うるっっっせぇんだよ(1)
勝算もなにもあったもんじゃないギャンブル(地区大会一回戦)は、かけ金(左)とプレイング(花)のおかげでどうにか勝利を収めた。
会場で知ることになった対戦校によっては、私が出場することにしていたけれど。残念ながらここは「五十歩百歩」と揶揄される東京B代表。
流星館を除けば、強さの指標は昨年のベスト4であるかどうかだけ。各校に関する情報などそれくらいしかない。ゆえに判断要素もそれくらいしかない。
その結果、私は昨晩考えたとおり、左の出場を恋子ちゃんに推薦した。
左の能力は、きちんと私の役割と照らし合わせたつもりだ。過剰なまでに防御に傾倒している小枝律子は、場合によっては生存するだけの存在になるから。
強い相手なら私に役割が生まれるが、同等の相手なら私は生き残るだけの選手になってしまう。それなら倒される可能性があっても、倒せる選手のほうがいいんじゃないかって。さっきみたいに、数を減らすことが勝機になるときはとくにね。
ただチーム全体の勝利を考えると、あまりに無謀な判断だったと思う。
試合開始前までは判断に自信満々だったのに、試合がはじまった途端「もしかして私、間違った……?」などと不安に陥った。こういうのはよく覚えがある。
最善だと思って先走った結果、少し時間が経ってから思い直すと、やっぱり根拠のない先走りだったと自覚してしまうやつ。何度やっても、やっちゃうんだよね。
「リッコちゃん。勝ったんだから喜んでいいよぉ」
恋子ちゃんは今日一日、メイクオーバー中ですら、私を影で励ましていた。
励ますべきは待機している私だってのに。出場選手にフォローさせちゃって。
昨晩の思いつきは、昨日のうちに左に知らせたら「ぎゃあああ! 心配で寝れません!」となりそうだったので、連絡したのは恋子ちゃんにだけ。
私は、最もリスクなく勝てそうな一回戦に左を出してあげて、彼女のドレスソードの目標になるかどうかを試してほしかった。考えの全貌はそれだけだ。
本当にリスクを抑えるのなら、地方進出が決まってからの三回戦でもよかった。だけど、三回戦進出を当たり前に考えるなんて、どの口で言えるのか。
これが「三年間練習して、夏の大会に出ます!」なんて言える人気競技ならね、甘えた考えだと罵られるだろう。でもドレソだよ? 人数も規模もいろいろ世知辛いし、初心者がなにを目標にやっていくのかも見えづらい。しかも最初は「JDSってなに」ってな左だったし。大会後もモチベーションが続くか不安だった。
意欲のあるうちに体験してほしかったんだ。私にはドレソを知らない初心者に、「JDSのために三年後の大会目指して」なんて言えない。価値も分からないし。
あと、辞めるかもしれなかったから。いくら流星館相手に練習試合をしたとはいえ、打たれ強そうな人格とはいえ、なにが恐怖かは人それぞれだから。
興味を持たせたまま一年先送りにして、本気の他人との公式試合で恐怖してしまったら。目標もないし辞めます、なら諦めがつく(つかないけど)。でも、本当に怖かったから辞めます。それを一年後に言わせたら、私たちはみんな後悔する。
私は菖蒲先輩と同じく、私の野望にみんなを付き合わせられない。
だから全員のためを思うと、一年後の左のためになることを選びたかった。それがドレソ部のためになるはずだって。それをたどたどしく、恋子ちゃんに話した。
恋子ちゃんは途中で口をはさむことも、否定することもなく「うん。うん」と話を聞いてくれた。それから「明日でJDSが終わっちゃうかもよ?」とズバッと切り込んでくれた。それでもそうしたいと伝えたら、「分かった」と言ってくれた。
彼女にしたって、私の浅はかな考えにより、最後の大会を摘み取られる可能性もあったろうに。見えていなかったけどさ。恋子ちゃんは絶対に笑顔だった。
どうよ、うちの先輩。優しいうえにこの部長力。おまけに可愛いんだから。
「りっちゃん。次の試合は出るよね?」
「うん。左には悪いけど、あとで受付で申請し直してくる」
「あー、はい。いいです。今日はもういいです。というか当分いいです」
「なんで? 楽しかったでしょ」
「おかげさまで。今じゃない、まだだなって。ちゃんと理解しました」
勝って自信がついただろうから、もっとうるさく食い下がられるものと覚悟していたが。都合がよすぎるくらい物分かりがいい子だ。かえって不気味だ。
それにしても。さっきから嫌そうにあしらっている花にくっついては、冷たくされてもケロンとしてまた繰り返す、非常にうっとおしいムーブを続けている。
花と左の最後の連携。ダーツについては二人ともビシッと説教だが、たしかにめっちゃカッコよかった。チームワークの成功が左になにかもたらしたのかな。
花もめっちゃウザそうにしているけど、右手は明るい緑色のヘヤピンをイジイジと摘まんでいる。困惑かつゴキゲンってところか。恥ずかしがってる。
「恋子ちゃん、一緒に大会受付に行ってもらっていーい?」
「うん。ちょっと待ってねぇ」
「氷空もしっかり休んどいてね。次も頼るからさ」
「はい」
まっ、今は全部ひっくるめてよしとしよう!
