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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(夏)
58/205

夏の終わりの挑戦剣【エピローグ】

「氷空ちゅわーん? ぽかぽかでちゅかー?」

「海音姉さん。暑苦しいです」

「えーーー! そんなこと言われるとお、おねーちゃん泣いちゃうのですぅ……」

「うざいです。離れてください」

「きっひっひ! 氷空ちゃんのケチンボめっ!」

「はぁ……」


 夏休みもそろそろ終わる。二〇三五年の八月下旬。天河さん家のお宅に、わたし小枝律子を含む朝女ドレソ部の四名がお邪魔していた。


 氷空と海音さん。天河姉妹の関係はほぼ予想どおりの温度感だけど、海音お姉ちゃんさんが思っていた以上に妹にうざ絡みしている。エアコンの効いた快適な室内とはいえ、背後から抱きかかえるようにして氷空のほっぺたをウリウリ。

 手慰みにポニーテールの先っぽをいじいじしながら、すこし想像する。うーむ。うちのみーちゃんに同じことやったら、三日は近づいてこなくなりそう。


 昨年のJDS地方大会から大体一年ぶり。海音さんの女の子っぽいキュートな雰囲気は、大学生になり大人味がプラスされたって感じだ。小汚い口調は据え置きだけど。第一印象と人格を隔てる原因のゆるふわサイドテールは、今日がお休みの日だからか解かれている。違和感ってよりは、むしろしっくりくるかも。


 今いるのは、かしましい女子六人を収容しても、なおスペースが余っている応接間。私の前には60型? 70型? きっひっひ! 覚えてねーや! と娘さんが言い散らかす巨大多目的モニターがあり、そこにJDS全国大会の様子が映っている。


 去年は花ん家でJDS全国大会を観戦した。新入生はいなかったけど春先に恋子ちゃん家に行った。じゃあ、今度は氷空ん家どう? ってなわけでね。


 しっかし……朝女メンバーでは唯一の東京二十三区内のお家なのに、どの子ん家よりも豪邸で胸がズキズキする。左も玄関口で発作を起こしそうだった。

 爽やかな緑に囲まれた、次世代住宅って感じのピカピカさ。カーペットの上にあぐらをかいている姉と正座の妹を差し置き、私たちが今お尻をあずけさせてもらっているソファーは反発が心地よく、いっそのこと寝そべりたくなる。


 格付けするなら、トップお嬢さま(天河姉妹)、プチお嬢さま(恋子ちゃん)、いい感じのお嬢さん(花)、庶民(私と左)ってところかな。

 エアコンの風が妙に冷たく感じるのは、社会的な皮膚感覚の薄さのせい?


「あっ」

「ああ」

「ぐえー」

 恋子ちゃん、次いで花、そして左曲がりの生き物がうめいた。


「ライムライトが敗退か。紫織の言うとおり千草ちゃんがいりゃ腐っても桜花か」

「姉さん。うざいです。早く部屋に戻ってください」

 海音さんにわしゃわしゃされてる氷空の声はヒエッヒエ。


 ちょうど今。JDS全国大会の第五試合。地区で負けた黒須第一に、地方で大逆転勝利をかましたライムライト女学校が、全国一戦目を勝ちきった強気の攻めを出す前に、全国常連さんの桜花女子高等学校に2ラウンド連続で負けてしまった。

 霞さんと白峰さんが正面から敗れた試合とあっては、言い訳も難しい。


「瀬里奈と翼、負けちゃったかぁ」

 小さく、寂しい、恋子ちゃんの吐息。


 地方大会で私たちを負かしたライムライトは、紛れもなく強かった。

 恋子ちゃんの友だちがいるとあり、事前に両校の手の内をばらし合うという不思議な状況からはじまった一戦だったけど、私たち朝女はそのうえで負けた。


 霞さん、白峰さん、藤堂さん、大宮さん……も一応数えるとして、ライムライトの四人は非常にドレソらしい“外の経験とセンスで戦う強者たち”。私の幼なじみと後輩そのイチが真っ向から倒されたとあれば、そこがもう朝女の限界である。


 恋子ちゃんをクイーンにしたことも、試合の内容もいっさい後悔はない。たぶん私がクイーンをやってても、懸念していたとおり白峰さんとかにスイッチされて、氷空を相手取る大宮さんとどっちが先に落ちるか。デスレースになってた。

