はじめてのどれすそーど!(1)
翌朝。朝女の表門には名物キャラクターが立っているわけでもなくて、学校の見た目も「草と木に色あせたコンクリートを添えて」みたいな殺風景さで、黒セーラーの集団が続々と入っていく校舎も、四角いばかりでオシャレさがない。
はあ、入学直後なのに心がさっそく灰色模様である。
その理由はわかっている。ドレスソードのために入ったはずの朝女から、ドレスソードの線がまるっと消えたから。昨日のあれじゃ、さすがに無理だわ。
隣にいる花は一日でメンタルが回復したのか(珍しいこともあるもんだ)、いつもどおり柔らかく微笑んでいた。回復したというより「りっちゃんが選んだんだから、りっちゃんが決めなよね(冷笑)」って意思表示だろうか。昨日は気落ちしたまま帰ったし、今朝もこれだから、ドレソ部についての相談はできていない。
教室に入り、瀬川さんにおはようって言って、他愛もないお喋りをする。眼鏡の女性担任がやってくると、これから一年生たちは上級生たちにもてなされる新入生歓迎会のため、体育館へと向かうことになった。当然だけど第一だよ、第一。
朝女の新歓は、入学したての一年生でもすぐ部活をはじめられるよう執り行われるものらしく、それぞれの部活がちょっとした挨拶をするだけで、一発芸もないみたい。まあ、登校二日目で新歓をやる都合上、準備期間がないんだろうね。
また、今日は「新歓後に部活巡りの日」になっているらしく、そっちが本番のようだった。キャッチ―な宣伝より、中身で勝負しろってことかな。
ただ、このおかげで初っぱなからたくさんの同級生たち、上級生たちと顔合わせできるため、催しの評判は例年いいそうだ。これから三年間、たっぷりと付き合うことになる、凛々しいお勉強君との出会いが明日からになるって意味でも。
「瀬川さんはやっぱり吹奏楽部?」
「そうする。小枝さんと日影さんは?」
「うーん、まあ、ちょっと考えてからかな」
「……りっちゃんってば」
瀬川さんはなかなかコミュニケーションが達者で、私の出番もなく「日影さんは小枝さんの友達なんでしょ? 一緒に体育館に行こうよ」と花を誘っていた。
一人組が友達組を引っ張るところにおおーって思うし、素直に好感が持てる。
まあ、花の内気さを昨日の時点で見抜いていたのか、はたまた私が横暴ないじめっ子に見えていたのか。そういう線も捨てきれないけどね。それにしたっていい人には変わりない。初対面の思いやりって大切よね。誰かさんと違って!
昨日の入学式は学校ホールだったけど、今日の新歓は第一体育館だ。
これがまた結構いい体育館って感じで、学校説明会のときも内心興奮していた。
第一は新しいってほどじゃないけど、壁や床や内装も清潔感があって、入学前に「ここでドレスソードやるんだ!」と期待を持たされたくらいだ。結果として昨日「ここでドレスソードやるんだ……」の落差を生み出した元凶になったが。
館内に並べられた前の席から一年生、二年生、三年生と時間をかけて座り終えると、新入生歓迎会がはじまった。トップバターは全国常連で朝女イチオシのバスケットボール部、しなやかな体の線がちょっと羨ましい陸上競技部、瀬川さんがお世話になる吹奏楽部に、花に似合いそうな料理研究部など、部活着を持たない文科系部を除き、それぞれの部がご自慢の衣装を披露しながら挨拶していった。
なぜか来ないなあと思っていたドレソ部は締めだった。ステージがないからか制服姿の菖蒲先輩は、ドレソの魅力をウソでしょと思う切り口で紹介してくれた。
「えー、ドレスソード部です。斬ったり斬られたりが好きならオススメです。痛いし苦しいし怪我もします。あと普通に汗臭いです。昨日とある新入生がドレソのことを誤解していたので最初に伝えておきます。めっちゃ痛いです。以上です」
菖蒲先輩は大切なことを伝えたんだろうけれど、私は彼女にそう言わせた共犯の気持ちであり、みんなに特定されたくない被害者の気持ちでもありと、最悪の気分になった。しかも場所の話すらしていない。あんなんじゃ誰も来ないでしょ。
「なんかすごかったね」
「朝女ってドレスソードあったんだ」
「ドレソってあれ、そんなに痛いんだ」
「あの上級生も怖そうだったね……」
ザワザワしておる。新歓が終わっていないのに、ザワザワしておる。
これで私がドレソ部に行ったものなら、確実に菖蒲先輩と同類項で扱われてしまう。決心のときは近い。逆にありがとう、笹倉菖蒲さん。今後の学校生活を考えるとさ、私もザワザワする側にいたいの。これからは料理研究部の時代だね!
