右の左の左手で(4)
「律子先輩! あんなん無理です! 勝てません! 代わりましょう!」
「ああいう戦術があるのか。きっついねえ」
あっさり負けた。原因はシンプル。朝女に穴がある。
当然ながら、ステージの一番左側にいる右野左さん。
さっきまで調子に乗ってたってのに、一気に急降下。
こっわ。ドレスソードやっぱこっわ。この競技最悪。
「私もう十分ですからっ! 律子先輩代わってくださいよ~」
「もう一度やられたとき、対処できなかったら詰んじゃうねえ」
このままだと私が大戦犯になる。思い出はできたから、代われ代われっ!
だけどだけど、律子先輩は私を無視して、周囲に意見を求めはじめる。
「氷空はどう思う。ああいう作戦って見たことある?」
「ときどきですが。相性というより、単純な強弱をぶつけるスイッチですね」
「なら、こっちもスイッチで対処できれば問題ないのか」
「そのあと隊列のプランが崩壊することを許容するならば、ですが」
「ふむふむ」
そして律子先輩が結論を出す。
「じゃあ、このままでいんじゃないかな」
「えっ、ウソでしょ! 私すぐ死んじゃいますよ! 一瞬で!」
「花できる? 相手にスイッチされたら合わせられる?」
「……できなくはないけど。それより、りっちゃんが出たほうが安心だよ」
「私が出ても相手を減らせなくなるから、そっちのほうが厳しいと思う」
私じゃフェイタルできないから。律子先輩はあっけらかんと言った。
「りっちゃん……試合に勝ちたくないの?」
「勝ちたいよ」
「でも、それじゃ、ここで負けるかもしれないんだよ?」
「負けないって」
「勝てなかったら、今年のJDS終わっちゃうんだよ?」
「花が完璧なら次はいけるよ」
「でも、じゃあ」
「でもも、じゃあも聞き飽きました! 終わり! 左も出れるね?」
花先輩の笑えない形相に、よくもまあそんなこと言えるもんだ。
しかもなんで私よ。もう、もう、もーう、サイアクぅ!
「マジで負けるかもしれませんよ。ガチで」
「大丈夫だって。花がなんとかしてくれる」
「人任せな……べつに交代でいいじゃないですか。私も満足しましたし」
「うん、それはダメ。負ける可能性がある限り、左は絶対に出るべき」
「はあ? 意味分かんないですよっ」
「ここで交代して、今年が終わったらさ。あんた一年間ずっと後悔するよ」
「……まーた、急に先輩っぽいことを」
「尊敬しとくなら今のうちだよ?」
「べーっだ!」
押し切られたような、自分から選んだような、うまく乗りこなされてしまった。私たちは結局、メンバーを変えずにステージに出ることになった。
最終戦のステージに進入する。両手にソードを着装する。ラウンドがはじまるまで、私の気持ちはどうしようもなくて、ついつい花先輩に話しかけていた。
「花先輩。どうしましょ」
「ほんの少しだけ私の後ろを歩いて。スイッチされたら、私が飛び出す」
「そしたら私は……花先輩の場所に? うまく交差できるかなー」
「死ぬ気でがんばって」
できるよとか。信じてるよとか。そういうリップサービスもないんかい。
か弱い後輩にどんだけプレッシャーをかければ済むんだか。この人は。
「もし失敗したら、たぶん負けますよね。そんときはすみません」
「大丈夫。勝つから」
「いやでも」
「勝つよ。手が届くなら。絶対に」
「……なーんで、そんなに勝ちたいんですか? 理由でもあるんですか?」
「ないよ。私が勝ちたいことに、理由はいらない」
「んな、イカしたこと言われても」
「忘れないで。りっちゃんが贈ったチャンス、あなたに捨てる権利はない」
会話が打ち切られた。というか、もはや返事のしようがなくて諦めた。
花先輩さあ、当たり強すぎ。貧弱姫って感じのくせに。はいはい、りっちゃんりっちゃんですか。ウザさじゃ勝てる気しないよ。初心者相手にふざけんなし。
てかどんだけ勝ちたいんだよ。勝ちたいからドレソやってんのかよ。
まあ、そんなの聞かなくても、先輩のエストックをいつも見てれば分かる。
今さら疑問はない。花先輩が勝ちたいことに。私も、どうせなら勝ちたい。
この人のように心から勝ちを願いたい。そうして打ち込める私になりたい。
入学そうそうのあの日、恋子先輩はドレソ部の紹介のとき「とても痛いです」って言ってた。意味不明な部活だって思った。絶対にやりたくないって思ったし、どんなわけわからん人たちがやってるんだって思った。
実際は律子先輩がめっちゃ痛いだけで、私のソードではそこまで痛くはならなかったけど、体中を毎日どっかにぶつけるしで痛いは痛い。だけど、その痛みの先で、自分の手で勝ちをつかみ取るのは、とても嬉しいことなんだって知った。
