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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(夏)
55/205

橙黒のエビルガールズ(2)



【Lady to Ready……Round 1…………On Stage.】



「――ちっ。思ってたより厄介じゃない」

 翼は顔に出た苛立ちを、冷静に収めようとする。


 対面の天河氷空は話に聞いたとおりの手練れ。剣の錬度も高い。

 それだけなら、剣虎なるこっぱずかしい二つ名をいただく翼も負けない。むしろ自意識のうえでは、素の実力だけなら天河よりも上手だと確信できた。


 問題は……あの居合い。剣道以外の異種剣術との立ち合い経験は皆無。それがドレスソードだと知っていても、想像以上にうまくいかないことにイラつく。


 地区大会では、最終的にクイーンの瀬里奈が抜かれてしまった黒須第一戦を含めても、翼は相手にまだ一度もスラッシュもフェイタルも許してはいない。

 ただ、これまでの相手がギリギリ“剣道の正攻法で戦える相手”だったのが、今この場でひしひしと分かってしまう。自分の経験の少なさのせいにすることもできるが、それよりも即座に適応できない、柔軟性に欠ける自分に腹立たしくなる。


「――」

「ちっ」

 慣れない下段から飛んでくる居合い斬り。どにかしのぐも苦心は隠せない。


 現代の剣道の競技シーンは端的に言って、攻めるべき部位がすべて上半身に寄っていることから、下半身からの受け攻めはそれだけで出遅れる。実戦レベルで下段攻めを高めている選手も、少なくとも翼の知る学生選手のなかにはいない。


 だから今、目の前の居合いがずるくて、うざくて、恐ろしくて仕方ない。

 思わず八つ当たりまでしてしまう。居合いとか、天河氷空は卑怯だわ。


 彼女の居合いがくる間合い。次で三度目。「下段の構え」は五行の構えの教えにならって身につけてはいるが、実戦で使ったことなどない。使う気になるわけもない。それでも打開策になりえるかと、竹刀のような厚みで、かつ刀っぽいものをと一年生のころの自分が選んだ、木刀型のソードを下段でチラつかせる。

 天河の静の姿勢が、瞬間。美しいほどの速さで動に変わる。刀が走ってくる。


――瞬きの判断。翼はソードを引っ込めて後退した。結果、辛くも延命した。


(……下段構えなんてクソね。気の迷いだった)

 結果的にその割り切りが、翼をフェイタルから守った。


 力より技で切っ先を当て合う、剣道の下段の駆け引きとは違う。とてもじゃないが全身全霊の居合い斬りの一撃など、見よう見まねで防ぐのは不可能。

 心落ち着かせるとともに、木刀を体の前方へ。正眼の構えに持っていく。

 

「あなた、天河さん。強いね。それで一年生なんだ」

「はぁ」

 反応の薄い子。なんだかそれも、居合いっぽい。


「やっぱドレソってクソね。こんなの異種格闘技じゃない」

「まぁ……でも、私よりあなたのほうが強いと思うのですが」

「分かってる。ただ、ここで負けない理由にはならなそう」

「私は光栄です。あの剣虎・白峰翼と対面できるなんて」

「できればこんなとこじゃなくて、剣道の場で言ってほしいっての」


 静謐に。静謐に。天河氷空を見る。あの居合い斬りを受けきらず、こちらから間合いを開けてしまっては何度でも納刀され、堂々巡りだ。強敵だからこそ、本来の自分の受けて返す剣になってしまっている。これではペースが握られっぱなし。

 完璧に居合いを受けるか、瀬里奈みたいに攻め一辺倒か。二つに一つ。


 なら、やりたいほうに腹を決めましょ。ここはドレソらしく好き勝手によ。


 正眼の構えを崩して、ソードを両手でぶら下げながら、乱暴に天河に近づく。

 柄頭の感覚が違う木刀を左手で支えながら、右手にも力をこめる。お行儀のいい剣の舵取りで戦うのは場違い。ここはドレスソードのステージなんだから。


 ほら、どう? ここがあなたの間合いでしょ――。

 思ったとおりの高速の剣が、眼下から斬り上がってくる。

 それを上から被せた乱暴な一撃で叩き返す。いなせた。分けだ。


 ここが勝機と見て、翼は接近戦に持ち込む。しかし攻め急がない。恋子から伝わってきた情報のとおり、抜刀後の天河の斬撃テンポは豪快かつ速度重視。

 剣の打ち合いこそ剣道の土俵であるが、上から目線で舐めているとドレスソード特有の専門外の技にやられる。とはいえ、今の翼も大概なスタイルだが。


 袈裟切りされる前に袈裟切り。見てからの対応ではない。先の先で攻める。一刀一足の間合いをさらに半歩縮める。離されないように食いつく。木刀の斬撃が流されても、瞬時に手甲狙いの細かな振りに切り替えて、支配権を手繰り寄せる。

