緑銀のボーシュヴァリエ【エピローグ】
二度目のJDS地区大会が終わり、数週間がすぎた。
地区大会二日目の三回戦では、クイーンの私が自力負けしたことで敗退となり、朝女は昨年と同じく地方進出決定のみに留まっている。
なお、地区大会優勝は下馬評のとおり、新設校の立役者たちと強烈姉妹が率いる、最高に脂の乗った流星館がつかみ取った。
「花せんぱぁーい。突き教えてくださぁーい」
「氷空ちゃんとやって。今忙しいから」
「暇そうですが?」
「今忙しいから」
ウザい左とつれない花のコンビ芸は、最近はもう見飽きた。
もはや部内では誰も気にかけていない日常風景である。
いくよー。バキン。いたた。
もーいっかーい。ガキィン。いだだ。
今日は恋子ちゃんにぶってもらっている。もちろん偃月刀でね。
静林の阿木さんのレイピアにやられた直後は、氷空のびっくりプレイもあって気がまぎれたけど、翌日から後悔の念が押し寄せてきた。そしてうちの刺突連中にひたすら突かれて、守って、疲れてを毎日繰り返していた。
ただの憂さ晴らしだったから、刺突対策にはなっていない。
あえて言えば「次は絶対止めてやる」の覚悟を固める時間だった。
でで、根気よく付き合ってくれた刺突連中に感謝するとして、最近は大きな斬撃を受けていなかったから、久々に大撃腕の衝撃を味わっている次第だ。
地区大会ではビッグプレイヤーとぶつからなかったから、恋子ちゃんほどの攻撃を受けるのはとんと久しい。この痛み。まさに私の原点。普通に痛すぎ。
「律子さん。上に構えて光刃を止めつつ、一歩踏み込むのはどうでしょう」
「むーり。氷空にどう見えてるか知らないけど、両足に杭打たれてる感じ」
「そうですか。守ってばかりでは正直、あまり体によさそうじゃないので」
「体に良いことだけがイイことではないのだよ、氷空ちゃん」
「はぁ……」
振り返れば、ちょこちょこと大変な一年生組だったけど、それぞれJDSをとおしてうまいこと自己解決したみたい。朝女ドレソ部のモチベーションは上々だ。
まあ今後の解決方法が、左は「とりあえず花ぶつけとけ」。氷空は「とりあえずキレさせとけ」などと、あまり建設的じゃないのがいただけないが。
「地方大会もう来週だけどぉ、二人とも気になるところなーい?」
「あと三年くらい練習すれば優勝狙えるかも」
「私程度の実力では、地方以降は対面有利も難しいと思います」
「二人ともぉ……もうちょっと夢見よーよー!」
恋子ちゃんが両目をクリンとさせながらプンプン抗議してくる。可愛い。
言ってみれば花だって可愛いよ? 自慢の幼なじみだ。左も後ろ姿だけならいい線いっているし、氷空も凛としたガールって感じで高得点。葉月の可愛さは気高いにゃんこがデレる類いのものだし、姿なんかは可愛いを超えて美人である。
だがしかし、恋子ちゃんのように直球で「可愛い女の子」ってのはそうはいない。いやいるんだけど、あんまり身近にいない。だから可愛いのだ(?)。
「花ちゃんたちはどーおー」
「私は、ぺルセ以外のアプローチもあればと考えています」
「ってことは、地方大会で誰かから盗んじゃうー?」
「えっと……そういうわけでは」
「まぁ、花ちゃんっぽく盗んじゃうといいよー」
「んんん……」
地区大会では、花のお眼鏡に適う技の収穫はなかった。対面のレベルや得物の問題だろうか。というかそもそも、誰もがド派手な必殺技を持っているほうがおかしいのか。今年のヒカゲバナは技よりフィジカルモンスター路線のようである。
「はい! はいはい! 私もうぺルセとダーツできるんで試合出たいです!」
「左ちゃん。どっちも“もどき”でしょ。ダーツはまだ使っちゃダメ」
「左です」
「左ちゃん」
「あはは。地方はまだ気が抜けないから、左ちゃんはもうちょっと待ちかなぁ」
「ちぇー。まっ、恋子先輩も三年生ですもんねー」
何気なく左が口にした一言は、少し冷たい温度で私のなかに入ってきた。
言葉では分かってんだけど。実際にJDSが進んでいくにつれ、じわじわと実感が強くなってきている。負けたら終わり。今年が終わり。三年生も終わり。
勝ち進んでいるというより、ギリギリで延命している気分のほうが強い。
分かってる。今の私たちでも地方大会なんて勝てっこない。全体のレベルは確実に上がっているとはいえ、菖蒲先輩一人分の戦力を稼げたかというとね。
今年のチームは安定感こそあれど、戦況を動かすサプライズ性に乏しい。
盾とエストック作戦も持久戦を強要することはできるが、氷空や恋子ちゃんが優位を取れない相手が出てくると、戦術は一瞬でご破算だ。