全校生徒が体育館から引き揚げ、教室に戻ると、おもてなしをする上級生たちと、そこかしこを歩き回る一年生組にわかれての部活巡りがはじまった。
担任いわく「仮入部より手前の体験コーナー」みたいなもので、その場にいる人たちとレクリエーションに興じるだけでいいらしい。こういう部活主体の催しがそれなりにある朝女では、なんと部活入部が必須なんだとか。初めて知った。
「帰宅部はできないってことかあ」
「りっちゃん知らなかったんだ。昨日も説明されてたよ」
「ふーん。日影さんは小枝さんの保護者ってわけか」
「保護者だなんて。その、りっちゃんはこうなだけっていうか、その」
二人の無礼な物言いに口を挟もうとしたけど、「ドレソやりたいー!」ってわめく子どもな私と、「仕方ないなー」って許しちゃうお母さんな花の姿を想像してしまい……うん、やめておこう。ここは耐え忍び、将来的に見返すべきだ。
瀬川さんはさっそく吹奏楽部へと旅立った。心が決まっている子たちも我先にと教室から飛び出す。ただし悩んでいる子もちらほらいて、教室内では二人が四人に、四人が六人にと同じ輪に集まっていく。これはこれで友達できそう。
それぞれの部活でその場の面識を広げる。グダグダしちゃっても教室で話せる。友達作りのスタートダッシュとしては理に適っていそうだ。評判も納得。私と花もちゃっかり悩みの輪に加わり、自己紹介をしたりされたりで楽しんでいたら。
「小枝さーん、日影さーん、上級生が呼んでるんだけどー」
バスケ部行きの決意を固めて、今さっき輪から離れていったはずの子が、教室の外から私たちを呼ぶ。正確には、どなたか上級生にお呼ばれしているとか。
嫌な予感しかしないんだけど。新入生の「小枝律子」と「日影花」を認識していて、名指しするような上級生って。嫌な予感しかしないんだけど。
ごめんちょっと。そう言って同級生の温かな輪から抜け出すと、花も慌ててやってきた。さて、バッサリいくべきか、ハートで説くべきか。それが問題だ。
まさか教室まで来ると思っていなかったから、心の準備はできていない。ともかく「私たちドレソはやめときます」かな。スマートに終えよう。素早くプランを整えて教室から出ていき、廊下の外側を向くと……あれえ、おかしいなあ。
「あのぉ、小枝さんですか? そちらは日影さんですか?」
予想とはまったく違う、私よりも背の高い上級生がいたもんだ。
「はい、小枝です……えっとー」
「呼び出しちゃってごめんね。ドレソ部の二年、猪戸恋子っていいます」
「ししど、れんこ先輩、ですか。えっと、はじめまして」
「はい、はじめまして。よろしくね」
んん、んーん、んー、なぜえ? だれえ?
