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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(夏)
52/205

失礼、淑女のお通りだ(2)



【Dress Sword Start-up……「ライムライト」vs「明生」…………First Look.】



 久方ぶりの真っ黒な不思議空間。オレンジ色の競技線が光るステージ。

 優雅な電子のドレスは舞い、少女を傷つけない光剣が柔肌を突き破る。

 四人と四人はともに女王の殺戮を、あるいは全員の殲滅をかけて戦う。

 乙女たちの決戦場ドレスソード。ここでは勝者が昇り、敗者が降りる。


 舞台上の選手たちの耳には届かないが、観戦サイドでは試合の解説・実況が勝敗に先走り、「あのライムライトが復活です!」などと観戦者を煽っていた。


 それとて、八人の戦乙女にはもはや関係のないこと。

 ステージのなかのことは、ステージのなかでしか決めてやらない。



【Lady to Ready……Round 1…………On Stage.】



 ファサッ――淑女の通り道に、しとやかな緑銀が舞う。

 肌に着慣れた一張羅で悠然と歩くかのごとし、その姿。


 黒く細い可憐な蝶結びが目を引く、純白のリボンシャツ。同色の白手袋からも清楚さがにじみ出る。丈を詰めたキュロットスカートは、自校への敬意が込められたライムライト色に。縁取りを兼ねた鮮やかな金糸刺繍もよく映えている。そこからスラリと生えるおみ足を覆うのは、ガーリッシュなニーハイブーツの勝気さ。


 極めつけは――“緑銀の淑女”の名を勝ち取る、濃緑と銀糸のマント。


 深い緑の下地には、ささやかな光沢を持つ銀糸で茨の蔓のような刺繍が施されている。誠実な剣闘中に肩口から腰上にかけての外套がひるがえる様子は、まるで「深緑の草原を彩る銀銭花」。清らかな少女路線のガーリーファッションが、緑銀マントとそれぞれの白銀アーマーの凛々しさを引き立たせる合わせ技。


 これこそが第一世代校に代々引き継がれてきた、乙女必殺のドレス。



 といってもだ。


(むぅ、みなスカートが短すぎるぞ)

(うぇ、やっぱニーハイブーツ歩きずれー)

(出力情報体とはいえ、これ蒸れるんですよね)

(マント邪魔すぎ。こんなの絶対いらないって)


 幸い、ドレスはデザインのデータさえ決まっていれば、許容範囲内の体形誤差に限り、ドレスソードプラットフォームが自動でカバーしてくれる。そのため数年越しの者がいても、四人とも各々の体系にピッタリと出力されている。

 しかし彼女たちにしてみれば、年に一回着るか着ないかの振り袖みたいなもの。


 あとは……今から、着慣れればいいだけの話だ。


 ライムグリーン色、もといライムライト色に変色させたソードの光刃を振りかぶり、各々が得物の感触を確かめる。光刃の色変更はその学校の自信を表すものだが、四人にしてみれば「それで登録されていたから」。不可抗力でしかない。


 そんなお悩みを脳内で愚痴っている、今世代の緑銀の淑女たちをよそに、観客席の女学生やドレソファンからの声援は早くもピークに達していた。


 チームでの出場は実に二年ぶり。「ライムライトのドレソ事情」は学校や組織の管理側にいるドレスソード関係者でもなければ口を閉ざされているため、昨年の謎のひとり出場、しかもその選手が剣道界の有名選手であったことも憶測を呼んで、ライムライト女学校は今年、東京A代表の話題の中心にいた。


 JDS出場選手の名簿は個人情報の都合上、一般公開はされていないが、会場では早くも手持ちの端末を駆使して「やっぱり霞瀬里奈さんだっ!」「あっちは陸部の100メートル走の子だって!」「あの子、うちの部長倒したフェンシングの選手だよ!」「うおお! 白峰翼じゃん!」と火に油状態だ。


