うるっっっせぇんだよ(2)
私たちは相馬女子に対して、全体的に有利に事を進められた。
花は余裕をもって対面を攻めている。心配はする必要はなさそう。ステージの真逆からも、大物ソードが地面を叩く轟音が響いていた。大きな音は出ないはずなのに、どんだけだ(そんなことできるのは両校八名のなかで一人しかいない)。
ラウンド1では最終的に、氷空が対面のクイーンを抜いた。相手一人だけを倒して勝利をもぎとる、実にスマートな試合内容だ。
観客ウケはあまりよくないかもしれないけどね。そういうのはいつの日にかだ。今の私たちに、ド派手でカッコいいと騒がれるドレソなんてできない。
十分間のラウンド休憩のため、メイクオーバーエリアに戻る。
私がドレソの試合観戦に興味なかったのも、この「もっとサクサクやったら?」と言いたくなる微妙な間があったからなんだけど。今となっては助かる。
戦況が優勢だろうと、ソードがそんなに重くなかろうと、ステージの緊張感は体力と精神を削いでくる。運動量だって軽いわけではないし。なあに、十分くらい待ってくれたっていいじゃん? 今はそう軽々と言う派にくら替えした。
「皆さん、おつかれでーす。はいこれ、水とタオル」
メイクオーバーエリアで迎えてくれた左から、スポーツ飲料水と柔らかなタオルを受け取る。それだけのことに、なんかやったーって思った。
これまでは水もタオルも手提げ袋に詰めて、空間内の端っこに寄せていたものだから。選手である彼女には失礼だけど、マネージャーみたいで心強い。味方の選手以外は頼れない戦場でも、見守ってくれている仲間がいる。みたいなさ。
同時に、さっきなんも気配りしてなかった自分を反省せねば……。
「ソラ。なんか怒ってる?」
「べつに。怒ってない」
左が氷空にお水を渡しながら、むむ? って感じのコメントをしていた。
「普通にゴキゲンナナメ顔なんだけど」
「全然。いつもどおり」
「うーん、私か律子先輩がなんかしたとか?」
「そういうのない。本当に、気にしないで」
なぜ私を元凶の一角と決めつけた、後輩よ。
氷空の表情は普段どおり「はぁ……なんですか?」な平然顔だ。しかし横目でじっと見つめていると、左の言うとおり、怒っているように見えなくもない。
それも微々たる差だから、試合に集中しているだけかもしれないけど。
もしも気分を害していたとしたら、なんだ。なんだ。思いつかん。
さっきのラウンドで私たちが不甲斐なかったとか? いやまあ、いろんな面で頼りっぱなしだしね。さっきだって、相手をフェイタルできたのは氷空だけだったし(花は時間の問題だったと思うけど)。朝女のクイーンもこれだし。
試合で目立つのが嫌? 自分ばかり負担なのが嫌? むー答えが分からん。
穿って見れば見るほど、彼女の表情がゴキゲンナナメ顔に見えてきてしまう。
やっぱり試合に出ること自体、そんなに乗り気じゃなかったのかな。
出場選手枠ですら、左に譲ろうとしていたくらいだしねえ。
はー分からん。今年の一年生は爆弾だらけかよ。
そんな後輩のケアにかけられる時間などなく、ラウンド2がはじまってしまう。
私はソード着装中、横にいる花と「お氷空さんが機嫌悪いっぽい」「んんん、なんだろ。とにかくがんばってみる」と秘密の相談をした。
我が幼なじみはそれだけで奮起したのか、ラウンド開始から約二分で対面を倒した。続けて、うちの処刑人も目の前の相手をエクスキューションしてくれた。
その間、私は対面をクイーンの助力に向かわせないようにと、試合では初投入となる入身転換を用いて、相手の正面から迫り、素早く左側面に張りついた。
攻防のためではなく、進路を妨害して合流ルートを潰した形だ。
ただし、これは試合終了後に花と氷空に怒られた。「間違いじゃないけど、恋子さんもフリーだったから必要ないかも」「というより律子さんはクイーンなんですから、相手にチャンスを与えるようなものです」と。はい、ごめんなちい……。
