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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(夏)
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そこで一生そうしてる?(3)

 のぞき穴のないドアのおかげで、307号室の住人は声で返事するとともにドアを半開きにした。訪問者と住人が顔を合わせる。翼だ。

 彼女は訪ねてきたのが瀬里奈だと見るや否や、苦虫を噛み潰したように眉間にしわを寄せ、ドアを開いたときと同じくらいの速度で閉めようとする。


「まて」

「っざけないで」


 ドアの隙間に、瀬里奈が左手と右足をねじ込んだ。翼も相手の怪我を危惧してか無理に力は入れていない。だが、ジリジリとした力加減で扉を閉じようとする。


「なんでいんのよ」

「近くに寄ってな」

「ざけんな。帰って」

「話が済んだら帰る」

「ボケ女。いい加減にして。頭おかしいんじゃないの。やんないよ」

「なぜだ。翼もドレスソードに興味があっただろう」

「昔はね」

「今は?」

「クソ学校のクソドレソにクソ女。片っ端から願い下げ」


 ドアを開けようとする力と、閉めようとする力とが拮抗する。

 瀬里奈の右足はドアと壁の間にこそ挟まれていないが、足全体を使ってドアを押しとどめているため、ひざ上あたりに扉が食い込んできて、ちょっとだけ痛い。


「今さら。なにやる気出してんのよ。とっとと諦めな」

「断る」

「部活もない。ドレソもやれない。剣道にも戻らない。それでできるつもり?」

「練習はしている。ドレスソードも剣道も」

「話になんない」


 感情の高まりに応じて、二人の身体に入る力もさらに強くなる。


 大きな物音こそ立てていないものの、明らかな不自然さを気取ったか。

 知らず知らずにギャラリーがひとり、もうひとり、二人集まれば困惑のヒソヒソ話がはじまり、その子らの影響が波及して、野次馬がすこしずつ増えていく。


「私はまたドレスソードをやりたい。この学校でJDSに出たいんだ」

「それは構わないっての。勝手にやりな」

「翼とだ。私たちには君が必要だ」

「知らない」

「なぜダメなんだ」

「言ったでしょ。学校もドレソも、瀬里奈もクソだって!」


 ザワザワ。ザワザワ。周囲の声が、廊下に徐々に響きはじめる。

 止めるべきか。止めないべきか。白峯翼は温厚な生徒たちにとっては“怖い人”でしかないし、二人の関係を知っている者もいるしで、挑戦者はいまだ現れず。


「人のやりたいことを取り上げた、舐めた態度のライムライトが許せない。ケジメだかなんだか知らないけど、剣道やらずにプラプラしてるあんたも許せない。私は剣道部の副部長だから、あの子たちに示しがつかないし、それに三年生だよ。このタイミングで誰がやるのよ。無駄にもほどがあるっての。二年前からずっと無駄を背負ったまんま。勝手に遊びたきゃ遊んで。でも私に関わんないで、ボケ女」


