表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(夏)
40/205

海の上の監獄



【Queen Defeat……Winner「ライムライト」End of Stage.】



「やったな、翼」

「ったりまえでしょ」

「そうか。私は正直、しり込みしてしまった」

「あ? 本業に比べりゃこんなもんでしょ、ドレソなんてさ」


 翼はあのとき、誇らしげな顔ひとつ見せず、尊大に言い放った。


「失礼な物言いはよせ。ドレスソードも剣道も遜色なんてない」

「うるさい」

「まったく君というのは。郷に入っては郷に従え」

「だからうるさい」


 二人の初めてのドレスソードの試合。自信はあっても、確信はなかった。

 けれどあの瞬間、確かな手応えをつかんだ。私たちならいけると。


「ドレスソード、はじめてよかったな」

「なによ……まあ、カビくさい防具つけるよりか? マシだけどね」

「相変わらず素直じゃないな、翼」

「っるさいっての。あんた母親かっつーの」

「? 親友だが?」

「ボケ。そういうとこよボケ女」


 きっとこの先、翼たちとなら私はいける。できる。勝てる。そう思えた。

 憧れの緑銀の淑女となって。この世界で羽ばたいていけるんだと。


「来年」

「あ?」

「来年、私たちが二年生になったら、どこまで行けるんだろうな」

「そんなの聞く普通? 決まってんじゃない」


 そうして翼は、右手の人差し指を天井に向けながら言ったものだ。


「てっぺん」



――――――――――――――――――――――――――



「――瀬里奈。今日も帰り早い?」

「ああ」

「やった。お母さん忙しいから、学校帰りにトマトとニンジン。お願いね」

「わかった」


 母のお使いを聞きとどめ、霞瀬里奈は今日も私立ライムライト女学校に通う。

 重そうな曇天。微かに香る潮風。汚れひとつない真っ白な家屋を背にして。


 険しげな目力を和らげるべく、瀬里奈はまぶたの力をすこしだけ抜いて上目に被せた。年々、覇気が薄れていることを身体で示して、なにかを非難するように。

 肩にかかる長さの髪は、右手でぞんざいにかきあげる。その乱暴な仕草は瑞々しき乙女とは言いがたいものの、それなりに絵になってしまうのが役得だ。


 彼女の身を包む、ライムライトの制服は、今日も品を感じさせる。


 彩度が抑えられた、ほのかなライムグリーン色のセーラー服。胸元には純白のセーラーリボンが咲いている。下半身を覆うキュロットスカートはセーラー服と同色。言ってしまえば深い黄緑色だが、学校はライムグリーンと言い張る。

 スカート丈はそれほど長くはなく、かといって短すぎない。二〇三五年代の思春期の少女たちにも不満を覚えさせぬ、洗練された時代の仕立てと言えた。


(今日は雨が降りそうだな)

 そうは思っても、瀬里奈は傘を取りには戻らない。


 この手に持つには傘では軽すぎると、白々とした一軒家や背の低いマンションが建ち並ぶ、赤茶けたレンガ通りに片足を乗せ、通うべき場所に歩きはじめた。


(灰色の空に赤い地面。どこを見ても同じ白。うんざりするな)

 足元は軽くても、心模様は天気のそれと同じく重たい。


 苛立ち……ではない。今ではそんな感情もとっくに過ぎ去っている。

 瀬里奈のなかにすこしずつ溜まっていった気怠い毒素は、彼女に慢性的な無気力さを与えていた。言うなれば、若くしての諦観だろうか。


――今からさかのぼること二年前、二〇三三年の二月。


 海底の隆起を利用した次世代エコロジー建材による埋め立て技法の確立は、先進的技術の試験地とされる芝浦、ないし人口過多に息詰まる都に新天地を与えた。

 そして、東京都が制定した次世代海上都市「海ノ橋」は、東京都港区は芝浦港湾地区のさらに南東、文字通りの“海上”で一般公開されることとなった。


 海ノ橋では景観維持のために建築物の高さに制限を課しつつも、名のある建築デザイナーとそのデザイナーズを公募したことで、進歩的な町並みが広がっている。地区ごとに色の異なる疑似レンガを用いた、彩り豊かな並木道もその立役者だ。


 ここの建築物には装飾の違いはあれど、奇妙なまでに“同じ白色”で塗りたくられている。それもこれも、波風の少ない東京湾と言えど、海上に身を構える海ノ橋。塩害が十分に予想されたことから、都は第六世代樹脂の特許を許諾し、塩害対策の試験用モデルケースとして、都市全体を同色の美しい白で染め上げた。


 その結果。宝くじめいた転居申請に当選した幸運な移住民たちは、都市の開通から二年経った今も、まるで映画のロケーションのような海の上の未来都市で、ハイグレードな生活に胸を躍らせている。なにかしらの撮影風景はもう見飽きたが。


 この町への熱が冷める者はいても、大方は転居以前のライフスタイルとの食い違いに悩んでいるだけ。海ノ橋の都市満足度に、正面から不満を持つ者は少ない。


 だから瀬里奈のように、夢から叩き起こされた者のほうが少数派なのだ。


(今夏はそうそうに大学受験の下見でもはじめて、都内にこもるのもいいか)

 前向きな建前で、本音を隠せば、人間社会はそれなりにうまく回せる。


 ここ海ノ橋も東京都内ではあるが、彼女のなかにその意識はもうない。

 観光資源でもある割高の海上交通を除くと、海ノ橋と港区内陸を結ぶのは一本の「ウミノハシ大橋」だけ。この都市を地続きで脱出するには、徒歩および軽車両では通行禁止の全長3671メートルの橋を、自家用車や都市バスで渡るほかない。


