままに着物カフェをやるはめになった。


 しかもね。菖蒲先輩ってば、なぜか着付けまでできちゃったのよ。

 小枝家で着付けができないのは私だけだから、そりゃあもう女家族たちから非難GOGOされたもんよ。針のむしろ。むしろ地獄。今年はぜーーーったい嫌だね!


「それに今年は菖蒲先輩いないから、お団子も無理じゃない」

「あ、そっか。料理研究部さん」

「顔見知りがいないのに手伝っては、ちょっと図々しいしさあ」

「恋子さんなら、お友だちもいたりして?」

「そ、れ、よ、りっ! メイドっ! メイド喫茶だってば! 絶対メイドっ!」


 どれだけ時代が移ろおうと、アルバイトだと重いけど文化祭ならいっかーってな絶妙なラインで女子の変身心を鷲掴みにする。それがメイド喫茶だ。

 昨年は一蹴されたし、家族には非難されるし、後輩にも古いだのといちゃもんつけられてるけど……知るかっ! 私はこのとおり結構ミーハーなんですからっ!


「氷空も、ウサギよりメイドがいいでしょ?」

 こうなりゃ仲間作りが手っ取り早い。世は多数決を求めている。


「律子先輩! ソラの勧誘はズルです! どーせ面倒ですぐ首振りますし!」

「私はどちらでも」

「ならウサギカフェって言いなよ!」

「左! 氷空の誘導やめな! 氷空だってメイド喫茶がいいって言ってる!」

「私はやっぱりお着物がー……」


 わちゃわちゃ。もちゃもちゃ。近年まれに見る、まとなりのなさ。

 というのも、まとめ役で部長で処刑人な恋子ちゃんが不在だから。


 恋子ちゃんはJDS終了後もドレソ部に在籍し、たぶん卒業まで部長、あるいはそれに近い活動をがんばると宣言している。ただ、そこは高校三年生の身。彼女も学業は優秀なほうだけど、来年の受験期までは部活を控えざるをえなかった。

 当たり前すぎる当たり前だけど、去年は平然と毎日ドレソをやっていて、気づけば「大学合格した」と報告だけしてくる先輩を見ていたから、一足早く寂しくなってしまったのはある。恋子ちゃんも卒業しちゃうんだなあ、って実感で。


 ちなみにその間の部長代理に任命されたのは、次期部長就任を軽口で叩いていた私ではなく、幼なじみの花ちゃんである。そのとき左が「ぷーくすくす」してきたから、思わず右に曲げてやった。けどまあ、部の判断的には妥当かな。


 私自身、消去法での就任以外は考えていなかったし、花もここ最近でみるみる頼もしくなってきたから、私たちもとくに違和感なく受け止められた。なにより彼女自身が「部長やらせてください」と意気込んきたのだ。意外だった。

 話を探ると、どうもお隣の部長が葉月の妹、成瀬姿になることに思うところがあるらしく。今はまだこうしてブツブツ腐ってるが、そのうち咲くだろう。


「はぁ……なら、ウサ耳メイドカフェでよいのでは?」

「それは……一理あるかも。氷空も考えるねえ」

「いやいやいや! それだとウサギ成分が少なすぎですって!」

「ほら、衣装の問題もあるからね? 私はやっぱりお着物が……」


 四者四様の状況が続く。このままではらちが明かない。

 こうなると、誰かを納得させるか、意見を減らしていくほかない。


 であるからにして――すまない、花ちゃんよ。弱い意見の己を恨め。

 ここは部のために、とっとと消えてもらおう!