教室内からちょうど見えない位置に立っていたのは、目線をほんのり上目づかいにするとその顔がよく見える、見知らぬ上級生であった。
目尻の下がった人懐っこい顔だちを、左右非対称の前髪でうまく晒している。顔の輪郭をもみあげで覆いつつ、肩くらいの長さの髪をハーフアップにして後ろで編んでいる。耳元と首元がすっきりしていて、可愛らしくも大人っぽい。
その愛らしい雰囲気になにか要求していいと言うのなら、ふわっと足元を風にすくわれそうなガーリーなワンピースを着させて、春のピクニックに出かけたい。
「はい、あのうーんと、その」
「すみません、私が日影です。菖蒲先輩からの言伝でしょうか」
猪戸先輩の出現により頭が悪くなった私に代わり、花が矢面に立ってくれた。
「うん、そうなんだ。今は大丈夫かなぁ?」
先輩も先輩でリラックスできていないのか、首を右斜めに傾げつつ、困り顔で尋ねてくる。可愛い。花もあざとい神経を鍛えればできそう。菖蒲先輩も発声を禁止すればいけそう。破ってこそルールとか言いそうでめんどくさそう。
「はい、大丈夫です。どのようなご用件でしょうか」
「ありがとー。私も去年1-Dだったんだけど、ちょっと緊張しちゃってぇ」
てへっ、って先輩が笑う。楽しそうな表情が、恋子って名前によく似合う。
「あのねぇ、二人はドレソ部に入った? んだよね?」
「入部届はお見せしましたが、まだ詳しいお話はしていません」
「そっかぁ。だよねぇ。菖蒲ちゃんには昨日いろいろと話してもらったんだけど、いまいち要領を得ないというか、ほら菖蒲ちゃんってああだからさー」
えっへん、って先輩が偉ぶる。仕草って大切なんだなあ。お手本にしたい。
「二人ともちゃんと説明されてない気がしてね。さっきの演説もさすがにアレだったし、もしかしたら来てくれないかもって思っちゃって。ほかの子にしても、今が部活巡りの時間だからって、校外にある第二体育館には来れないよねぇって」
しゅん、って先輩が寂しそうになる。うちが共学だったら戦争が起きそう。
「校外に行ってもいいのか。私たちもわからず同級生に相談していました」
「だよねぇ。普通そうだよねぇ。外ってなに? ってなるしさー」
「はい。あっいえ、それでその、ご用件というのは」
花はこういうとき意外としっかりする。私に引っ張られていると小動物だけど、ほごしゃ、いやいや、私が困っていると急にしっかり者になる。青信号と赤信号の関係って感じかな。表示時間はまあ、私の青信号が多いんだけれど。
猪戸先輩の話は、だよねぇ、うんうん、そうなのぉ、それからさぁと話題がフワフワしてとっ散らかっていたけど、要するに「今から第二に来ても大丈夫だから」「部活着がなかったら体操着がいいかも」といったものだった。
つまり、上級生のほうからわざわざお誘いにきてくれたみたい。アレがアレだったために。彼女が「菖蒲ちゃん」と呼んでいることからも、二人の関係性がなんとなくうかがえる。暴走列車とブレーキってところかな。かわいそうな話だ。
「話はこんな感じなんだけど、わかったかな?」
「はい。わざわざ教えていただき、ありがとうございました」
「んーん、平気だよー。それで、あのね、今日って来れそうかなぁ……?」
「えっと、わたしたち――」
「はい、二人で行かせていただきます。もうしばらくしたらお邪魔しますね」
(は?)
私の言葉を遮り、花はまっすぐと、はつらつと返事をした。
「ええ! ほんとに!? ありがとう日影さん! 小枝さんも!」
にこっ、って先輩が喜んだ。ルンルンって感じで教室前から去っていった。
「…………」
「…………」
うーんとうーんと。待ってね待ってね。今の私ってかなり混乱してるの。
花の返事は、私が昨日からずっと考えていた「完璧な入部お断り文句ベスト3」の検討案にすらかすっていない、思ってもみない選外からの答えだった。
えっ、ドレソ部に行くの? 私たちなにか相談したっけ? もしかしてロリ眼鏡が無理なの私だけ? 花は実はへっちゃら? いや納得できないんですけど。花にとっても絶対アレじゃないの。さっきのだって十分アレだったじゃん。
頭は噴火中だけど声には出せない。口にしてしまえば「りっちゃん? あれだけやりたがってたのに、もしかして行かないつもりなの(苦笑)」みたいな返事をされたときに気まずい立場になりそうだから、言葉にする踏んぎりがつかない。
その代わり、非難というには弱々しいけれど、精一杯のジト目でさっきのやり取りの釈明を求めた。花はこの表情の意味をきちんと理解しているはずだけど、髪を穏やかに揺らし、いつもの柔らかな微笑みのまま、優しげに手を差し出してきた。
「じゃあ、ドレソ部いこっか。りっちゃん」
あんた、さっそく弱みでも握られてんの?