 図らずとも、四人のドレスソードはどの学校よりも注目を集めていた。

 麗しき緑銀の淑女たちのほうと言えば、そんなことは露知らないのだが。

 今は対面の明星のことと。これから行う“不敬な作戦”にだけ集中している。


「ではみな、うまくいき次第、作戦どおりに頼む」

「ひーっ、私ばっかババ引かせないでよねー……」


 近づかないと分からないが、巡流だけはプレッシャーで震えている。

 勝つか負けるか……いやそれ以前の、根本的な過ちに怯えるように。


「メリーシャ。ひとりでやることになっても飛ばしすぎないでよ」

「私より、明らかに翼さんと瀬里奈さんのほうが心配なんですが……」


 隊列はステージ左側から翼、メリーシャ、巡流、クイーンの瀬里奈の順に並び、明生高等学校の選手たちと同じく、センターラインを目指して歩いている。

 スカートが短い。ニーハイブーツが違和感。マントが煩わしい――先ほどまでのお悩みは、対面が徐々に近づくにつれ、相手の顔に塗り替わっていった。



 誰よりも最初に動きを見せたのは、翼。西洋然とする衣装に身を包みながらも、手元は胴の前に、両足は窮屈そうに前後にそろえ、ソードの切っ先――日本刀よりも厚みのある「光る刀身の鍔付き木刀」を相手の右目に向けた。正眼の構え。

 右手に煌めくは白銀の手甲。アーマー相当のレッグチェーンは揺れていない。


 明生の対面選手もこれまでドレスソードの鍛錬を積んできた。

 だがしかし、目の前から向けられる、一眼・二足・三胆・四力。

 堂に入る少女剣士の圧は、数秒先の敗北を感じるには十分だった。


 キエエエエェェェェエエエエイ!!!!!!


 黒い空間に、とても女子とは思えぬ気勢の一声が轟く。

 力強い踏み足とともに、木刀剣士はソードを振り下ろさんとする。

 怪鳥の雄叫びにでも聞こえたか。明生の選手は涙目ですくんでしまった。 


【ピロッ――Damage Fatal.】


 ライムライト開戦の狼煙が如く。翼が対面に振り下ろした鋭利な一撃は、相手になにが起きたのかを理解させた二秒後に、会場に大歓声をもたらした。


 白峰翼のドレスソードは、構えこそ剣道の型を取っているが、そこに剣道としての残身も体勢も余勢も心もない。剣道の構えで、翼自身の剣闘をしている。

 静謐な剣虎として知られる彼女の体は、剣道のルールから開放されてより自由に、かつ流麗な太刀筋を生み出す。しかし、それが原型よりも優れているかというと、翼自身「普通に剣道のまんまでやったほうが強い」と思っている。でも。


 やりたい剣で好き勝手に斬り合ってみたい。それが翼のドレスソード。



 恐ろしい怪鳥の暴虐っぷりに呆然としてしていた明生の隣の選手が、あわてて我に返った瞬間――ストッ。胸元に細剣の光刃を差し込まれていた。


【ピロッ――Damage Fatal.】


 ソードが刺されたあと、スタンと、ニーハイブーツの軽やかな着地音が鳴る。身体の姿勢は低く、右足は立てひざ、左足はこれでもかと伸ばしきり、右手に握った「フェンシングフルーレのソード」で対面の右胸を貫いた。メリーシャだ。

 信念を宿す石鉄隕石のブローチを左胸に、右手の柔らかな白銀グローブにつかまれた、銃弾を撃ち出すかのごときベルギアンタイプの持ち手から繰り出された光剣は、しなりのない脆く儚い光刃を、まばたきも許さぬ速さで目標に届かせた。


 メリーシャも翼と同様、フェンシング選手としての自分ではなく、フェンシングを武器とするドレスソード選手の自分としてステージに立っている。


 武装やルールに違いはあれども、メリーシャの専門は体全身が攻撃対象となるフェンシング競技「エペ」とあって、身体運動のダイナミックさに関しては、ドレスソードのときでも普段とほぼ同等の動きを見せられるのが強みだ。

 それでも最大の欠点「フルーレをソードにしても刀身がしならないんですよね」が、フェンシングの剣に慣れた彼女を、一流のドレスソード選手にすることを妨げる。そうした課題は分かっていた。けれど、藤堂メリーシャはドレスソードに憧れた。変幻自在のフルーレではなく、ブレない剣を貫ける剣士になりたくて。


 不自由に流されない自分を見つけたい。それがメリーシャのドレスソード。



 連続するフェイタルコールに、明生のクイーンは焦っていた……わけでもない。彼女の目下の問題は、視界前方をウロチョロしている目障りな猫娘だ。


 近づくでもなく、さりとて遠ざかるでもなく、なにも起きそうにない空間を前に「来るか?」「来ないか?」思わせぶりな挙動を小刻みに見せつけてくる。

 華美な衣装なライムライトそのままだが、首元に洒落っ気があるシルバーチョーカー、右腕は銀色のガントレット、その手中にある「小ぶりな脇差のソード」は、指でギュッと“逆手”に握られている――それが巡流のスタイル。