 当然、未成年の女子高生な瀬里奈には後者しか選択できないのだが。


(どうせ行っても、できやしないだろうがな)


 何度も、何度も、瀬里奈は自問自答を繰り返し、何度も、何度も、諦めてきた。

 自分自身へのシニカルな自傷は、ここ数年のせいで覚えてしまった悪癖である。


 数多の人が憧憬の念を抱く、ハイセンスな生活様式の一員に数えられていても、彼女にとってここは“海の端”。足りないものはないが、大切なものはもうない。

 どこに行くにも不便で、行ったところで資格を咎められて、なにもできぬまま、また家に帰ってこなければならない。逃げ場のない、海上の監獄でしかない。


「あら~、霞ちゃ~ん。今日も早いのね~」

「おはようございます、おばさま」

「は~い、おはようございま~す」


 家から歩いて十分程度。学校の敷地に近づくと、気品のあるライムライトの校門付近で顔なじみの用務員に挨拶される。


 部活動の朝練習でもなければ、ほかに登校する生徒の姿を見ない早朝であるが、瀬里奈は入学から三年間、ずっとこの時間帯に登校している。

 目の前の用務員とも、海ノ橋校舎では毎朝と言っていいほど遭遇してきた。今ではすっかり既知の仲で、赤の他人ながら“おばさま”と呼んで慕っている。


「今日は天気が悪いわね~。傘はちゃんと持ってきたかしら~?」

「いえ、気が乗らず」

「あら、若いっていいわね~。備えるよりも無茶かしら~」

「手厳しいですね」


 少量の毒は吐くも、いつもニコニコと笑っていて、人のよさがにじみ出ている。古くはライムライムの卒業生だというから、育ちもよかったのだろう。

 傘が必要になったら用務室に寄りなさい~。おばさまからの温かな提案に返礼してから、瀬里奈は白い正門をくぐり、今日を過ごす校舎へと近づいていく。


 私立ライムライト女学校。「ジダイの淑女たれ」を校訓とし、時は明治時代から続く、日本有数の伝統的な女子高等学校のひとつ。

 それほどの名門校が新興の海ノ橋にあるのは、数年前の事情が関わっている。


 当時、港区芝浦にあったライムライトの校舎は老朽化に伴い、改築案が検討されていた。しかし、緩やかに減る都内の児童。徐々に目減りする伝統の威光。かつての名門校も時の流れには逆らえず、ジタバタせねばなるまい台所事情があった。


 そこで当時の理事会は、港区の一大政策である海ノ橋に目をつける。

 理事らは「伝統は土地に宿るのではない」を標語に、新天地での再起を図った。


 そうして振られた賽の目は――ライムライトに味方した。


 ライムライト女学校の存在は、海ノ橋の教育機関問題の解決、就学女児を抱える家庭の転居希望の増加、人口層の平均化や市場活性に寄与するものとして、都に大手を振るって歓迎された。当時、港区在住であった在学生たちにしても、公的基金を後ろ盾に、希望者には転居・転入・寄宿舎入居などの便宜が手厚く図られた。


 高校受験を控えていた中学生時代の霞瀬里奈も、名高いライムライトへの入学に憧れ、理解ある両親たちとこの地に引っ越してきたクチだ。

 とはいえ、大多数の他者とはすこしだけ事情が異なる。彼女が羨望していたのは海ノ橋のライムライトではない。伝統のライムライトのほうにあった。


(コートがないと、まだ肌寒いか)

 両手で体をこすりたくなるが、制服の乱れを気にして我慢する。


 今は二〇三五年の四月。新学期がはじまっても、早朝の寒気は体に刺さる。

 それも臨海……いや、海上のど真ん中とあって、余計に肌寒さを抱かせる。


 都市の大半の公道には、豪雪地域で重用されるロードヒーティングが敷設されているが、その用途は雨風の乾燥であり、人を温めるほどの出力はない。

 こういった便利なようで意外とそうでもないものは、海ノ橋にはたくさんある。自由で奇抜な国家戦略特区としての頭角を表してきた芝浦地区、そこで生み出された“試験的で意欲的な挑戦技術”が供与される、実験地帯でもあるゆえに。


(相変わらず、新品のノートみたいだ)


 ライムライト旧校舎は、屋根部分が爽やかなライムグリーン色に染められていたことで、古くは「都会に咲き誇る草原」とまで評価されたのだが。

 眼前のライムライト新校舎といったら、例に漏れず周辺と同じ白一色である。


 そんな海ノ橋校舎を伝統のライムライト足らしめているのは、建物の天辺の塔。時計盤のささやかな面積が、ライムグリーンに染められていることくらいで。

 当人には自慢でも他人は気づかない。女子流ファッションのさりげないワンポイント程度のそれ。印象と中身の解離を表しているのなら、面白い皮肉か。


(白く塗り潰せば、なんだって公明正大に見えるものさ)

 まぶたがすこしだけ重くなる。見たくないものが映ってしまわないように。


 霞瀬里奈。三年生。彼女は部活動に所属しているが、部活動はしていない。

 一年生の初夏から三年生の初春に至るまで、個人としても部活としても。

 彼女にとって海ノ橋が監獄ならば、ライムライトは抜け出せない牢だ。


 過去。在りし日の少女が憧れたライムライトには、黒須第一大学付属高校と同じく、ドレスソードプラットフォーム導入の第一世代校としての栄光があった。

 それも今はない。二年前、あるいは実態を晒した一年前に消え去った。


 この学校にはすでに、栄誉あるドレスソード部は存在しない。

 今もドレスソードにこびりつく、消えかけの影だけを残して。

次回「がんばれ、瀬里奈ぁ!」。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