 剣道ほど、手先狙いの技術に特化した剣術はこの世にない。近距離で力と手数を拮抗させる肉弾戦の押しつけこそ、翼や瀬里奈たち剣道家が幼少期から磨いてきた、ドレスソードにおける最大の持ち込み武器である。


 乱暴に力強く。大胆な一撃。乱雑な二撃。手指を狙う正確な小振り。体同士がぶつからない距離での鍔迫り合い。そこに紛れて飛ばす暴力的な斬撃。


 居合いを許さぬペースに持ち込んで以降、翼が優勢に立った。普段は禁止されている打突も気持ち軽やかに突き込む。ソードとソードが乱暴にぶつかり合う、迫力のある打ち合いの応酬。自分事ながら非現実的な快感を覚える。


 まだ天河に焦った素振りはない。クールな少女。小柄なクセに気合の入った刀をぶつけてくる。自分の剣を恥じず、敵に負けまいとする決意の鋭さ

 この子は一撃必殺が完遂できず、これまで何度も同じような攻撃パターンに崩され、相手の勝利を許してきたのだろうが……折れる気配は微塵も見せない。


 なかなか、立派な剣士じゃない。


「あなたのせいかな」

「はい?」

「ここだけの話よ。内緒にしてね」

「はぁ」

「私のドレソってね、恥ずかしいんだけど、誰かに影響されてばっかなの」

「はぁ」

「今の私もさ、二年前の天河海音みたい。実はちょっと憧れてたのかしら」

「そうですか」

「あなたを見てたら、そういうの思い出しちゃったって話。失礼だった?」

「別に」

「そう。それで帰ったら私、次はたぶん居合いをやりたくなるのね」

「……そうですか」


 気は荒く、剣は慎ましく。自身の強みは、ひるがえって自身のコンプレックスでもある。だからドレスソードに頼った。手になじんだ剣道の枠組みにいれば、自分でも予想外の大きな変化は望めない。だから違う道に外れて、どこぞのボケ女のように先手先手で戦う自分を形作り、新しい剣を取り込んでいきたかった。


 さすがに、あんな下品な大上段はイヤだけどね。


 翼のドレスソードは見るものに攻撃的な印象を与えた。ただそれは、剣道の型から外れているように見えて、剣筋が崩れているわけでもなかった。

 自分のまま、新しい自分を目指す。第一歩は確実に踏みしめていた。


「……くっ」

「逃がさないよ、居合いっ子」

 一歩の後退を、一歩の前進で詰める。


 さらなる追撃。力任せの我流の面。天河は強打の流れに逆らわず、翼の腕力に乗っかり、反動と全身を使って間合いを生み出した。


 そして――……こちらに背を向け、刀を隠し、姿勢を低くする。


「それね。“怒ったソラちゃんがなんかこうズバーンってやるやつ”って」

「……なんですか、それは」

「恋子がそう言ってたみたい」

「はぁ」

 眼に敵意なし。怒ってはいないみたい。


「いいよ、迎え撃ってあげる。来な」

「お言葉に甘えて」


 余裕ぶっているけどそうでもない。不用意な一撃から一瞬の隙を突かれた。天河の技ありだ。こちらは肉弾戦で息を使ったぶん、今から相手の体を崩すような肉迫は難しい。それならばと、一呼吸をふんだんに吸い込み、迎え撃つ。


 危険な猫みたい。巡流にはない隠した爪を持っている。緊迫感がある。


 ザザザッ――木刀の剣先の揺れを読まれた。天河が眼下に滑りこむ。迅い。

 打ち下ろしは間に合わない……そう考えてしまうのが経験者のネック。

 ドレスソードなら、ソードで優しく触れるだけでも十分なダメージになるが。

 作法や所作を芯に叩き込まれている翼に、技のない無様な打ち方はありえない。


「隠し抜刀・見えずの――……」


【ピロッ――Damage Fatal.】


 天河が言いきる前に、フェイタルコールが流れた。

 なんだ、私のフェイタルの事前予約か? 疑問はもう一声で解決した。



【Queen Defeat……Round 1「朝倉女子」……Make Over.】



「あ?」 

「……では」


 クイーン・ディフィート。クイーンが落ちたという意。天河はひとり格好を崩すと、塩対応な挨拶だけしてメイクオーバーエリアに戻っていった。

 思わずステージ左側に目を向ける。目に入ったのは高揚しているメリーシャと、息を整えている日影花。追い詰められている感が見て取れる巡流と、自信満々そうな小枝律子。彼女は今日、朝女のクイーンではない。だから反対を振り向くと。