 率直に言って、まともに戦えやしない。逆手に刀などダガープリンセスめいた戦いは常人にできるものではない。恰好ばかりが先行するのがオチだ。

 それは巡流とて理解している。ただし素養のない完全な初心者が、二年間ものブランクを経て、初心者のままの姿でJDSに出るとなったら、構えて打って守っての正攻法など、数か月足らずの練習期間で出場する一年生相手にすら劣る。


 そこで彼女は考えた。仲間に助言をもらいつつ、己の専門性を生かせるよう思案した。その結果、短距離走に優れた脚力を生かして、まともに打ち合うことを避けながら、白鳴の七咲鈴子のように“走り抜け様の一撃”に賭けると決めた。


 実直な戦法とは言いがたいが、異様ゆえに機能することもある。

 例えば、立ち姿が不穏すぎて様子見が続く……時間稼ぎなどに。


 明生のクイーンが意を決して接近をしかける。それに対して巡流は、スッと体を退いて距離を保つ。それならと追いかけようとすると、意味深に体を前に出され、不意に退かせられる。まごまごしていようものならブラフに気づけるが、大したことに大宮巡流は度胸の女。泰然とした身のこなしに説得力がこもっている。


 戦局が動かないやり取りを繰り返す。明生のクイーンもそうこうしているうちに味方二人が抜かれたことに焦り、しびれを切らして攻めようとした矢先に。


 ダッダッダッと。巡流が駆けた。スタートピストルを合図にしたかのような絶妙なタイミング。明生のクイーンは一転してその場でソードを構える。

 陸上選手のフォームとは似ても似つかない前傾姿勢での走行。まるでダガープリンセスのよう。そのうえ、おそらく巡流のほうがスピードが早い。


 そして巡流は対面のクイーンの脇を抜けると同時に、逆手に握った右手の脇差を振りかぶり――なにもないところを斬った。相手が全身で後退した距離を差し引いても、さらに遠目の位置。狙いが外れたというわけではない。完全にビビった。


 そりゃそうだ。怖いのだ。相手の体にぶつかるかもしれないから。


 巡流は下手にスピードを抑えても迎撃されるだけだと考え、ソードで斬るための制御は度外視で、小回りの利かないサプライズ重視の全速力で駆けている。

 おまけに彼女は、ハードル走に励む部活仲間に畏敬の念があるほど、走っている最中になにかにぶつかるのが怖い。そんなのは誰でもそうだが、短距離専門の陸上競技選手とあって、走行で起きる事故や怪我の恐怖は人一倍膨らんでしまう。


 単身、明生のクイーンの背後まで走り抜けた巡流は、十分な距離を保ったあと、一息ついてから振り返る。これでいい。わたしはこれで十分だと。


 足が速い。それがどうした? ダガープリンセスの技をまねたからって、そう都合よくドレスソードで勝てる自分になれるとは思っていない。

 そんな夢物語を願ったら、小学生のころからずっと努力してきた陸上競技に失礼だ。まともに努力した者が強いのはどんな世界でも同じ。だからこれでいい。


 ライムライトの勝利のために、実力者三人が対面を抜くまでの時間を稼ぐ。それまでに落とされなければいい。そのための異色な戦いを、自分なりにこなす。


 実際、このダガープリンセスめいた戦法はすぐに思いついた。

 というより、長い時間、長いこと、ずっと想っていた。


 あの日ドレスソードから離れても、団体戦のJDS、全国大会で行われるドレスビューティーコンテスト、個人戦のウィンターブレード、世界大会のU18 ワールド・レディ・ドレスソード、そして無差別大会の無双剣。全部観ていた。