とにもかくにも、今度は氷空の手を借りっぱなしとはせず、最後は花と恋子ちゃんが相手クイーンを挟撃して勝利を収めることができた。
【Queen Defeat……Winner「朝倉女子」End of Stage.】
朝女は普通に戦って、二連勝できて、地方進出を決めた。
「勝っちゃったねぇ」
「勝ったねえ」
「はい」
「んー。これで今日は終わりですかー」
「うん、明日もがんばろ」
ステージをあとにして、通用口を歩きながら、そんな会話をした。
どうして勝てたのか。熱の入った頭だけど、考えてみたくなった。
自分自身の実力は過信していないけど、相馬女子は「普通に楽しくドレソ」していたんだと思う。失礼な決めつけなら、素直に謝罪する。
一方で朝女はこの一年、「厳しめにつらいドレソ」をしてきた。
強豪校に勝てるほどの積み重ねがあるわけでもなく、なにが厳しかったのかを言葉で具体化するのも難しいけど、彼女たちとは身体の動かし方、戦術の捉え方、選手の心構え、自然と身に着けて試合で出しきれたもの。そこに差を感じた。
これが東京A代表が東京B代表に感じる、平均的なレベルの違いみたいなものなのかも。個々人の能力とは別の軸にある、チーム全体の総合力の差。
といった解釈をしたところで、朝女がA代表的な空気をまとっているかというとそんなわけもない。よくて「百歩が五十歩になった」程度だろうね。
それに自分なりにどれだけ厳しい努力をしようと、結果が残酷なことだってある。今回は結果がよかった。それだけ。私たちよりもすさまじい努力をして、ここに来て、結果が追いつかなかった。そういう人たちだっているはず。
結果がすべて、か。この言葉とどう付き合うべきかは、まだ決められない。
でもだ。みんなE部屋に戻ると、とりあえず怒涛の現実感に飲み込まれた。
「うわあ! やばい! 勝ったじゃん! めっちゃ勝ったじゃん!」
「ほんとだよー! みんなすごいよぉ! 今年も地方行けるよぉ!」
「はぁ……」
「もしや私たち、ものすっげえ強いんですか! 超勝ったし!」
「んんん、強いかはともかく。練習の成果は出てよかったね」
大会では一回負けたら終わり。リーグ戦でもなければ、それはどんな部活動でも
同じ条件だろう。出場校の少ない東京B代表は、たった二回の勝利で計四学校が次のステップにいけるが、そのたった二回ですら、決して近くは感じない。
選手の状態や対戦の組み合わせ次第で、恐ろしく険しい道になるものだから。
私は昨年、おんぶにだっこしてもらい、ここまでやってきた。
私はたまたま、周りにいたみんなが好きで、自分なりにがんばれて、一年も続けられて、JDSへの目標もできた。だけど初めて実感したかも。ああ、ドレソ続けててよかった。勝利の手応えと歓喜を、今は自分のものとして受け入れられる。
傍から見れば、小枝律子は他力本願なダンゴムシクイーンに見えると思う。
試合の内容も結果も、みんなより貢献しているとは言いがたい。
それこそ左よりもね。そう考えてしまう負の感情もないとは言いきれない。
けれど、私は喜べている。構うもんかだね。だって嬉しいもん。
私はみんなとがんばって、今日ここで勝てて、嬉しいと思えるんだ。
他人の努力への相乗りでも、この一年の努力を思って、嬉しいと感じる。
そのことが、なによりも嬉しい。私は本気でドレスソードをやれていたんだ。
朝女がめちゃくちゃ盛り上がっていると、E部屋に同室の方々が帰ってきた。「どうでした?」「勝てました。そちらは?」「……負けました。朝女さんは明日もがんばってください」「……はい、ありがとうございます」と挨拶した。
部屋に静けさが戻る。水を打ったようにとは、まさにこういう状況を指しているのだろう。やはりというか、二校同室というのはこういうときに残酷だ。
負けた側は悔しいし、勝った側もいたたまれない。これは紛れもなく、東京B代表地区の欠陥的構造である。ご意見箱に投書すべき事案だろう。
