右の左の左手で(2)
曇り空。朝からジメジメ。髪のまとまりも悪い。けれど愚痴ってる暇はない。
「電車のなかでポニーテール直してあげるね」
「ん」
二〇三五年度。全国女子高ドレスソード体育大会。関東中部エリア・東京B代表地区大会。ここ東京郊外にある総合体育館施設には昨年と同じく、東京二十三区外や北関東や南関東からの刺客たちが、朝から気合を入れて集まっている。
今年の参加学校数は全十六校。昨年より一校減ったみたい。出場校をすべて把握しているわけではないから、どこが出て、どこが出てないのかは分からない。出場しなかった学校には事情でもあったのかな。ダメダメ。考えてもしょうがない。
今年も二回勝てば地方大会に行ける。
それまでに負ければ、今年が終わる。
今考えるべきことなんて、それだけ。
(りつ姉ぇがんばって~、だって)
今年も花と一緒に家を出て、みーちゃん(妹)のゆる~い声援を背中に受けた。
我が家では当初、合気道師範の父が「律子がドレスソードをやるなんて……」と嘆いていたものだが、最近は少しずつ理解を示してきている。おかげで「此花ユニバーサルスクールを知ってるか? この選手がすごくてな」などと、私よりも知識を蓄えている。それがちょっとうっとおしくなってきた。ドレソ反抗期かね。
一方で、母は「部活着の洗濯が面倒なのよ、もう」。姉は「よーやるねえ。私なんて合気道すら無理すぎ」。妹は「見て見て。これうちの学校のドレスコードのファッションショーの衣装。ちょー可愛くない!」といった始末だ。
まあね。戦わずを信条とする武道家の妻や娘と考えると、私よりマシだけど。
二人で一年ぶりの会場に到着すると、感慨深いようで、そうでもなかった。どんより曇り空のせいだろうか? まあ、この時期に大会やったらそうなるよね。
それに花はどうか知らないけど、私は目下の考えごとに気を取られているから。
「リッコちゃーん、花ちゃーん、こっちー」
「恋子ちゃんってば声おっきい。氷空と左もおはよ」
「おはようございます」
「……はようございます」
結局のところ、私たちは部内で起きていた問題を解決することができないまま、このJDS地区大会の初日を迎えてしまった。
ゴリゴリの正論で叩きつぶす花に、負けじと応戦する左。それをつまらなさそーに眺めている氷空。いつもどおりは“昨晩のとおり”、私と恋子ちゃんだけか。
「大会受付は恋子ちゃんと私でやっとくから、三人はここにいて」
「それなら私も行こうか?」
「花はいいの。精神集中でもしてなさい」
「んんん……分かった」
花は今からお邪魔虫だから、仲間はずれにする。これが私の先手。
「律子先輩ってそういうお仕事もするんですね。なんか意外」
「まあね。私、来年の部長候補だから」
「へえ……えっ? なくないですか? 普通になくないですか?」
「部長候補、の次席だから」
「いや、うーん。なくないですか? さすがに律子部長は。なくないですか?」
まったくもう。可愛くない後輩だ。この場しのぎウソではあるけど、そこまで言われると部長に君臨してやるのも一興か。まあいい。手筈は整った。
「じゃあ恋子ちゃん。いこ」
「うん。みんな待っててねぇ」
正直、大会受付なんてものは会場に入るついでに、みんなでペチャクチャしながらやってしまうものだ。わざわざ離れるほうが迷子の危険もあるし。
「リッコちゃん、本当にいいの?」
「決めたからね。私たちのためにも」
「そっか。カッコいいねぇ」
「それほどでも」
「ちょっと菖蒲ちゃんみたい」
「それはちょっと」
本当は少し嬉しかったけど、嬉しくない振りをした。誰かさんへの気持ちを真面目に口にするのは、ちょっとだけこそばゆいから。貶すくらいがちょうどいい。
私は昨日の夜、恋子ちゃんにだけ、ある相談をしていた。タイミングとしては最悪も最悪。ギリギリの土壇場での裏切りになるけど、ドレソ部のためを思って。