気分はクールなお断りからの料理研究部にGOだったのに、いつの間にか引っ張られる側から下剋上されていた。今の私はボロボロの廃墟を目にしたときと同じくらい気落ちしているけれど、ここで私がごねると三人の気持ちを損なわせるから、もちろん当たり前だよ! 行く行く! みたいな態度で準備をした。
花は随分と楽しそうだ。なんで昨日の帰り道や、今朝の登校中に言ってくれなかったの。さっきまで二人の答えは同じだって勘違いしてたじゃんかあ。
ふん、まあいいさ。切り替えるよ。ドレソに冷めたのも場所に萎えたのも未経験だからだし。菖蒲先輩のことも花がいいならいいよ。練習が厳しくてぶっ叩かれてぶっ飛んでも付き合うよ。でもその先はダメ。花が倒れる権利はあげてやんない。
猪戸先輩に言われたとおり、手提げ袋に新品の体操着を詰めておいた。
帰宅するわけじゃないから鞄は教室に置いてあるけど、貴重品だけは忘れずに。
校庭に面している裏門は、校舎から対極の右端っこにある。校庭の外側を二人で歩いて向かっていると、そこには一年生の数も少なくはないのだろう。
校庭中央にあるグラウンドから、女子サッカー部の楽しそうなキャッキャウフフの声が聞こえてくた。向こうは他人にもわかるほどの幸せ空間だ。
「私たちって、知らない人にはサボって帰るように見えんのかな」
「大丈夫だよ。ちゃんと部活巡りに行くだけだから。ね?」
「うー、わかってるって。しかし教室から第二って十分以上かかるねこれ」
「近くはないよね」
「気楽でもないよ」
昨日の往路と復路、今日の往路で三回目となると道も見慣れてきた。そのうち第二体育館にたどり着くと、進入禁止のロードコーン君は脇に除けられていた。
すでに菖蒲先輩と猪戸先輩が館内にいるんだろう。よし、気を取り直してっと。
「失礼しまーす」
「失礼します」
館内には案の定、二人がいた。でも二人しかいなかったから、部活巡りの恩恵はあずかれてはいないようだ。めっちゃ痛いんじゃ、そりゃそうでしょうよ。
「小枝さん! 日影さん! 来てくれたんだー!」
「猪戸先輩。先ほどはどうもありがとうございました」
「遅かったな、おい。さっきの演説でびびったかリッコ」
「それも遠からずです」
げへへと笑う、菖蒲先輩の小憎たらしいことよ。挨拶気分で煽るんだからもう。
「じゃあ、来そうにない一年を待ってるだけ無駄だから、はじめるか」
「そうだねぇ」
「お願いします」
「よろしくお願いします」
「まずそうだな。リッコと花はなんかやってた? 武道とかそういうの」
「実家が合気道の道場をやってるんで、お遊び程度には嗜んでます」
「へー、合気道。異色な感じでいいじゃん。体力もありそうだしさ」
「……私はりっちゃんと違って、運動が全然で。体力も全然ないです」
「そっ。気にすんな。ドレソじゃ斬ったら終わるんだから大差ねえよ」
身も蓋もないことを。それでもまあ、ソードというのは刀剣類の形状がオーソドックスらしいから、ここ十数年のドレソブームに乗っかろうとして躍起になっている、剣道場や剣術会に通っている子たちのほうが分はあるんだろうなあ。
