橙黒のエビルガールズ(1)
「――ゆえにハナちゃんは、メリーにしか対応できないかもしれない」
「なるほど! では、ハナちゃんさんは私がお引き受けいたしましょう!」
初夏の日差しが照らす教室内に、銀色の輝きが元気よく舞う。
「あとはソラちゃんだな。彼女は朝女で一番強いらしい」
「居合いなんて相手したことないってのに。私と瀬里奈どっち?」
「翼に任せたい。私は恋子を討ってから挟撃するつもりだ」
「あんた、正々堂々はかけらもないんだ」
「勝つための正々堂々さ」
時節が七月中旬ともなると、重苦しかった梅雨の気配もどこへやら。
海上の海ノ橋の天気は、もう間もなくの真夏に向かって晴天が続いている。
ライムライトのドレスソード部の存在は、地区大会での不可思議な活躍とともに校外へと知れ渡った。いわく「新生・緑銀の淑女が快勝。そしてサバトへ」。
これにもっとも驚嘆していたのは、瀬里奈たちの奮闘を信じつつも、どこかほほ笑ましい青春のワンシーンとして眺めていたライムライトの生徒たちだ。
涙がにじむ裏側が見えない彼女らにとって、瀬里奈たちは逆境の立場から才能を世に知らしめた、身近に降って湧いてきたサクセスストーリーに映った。
ただでさえファンもいるうえ、今ではバカでかい声援が廊下からよく送られる。
「それにしたって、初戦でまさか恋子と当たるなんてね」
「奇縁を感じるな」
「悪運じゃないの?」
今朝がた、学校の職員室にJDS地方大会のトーナメント表が届いた。紙面に出力されたそれは担任の手により、瀬里奈に手渡された。
受け取った彼女の第一声がなかなか聞こえてこなかったのは、ライムライトの横に並んでいる学校名が、出来すぎているほどに運命を感じたから。
全国女子高ドレスソード体育大会 地方大会 第四試合。
私立ライムライト女学校 対 朝倉女子高等学校。
ひとときの放心状態から立ち直った彼女は、テスト開始直前にも関わらずクラス内の巡流とメリーシャを呼びつけたのち、勇んで隣の教室の翼を呼びに行こうとしたところで、女性担任の両腕であえなく御用となった。授業中はお静かに。
今は昼休みのこと。初戦にまさかの朝女激突とあり、瀬里奈は恋子から日々聞こうとせずとも聞かされてきたリッコちゃん、ハナちゃん、ソラちゃん、一応ヒダリちゃんのドレスソードについて、みなに情報共有をしていた。
地区大会以降、恋子からの電話は毎晩のように届いていたから、情報も新鮮だ。
「おそらく、ヒダリちゃんは出てこないと思う」
「そのヒダリちゃんって子、ダーツすんでしょ? わたし絶対嫌なんですけどー」
「叱られたようだから、そうそう投げてはこないはずだ」
「はねっかえりにはどこも苦労してんだねー。ウチも……ジトー」
「? なんだ?」
「なんでもないっす」
率直な心境がある。みな正直なところ、朝女を侮っている。
ハナちゃんとソラちゃんに関しては話だけで強者であることが伝わってくるが、ライムライト側も個の力なら、そうそう不利とは思えない。
それに意味が分からないリッコちゃん、攻略はしやすそうな恋子も踏まえると、先の黒須第一戦よりも光明ははるかに大きく見えていた。
「んで、瀬里奈。私らばっかり対策しちゃっていいわけ」
「いやよくない。私が知りすぎていることは隠せないから、まずは話した」
「それで?」
「今夜にでも、私たちのことを恋子に教える」
キリっとした眼差しで、三人に宣言する。
「馬鹿正直」
「カスミンっぽいね」
「私は瀬里奈さんの考え、すごくいいと思いますよ」
みな、悪い気はしていないみたい。
自分たちのほうがおそらく強い。そのうえ不慮の世間話とはいえ、ライバルに情報を工面してもらっていたとあれば、瀬里奈は黙ってはいられない。
もし、ほかの三人が反感を持ったとしても、彼女は恋子に告げていただろう。
「まっ、わたしら来週の地方大会までドレソできないのは相変わらずだけどー」
「やっぱドレスもソードもアーマーも手を加えたいわよね。なによあのマント」
「シロのレッグチェーンも大概だと思うけど?」
「あれはいいの。カッコいいから」
翼はあまり身に着けない貴金属に、ちょっとトキめいている。