 当然、白鳴の七咲鈴子にだって憧れた。あんなことをやってみたいと。


 ずっと、ずっと、気持ちのままにぶつかるのが怖くて、口にはできなかった。

 素知らぬ顔をして、友の輪から走り抜けては、その先でひとり顔を歪めた。

 そんな情けないあのころに比べれば、今のこの状況なんてへっちゃらだ。

 何十回と対面をすり抜けようと、振り向くときはまた、戦う自分でいられる。


 たった一度でいい、あのステージに立ちたい。それが巡流のドレスソード。



 ステージ右端の明生の選手は、仲間がライムライトに翻弄されていることに気づいていた。気づいていたが、対面と対峙してから身動きひとつ取れていない。

 真横にいるクイーンが、いきなり走ってくるビックリ系選手に驚かされているのも分かっているが、手は貸せない。彼女の目に映る光景はもっともシンプルだ。


――大上段に構えられた「クレイモア(大剣)」から目を離してはいけない。


 目を離せば、死んでしまう。もちろんドレスソードで刺傷沙汰など起きようはずもないが、天に掲げられたその大剣に斬られれば自分のなにかが殺されてしまう。そう思っても仕方ないほど、眼前にいる霞瀬里奈は濃密な気配をまとっている。


 獰猛な剣龍として知られていた瀬里奈の剣道は、動かざるは大上段の山。

 ひとたび動けば猛禽類のような鋭さで激しい乱打を繰り出す、荒神の剣。


 静謐な剣虎。獰猛な剣龍。かの二人はその対極さゆえにの対比の見栄えもよく、派手さに見合った実力の応酬をもって、剣道少女たちの心を奪った。

 両者の人となりを知る者からすれば、肩書きを入れ替えたほうがしっくりくるかもしれない。だが非日常の剣の道だからこそ、心の本質はあらわになる。


 明生の少女の額にひとすじの汗が垂れる。やばい。こわい。ムリムリムリ。

 硬直してから五秒か、はたまた五分経ったのか。今はそれすら分からない。

 ただただ、こわい。半目で睨んでくる対面の淑女が、ただひたすらこわい。


 彼女の結末は、音を置き去りにしてやってきた。こわばった体は筋肉が硬直していて、動ける状態ではなかった。かろうじて動く両目だけで、それを捉えた。


 鬼だ。美人な鬼だ。美人な鬼が金棒クレイモアで殺しにきた。


 相手の両腕が振り下ろされると、右肩甲の洒落たポールドロンが目に入った。

 左耳を装飾するシルバーハートのアーマーイヤリングは、とても可愛らしいけど「この人のキャラじゃなさそう」と思ってしまった。イヤリングは最後の最後まで「ごめんねぇ」と謝っているみたいに、お茶目に左右に揺れていた。


 頭上からの一刀両断は、ソードを跳ね飛ばし、黒い地面すら鈍重に叩きつけて。


【ピロッ――Damage Fatal.】


 瀬里奈のドレスソードは、翼のそれよりもさらに剣道の色が残っていない。

 クレイモアの名を冠する、鈍重にして洗練された大剣で一撃必殺を叩きつける。もしもダメなら、一撃必殺になるまで何十回と叩きつけ、一撃で必ず殺す。


 そのための体幹は重し付きの竹刀を毎日毎日、何度も何度も振り続けて養った。昨年の無断出場のときは、ソードをまともに振るまもなく囲まれてやられた。

 ゆえに今日になって知った。重し付き竹刀は、間違っていなかったと。


 昔、中学時代に目にした、ライムライトの選手が振るう緑光のクレイモア。

 さすがに今の彼女ほど荒々しい扱いではなかったが、瀬里奈はそのとき、ソードという剣の在り方と、自身の剣の行く道が揺れて、強い衝動にかられた。


 ドレスソードなら、もっと力強い己を見つけられる。

 あの大剣なら、もっと力強い己が剣を体現できる。

 これだ、これなんだ、これしかない、これをやりたい。

 あの舞台に立っている、緑と銀に彩られた淑女たちのように。 


 なりたいものに心を持っていかれた。それが瀬里奈のドレスソード。



 今、観客たちの興奮は最高潮にあった。えてして伝統の復活というのは前評判ほど浮かぬのが世の常だが、このステージにいる緑銀の淑女たちは違った。

 実力あり、技術あり、驚きあり、迫力あり。開始一分も経たずして、ドレスソードらしい非現実的なエンターテインメントを見せつけてくれた。明生の選手はあとひとり。あっちの子に酷だが、さあ、ここからはじまる快進撃を見せてくれ!


……。

…………?

………………???


 その後、ステージ外にいる彼ら彼女らはしばらく困惑に包まれた。

 三人の緑銀の淑女の様子が、どこからどう見ても完全におかしい。


 あいつら、残りの1vs1を無視して、いきなり仲間割れをはじめやがった。

次回「失礼、淑女のお通りだ」(3)。

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