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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(夏)
53/205

失礼、淑女のお通りだ(3)

「瀬里奈! 腕の戻しが遅い! 体ごと引っ張られるから守りが甘いのよ!」

「翼も! 中途半端な型で膂力に任せすぎている! 体幹をぶらすな!」

「うっさい! あんたいっぺんはっ倒す!」

「アドバイスに怒るな! 分からせてやろう!」


「二人ともっ! だから言ったんですよ! もっと力抜いてやってください!」


 フェイタルになった明星の選手たちは、メイクオーバーエリアへと移動した。

 現在ステージ上にいるのは、ジリジリと本気の追いかけっこをしている巡流と明生のクイーン、ステージの角っこで自分のソードがどういうソードなのかを試し振りしているかのようなメリーシャ、その横には仲間に注意されても意に介さずに、なぜかソードで激しく打ち合っている瀬里奈と翼。


 新生した緑銀の淑女たちは、大変失礼なことに。

 試合中にドレスソードの練習をしはじめていた。


 人数差を作ってからの多対一を嫌うチームというのも、JDSでは少なからず存在する。がしかし、目の前のライムライトはそれとも違い、明らかにおかしい。手が空いたとばかりに、普通によくあるありきたりな稽古をはじめている。

 それは、これまでのJDS史でも類を見ない、大胆不敵な光景であった。


 本日の瀬里奈たちが持ち込んだ作戦は、ただひとつ。

「全力で対面を倒したら、すぐさまドレスソードの練習をせよ」。

 実力者であることを差し引いても傲慢だが、彼女たちは本気でこれに賭けた。


 慢心せずとも油断せずとも、まともにソードもドレスも着装していない自分たちが真っ当に打ち合えるとは思っていない。それは巡流のみならず、瀬里奈たちも例外ではない。甘い考えと自前の資産だけで戦えるとは到底思っていない。

 だから、初っ端の一撃に今の自分のすべてをこめて、練習時間を確保せよ。


 そうしたら、無我夢中で自身のドレスソードを思い出し、慣れろ。


 傍から見ればふざけた所業だが、ドレスソードは数年ぶり。自分のドレスもソードもどんなのだったか覚えてない。ライムライトの事情は逼迫している。むさぼるような勢いで練習時間を取り戻さなければ、舞台に立ち続けられない。

 恵まれた機会に貪欲に。人目を蹴りつけてまで敢行した初戦のラウンド1は、ほかの参加校には絶対に理解できない、四人の全身全霊全力の分水嶺だった。


「ハァハァ、ちっ。あんたのソード重すぎんのよ。百振りで疲れてんじゃない」

「ゼェゼェ、二百は余裕だ。君のように小回りの利く相手はまだつらいがな」

「ほら! やっぱり疲れてるじゃないですか! まだ試合があるんですよ!」


 フェイタルになった選手の影響行為および遅延行為はペナルティとして咎められるが、非フェイタルの選手の遅延行為については“相手や試合に対する悪質な行為”にのみ適用される。時間稼ぎも悪質ではないし、試合中に練習するなとはどこにも記されていない。巡流が調べた限り、ペナルティにならない確証はあった。

 それでも、いつ止められてもおかしくない。試合としても、選手としても、エンターテインメントとしても。非難されてもおかしくないような状況だ。


 だからこそ彼女たちは、戦ってるんだか逃げてるんだか自分でも分からなくなってきた巡流をよそに、両校のクイーン存命時に人数差勝利が判定されるラウンド時間十分まで、奇妙な練習風景を全力でやり遂げた。次のラウンドでも同じことをして、計十九分近くの練習模様を会場に披露し、試合に勝った。


 彼女たちの裏事情を知っている者は地区大会の会場にはいない。ドレスソード部の顧問もまだ決まっていないので、吾妻理事が大会最低基準の監督ポストを担っているが、現場には不在だ。彼女がもし、この場の微妙なスポーツマンシップの風景を目にしていたら、卒倒するか激怒するか、いや激怒するのだろう。


 外の声もステージ内には届いていないが、良いのか悪いのか、観客や実況も要領を得ないザワザワに支配されていたおかげでブーイングはなかった。



【Time Out……Winner「ライムライト」End of Stage.】



 ライムライトはこの日、第一試合と第二試合を、たしかな能力で勝利した。

 ライムライトは次の日、第三試合と第四試合を、揺るがぬ実力で勝利した。


 全ラウンド、対面を制した選手たちはなぜかステージ角で練習していた。

 ときには大宮巡流が落ちたかわりに、練習場所から違う選手が向かった。

 対戦相手も気分を損なう前に、意味が分からなすぎて練習疲れを祈った。


 奇妙な噂は注目を呼び、不自然な注目は真実を歪曲し、やがて。

「新生・緑銀の淑女は血が足りねえと仲間割れするヤバい奴ら」と評された。



 四十八校が敗退した一日目。十二校が振り落とされた二日目。

 そして東京A代表地区のベスト4が出そろった、三日目の最終日。


「瀬里奈。受付の人たち、なんだって?」

「もう試合中に練習するのはやめてほしいとのことだ」

「やっぱね。仕方ないか」


 ライムライトは彼女たちにとっての初戦の山場を越え、続く試合でも各々の能力とドレスソードとをすり合わせるように、試合中にも関わらず練習を続けた結果、ただいま運営スタッフに「ああいうのは今後ちょっと……」とたしなめられた。