当たり前だけど、そういう相手が出てくる確率は地区の比じゃないだろうし。
いつぞやに組み合わせを変え、盾に居合刀、盾に偃月刀も試したことはある。
個人的にはどちらも悪くない線に思えたけど、氷空的には「相性があまりいいとは」、恋子ちゃん的にも「私たちだと大味だねぇ」ってことで、1+1=1と1な感じだったようで。ドレソ性の違いで即解散となった。
ただ違う収穫はあった。氷空先生に「攻撃手同士の連携も、ないに越したことはないかもしれませんね」と言われ、相互にカバーし合う練習もはじめた。
それは単に攻撃を差し込む、防御に割り込むではなく、これまでの相手にやられてきた「仲間の後ろに下がる」とか「苦手な対面はスイッチ」とか、ドレソをうまくやるコツみたいなもの。ちょっとした所作でも状況を変えられるからと。
分かりやすいのは「恋子ちゃんって、近くに立ってるだけで怖いよね」である。彼女の偃月刀が届きそうな距離にいると、対面じゃなくてもたしかに怖いのだ。
ブラフのようなものだが、部内における大撃腕部長の存在感はさらに高まった。
「左には悪いけど、しばらく冷や飯食らいかな」
「律子先輩、言い方。もっと後輩を気づかってください!」
「そのうちね。あー地方どうなるかな。無謀でも白鳴に当たりたいんだけどなあ」
「えっ? ああ……花先輩、もしやまだ」
左が複雑そうな顔で、花に尋ねる。
「うん……りっちゃんのやる気が心配で」
「なに、めっちゃ不穏だけど。なに?」
「私も言ってませんので」
「や、そこは言っとけよ氷空」
「うんとねぇ……ごほん! リッコちゃん、よく聞いてね?」
神妙な顔をした恋子ちゃん。その周りに花たちがススーっと近づき、私vs四人の構図になった。なんだ? クビか? 朝女ドレソ部クビか? やや、そんなことはないだろうけど嫌な予感しかしない。みんなも示し合わせてるみたいだし。
「なんです」
「あのねぇ、私も地区大会のときに知ってねー。あっ花ちゃんたちもだけど」
「はあ」
「それでねぇ、私たちも調べはしたんだけど。よく分からないんだけどねー」
「はあ」
「なんかねぇ、今年ね。白鳴女学院。JDSに出てないんだって」
「は?」
白鳴がJDSに出てないってことは、JDSに白鳴が出てないってことだろうか。
ん? なにそれ?
「どどどゆこと?」
私を見つめる四人の目。まるで不幸を慰める会のごとし。
彼女たちは各々の研究成果を報告をするかのように、続けて言った。
「白鳴ねぇ。ドレソ部がもうないんだってー」
「運営競技会の発表だと、七咲さんたちの卒業と同時に廃部になったって……」
「海音姉さんにも聞きました。あそこ、鈴子さんたちしか部員がいなかったと」
「それ律子先輩に伝えたら悲しいことになるから、とりま口止めしよっかって」
「ひゅー。ひゅー。ひゅー」
「花先輩なんでしたっけ。ああいう音が鳴る駄菓子」
「うーんと、フエラムネ?」
「それだ。そんな顔してますね」
左いわく、私はフエラムネを吹いている人の顔になっているらしい。
てゆうか、なに。えっ。じゃあ私の仇討ちどこいった?
「待って。話を整理するよ」
「どうぞぉ」
「白鳴のドレソ部、もうないんだ」
「みたいねぇ」
「だから白鳴はJDSに出てないと」
「らしいねぇ」
「じゃあ私、誰に仇討ちするの?」
「復讐はなにも生まない……とかぁ?」
「やだやだ無理無理! ひぃぃっ! 思い出すだけでカッコ悪いっ!」
あの日、菖蒲先輩にロマンあふれる決意の表明をバチコーンとぶつけて、私たち二人に新たな目標が生まれた。それはまるで、美しい思い出の青写真のように。
ところがどっこい。一転して恐ろしく恥ずかしいコントの記録になっちゃった。
いろいろとショックで口元をあわあわパクパクさせていると、恋子ちゃんがよしよしと頭を撫でてくれる。花はオドオドと顔色をうかがい、左はポニーテールをツンツンしてきて、氷空も人差し指でなんか私の二の腕をさすさすしてる。
とんだハプニングだ……でも実のところ、私は辻褄合わせをはじめていた。
正直に吐露するならね。目標の梯子を外されたのは唖然だけど、それはもともと勝手な言いがかりの仇討ちだからいいとして。いや全然よくないけど。
とにかく、気持ちだけなら「さーて、どうしよ」くらいのものである。
いーい、本音でいくよ? そりゃあ現実味のない口約束ですからあ? 本当にダガープリンセスの後継者な白鳴後輩チームも倒せるなんて思ってませんでしたしい? あんだけセンチメンタルな場面で大見えきったからポーズとしてねえ?