私がやっている合気道って、一般的には護身術だし。一応ね、剣とか杖とかを扱う武器術っていうのもあるんだけど、そんなの練習してないっての。
「でで、リッコも花もドレソはやったことねえんだよな」
「そうです。ぶっちゃけルールとかもよく知りません」
「私も観戦を楽しめるくらい、でしょうか。細かくはまだ」
「いいよいいよ。花はともかくリッコはどーせ覚えられねえタイプっしょ」
「……間違いではないんですが、言い方には異議が」
「却下。とりあえずサクッと立ち上げからはじめよ」
「ええー、ちょっと早くないですかー。心の準備が」
「早くていいんだよ。昨日も言ったけど、マジで無理なのかがすぐわかる」
やはりというか、考えるよりもまずやってみようの精神みたいだ。
菖蒲先輩は館内中央の壁際に寄せられている、大きな券売機みたいなものに近づき、なにやら弄りはじめた。昨日は埃除けのためか、愉快なミニキャラがたくさん描かれたランチシートを被せられていたから、粗大ゴミかなにかと思っていたんだけど――どうもあれがドレスソードの機材だったらしい。
「あれね。ドレスソードを起動したりするコンソールなんだぁ」
「なるほど。ところで猪戸先輩たちはドレソ経験者なんですか?」
「菖蒲ちゃんは長いけど、私は一年からだよ。それと私も名前でいいよー」
「んと、恋子先輩と呼べと?」
「ちゃん、のほうがいいなぁ。菖蒲ちゃんと被るし、そっちのが可愛い」
猪戸先輩あらため恋子ちゃんによると、すべての機材をひとまとめにしたものを「ドレスソードプラットフォーム」って呼ぶんだって。
外部コンソールで起動や停止や設定を操作すると、コンソール横の黒いダンボールみたいな四角形から情報が入力され、銀色ポールで囲まれたステージ内に出力されて、個々人のドレスやソードがそれぞれデータどおりに物体化するんだとか。
流れはわかったけど、なにがどうなる原理なのかは一生理解できなさそう。
ドレスソードが起動すると、銀色ポールで囲まれた長方形内の床が真っ黒に染まり、同時に競技線を表しているだろう、オレンジ色のラインが引かれていった。
あー! ドレソってやたらと黒い床の場所でしかやんないなって思ってたけど、起動すると床が黒くなるからか! 未来的すぎて感動しちゃったよ!
「リッコと花は学生証ある? こっち持ってこい」
「学生証ですか。部活体験に必要とかですか」
「学生証にDC/DSチップが入ってんの。それで出場登録とかする」
「そんな高性能な学生証だったなんて。学生手帳はいりませんか」
「いらね」
ドレソを導入している学校の学生証には、DC/DSチップこと「ドレスコード/ドレスソード個人情報登録チップ」なるものが埋め込んであるらしい。
それを読み込ませるだけで、今後はドレスソードに参加できるんだって。知らない人は知らないまま卒業してしまいそうな隠しアイテムみたいだ。
二人とも貴重品枠で持ってきた学生証を渡すと、うぷぷという声が漏れてきた。こ、このロリ眼鏡っ! 私の写真を見て笑いやがったなむきー!