 強烈な仲違いの現場に、観客の少女たちは失礼だろうと顔を背けようとするが、すでに野次馬も集まりきっているからか、その場から動こうとはしない。

 意外と平凡で平和な寄宿舎生活には、刺激もいいおやつなのだ。


「学校と私と、現状のせいか」

「理由はどうだっていい。私が気に入らないってだけ。それで十分でしょ」

「だが、ドレスソードは」

「あ?」

「今の言葉のなかに、ドレスソードが嫌いな理由はなかったぞ」

「……うっざ。クソに上下なんざないっての」

「手間は取らせない。翼がJDSでボロ負けしても、私が取り返してみせる」

「サラッと煽ってんじゃないわよ!」

「当日だけでいい。力を貸してくれ」

「知らない」

「なになにどったんこれ? ん、ちょ、ちょっ馬鹿! まじ馬鹿こいつ!」


 乱入者がいなかった事件現場にチャレンジャーが現れた。巡流だ。


 陸上部を終えて自室に戻ろうとしていた彼女は、やたら不自然な喧騒につられてこの場にやってきた。そこで目にしたのは、昨今の悩みの種たちであり。


「巡流、ちょうどいいや。このボケ連れてってよ」

「なんなんこの状況。どうしてシロん家が大盛況なわけ。いや分かるけどさあ」

「メグ、君からもなにか言ってやってくれ」

「あんたにねっ! お馬鹿スミン! 侵入すんなっつったのに!」


 手こそ上げられないが、瀬里奈に向けられた巡流の顔はわりと怖い。


 しっかり者の彼女だから……というと説得力はないが、もともと寮母に目をつけられがちで、遠く九州の地から家族のお叱りと、おこづかい減の実刑を下されたことが何度かあったために、巡流の三年目の寄宿舎生活は恐慌下にある。

 耳元で「減るぞー減るぞー」とささやけば、ブルブルと震えだすくらいに。


「カスミン、あんた間違いなくひとり大掃除だかんね」

「承知の上だ」

「この子、男前すぎるよお……」

 お手上げとはこのことだとばかりに、巡流は首をすくめた。


「翼、もう一度言う。一緒にドレスソードをやってくれ」

「ちっ。それしか言えないの? 大体あんた、なんでドレソやんのよ」

「恋子に言われた」

「あ? なんて」

「JDSで会いに来いと。ドレスソードをやらせた責任を取れと」

「あほくさ。古くさいドラマかっての」

「それに私は、二年経ってもドレスソードを諦めきれていない」

「あっそ」

「はぁ、翼は相変わらず強情だな」

「どっちがよ!」


 まもなく階段方面から「なんの騒ぎですか」と大人の女性の声が聞こえてきた。侵入劇もそろそろタイムリミット。ついでに「大事は勘弁って言ったのにー……」どこからか泣き言が聞こえてくる。「ひぃぃ!」と身をすくめる巡流のことは気にせず、瀬里奈は深呼吸する。やらかしを白状する覚悟はキメてきた。


 こちらに近づいてくる寮母に一瞥をくれたあと、もう一度だけ翼に向き直る。


「翼」

「早く行って」

「もう一度だけ、考え直してくれ」

「じゃあ、最後によく聞いて」

「ああ」

「ばーか。早く消えて」


 瀬里奈がドアから離れたことを確認すると、翼はすばやく丁寧に307号室の岩戸を閉じた。このあと瀬里奈は寮母に連れられ、頼んではいないが付き添いを買って出た巡流とともに、管理人室で一時間ほど事情を説明することになった。


 自分が一方的に押しかけた。これ以上ないくらいそのとおりだったので、責任はすべて瀬里奈が覆いかぶさり、307号室の住人にお咎めはなかった。

 翌日の朝。職員会議ののち。瀬里奈には寄宿舎侵入の定番の罰則である「寄宿舎周辺の掃除清掃(一週間コース)」の奉仕活動が命じられたのだった。



「それで霞ちゃんったら、寄宿舎のお掃除なのね~」

「恥ずかしながら」

「若いっていいわね~。やっぱり無茶で~」


 翌日、瀬里奈は学校終わりの夕方から、寄宿舎周辺の清掃をはじめていた。


 新緑の芽生えに伴い、体力のない枝葉から樹木を離れゆくこの季節。固めな竹箒の先には落ち葉が次から次へと引っかかるが、おかわりもまだまだ残っている。

 住めば都の広すぎる敷地も、こうなってしまえばただのうんざり地獄だ。


「霞ちゃんってば、ドレスソードやってたのね~」

「ええ、海ノ橋の新校舎に移る前のことですが」

「だから毎朝早かったの~。ずっと不思議だったのよ~、うふふ」


 罰として下された清掃ではあったが、さすがに寄宿舎住まいでもない学生ひとりにやらせるのは――と寮母が配慮してくれたのか。瀬里奈の隣にはライムライトの用務員であり、彼女が慕っているおばさまが付けられた。