先ほどの一回戦勝利により、私たち朝女ドレソ部はいろんな意味で状況が好転したと思う。部内にフワついていた危険なボムも、的確に処理できたし。
ただねえ。氷空だけはねえ。いつもどおりだねえ。平然というか、小さな感情の変化すら見えない。「まあ大会ですし、べつに出ますけど」みたいな。
私の勝手な判断にも、彼女だけはとくになにも物申さなかった。聞いた最初の時点から「じゃあどうしましょうか」を粛々と進めてくれていた。
左についての気持ちが共有できていたのなら、嬉しいもんだけどさ。ほんとに義務的な感覚しかなかったらね。ちょっと寂しいなって。
JDSでは事前申請は必須だが、試合ごとに選手のオーダーを変えられる。そのため、第二試合では左に代わり私が入り、氷空の代わりにクイーンも引き受ける。
図らずとも、後ろで朝女の試合を観戦できたわけだけど。氷空の動きはぎこちなかった。彼女にはクイーンがそれほど重荷なのか。そう考えるのが妥当か。
あるいは、実は緊張していた? そんな可愛げあるなら、逆に見せてっての!
私と恋子ちゃんは大会受付に申請書をカキカキしにいって、E部屋に戻った。
「二人ともおかえり。真田さんたち、やっぱり勝ったって」
「だろうね」
「あと次の相手だけど、相馬女子だって」
「うーん、ごめん。知らない」
「うん、私も……」
更新された対戦表を見に行っていた花から、第一試合で流星館が勝利したこと、私たちの次の相手が「相馬女子高等学校」に決まったことが知らされる。
JDSは原則、出場選手のリアルタイムでの大会観戦が認められておらず、観客席や関係者席にも入れない。大会規約に反して中継でこそっと確認しようにも一試合遅れの配信だから、次の次の試合くらいにしか役立てられない。そのうえ、同じ控え室を使う学校に通報されようものなら、目の当てられない処罰とかありそう。
そのせいもあって、ドレソ選手が試合の合間にできることはそんなにない。人によっては、二回戦前にも運動場で体を動かしたりするのかもしれないけど。
待機していた私ですら、これ以上のウォーミングアップは怖い。バテそう。
かといって控え室以外の場所を散策して、昨年の七咲さんや天河さん(姉)との遭遇みたいなイベントを探すのもね。今のメンタルだと、たとえ葉月に遭遇したって楽しく会話できる気がしない。友好のつもりで衝突しそうで怖い。
ドラマのような出会いを求めるなんて、下手に浮つくだけ命取りだ。
どんな笑顔でも、会場にいる選手たちは全員真剣勝負の最中だから。
ってことで私たちJDSの出場選手は大抵、控え室でのべーっとしながら、会場入り口ホールのトーナメント表が更新されたかを確認するため、ときどき行ったり来たりするだけ。あとは身だしなみとかお手洗いとか、その程度である。
それにしても相馬女子か。覚えている限り、ここも昨年のベスト4ではない。
一瞬、心で勝った気になったけど……早すぎだバカ。私たちはみんな間近で、普通よりも多いと思う練習の日々を送ってきた。流星館相手にも調整した。いろいろ強くなった。そういう錯覚をしたいが、朝女はまだなにも成していない。
相馬女子にしたって、朝女の名を見て「勝った」と思ったに違いないしね。
競技人口が少なく、JDS出場すら課題になる学校も少なくなく、戦力も戦術もまるで均一化されていない女子高ドレスソードでは、たった一人の強烈な個性が光れば勝ち筋も生まれる。私たちだって、去年はまさにそれだった。
私は特殊だけど、花も空も実力は平均以上。次いで恋子ちゃんも爆発力なら半端ではない。チームとしての総合力はなかなかのもんだって言える。
それでも、葉月や海音さんのような人が一人いたらね。崩れる予感しかない。
今になって恨みたくなる、あの天剣衆って人たち。
この人たちがいなければ、ドレソはもっと地味で人気がなくても、もうちょっとほかのスポーツみたく、普通っぽく戦って、普通っぽい勝敗がつく、そんな画一的な試合が広まっていたに違いない。それこそ、女子高生らしくさ。生き様を競技の歴史やルールに刻みつけるとか、なんとも迷惑なことをしてくれたもんだ。