すでに平静を保てなくなってきているけど、そっちがそのつもりならもういいよ! 私が顔面で遺憾を表明していると、コンソール画面に私と花の名前や所属が映った。菖蒲先輩は私たちに確認もせず、いろいろと操作を済ませていった。
「おっけ。今度から学生証だけあれば裸でも参加できるぞ」
「ええっ、ドレソって裸でやってるんですか!」
「いや、普通に肌着を着てる」
「じゃあ裸なんていやですよ」
「マジな話、このボロ体育館の夏場は想像できねえから、わかんねえぞ?」
「そ、それでも裸でドレソはなしです。女子高生的に!」
「こまけーな。ドレス着装すんだからべつにいいじゃんか」
話を打ち切るように更衣室へと促され、私と花は着替えた。まだ制服ですら着慣れていないのに、授業ですら着ていない体操着姿となると妙に小っ恥ずかしい。
菖蒲先輩は着替えた私たちをジロジロと見つめてから、なにも感想を言わずに(逆になにか言ってよもう!)入れ入れとステージのほうに追いやった。
あまりにスムーズな流れだったが……ゴクリ。ついに、ついにきてしまった。
花と目配せする。一呼吸してから、意を決してステージに足を踏み入れる。
なにか変か。いやなにも変わらない。体調もなんともない。頭も電波を受信していない(気がする)。なにかが起きるとは思っていなかったけど、緊張した。
ドレスソードをやるってことじゃなくて、それ以前の話だ。だってさあ、こんな意味不明な不思議空間だよ。選手でもなきゃ、誰でも絶対緊張するって。
ステージ内は全体的に黒かった。外が見えないし、外の音も聞こえない。
私、花、菖蒲先輩、恋子ちゃんの姿はちゃんと見える。けれどオレンジ色の競技線とステージ両端の青い壁を除き、床も壁も天井もどこもかしこも真っ黒だ。
外からは床だけが黒く見えたけど、中からは内部の人物以外は見えず、外の様子はなにもわからない。光源もないのに明るくて黒いのが不思議。この黒壁は試合の勝敗が決したときに解除され、選手はそこで初めて会場を目にするんだって。
「あれですね。遊園地にあるマジックミラー的な」
「そう、それ」
「しかし、入ったらドレスになるんだと思ってましたけど、違うんですね」
「ステージ内で出力されるのはソードだけな。ドレスとかはあっち」
くいっ。先輩があごでステージ両端の青い壁を指した。
「ドレスはあっち。メイクオーバーエリアで準備すんの。ほら行け行け」
「わ、わわわっ」
花と笑顔で質疑応答しながら歩いている恋子ちゃんと違い、私のインストラクターってばどうしてこう。私のリアクションを楽しんでいる節すらある。
ステージの広さはやっぱりバスケコートくらいで、バスケならゴールがあるんだろうステージ両端に「Make Over」の文字が浮かぶ青い壁が。冷静を装い、壁に向かって身を投じる。よかった。こっちもなにも起きずに新たな空間に出られた。
私を追って入ってきた菖蒲先輩が補足してくれる。
「メイクオーバーエリアは試合前後の控え室ね。準備とか休憩はこっち」
「こんな場所もあったんですね。知らなかった」
「こっちは外からは完全に見られない。内部にいる人たちだけの空間だかんな」
「女の子たちのお化粧ルームってわけですか」
「人前に出るんだ。必要だろ?」
メイクオーバーエリア内は黒い床を除き、全体的に明るすぎない青色だ。
ステージの縦幅にあたる十数メートルほどの長さ、三人くらい並べそうな横幅、教室くらいの天井の高さがある。あれだね、学校の廊下みたい。
「ステージより明るいし、壁も青い」
「どっちも黒だと出入りで気づかないからな」
「でもこんな青い壁があったなんて。気づかなかったかも」
「体育館の入場口とか、二階客席の真下に直結させてんの。観戦の邪魔だし」
ドレスソードは見せ物として、見せたいとこは見せる、見せないとこは見せないを徹底しているわけか。そもそもドレスを着ていない体操着姿の選手なんて見たことないし。メイクオーバーエリアの存在は周知されないほうが夢がありそう。
なお、菖蒲先輩によれば、試合中は上品なご令嬢ぶっている選手たちも、試合後はこっちで大の字にぶっ倒れてギャハハと勝利の雄たけびをあげるらしい。
「んで、ドレスはどこですか」
「Tの字で立ってみ。したら設定しといたドレスが着装させられる」
「うわあ、なんか怖いです。意味わかんなくて怖いです」
「ザッコ。いいからやれ。両足を三秒ずつ上げんのも忘れんな」
ドレスを着せられるって、衣装はどこよ? いやわかってるよ!