ええ、そうですとも。そんくらい軽薄なポーズでしたとも。
だからそれっぽく口にしてみても、どこか物語の役者めいた台詞とでもいうのか。「私なりのカッコいい目標」に酔うためのお薬に近かった。
それですら新年度の慌ただしい風に吹かれて、危険な新入生たちの相手をしているうちに風化していたのは否めない。だから「なにがなんでも白鳴ぶっとばす!」の熱意はとっくに冷めていて、こうやって目標不在を知らされてもさ。
ショックと言うより、関係のない話のように、ポカーンとしているのが実態だ。
楽観的に考えよっか。打倒白鳴なんぞ私にとっても、ほかの誰にとっても、現実感のない夢だ。「JDS優勝するぞー」と言うのとさして変わりのないうわ言。
今から恋子ちゃんたちに心配をかけないよう、ショックな素振りから回復して、おどけて「じゃあ普通に優勝目指すかー」とでも言えば、はい終わり。
べつにさあ。白鳴の子たちに恨みがあるわけじゃないしい?
あくまでえ。七咲鈴子さんへのただの私怨なわけだしい?
うん、ただの私怨だしい。
そうでしょ。菖蒲先輩の、私の、ただの私怨じゃん。
べつにいいじゃん。七咲さんが、白鳴の後輩が、JDSにいなくても。なんとも思わない。他人の夢に勝手に無賃乗車したのが私なんだから。なんとも感じない。
でも、誰のためにやると。誰のためにやりたいと。私はあの日誓ったのか。あの人のことを考えたら、思い出が鮮明にあふれてきて、やる気のない白鳴の在学生たちを恨みたくなった。それはお門違いだから閉じ込めたら、悲しくなってきた。
まずい。まずい。この場をしのぐ、辻褄合わせのつもりだったのに。
私はがんばって、がんばって、がんばって練習してきたけど、なんでもっと真剣に想えなかったんだろう。恥ずかしい。これじゃあ入部当時と変わらない。
まあね、打倒白鳴に真剣になっていたらなっていたで、今の白鳴未出場のニュースを聞いて卒倒していたろうから、早いか遅いかの問題だったけど。
「白鳴いないんだあ」
「そだねぇ」
「そっかあ。どうしよ」
「どうしようねぇ」
ポフッと。恋子ちゃんの胸に顔を押しつけた。まるで七咲さんが桜花のクイーンにやっていたみたいに。明るい声で、自分の顔をごまかしたくて。
恋子ちゃんは「あはは」と笑いながら、ずっと頭を撫でてくれた。
私は菖蒲先輩との大事なつながりの消失が、ちょっとばかし苦しくて。
同時にちゃんとショックを受けられた自分が、ちょっとばかし嬉しかった。
――ふぅ。よし。回復完了。がんばれ。小技のリッコ。
私は道化のようにガバッと顔を上げて、新生朝女ドレソ部の宣誓をする。
「てなわけで、朝女ドレソ部はこれから全国出場を目指します!」
「律子先輩。そういうのは部長が決めることでは?」
「まぁまぁ。私もそんな感じの目標だしー」
「いないもんは仕方ないしね。いつかどっかで遠縁の親戚を狙うよ!」
「こっわ。犯罪じみたこと言う人だなー……」
「まぁまぁ……」
考えても仕方ないことは、なるべく楽観的に考えよう!
いずれ生まれる七咲さんの関係者を、いつかボコればいい話だし!
どちらかと言うと怖いのは、卒業以来会っていない菖蒲先輩と顔合わせしちゃうことかな。このタイミングで会ったものなら、私は間抜け顔を晒したまま、微妙な顔つきのあの人に「やっぱおまえアホだわ。アッホ」って言われるんだろうし。
ここはひとつ。どちらも笑い話になるまで、顔を見せないのが最適解である。
「てゆうか恋子ちゃん。地方大会の組み合わせって今日じゃなかったの?」
「うん、決まったよ」
第二体育館にくる前、恋子ちゃんが職員室で通知を受け取ってくるって言っていたのを、すっかり忘れてしまっていた。
「……でで、お相手はどこに?」
願わくば、流星館や黒須第一じゃありませんようにっ……!
「うん。一回戦の相手はね」
恋子ちゃんは笑っていた。でも、珍しいことに可愛くはなかった。
彼女は楽しそうに、ニヤリと挑戦的なハンサム顔でつぶやいた。
「緑銀の淑女。ライムライト女学校だってさ」
も、物語を書くのがこんなにも大変だったなんて……。
日々の生活のあらゆるコトが「今日は書かなくてもいいのよ?」
などとささやいてきて、心の強さが試される今日この頃でした。
さて、自分なりの野暮ったいドレソ説明も一通り済んだので、
不評(があがるくらい読まれたらの話ですが笑)も承知の上で、
書けるのか、書けないのか。やっておきたいし、試してみたい。
そういうチャレンジのターンに移っていければと考えています。
次もまた数か月後の公開を目標にがんばりますので、
それまでゆるっとお忘れいただき、また思い出していただけると幸いです。
では、また。