 私と花にとっては二年目、氷空と左にとっては一年目、そして恋子ちゃんにとっては最後の夏。会場からの帰り道、ちょっと涙ぐんだけど、みんな納得できた。


 ああ、私たち、よくがんばったじゃんって。笑って言えた。

 白鳴打倒という目標の不在通知が、いいほうに働いたんだと思ってる。


「ライムライトすごかったですね。あんなどん底から、全国ベスト8だなんて」

「ねー。また翼の実家に泊まるみたいだから、あとで褒めにいかないとだぁ」

「恋子先輩が行ったら、また前みたいに騒動になるのでは?」


 なんでも地方大会の二日目。ライムライトが葉月たち流星館に負けて地方準優勝で終えた日、恋子ちゃんが白峰さん家に行ったら、霞さんに大泣きされたとか。


「きっひっひ。あの剣龍と剣虎なあ。私も一昨年やりたかったんだけどなー」

「そういえば海音さんは黒須第一でしたもんね」

「今だって黒須第一だ。やっ、今からが真の黒須第一だからな」


 海音さんは昨年度、黒須第一大学付属高校を卒業し、付属校ならではのエスカレーターで黒須第一大学に進学。今は大学でドレソをやっているみたい。

 つまり、高校も大学も略せば黒須第一。もう黒高、黒大でいいのでは?


「あれじゃ、ゆゆが負けんのもうなづけるわ。自力がちげえわな」

「JDSに出場するまで、めちゃめちゃ大変だったみたいですけどね」

「JDSがあるだけマシだよ。大学入ってからマジ実感してる」


 大学界隈ではJDSのような公式大会はなく、大学間の手作りな交流試合を除けば、真冬の無差別級大会「無双剣 -MUSOUKEN-」しか場がないようで。

 うんともすんともドレスソードマガジンでも聞こえてこないプロシーンとやらもその延長線上なんだろうし、大学以降のドレソは先鋭化が避けられなさそう。


 といっても、その最前線を走っているだろう人が、狂剣・天河海音さん。

 私程度にはいらぬ心配か。


「なーに、リッコちゃんのクソ先輩に比べたら恵まれてるよ。連絡とってる?」

「いえ。まったく」

「あんのクソチビが。最近、私にも鈴子にも全然返信してこねえでやんの」

 まー、私の場合は連絡するのが恥ずかしいってのが大きいんですが。


「氷空から聞きましたけど、ほんとにダガープリンセスとお友だちなんですねえ」

「きっひっひ! 二つ名がマジだっせえ。笑うわ。女王なのにお姫さまかよ」

 親友らしいけど心底バカにしたようにマジ笑い。やや、親友だからか?


「それは言わないお約束です」

「つっても、亡き月のクライムレディって言い張るアイツも大概だけどな」

「ん、泣き虫れでぃ?」

「ちげーよ。すっげえ昔のアニメのなまえ」


 朝女の地方大会が終わったあとのこと。氷空は私たちに天河海音、七咲鈴子、そして笹倉菖蒲にまつわる、三人の天河剣術会での因縁を教えてくれた。氷空自身については「それは別の話なので」と話題を遮られて、全然聞けなかったが。


 彼女たち三人のお話は本につづられている物語のようで、氷空から見たものだから、きっとすべてが真実ではないんだろうけど、私の人生とは似ても似つかない、カッコいいものに聞こえたものだ。それはライムライトの霞さんたちも同じ。