我に返った私たちは、いそいそと着替えてから総合体育館をあとにした。
地方進出は決まったけど、大会は二日間ある。明日はベスト4の試合があるし。
時間はまもなく十五時ごろ。明日に備えて追い込み練習をするには朝女は遠く、それでいてそんな気分でもないので、みんなで駅近くのカフェに寄った。
冷静になるための時間と、小声をあげそうな小腹へのご褒美にと。
私たちは今日のことをほどよく振り返ってから、地区大会の速報を確認した。
先発ブロックでは、当たり前のように流星館が進出している。そして私たちの明日の相手も横浜の「静林女学園」に決まったみたい。静林は昨年の地区大会二位。選手は変わっているんだろうが、単純にB代表で二番目に強い学校と言える。
静林に関する調査をするべく、みんなで昨年のJDS動画を一斉に調べたもした。けれど静林は昨年、地区で流星館に、地方で白鳴に一瞬で壊滅させられていてと、情報収集のしようがまるでなかった。てゆうか去年、見たねこれ。
現状で分かることと言えば、朝女が静林に勝てば、決勝戦で流星館と激突する。番狂わせを起こすダークホースがいなければの話だが。
まあ、それはいいとして。
恋子ちゃんが注文した、特大サイズの二色メロンパフェが美味しそう。
私のガトーミントショコラも悪くないけど、スイーツとしてのお祭り感で劣る。
左はストロベリーショートケーキで「花先輩、苺と栗を交換してください」と、花の秋栗のモンブランに交渉を仕掛けたが、「嫌」とだけ返されていた。
ショートケーキの苺とモンブランの栗か。どちらのてっぺんがより高価値に思われるのかは、ちょっと気になる議題かもしれない。
そして、もきゅもきゅ。もきゅもきゅと。
「おいしい?」
「はい」
氷空は一人黙々と、バナナミルクレープを食べている。
うすーいクレープ生地とあまーい生クリーム。それを交互に何層も積み重ねた、ケーキ界の名選手。そこにバナナフレーバーを出会わせてしまうだなんて、どれだけ罪を重ねるつもりなの? しっとり生地の柔らかな舌触り。噛むとはみ出る何重ものクリームの甘美。単純かつ高度な味わい暴力の権化ーキと言えよう。
氷空は三角形のミルクレープの先っちょからフォークで切っていき、口に入れてはもきゅもきゅ食べる。口元がケーキを味わうのに集中していて、もはや真剣味すら感じる。いつもより大きく開いた眼が、彼女の幸福感を物語っているようだ。
「私、ミルクレープは一枚ずつ剥がして食べる派」
「家では、ときどきやります」
彼女の目線は変わらず、私ではなくミルクレープを見てる。悔しくはない。
ミルクレープのカリスマ性に勝つには、もっと気の利いた会話じゃないとね。
試合中に左が察してからというもの、氷空の機嫌は今もあまりよくなっていないように見える。このバナナミルクレープでリフレッシュしてくれればと思ったけど、それはそれ、これはこれ、って感じかな。劇的な変化はない。
もしかしたらね。実はすでに回復しているのかもしれないけど。
笑い声すらこぼさない物静かな子だから。私には読めそうにない。
「氷空的に、ミルクレープはケーキのなかで何位なの」
「全体では三位、カテゴリでは一位、ジャンルでは三位です」
「複雑だねえ」
「はい……もきゅもきゅ」
地区大会が終わったら、それとなく悩み相談でもさせてみようか。
メンタル面の治療で先輩ポイントを稼ぎ、実戦では精神的上級生として信頼してもらう。うん、私が生き残る道はおそらくこれね。ハートで篭絡しなければ。
くだらないことを閃いたあと、お会計をしてお店を出た。
みんな地区大会出場ってことで、追加の交通費やおこづかいが支給されていたから、ふところがいつもよりも厚い。ゆえの乙女的消費行動だったのである。
来年の新入生には「ドレソ部に入ればおこづかいアップ!」で迫るのもありか?