不安に端を発した言いがかりは、二回戦第三試合がはじまるまで続けていた。
【Dress Sword Start-up……「朝倉女子」vs「相馬女子」…………First Look.】
【Lady to Ready……Round 1…………On Stage.】
こうしてみると私の立ち位置って珍しい。
いやいや、シールドブロッカーってだけじゃなくてね。
普通はどこも中央の二人、そのいずれかにクイーンを配置している。危険になっても後退することで、左右の選手がプレッシャーをかけられるかららしい。
けれど私はというと――おっと。二大人気ソードのひとつ「日本刀」を持った対面が飛びかかってくる。戦うのには邪魔になりそうな布部分を、大胆に取っ払った相馬女子の袴装束風ドレスは、和風の刀によく似合っている。
刀や刺突剣は形状がいろいろあるけど、どう対応すべきかは見えてきた。
これらのソードは基本的に、力に頼る斬撃をしてくる人が少ない(葉月や海音さんはやはり例外)。だから盾で「受けるだけ」だと反動も少なく、相手も無理に当てているわけじゃないから崩れない。どこかで、私なりの嫌がらせが必要になる。
それは氷空のおかげで、わずかながらでも理解できるようになった。
ついでに、二大人気の残りひとつ「レイピア」への対策に関しても、おかげさまで朝女内でまかなえている。合宿以後は苦手意識の克服のため、暇さえあれば花と氷空に対面してもらった。今ではむしろ、普遍的な長剣より慣れているくらい?
正面から見て、左下方向。私を薙ぎ払わんと昇ってきた、刀の斬り上げ。
身体を真正面にして受け止めると、右腕に力が入りづらいので、左足を引き、右半身を差し出して、盾で受ける。ぺルセっぽいけど、これが相手に対して半身で構える武道の自然体。多彩なソードが飛び交うドレソにおいて正解かどうかは分からないけど、最近、より合気道をやっているときの所作と遜色がなくなってきた。
刀が衝突する直前、盾で叩き返すように右腕を振るった。
思わぬ反動だったか、対面の姿勢がぶれて、攻勢は途切れた。
うん。やばい。今の私カッコよかったかも。すごくうまくできた。
重量型ソードには危険な手だけど、刀やレイピアのような軽量型ソードにはこういう手も有効だ。私の盾に、気持ちよく斬撃をヒットできないことを分からせてやれる。そうすれば、次の攻撃を仕切り直させることもできる。
少しだけ欲が出た。左手を後ろ腰に持っていき、パキッ。
ソードホルダーの固定具からアヤメを外す。けん制も攻撃もしない。身体の左側面あたりで左腕ごとぶらーんと垂らす。盾防御だけでもディスアドバンテージにならない相手でも、無理して振るいはしない。まずは持つことを抑止力とする。
脅しがはまったのか、相手の攻撃頻度がわずかに鈍くなった。
間違いなく躊躇が生まれた。外から見てても感じ取れない変化だろうけど。守るだけじゃないのか? そう疑ったのだろう。まあ絶対怪しいもんね。今の私。
盾での叩き返しと怪しげなアヤメ着装。今回の対面にはそれが効果的に働いたとしておく。成功体験というのは、なにごとも気分から入るのが大切だ。
でーだ。私のようにステージ端にクイーンがいる学校はかなり珍しい。
防衛手段にそれほど大差ないと思うけど、どこも慣例なのか中央ばかり。
デメリットがあるように思わないのは、私が攻撃手じゃないからかな。
そもそも防御専攻だから通常の駆け引きとは別枠にいるし、危険域まで下がっても花が横やりを入れてくれるだろうし。そこで花が相討ちになっても、3vs3は維持できるはず。ついでに押しやられる前提で考えると、端っこにいるからこそ、花以外の仲間を慌てさせずに済む。私が真ん中いたら、不安と混乱の種になるものね。
もちろん、私が生き残れるかが最大の懸念点には違いないけど。
【ピロッ――Damage Fatal.】
【Queen Defeat……Round 1「朝倉女子」……Make Over.】
生き残りさえすれば、こうして天河さん家の氷空ちゃんがかましてくれるのだ。
次回「うるっっっせぇんだよ」(2)。