 さらに言えば、次の次の全国第七試合に出場する流星館の葉月たちだってそう。


 きっと彼女たちは大好きなドレスソードで輝ける、本物の名役者なんだ。

 強くてカッコよくて信念がある、勝つべくして勝つことができた人たち。

 ひがみじゃない。努力を実らせた、がんばり屋さんの女子高生ってだけ。

 海音さんが入れてくれたカモミールティーを口に含み、そんなことを思い出す。


「ちなみに七咲さんって、今どうしてるんです」

「イカレ女たちをほっぽって、ケツまくって逃げ帰った」

「はい?」

「ドレソもやめたってよ」

「えええ!!!」


 なんだそりゃ! って驚いたのは私だけではない。

 声の大きさが違うだけで、花たちもわりとおんなじ顔してる。


「な、なぜにドレソやめたんですか」

「あいつにとっちゃ、ひとりで勝手に崖っぷちでやってるお遊びだったからな」

「ふ、深すぎて意味不明なんですが……」

「そんだけ救いようもねえクソバカだったってことだよ」

 海音さんは今も、心底楽しそうに笑ってる。


「リッコちゃんは鈴子狙いなんだっけ? やめとけやめとけ、あんなバカ」

「そう言われましてもお……先輩との約束もお……ごにょごにょ」

「白鳴ドレソ部はあの四人だけのもんだったし。もう廃部してるし」

「JDSどころか廃部……私の青春の目標、ほんとに詰んでた」

「イカレ金髪は知んねえが、わんこ姉妹だけだな。白鳴以降もドレソやってんの」


 よしよし。と慰められているのはテーブルをはさんだ先にいる私じゃなく、海音さんの手元にいる氷空。あからさまに意味のない、ついでの行動すぎる。

 ほらもう。氷空の眉毛の怒り角度が尋常じゃない感じになっちゃってるし。


「鈴子がああ言ってんだ。それこそ、もう遊びじゃねえとやんねえさ」

「なんか、あれですね。人気スターが最盛期に引退しちゃったみたいな」

「そういうやつらって、往々にして裏の事情がしょうもねえもんだろ?」

「ファンには関係ないですもーん」

 きっひっひ。よく似た姉妹の、よく似た笑い声が響く。


 おどけて返したものの、心の内には早くも秋が到来しちゃった感じ。

 みんなも考える時間が被ったのか、場が一瞬だけシーンとなる。

 私も。さて、これからどうしたもんかなーって。ふと思う。


 白鳴がJDSに出てこない。それは知っていた。けれど、ここまで完膚なきまでに「来年はもしかしたら……!」の秘めた願望までゴミ箱行きとあっては、さすがの小技のリッコにも打つ手なし。無技だ。無技のムッコと化している。


 二年生のJDSも終わってしまった。となると、また来年まで楽しくも辛い練習の毎日を送り、次のJDSにかけるべきなんだろうか。目標にした白鳴はいない。目標を抱かせてくれた人も音信不通。それをつないでくれた恋子ちゃんも来年になったらいなくなる。気力はあるけど、力が抜けてしまったのもウソではない。


 だから、これからどうしたもんかなーって。

 その思いはすこしずつ、現在進行で強くなっている。


「海音さん、すこしお尋ねしてもいいですか」

 水面に一石。その声は、私の右隣りから聞こえた。


 私の父のイチオシ、此花ユニバーサルスクールが出る全国第六試合の直前。

 花がかしこまって、海音さんを呼んだ。柔らかな色合いのブラウンヘアは、地方大会直前に気合を入れて切りそろえられていたから、短くもバッチリ整っている。お気に入りにパステルグリーンのヘアピンも、ストックしていた新品物だ。


 姉に抱きかかえられている氷空も、花の視界に入ったため表情を緩ませる。

 まあ、いつものシラーって感じだけど。


「ん、なになに」

「海音さんはウィンターブレードに出場されていましたよね」

「おっ、ウィンブレ。まあね。全国準優勝にも届かなかったけどな」

「私も、ウィンターブレードに挑戦してみたいのですが」

 花の言葉は、私には初耳で。


「えっ、初耳なんだけど」

 思わずそのまま口に出た。


「ごめんね、りっちゃん。私もつい最近になって考えて……」

「べつに。いーって。個人戦か、なるほどね。花にピッタリかも」

「くふふ、律子先輩には最高に縁遠そうですね。ぷーくすくす」

「うっさい左。右に曲げるよ」

「やめ、やめろお! 曲げるなあ!」

「それで、どうでしょう」


 花は真剣な眼差しで、海音さんに尋ねていた。

 さすが私の幼なじみ。ドレソへの執着心が違う。私のは復讐心だしね。


「どーつっても、そんなの知らんよ。各校二名は誰でも参加OKなんだし」

「その……先日の朝女の試合、私なんかの戦いは見てないかもですが」

「見てるよ。去年も感心したし、うちの大天使氷空ちゃんとも張ってるしな」

 チィッ――氷空がものすごい弾き力で舌打ち。普段より感情豊かじゃん。


「ドレソの先輩としてゆーなら、花ちゃんは実力あるほうだよ。トップクラスに届くたぁ海音ちゃんにゃ言えねぇが、ウィンブレに出たって恥ずかしくないピアシングストライカー。少なくとも今年は桜花の桜小町がいねえ。なにより白鳴の鉄面妃がいねえから、関東中部の全国切符も一枚よーやく浮くわけだし? 狙い目だな」


 水を差すようで申し訳ないが、私は海音さんが真剣に語ってくれているかたわら、彼女の口汚さが「菖蒲先輩との中学生活に由来する」と聞いてから、それまではお嬢さま口調だったという、この人の子供時代が気になって仕方ない。

 なんてこと考えてるときじゃないんだけど。左くらいは共感してくれるじゃ?