 新校舎になってから赴任したというおばさまは、瀬里奈の過去の姿を知らない。これまでの登下校のときも、じっくりというほどの長話はしてこなかったために、瀬里奈はいつの間にやら根掘り葉掘りの質問攻めにあっていた。

 中年女性の攻め力ってやつは、大抵すごいのだ。


 二人の口が閉じることはほとんどなかったが、その間にもしっかりと手を動かせていたのはおばさまだけ。会話と清掃の両立は熟練のなせる技らしい。


「すみません、私がお手数をおかけしてしまい」

「あらもう。いいわよそんなこと~。毎年の恒例行事ですもの~」

「すみません」

「いやだわも~。むしろ私が大助かりなんだから、感謝しなくちゃよ~」


 どうも寄宿舎周辺の清掃は週二回、寄宿生の当番数人とおばさまが担当しているらしい。若者でも堪える重労働をご婦人にさせるとは。難儀な話だ。

  こういう、本当に大変で大切なところにこそデジタルの粋が行き渡ってほしいものだが。明るい未来というのは照らされるところが限られている。


 寄宿舎までの一本道から門扉。玄関口とその周辺。清掃中にもチラホラと寄宿生が出入りしては、チラチラと瀬里奈を見て「ああ昨日の……」と納得顔をして離れていく。きつ然と罰を受けるつもりだったので、羞恥心は刺激されない。


 ただ人が来るたび。待ち人を期待してしまう自分に浅ましさを感じる。

 もし翼が帰ってきたところで、なにも進展しないと分かっているのに。


「じゃあ私がこっちからで、霞ちゃんはあっちからお願いね~」

「分かりました」


 寄宿舎正面から見て、建物外周の左側から瀬里奈が、右側からおばさまが攻めていく。スムーズに進めば、二人はちょうど建物裏側の中央で再会する手はずだ。


 寄宿舎外周は、土のうえに背の低い芝生が生えていて、外の森林からこぼれてきた落ち葉がふかふかな余生をすごしている。森林地帯にはいくつかの堆肥スポットがあり、ちりとりに集めた枝葉は外に「ポイッ」と送り返すだけでよかった。


 といっても、広いというのはそれだけで罪なもので。


(これは……なかなか大変だな。おばさまには頭が下がる)

 罰のきつさに、罪人も思わず納得。


 せっかくだ。建物のちょうど真後ろではなく、自分の清掃範囲のほうがすこしでも広くなるようにと、瀬里奈はせっせと手を動かす。今日は雨は降っていないが、連日の梅雨のせいでほんのり湿った緑葉は、竹箒によくまとわりついた。


「霞ちゃん、お久しぶり~」

「おつかれさまです」


 十五分後、瀬里奈の清掃陣取り合戦は結局、五分五分で平定と相成った。

 やはり、熟達の用務員にはスマートな技術が備わっているのやも。


 建物の裏手側の壁面には、窓ガラスが等間隔で並んでいた。罰則を受けている間抜けな少女を「しめしめ」と肴にしているような寄宿生はひとりもおらず、ほとんどの部屋の窓の向こう側は、薄黄色のカーテンによってさえぎられている。


「は~い、じゃあ今日はおしまいね~」

「お手を貸していただき、ありがとうございました」

「だからいいわよ~。明日は私いないけど、ちゃちゃっとでいいからね~」

「そうはいきません」

「いきなさいって~。適度に手を抜く、それが人生の秘訣だもの」


 ふと、瀬里奈は寄宿舎の三階部分に視線を向けた。外からでは正確な部屋の並び順は分からないが、視線のその先はたぶん、307号室のはず。

 三階分の高さを隔てて通じ合うなど、少女漫画で使い古されていそうな手法だ。件の二人が出会ったところで、目を合わせて、声を交わしても、彼女の頑なな心を溶かすための言葉は見つかっていない。けれど、ほかに歩める道もない。


 おばさまに撤収を催促されるまで、彼女はジッと窓ガラスを見つめていた。

次回「そこで一生そうしてる?」(4)。

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