「また明日ねぇ」
「ん、また明日ー」
帰りの電車は最初に恋子ちゃん、次に私と花、続いて左、最後に氷空が降りる。田舎者ほど先に降りるわけ。都心部で行われる地方大会では、これが逆になる。
左は今朝までとは違い、氷空の隣ではなく、今も花について回っている。うちの幼なじみちゃん、今日の試合でよっぽど気に入られちゃったみたい。
冷たくあしらう花ってのも、それはそれで新鮮だけどね。それなりにいい刺激になるんじゃないかな。ウザそうな顔色に変化が起きるのかは知らんけど。
まもなく、降りる駅が近づいてきた。
席を立ちながら、隣に座っていた氷空に声をかける。
「氷空」
「はい」
「明日もがんばろ」
「はい」
わざとらしかったかな。見透かされている感じはしないけど、怪訝そうにさせちゃった。つーか、もうちょっとそれっぽい、いい感じの一言でも考えておけばよかった。センスなさすぎ。まあいい。一晩経てば誰だって気分一新するでしょ。
悩みがちな自分を自覚している私は、楽観的に考えておけるものはなるべく楽に考えておく。そうすれば仮に失敗したとき、心のダメージを小さめに抑えられるから。それが私なりの生きるコツなのだ。だから、どうせならこういう小技を伝えてみるか。人生の先輩らしい振る舞いっぽいし。ちょっと恥ずかしいけどね。
一晩ぐっすり眠れば、世界は気づかぬうちに翌日を迎えている。
私たちは昨日と同じ総合体育館。おなじみの会場入口の脇に集合した。
「リッコちゃーん。そのぉ……見たぁ?」
「見たよ」
「えっ、見たんだー……」
「流星館のやつでしょ?」
「あっ、そっちー」
会場は例年どおり、というか昨年よりも来場者が多い気がする。
ほんの一握りでも「朝女のファンです! 私の盾にサインしてください!」って子がいれば、やや、いたらいたで困るけど。励みになるのにね。
どーせどーせ。ここにいる若い男女らの半分は「休日だし決勝だから」で、もう半分は「例の流れ星の観測に来ました」ってところだろう。
「恋子ちゃんも見たんだ。葉月たちの」
「うん。みんな有名選手って感じしたねぇ」
昨晩、全国地区大会の初日の模様がニュースになっていたなか、月刊ドレソマガジン主導による各校のインタビュー映像もネット上で公開された。
そこでは桜花や黒須第一など、全国で有力視されている強豪校のひとつとして、東京B代表地区では唯一、お隣さんの流星館がピックアップされていた。それがこの、アイドルのライブ会場じみた観客数を動員している理由なのだろう。
というのも、強豪校ってのは実力もそうだけど――やっぱドレスがね。
気合の入った造形のドレスは非日常的でものすごく映えるから、衆目を引きやすい。高校部活動の全国大会ってのはどの競技でも注目されるけど、ドレソはこの「見た目からして勝つ、異質なファッションの引き」がめっぽう強いから。
流星館の青紺ボーイッシュドレス、黒須第一のハイセンスな黒赤ファング、そして桜花の和風な桜若草撫子。いずれも、ほかの競技とは比べようもないほど華やかなユニフォームなのは言うまでもない。こういう点が、ドレソが意味不明な新興競技ながらも認知度を獲得できた、最大の理由なのだとか(花先生いわく)。
まあ、朝女みたいな学校はね。公開処刑になるだけの引き立て役だけど。
「左も状況によっては出番あるからね」
「寝る前まで出たかったですけど、やっぱ怖いです。無理です」
左は昨日の心境の変化にも折り合いがついたのか、カラッとしたものだ。
「氷空はどう。調子いい?」
「べつに。いつもどおりです」
「……そっか」
それに対し、氷空は昨日のままというか、いやこれ直球で不機嫌では……?
一抹の不安を抱えながらも、私たちは控え室で準備を進めた。今年は控え室で髪型を弄る人もいないから、お着替えもみんなスムーズなものだ。
私たちの出番は三十分もかからずやってきた。地区および地方大会ではベスト4から一ステージ進行になるから、つまり流星館による一回戦が早く終わったってことか。どんな内容だったのかな。いややめよう。想像するだけ無駄。
恋子ちゃんの「いこっかぁ」にあわせて、私たちは立ち上がる。
負けても地方進出、なんて考えない。どうせだ。
決勝戦で流星館に、恩を仇で返そうじゃないか。
次回「うるっっっせぇんだよ」(3)。