この壁や床みたいに銀色ポールからなんか電子的なものがビリビリってきて、白鳴や桜花のドレスみたいになるんでしょ? わかってるけどさ。電子レンジで温められるような不安が拭えない。ドレソを知らないアナログ頭には限界がある。
たっぷり十秒ほどためらった。菖蒲先輩が右足をゲシゲシと蹴ってきた。
ふー。ふー。両手は真横に、両足はそろえて、顔をまっすぐ前に向ける。
シューシュー。浮き輪から空気を抜くときのような音がすると、頭から胸元へ、胸元からお腹へ。肩から腕へ、腕から指先へと。布地が肌に被せられるような……ううん肌に貼っていかれるみたいな、そんな不思議感覚が全身をめぐった。
チョコでコーティングされるときのバニラアイスの気持ちって、こういうくすぐったさなのかな。現実逃避していると、ドレス着装の違和感が消えた。
「……着れてます? 私ちゃんと着れてます?」
「おつかれ」
「なんか普通の服みたい。軽いし。おっ、下は体操着のままなんですね」
「ステージ入ったときに人体外皮をスキャンされんの。体重も全員記録される」
「爆弾みたいな個人情報の宝庫ですね」
それだけ管理は厳重だ、ってさ。ドレソは乙女心に理解があるようだ。
「ドレスは元の衣服を覆って、過度に干渉するところは物体化されないって感じ」
「うーん。体操着だとボリュームあるんですかね。なんかボワボワします」
「薄手で無装飾のスポーツウェアが最適だろうな。私と恋子はそうしてる」
私が着せられたドレスはちゃんと布感も重量もあって、普通の服をきている感覚そのままだ。黒い薄手のグローブも指先までぴったりフィットしている。
やばい。未来って本当にやってきたんだ。正直、ものすごいビックリ体験に感動していて、はしゃぎたい。花もドレス着装には目を白黒させていた。
うん? 花のドレスって……ん? まさか、このドレスって、もしや。
「菖蒲先輩。ちょっといいですか」
「なに」
「このドレス、うちの制服とジャージじゃありませんか」
「よくわかったな。もう朝女大好きかよ」
花の姿を見て気づいた。私たちが着ているのは学校指定のオレンジジャージの上着と黒いセーラー服だった。ジャージについては家で開封だけしたなので記憶がおぼろげだけど、黒セーラーはまんまだ。どちらも微かに意匠が違う気はするけど、どこまでいっても「ジャージを羽織ってる朝女生徒」を脱していない。
いやいや待って。ドレスにもスクール系? とかトレンドがあるって花が言ってたの知ってるよ。桜花の桜羽織と若草セーラーだって組み合わせ的には近いよ?
けどさ、これドレスじゃないよ! ドレスって言うには名前負けしてるよ!
「……だっさ。菖蒲先輩、これはどういうことです?」
「ドレスもソードも制作は自由。金も時間も技術もなけりゃ不自由」
「り、りっちゃん。だ、大丈夫だよ。似合ってるよ」
「ほらみ。リッコは似合ってるよ。分をわきまえろ」
「朝女にも被服部とか、3Dデザイン系の部活とかあったらねぇ……」
恋子ちゃんも諦めモードだ。本当にマジで朝女のドレスらしい。
これは三年前の部活設立から使われてきたとされる朝女ドレスで、発案者(一年生の菖蒲ちゃん)の忠告するところ、うちにはピッタリだという。むしろドレスの立派さを追及していいのは、選手の見た目や実力が伴うところだけだとか。
「なんでですか! ドレスっていうくらいのドレスにしましょうよ!」
「くっそよええ、顔もよええ、ドレスはお姫様。それで大会出ろよ。地獄だぞ」
「……なるほど」
ケースバイケースだろうけど、それはたしかに地獄かもしれない。
次回「はじめてのどれすそーど!」(2)。