強くなって勝ちたい。お姫様のように注目されるJDSに出て、勝ちたい。
勝ったら嬉しい。当たり前だ。そこに理由なんてない。がんばって、戦って、そうして勝って。褒め称えられて。少女のナルシズムだの承認欲求だの、茶化すんなら勝手にしろ。否定できるやつらは、どうせ挑んでないやつらだもん。
はあ。この左手を連れ去られてからというもの。私はすっかり戦う女の子だ。
ほんのちょっとためらいを見つけられた。それだけで人生なんて変わるんだ。
【Lady to Ready……Last Round…………On Stage.】
両校選手の距離が近づく。中之宮のクイーンは花先輩の対面にいる。自然な態度で歩いている。突如体を振って、進路を変更する。たいした役者っぷりだ。
とはいえ、私たちも打ち合わせは済んでいる。どうなるのか分からなくたって――ほらっ。花先輩は相手の動きにピッタリ合わせて、私の前に躍り出た。
懸念していたとおり、先輩の動きに一瞬だけ視界が遮られた。
急いでバタバタと足を動かす。真横にスライドするように。相手の一年生も私と同じくらいキレが悪い。ぷぷぷ。さては練習していたわけじゃないな?
これで両校は仰々しく場所を入れ替えただけ。予定どおりの対面を構築できた。ここからさらにスイッチされても、プロフェッショナルな動きをできないかぎり、不自然な隙を花先輩がぶっ刺してくれるはず。
試合中の対面変更はおいそれとできないって、さっきソラが言ってた。
中之宮は対策されることも視野に入れていたのか、私の気分をアゲるような驚き顔のリアクションは見せてくれなかった。
イチかバチかのバチを引いた。だから切り替える。そんぐらいの意気込みだけでスイッチしていたのかも。気合の入った眼差しがビシビシ飛んでくる。
ラウンド1ではうまいことやって調子に乗ったけど、中之宮の一年生にはすでに奇襲の種がばれている。対応の速度次第では、互角とは言えなくなる。佐伯もそうだった。印象だけどね。実力は相手が上。数回ソードを交えれば嫌でも分かる。
花先輩と相手クイーンは睨みあいながら、サッと手を出しあい、距離を取る。
向こうの長剣はそれなりのリーチ。だけど光刃の長さも刺突の距離も、花先輩のエストックに分があるみたい。ペースは先輩が握っている。
ただ、花先輩より強いか弱いかはさっぱり分からない。動きを見るに、相手も相当な人。防御面に難があると節々で言っている花先輩では「ミサイルvsミサイル」のように、どちらが先に当てるかの勝負になるんだろうか。
恋子先輩の相手は引きに徹しているのか、ソラの相手よりも奥に位置していて、容易に手が出せなさそう。だからか、ソラも一気に動けなさそう。
ってなると。誰が試合のカギを握ってるのか。
よく分かってないけど、消去法で私らなんだろう。
ヒュッと風が吹く。花先輩が右半身を前にして、美しい刺突を仕掛けた。
私も駆け出す。左手のレイピアはすでに意識されているだろうから、温存はしない。この私が攻撃するんだよ! どうだ! 怖いでしょ! それだけの意思表示のためだけに、左手から突き攻撃を繰り出す。レイピアは小さな盾に防がれた。
反撃がくる。早くない。けど軽くない。右手の直剣だけじゃ受けきれない。
なら……かわせかわせかわせ! 突き出した左半身、その体重を乗せている左足を起点にして、右半身をグッと後ろ側に引っこませる。
ちょうど花先輩と非対称の姿勢だ。左半身を前に出し、右半身を後ろに引くと、右腕があったあたりを相手の長剣がとおりすぎて、なにもない地面を叩いた。
ゆーても反撃はできそうにない。見よう見まねで体を動かしただけだから、カッコ悪いくらい「おっとっと」と全身が流れた。花先輩のほうに近づくと邪魔になるから、慌てて後退してから姿勢を整える。すでに相手もリセットできている。
雑な直剣の振りは簡単に払われる。払われるたびに姿勢が崩れて、相手のターンになる。ソラ先生の言うことはちゃんと聞いておくべきだった。
なけなしのレイピアも、使い方が一つばれていくごとにフェイタルが遠のいていく。佐伯との戦いでもそうだった。私の奥の手は、知らない相手には強気にやりやすいけど、基礎能力が低いからバレたらこんなもの。引き出しも多くはない。
誰だよ。二刀流なんてしょうもないことやらせたのー。
それはいいとして、この人や佐伯みたいに堅実そうな選手はやっぱ苦手だ。