「さいですか。わたしのチョーカーは入学直後のノリで決めたから変えてーっす」
「あのとき、巡流がドレスコード風のアクセにしたいって言ったからじゃない」
「そんなん若気の至りー。シロたちだって乗ったくせに。あー変えてー」
「まあ、JDSが不便なのには違いないけど」
「どっちかってと、わたしらが不憫なだけじゃ?」
「言えてる」
武装も練習もままならない、ライムライト女学校ドレスソード部。
外からでは、当人たちの苦労はなかなか見えてこないものだ。
「私は昔、瀬里奈さんのハートのイヤリングを見て、ブローチにしたんですよね」
「そうだったのか」
「ええ。でも今にして思うと、あれって瀬里奈さんの趣味ではないような?」
「分かるか?」
「そりゃあ、まあ。瀬里奈さんですし。アーマーが剣道の面なら疑いませんが」
やけに想像しやすかったのか、メリーシャが小笑いする。
「中学時代にな。友人が外出するとき、似たようなイヤリングを付けていたんだ」
「それってレンコさん?」
「ああ。離れ離れの直後だったからか、その、私はすこし寂しかったんだろうな」
「うぷぷ。瀬里奈さんったら、照れ顔もカワイイですね!」
「すまないが、可愛い子からのカワイイは信用しないことにしている」
そんなことないですよー、と追撃してくるメリーシャはひらりと交わす。
学校の中間考査が済んだ直後とあって、みな気持ち軽やかで浮ついている。
それもこれも、四人の二年間の鬱屈をわずか一言で吹き飛ばしてくれた。
すべては猪戸恋子による焚きつけが、ライムライトを燃えたぎらせてくれた。
――だったら私に会いにきてよ!!!
これから二人が再開すれば、どうなるのか。どちらも知っている。
それから二人が開戦すれば、両者は必ず明暗を分けることになる。
夏休みを迎えた七月下旬。東京A代表とB代表、中部A代表とB代表、それぞれのベスト4が集まる全十六校のトーナメント戦、関東中部地方大会が開幕した。
東京と京都とで会場が毎年変わる全国大会とは違い、地区および地方の会場が変わることはめったにない。そのため、関東中部地方大会の会場はそこそこ大きな総合体育館ではあるが、A代表のお祭り感と比べると、いささか質素に見える。
「先行ってるよカスミーン」
「ああ、メリーシャも行こう」
「はーい。翼さんも荷物こちらにどうぞ」
「ありがと」
海ノ橋からバスでウミノハシ大橋を抜けて、港区内陸部に入ってから電車移動。もともと内陸に住んでいた三年生たちには勝手知ったる地元だが、海上都市に数年と住んでいると、帰郷というより“おのぼりさん”の感覚になるから不思議だ。
地方大会の会期は二日。試合を勝ち進んだ場合、主に中部勢は宿泊が必要になるが、瀬里奈たちは一時間半程度で帰宅できる。それでも会場が地区大会のときより都心寄りの場所になったので、行き帰りはちょっと遠くなった。
そこで「ウミノハシのバス予約が手間だ」「せっかくの内陸だ」といちゃもんを合意させた結果、四人は電車で数十分ほどのところにある、東京二十三区外の翼の実家にお泊りすることにした。勝っても負けても、帰ったところで調整などできないし、せっかくの夏休み中だからと、このお泊り会は決行される見込みだ。
「この会場も二年ぶりね」
「地区の会場なら、シロもドードーもわたしも部活で行くんだけどねー」
「むむー、やる気でてきました!」
初めて試合に立った場所、試合に出たいと思った場所。
みなそれぞれ思うこともある。そうして物思いにふけっていると。
「瀬里奈ぁ! 翼ぁ!」
入り口一体に響く、大きな呼び声が。目を向けずとも誰か分かる。
「恋子。声が大きいぞ」
「恋子。静かにしな」
「えー、なんか思ってたリアクションと違ぅ……」
「べつに感動の再開ってわけじゃないし」
黒々とした古風なセーラー服に身を包む一団から、恋子が飛び出してきた。
面と向かって会うのは久しぶりといえば久しぶりだが、瀬里奈にせよ休日のお出かけに、翼にせよ実家帰りのついでに恋子とは大体会っている。
「でも、三人娘は久々だよぉ?」
「……まあ」
「……まあね」