地区大会の登録申請は、すでに学校経由の書類で処理してもらっている。
ここで恋子ちゃんと一緒にやるのは「朝女きました」の連絡をはじめ、DSチップに登録した大会用ドレスとソード(事前に登録してある全選手の設定を、試合ごとに切り替えてもらっているから、みんなスムーズに着装できるわけ)、出場選手四名と補欠選手二名の登録、ステージ入場時の隊列などの最終確認となる。
カキカキカキと。朝女のデータが一括して載っている書類を出力してもらって、一部の記名を書き直して、受付のお姉さんに手渡した。
「これでお願いします」
「はい、たしかに。今日はがんばってくださいね」
ニッコリ笑顔のエールをいただいた。みんなに言っているんだろうし、気の利いた返事もできなかったけど、嬉しいね。選手は全員、がんばるんだもんね。
集合場所に戻ると、残りの三人が言い争っていた雰囲気はなかった。そもそも会話がなかったのだろう。それに安心するのもどうかと思うが、今は仕方なし。
それから五人で控え室「E」に向かった。奇しくも昨年と同じ部屋。縁を感じるね。同室の学校はこれまた大洲高校さんとはいかなかったけど、室内にいる他校の方々にみんなで挨拶した。なお、朝女には今年も引率の先生がいない。
橋場先生も声かけはしてくれたという。しかし「男の私が女子高生の控え室にはちょっと……」「ドレソってあれですよね。よくわからないあれ」と断られ続けた結果、橋場先生が緊急事態に映像対応(大会規約で認可)することになった。
当の橋場先生にしても、今日はバスケ部の大会で都内にいる有り様なのに。あちらさんは期待も段違いだろうから、最低限の助力だけでありがたいとしよう。
「うちは一回戦の第五試合。流星館は第一試合だから、決勝まで当たらないね」
地方大会では事前に対戦表が通達されるが、地区大会では会場入り口ホールに掲出されている対戦表で、自分たちの対戦相手を初めて知ることになる。
私たちの口々の反応はバラバラだったけど、言っている意味は全員同じだった。あの子らと当たらなくても地方目指せるって、ほんとよかったねって。
……なんでい。弱気と罵られようとへっちゃらでい。地方進出が決まるベスト4まで流星館と当たらない。それを狙っていたのは、よもや朝女だけとは言わせないぞ?
東京B代表の出場校にとって、今や流星館は無敵の騎士団扱いである。
めちゃくちゃ有望な若手を集めた。一年間の激烈猛特訓を乗りきった。アッと驚く秘策を考えた。なにか手を持たずにぶつかれば、順当に敗退しておかしくない。程度の差はあれど、私たちなんかこの三つをそろえたのに勝利が見えないし。
「みんなぁ。試合まだだけど、準備しちゃってねー」
「はーい」
一回戦第一試合の開始まで残り三十分。2ラウンド先取の試合は、1ラウンドの平均時間が約五分、ラウンド間のメイクオーバーが一回十分で、一試合の平均時間は約三十分。さらに二ステージ同時進行だから、朝女の出番は一時間半後かな。
各々、着慣れた部活着に着替える。髪はみんな念入りに家で仕上げてきているから、おめかしよりも「おめかししたのを崩さない」ほうに神経を注ぐ。
体は軽くほぐすくらいだ。学校によっては別室の運動場でウォームアップするみたいだけど、私たちはメイクオーバーエリアでドレス着装後にするからいい。
ちなみに、補欠選手も試合中はメイクオーバーエリア内に入る。選手交代はラウンド敗北をしたチームだけが行えるから、負けているときこそ怠けられない。
みんなの準備が済み、手元が空いてきたころ、私は口を開いた。
「ねー。みんな聞いて」
「どうしたのりっちゃん」
「んー、なんですかー」
恋子ちゃん以外にも、構想半日のずさんな手品を明かすときがきた。
もちろん、お代は結構。リスクばっかりの小技だからね。
「出場選手だけどね。私の代わりに、左になりました」
「え?」
「は?」
次回「右の左の左手で」(3)。