私の奥の左手は意識されると、二度目からは反対に狩られてしまうことが多い。その疑いが杞憂だとすれば、私は勝機を逃したことになる。でも、それはそれだ。倒されていないんだから、今はまだ正解。リスクを考えられるようになっただけ、佐伯との対面は無駄じゃなかった。まあね、あいつ次は絶対倒してやるけど。
光刃の風切り音は、ソラのような武芸経験者によると「なんか変」らしいけど、リアルな剣圧を知らない私にとって、この「ッブン」って感じの圧迫感がある音は極めて不快だ。当たったら死んじゃいそうって思っちゃう。
私は受けるのと同じくらい避けるから、何度となくぶん回される長剣の風斬り音に耐えなければならない。精神を乱せば、おしまいだ。それは合宿で思い知った。
試合開始から一分か、二分かな。時間がビックリするほど経過していない予感。今のところ私のぶんだけ朝女が劣勢。ラウンド1でやられた腹いせか、相手のソードに根性がこもっている。簡単になんてさばけない。ジワリ。手汗がキモイ。
倒される。今はそれがなによりも恐ろしい。私がやられると、私だけではなく、みんなもやられてしまう。連帯責任が重すぎるよドレスソード。倒せる私よりも、倒されない律子先輩。その安心感が身に染みて恋しくなる。
左隣にいる花先輩が「ぺルセ」の声とともに、右半身を再び突き出した。
私も感化されてレイピアを突き出す。小さな盾に防がれた。左半身の勢いが殺された。もうどうにでもなれと、右手の直剣も突き出した。相手は慌ててくれた。
そのとき「たつまき」と声が聞こえた。花先輩が華麗な回転斬りを放つ。
視覚の端っこで、相手クイーンがドタバタしながら後退する姿が見えた。
次に聞こえてきた声は、私に向かって飛んできた。
「左っ! スイッチ!」
「はいっ!」
なんも知らんわ! 脊髄反射で返事だけした。
私の返事を聞くよりも先に花先輩が動く。クイーンにではなく、私の相手に。
まるで図ったかのように“ぺルセのぶんだけ前進していた”から、側面から斬りつける構図になっている。私もドタバタ慌てながら、花先輩の位置と入れ替わった。相手クイーンはたつまきだかなんかに後退させられ、つんのめっていた。
先輩は土壇場で、中之宮にやられたスイッチをやり返した。
そのためだけに、さっきの二つの必殺技をねじ込んだんだ。
そして花先輩はきっちりと大胆に、それをねじ込み返した。
【ピロッ――Damage Fatal.】
横合いから突き込まれた意図していないエストックに、私の(元)相手は右肩から胸元を串刺しにされた。それにドレスソードプラットフォームが答えた。
花先輩すっげえ。
とか思っていたら、(現)相手の中之宮のクイーンが花先輩の横っ腹に走った。やばい。もしやそうさせないために、私が距離を詰める必要があったのでは。
簡単な引き算でいこう。私でも対応できた相手の代わりに、花先輩を奪われる。私と相手クイーンが残る。終わる。不利とかじゃなくて、ここを取られたら圧倒的に終わる。でも、私の位置からじゃ花先輩に追いつけない。もう終わっ――。
「左っ!!! ダーツ!!!」
返事はしなかった。ビクッともしなかった。先輩の声を聞いたら動くマシーンになったみたいに、私は地面にぶら下げていた左手をアンダースローの要領で振り、その手のレイピアを離した。練習はしていないけど、刺突剣は真っすぐ飛んだ。
「くっ」
人生二度目のダーツは大暴投。幸か不幸か、的にはかすりもしなかった。
中之宮クイーンの側頭部から50センチほど離れていて、虚空に飛んでった。
それでもほんの少し。ちゃんと見てないから願望だけど、一瞬の隙を生んだ。
【ピロッ――Damage Fatal.Fatal.】
朝女最強の攻撃力はそれを見逃さない。いや、単なる自力かもしれないけどね。相手のソードに斬られながらも、相手のお腹にエストックをぶっ刺した。
どう見ても相討ち。このあとどうなるのか。初心者クイズにしちゃ簡単だ。
【Queen Defeat……Winner「朝倉女子」End of Stage.】
ほとんど黒一色だった世界が晴れて、色とりどりの物体がそこかしこに見えた。
だけど私の目には、活気に満ちあふれたこの会場にあって、騒ぎもせずにホッと胸を撫で下ろしてはナヨナヨしている、一輪の銀の花だけが映った。
それにしてもうるさいなー。外から男女の大声が飛んでくるんだけど。
ああ観客か。この人たち。孤独に戦う私たちをおつまみに、今日という休日を楽しんでいたのか。そのアサジョーってなにさ。イタリア料理かなんか?