 練習時間が足りているとは言えないものの、これくらいが限界。やむなし。


 構わず練習を続けたところで、大会ルールによればペナルティは課せられないだろうし、ましてや他校の選手が羨ましがる理由などかけらもないので強行はできるが、地区ベスト4ともなると現実問題、そんな余裕もなくなってくるころだ。


 瀬里奈たちはここまで、相手のドレスソードには付き合わず、いっそ力任せと言えるくらい各々の持ち味だけを一方的に押しとおし、勝利を重ねた。

 楽勝だった、と言うのは結果論だ。瀬里奈も翼も正攻法の剣闘であれば経験でカバーできる。メリーシャも軽量級のソード相手なら受ける避けるで応じられるが、それも薄氷の上で躍るようなもの。最初から強行突破しか選びようがなかった。


 その点、完全に付き合わない、というより自分も相手もなにしているのか分からないという意味で巡流は完璧だ。対面を落とすより、対面に落とされる回数が多かったのは仕方ないにせよ、実力差があっても時間稼ぎに終始し、成功した。

 絶対に対面に勝たなければならないほか三人の至上命題と比べると、彼女自身も無駄に成果を望まないでいいぶん、逃げの戦略として安定しやすい。


 いずれにせよ、まだ個の力で勝ちを狙うしかない。それが今の限界だった。


「いよいよですか……緊張しますね」

 ドレスを着装し終えたメリーシャに、緊張と期待の色が浮かんだ。


「ドードーが緊張してどうすんのさ。ぜーったい私のほうがヤバいのに」

 ニーハイブーツのつま先をトントンしながら、巡流も返す。


「地方大会への出場は決まったんだ。まだ無理をする必要はない」

 長髪から露出している瀬里奈の左元に、片っぽだけのシルバーハートがキラリ。


「なに言ってんだか。ここでヤれなきゃ、その先でゲームオーバーよ」

 翼は乱暴に外套をはたき、メイクオーバーエリアから準決勝の舞台へ進んだ。



【Dress Sword Start-up……「ライムライト」vs「黒須第一」……First Look.】



 ステージ内でソードを着装。おもてを上げ、それぞれの対面を見据える。

 瀬里奈の前には黒須第一のクイーンの丘町ゆゆ。翼の前には刀使いのルーキー新堂楓。巡流とメリーシャの対面には、貫禄ある三年生選手が立っている。


 昨日までは、実力半分、全国クラスの強豪とぶつからなかった運半分。

 今日からが、華麗なドレスとソードを操る、本気の集団戦のはじまり。


 血にまみれた獣の咥内を彷彿とさせる、黒須第一のドレス「ファング」が、この日を待ち望んでいたとでも言うように、外套の裾、黒いギザギザ牙を上下に揺らしている。東京都のドレスソード第一世代校たる、両校の対面。地区大会および地方大会、年によっては全国大会でも名物に挙げられてきた、因縁の対決。


 否が応でも、会場には注目する者しかいない。



【Lady to Ready……Round 1…………On Stage.】



 頑強な刀身と、刃側に傾斜したY字グリップ、そこに精巧な白銀細工が施されている瀬里奈のクレイモアは、ライムライトのドレスソードプラットフォームでのみクローズド共有されてきた、同校伝統のオリジナルオブジェクトである。

 過去、ライムライトで同デザインのソードを扱っていた選手も多いが、彼女ほど“大根十本分のサイズ”まで大きくして運用していた者はひとりもいない。


 クレイモアの根元部分、刃が潰された個所を右肩のポールドロンにかけながら、慎重かつドシドシとセンターラインを目指していく。すると目の前から。


「勝ち進んできてくれてありがとう、セリナちゃん」

「丘町さんに言われるまでもないが、こちらこそ」

「第一試合とかで勝手にくたばっちゃうかと思ってたけど、ほんとよかった」

「そうか」


 嫌悪むき出しだが、開口一番で襲いかかってくる様子はない。

 口調もごく静かなもの。初日に遭遇したときや、いつもの試合のときよりもゆゆの雰囲気は落ち着いていて、普段のやかましさは鳴りを潜めている。


 そうされると、ただの強者にしか見えないから不気味だ。


「私ね、セリナちゃんも大嫌いだけど、今年のライムライトも超嫌いなの」

「君に、なにか失礼をしただろうか」

「そうだよ。ゆゆちゃんね、あんたたちのドレソが死んでほしいくらい嫌い」


 試合の口火は切られた。ほかの選手たちの剣劇はもうはじまっている。

 それでもゆゆは、変則的な形状のショーテルを指先で弄びながら続けた。


「セリナちゃんたちみたいなね、真面目にドレソやってないくせに、ほかの才能にあぐらかいて勝つ奴らが死ぬほど嫌い。舐めてるんでしょ。ドレソなんて剣道の技で十分とか、そういうふーにさ。それで実際に勝っちゃうの。ふざけんなっての。クソブス女もゴリラ女も、ゆゆちゃんには目の上のたんこぶだったけどね。セリナちゃんたちみたいな奴らに比べれば全然マシ。ちゃんと真剣にドレソやってた」


「そう思われても仕方ない。反論もしづらい。だが、舞台は実力勝負の世界だ」

 身長はそう変わっていない気がするが、記憶のなかの彼女より大きく見える。


「そうだよ。だからね、ゆゆは絶対に負けないの。あんたたちみたいな――」

 戦闘態勢。返答の代わりに、クレイモアを両手で大上段に構える。


「偽物のソードを振るって楽してる奴らなんかに、もう二度と追いつかせない」



……

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【Queen Defeat……Winner「黒須第一」End of Stage.】

次回「橙黒のエビルガールズ」(1)。

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