「じゃあ消去法ね。氷空は和菓子とケーキどっちがい――」

「ケーキですね」

 食い。食い気味じゃなくて、食いの速さ。


「でもお? 和風だとお? ケーキないねえ? 困るねえ? どーしよお?」

「メイドかウサギでいいと思います。どっちかでいいです」

「えええーっ!? 氷空ちゃん!?」

「げっへっへ! はーい、花先輩だつらーく!」

 声の大きな者が勝つ。汚いが穢れない真理である。


「で、でも氷空ちゃん。ケーキだと作るの大変だよ?」

 花が必死に食い下がる。それも一理ある。


「むー、たしかに。料理できんの恋子ちゃんと左だし」

 花もできるっちゃできるけど、オムライスとかの洋食に偏ってるからね。


 私もケーキなんて作れない手前、すこし尻込みしてしまった。ただ「ケーキは好きですが作るのは苦手です」と公言する天河氏は、口から砲火しはじめた。


「スポンジ系は諦めるとしても、フレーバーあるいは乾燥果実を加えたシフォンやパウンドを焼いて、生クリームを立てれば簡単に見栄えもいいと思います。クラフティならリンゴやバナナ、チョコレートやベリーソースだけでも十分戦えます。ミルクレープも層にこだわらなければ意外と簡単ですし、チーズケーキも種類を選べば焼くだけでいいですし、材料費が問題になるなら安価なケーキミックスをベースに高価格になりがちな菓子材料をやめて市販のお菓子で代用するのも手で――」


 二分くらい、急にひとりで高速早口。

 切れ目がなくて、私たちは若干ひいた。


「――ですから最近はベルフェゾンのヨーグルトムースにも可能性を感じていて」

「はいストップ! 氷空ストップ! もういいから!」

 話が最近ハマってるケーキに差しかかったので、勢いで止めた。


 作れないってわりに、氷空のお菓子づくりの知識が半端ない。

 熱心に勉強したのだろう。実践が実を結ばなかっただけで。


「ソラ。あんたってそーゆーとこあるよね。ちゃんと空気読みな」

「……だって」

「あとで聞いてあげるから。それよりウサギとメイドどっち?」

 左のこーゆーお姉さん肌なとこ、ちょっと好き。


 そして再度の提言を求められた氷空が。

 大した判断材料もないなかで下した決断とは。


「メイドでいいかと」

「ほらっ! やっぱねっ! 氷空といったらメイドだよねっ!」

「ハァーーーっ!? ソラなんでウサギじゃないっ! ウサギ系女子のくせにっ!」

「意味が分からないし、ウサギカフェ自体もよく分からないから」

「はい、二対一ぃ! 律子大先輩と氷空君ペアの大勝利ぃ!」

 氷空の肩を一方的に組み、勝ち誇りアピールを見せつける。


「ぐんぬんぬ……花先輩! うさ耳着物カフェ! やりたいですよね!」

 なんて姑息な後輩だ。


 敗色濃厚になった左は、統廃合にあえぐ商店が考えだしそうな安直な打開策を、先ほど自らが脱落宣告をした相手に提案する。しかし相手が悪い。


「それは嫌」

「なんでですか! うさ耳着物カフェじゃないと私たち負けますよ!」

「それでも嫌」

 花先輩は左後輩には、めっぽう塩対応なのだ。


 思えば……というほど長い時間は経っていないけれど、私たち五人(恋子ちゃんもね!)はここ半年で、それなりに遠慮のない関係になれたと思う。こうしてぶつかりあっても、変な空気に顔を曇らすような事態はまったくなくなった。

 大所帯ではない、指先の届く距離感。心地いいのは私だけじゃないはず。


 ドレスソードのほうも、大会成績に見合うくらいは成長できた実感がある。

 肝心の現クイーンさまこと私が、試合も練習も含み、二年間でいまだに「対面フェイタル数0」という驚異の記録を更新し続けちゃってるけど、チームとしては形になってきた。この先、恋子ちゃんを送り出す日がきても、形はきっと崩れない。


 なんていうのか、朝女ドレソ部ってばさ。けっこーがんばってるよね?

 結局この日の結論としてもさ、出し物は「メイド喫茶」が勝ち取ったしい!

次回「文化の秋。紛糾の先」(2)。

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