ややや、分かってる。私が、花先輩が、勝った。勝ったよね?
「律子先輩! やりました!」
「りっちゃん! やったよ!」
ステージ内をおすまし顔で歩ききってから、メイクオーバーエリアに入るや否や、私たちはほぼ同じ言葉を、同じ人に向けて贈っていた。
相性最悪でも、呼吸のピッタリ感は最高ってか?
「ちょっと花先輩。被せないでくださいよ」
「……左ちゃんのほうこそ」
「あれ? 花先輩さっき、左って呼んでましたよね?」
「呼んでません」
「いーやいや、呼んでましたって」
「気のせいです」
「なんですか? もしかして恥ずかしいんですか? べつに左でいいのに」
「だから、呼んでません」
「左っ、ダーツ。って」
「言ってません」
「てかダーツ禁止って言ってましたよね? ね、ね、ね?」
「……必要だったから、許可しただけです」
これでもかというほどの塩対応。どんだけ嫌なんだよ。まあなんてことはない。顔色は透明感のある美白っぷりなのに、両耳はこれもう真っ赤だから。
この人、絶対照れてんだ。
競技者として認められないと言い放った、私の未熟ダーツをいきなり使わせて、選手としてのマナーや矜持をぶん投げてまで勝ちを拾いにいくとはね。
先輩ながら、あっぱれな勝利中毒者だ! 本性見えたね!
思い出せる限り、花先輩には二刀流にケチをつけられ、ダーツにケチをつけられ(これは私が悪い)、JDS出場にケチをつけられ(これはどっちも悪い)、あとはあとはー、なんかあったけ? 気づかずやっちゃってたとかかな?
まっ、花先輩は私のことが気に入らないのか、もはや嫌いなのだろう。
人としてか選手としてか、ともかく好いていないのだろう。でもね。
「そうだ。さっきやったペルセ? あとで教えてください」
「左ちゃんには無理だと思う」
「えー、そんなことないっていうか左です」
「左ちゃん」
「左です」
花先輩へのイガイガは勝利の前ではかき消えてしまって、今や「ただの花先輩」に見える。最後の一瞬だけで心変わり。我ながらちょろい後輩だね。
でもさ。気持ちよかったんだよ。私はまだまだ未熟だけど、花先輩に頼まれて、ダーツを成して、それが勝利をすくい上げた。あの瞬間。チームプレイの快感が全身をブワァーって駆け抜けた。この体は今もゾクゾクしている。
「え、えっと。なに。どうしたの。二人とも」
声をかけられたのに放置されていた律子先輩も、恋子先輩もソラもいぶかしい目で私たちを見ている。まったく、一瞬のトキメキを知らない人はこれだから。
後ろで見ているだけでも、横に立っているだけでも、分からない変化ってのはたくさんあるんだよ。例えば、同じ瞬間を一緒に戦わないと分からない、みたいな。
ところがだよ。そのトキメキを共有しようっていう肝心のお仲間が、これだよ。そっけないどころか取り付く島もない。後輩から歩みよってるってのに。
花先輩ったら、ヘヤピンをいじいじしてるだけでこっち見ないし。感じ悪っ!
次回「うるっっっせぇんだよ」(1)。