三人娘未集合の原因の多くは、口下手な誰かと不機嫌な誰かのせいである。
「恋子」
「うん?」
「会いに来たぞ」
「……なんかすっごい恥ずかしいっていうか、もっと場所選んでよぉ!」
「あんたたちうっさい。愛の告白でもあるまいし」
「もー! あっ、そちらが巡流さんとメリーシャさん? はじめましてぇ」
友だちの友だちへの気配りもできる子だ。巡流とメリーシャに手持ち無沙汰を感じさせる前に、恋子が勢いよく挨拶を交わしにいってくれた。
変わり身の早さに呆れる翼を横目に、瀬里奈も親友を見習い、恋子を後ろでモジモジしていた、こちらを見ている見知った少女に声をかける。
「はじめまして。恋子の友人で、ライムライトの霞瀬里奈です」
「うぇっ! は、はじめまして。朝女の小枝律子です」
「ふふ、リッコちゃんのことはよく知っている」
「へ? な、なぜに?」
「恋子の口はよく喋る」
「恋子ちゃんめー……」
私はリッコちゃんのことを二回だけ見たことがある。昨年の地区大会の無断出場事件のあと、観客としてこの会場に来たときと、観客として試合を見たとき。
身長は私とそう変わらないが、一年生のころより心なしか存在感が増している。女子高生の一年間は、男子高生の成長速度にだって負けないのだ。
「あの、先週はありがとうございました。霞さんたちのこと教えてくださって」
「いいさ。私ばかり知っていては、ほかの七人が不公平だからな」
「かっくいい……でも、そのせいで私たちが勝つかもですよ」
「ほう?」
遠慮がちなくせに挑戦的。面白い子だ。
「それもまた一興。どうせ私は恋子に担がれ、どうにか這い上ってきただけの身。そのきっかけとなった君たち朝女に敗れるなら、本望と言うほかない」
そんなもんですかねえ……と思っているのだろうか。彼女は怪訝そうな顔だ。
リッコちゃんの温度感はなんとなくだが、あそこでメグとメリーを困らせている恋子先輩より、話に聞くショウブ先輩のほうに近そうだった。
「それに、なにも負けてやるとは言っていない」
「ですよねえ」
「朝女を勝たせて、真夏の第二でまた“あんな特訓”をさせるのも忍びないからな」
「ちょっ! どこでそれを!?」
「恥ずかしいことも惜しげもなく喋る。あの子の口は私も見習いたいものだ」
「恋子ちゃんめー……ほんっと口外勘弁ですからね?」
この場の先輩後輩の関係もあってノリに付き合ってくれているんだろうが、恋子の言うとおり、リッコちゃんは打てば打つほどよく響くようだ。
いつもの友人たちとも違う温度感。どちらかと言うまでもなく人見知りな私だが、彼女のテンポに誘われると、まるで会話上手になった気にさせられる。
両校とも引率の先生がついていないせいもあったか。各々のたわいもない親交が十分間を超えてしまったところでハッとなる。そろそろ開会式が迫っていた。
「あー、そろそろ行かなくちゃだねぇ。みんなー、いこっかー」
「へぇ、ほんとに恋子が部長なんだ……くすっ」
「もー翼ぁ! 笑わないでよー!」
「ごめんってば。ウチよりはマシよ。胸張りなさい」
「もー。じゃ、あとでねー」
恋子部長に引率され、朝女の面々が軽くお辞儀しながら去っていく。
私たちはこれからすこし先の未来で、残酷な勝敗を分かち合うことになる。
先ほどまでの楽しかった時間が、せめてもの支えになってほしいと願う。
そして私は、手が届かないほど先を歩く親友の背に、今一度の告白をした。
「恋子」
「うん?」
彼女が顔だけで振り返る。
「君のおかげで、ここまで来れた」
「うん」
「君の言葉で、会いに来れた」
「うん」
「約束どおり、手加減はしない」
「――知ってるよ」
賑やかな会場に、緊張気味の女生徒たちが次々と入っていく。
まもなくの開会式を終われば、そこはもう乙女たちの決戦場。
みな学校の仲間のためなら、大事な人だってその手で斬れる。
【Dress Sword Start-up……「ライムライト」vs「朝倉女子」……First Look.】
喧噪のない真っ黒なステージ。ほのかに光る無数の刃。
新生・緑銀の淑女とオレンジジャージ集団が今、相対した。
次回「橙黒のエビルガールズ」(2)。