 振り向くと、朝女クイーンの凶悪な偃月刀をお腹に生やした、瀬里奈がいた。



「すまない。このざまだ」

「ほんとあんた、なにやってんのよ?」

「まーまー。猪戸さんも侮れないってことっしょ」

「それでも意外です。まさか瀬里奈さんが破れるとは」


 ライムライトvs朝女の試合は全対面、それなりに白熱した戦いを見せていたが、基本的にライムライト側に優勢の軍配が上がっていたはず。周囲をしっかり見回すクセは誰も養えていないが、みな場の空気ではそう感じていた。


 とくにクレイモアと偃月刀の大物ソード合戦が開かれる、瀬里奈vs恋子の対面こそ、一番心配しないでいいマッチのはずだったのだが。


「なんであんたが恋子に負けんのよ?」

「私も想定外だった。ソードの重量は同等、技では分があると思っていたのだが」

「当たり前でしょ」

「答えは単純だ」

「なに」

「恋子が想像以上に馬鹿力すぎる」

 結果、クレイモアの守りが、力でぶち抜かれたんだとか。


 これまでの地区大会では、朝女のクイーンは小枝律子が担当していた。

 しかしこの場に来て、朝女はクイーンを猪戸恋子にして、戦いに臨んだ。


 当初の予定では巡流が小枝対面で時間を稼ぎ、ほか三人が誰かを抜いて、雪崩式にクイーンを討つ作戦であった。しかし試合受付時のこと、事前確認した段階で朝女のクイーン担当はすげ変わっていたため、四人も隊列を急遽変更した。


「油断はしていないが、あれは大概だ。両腕が千切れるかと思った」


 試合前、ライムライト側はある意味「よりシンプルになった」と喜んだ。

 実力者の瀬里奈が、あの恋子を倒すだけで終わると考えられたために。


 瀬里奈は、ただ早いだけの対面相手には後れを取ることはない。

 先日の丘町ゆゆのような高速で変則的な選手には、さすがにソードの重さが足を引っ張るが、互いに重量限界にありそうなソードを持つ、偃月刀の恋子なら五分。いや、自前の才覚も踏まえると断然有利とまで見ていた。しかし。


「余裕って思ってたけど、瀬里奈のほうが恋子の土俵に上がっちゃったわけか」

 その結果がラウンド1の結末だった。


「瀬里奈さんも相当ですけど、猪戸さんのあれ。本気で恐ろしいですしね」

「ヤバいよね。あんなん引くわ。丘町ちゃんならスーパーゴリラ女とか言いそう」

「女子相手に力負けするつもりはなかったが、恋子め……不本意だが、技で叩く」

「そうしな。もう次がないんだから」


 瀬里奈も翼も恋子を舐めていた。彼女のことは大好きで、最大限尊重している。ここに連れてきてくれたきっかけへの感謝を、翼も言葉に出さずとも抱いている。けれど心のどこかで、剣術の下地のない可憐な少女のことを舐めていた。


 怒りも憤りもない。悔しさはある。悔しい気持ちがあるけれど、それはまだ自覚も芽生えぬライムライトのドレスソード選手としてではなく、大事な友人として。まさか、ほんとに、こんな戦いの場で、あの恋子がな。あの恋子がね。


 剣道の腕を磨いていく二人の背を、いつも優しく見送ってくれていた恋子が。

 強さなんて言葉とはもはや対極にいるのがお似合いな、可愛らしい恋子が。

 がんばりは知っていても、剣士としてはどこか線引きをしていた恋子が。

 農家育ちの馬鹿力で、剣士として私たちを打ち負かしに来るなんてね。


 ラウンド休憩が終わる。ラウンド2のステージに向かう二人の少女の表情からは、隠そうとしても堪えきれていない、温かなニヤケ笑いがこぼれていた。

次回「橙黒のエビルガールズ」(3)。

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