「ただ、ウィンブレって各大会の進出者が二人じゃん? 花ちゃんの不運はそこ」

「はい、理解しています」

「……どゆこと?」

「リッコちゃんはいいアホ面するねい。君らの障害はいつもどこよ?」

「えっと、去年の海音さんたちに、今年の霞さんたちに」

「その前だっつーの盾頭が」

「盾頭って……」

「ほら、この次の試合の」

「……葉月たちか」

「そっ。昨年は真田と徳永だったが、どっちにしろ流星館が鬼門ってわけ」


 JDSでも同じことが言えるけど、そうか。そりゃそうだ。

 流星館ってば、ほんとどうしようもないくらいにライバル立地。


「妹の葉月ちゃんのほうはまだしも」

「海音さん。あれ葉月のほうが姉なんです」

「は? マジで? きっひっひ! あっちが姉かよ!」

 わかる。そのきもち。


「笑えるー。でだ、たぶんあの子ら、U18世界大会に招集されるって噂だけど」

「えっ、なにそれすごい!」

「リッコちゃん黙れ。そうじゃなかったときね。妹風の葉月ちゃんはまだしも」

「姿さん、ですよね」

 花の返事は早かった。まるで確信しているかのように。


「ビンゴ。集団戦でも厄介オブ厄介だけど、個人戦だとなおさらな」

「海音さんくらいの選手じゃないと、ですよね」

「まあね。今年の女子高生であれに勝てんのは、そうはいねえだろ」

「私は姿さんとの対面経験がないので……強い人の見解を聞いてみたくて」

「姉となら花ちゃんも刺し違いを狙える。でも妹は無理。まずカモられる」


 あれ、ちょっと違和感。姿って普通に剣と盾な、なんていうかその、わりと普通な、正直言って葉月と比べると、そのお……普通に地味なほうというか。

 私も第二や合宿でちょくちょく対面してもらってるけど、そんなに攻撃的でもない気がするんだけど。私のスタイルのせい? そりゃ盾の私に盾を使ってくることなんてないし、かといって勝ったことは一度もないけどさ。


「二人が世界送りなら万歳。じゃなけりゃ姉はワンチャン、妹はノーチャンだな」

「――もし私が、姿さんに限っては、勝機があるとしたら?」

「……へぇ?」

「可能性の、小さな可能性の話です。彼女の左手を攻略する、という」

 ニタリ――狂剣のツラが凶暴に歪んだ。


「きっひっひ! んだよ最初っからやる気じゃねえか! 出ろよウィンブレ」

「りっちゃんたちと相談してから決めようと思います。ありがとうございます」

 ヘアピンをいじいじ。ゴキゲンは上々。


 そうして花は、私たちのほうに向き直り、さっそく言うのだ。


「みんな。私、十月のウィンターブレードに出場してみたいです」


 この流れで誰が物言いできると思ってんだ、私の幼なじみは。それを察してのことなら、んまあ! 花ってば狡猾になっちゃったわね! 違うだろうけど。


 夏が地球列車に乗ってどこかに旅立つと、それを見計らった秋が「おまたせ」しにやってくる。そこからはじまる冬の剣。ウィンターブレードの三か月。

 それは、秋から冬までの生き残りをかけた、ひとりぼっちのドレソ戦争。

久々にポチって投稿したら、あらやだ、予約投稿してない……。

てゆーわけで「15:00をキレイに並べる自己満足」に敗れ……。

※改稿絶対しない予定なのに(改)がついちゃったのは焦った証拠!


まあ、投稿的には予約じゃないほうがいいとも聞いておりますので、

毎日ガチャを回す気分(?)的な? お昼以降くらいの手動投稿に切り替えました。

ときどき日々の生活で忘れたりもしますが、毎日投稿はできてるからよしとします!


次は年明け早々にかけていたらいいなあ、なんて。

では、また。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回も楽しませていただきました。 終始ライムライト側の視点で進みましたが、ライムライトで繰り広げられるドラマも面白かったですし、相手側の視点から朝女メンバーの成長が見て取れるのも良かったで…
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