右の左の左手で(1)
えっ? 私たち朝女ドレソ部の今の雰囲気ですって?
そんなの決まってるでしょ。誰が見てもサイアクぅ。
そうなの。うちのドレソ部。今かなり空気が悪いの。
原因はもちろんこの二人。花ちゃんと左ちゃんです。
流星館との合宿を終えた直後から、ドレソ部の空気は最悪だ。「私なんでJDS出れないんですかー!」と食いかかる左と、「左ちゃんはまだ出ていい状態じゃない」と切り捨てる花。あわあわする私と恋子ちゃんに、やれやれな氷空。
部活にありがちな人間関係のこじれが、いよいよ表出してきたというべきか。
あれから一か月がすぎて、季節は六月になっても、和解案は泥だらけのまま。
難しい問題ではある。答えをぶち当てたのは花だけど、言い方さえ除けば、左の補欠参加については部長、あるいは部員全員で諭すべき議題だった。
それがどうだい。今では感情がない交ぜになっていて、空気がサイアクぅ。
キン、キン、カキン。ソード同士が触れ合う、粒感のある音が響き渡る。
放課後の第二体育館では私と花、左と氷空が対面練習をしていた。
その間、恋子ちゃんはというと。
「――うん」
「――うん。それがいいと思う」
「――そんなこと考えないで。大丈夫だって」
「――うん、できるよ。絶対にできる」
「――そうかなぁ? 私だってそれなりに怖がられてるんだよー」
「――もぅ、だからって言っちゃだめー」
「――うん」
「――安心して。私も手加減なんてしないから」
「――あはは。楽しみ。私も、がんばるね」
「――そっちもね。瀬里奈」
ステージの端っこで私たちの練習を眺めながら、友だちか誰かの急な電話に対応中だ。そこには一秒もサボるまいとする部長としての使命感があるのだろうが、「どっちもやっちゃおう」のごとし、ものぐさな感じが実に恋子ちゃん。
ドレスソードの準備はかなり便利だけど、練習を中断したいときなどにステージを出入りすると、ドレスがほどけて、また着装からやり直しとなる。
再着装にはそれほど時間も労力もかからないが、私たちは身の回りの小道具をなるべくメイクオーバーエリアに持ち込んでいる。ステージ内への持ち込みも練習設定ではとくに問題ないしね。こういったドレソライフハックは覚えて損なしだ。
「わっ。あぶなかったあ、今の突き」
「んんん。やっぱり、エストックだとうまくできないね」
「攻めの仕掛けとしては十分だと思うけど?」
武骨なエストックが、私の体を左右方向から貫こうとしてきたのを直前で妨害した。流星館の徳永さんの決め手をまねした、花の視覚範囲外からの刺突技だ。
といっても、あの芸当はシャムシールのような刀身に反りを持つ曲剣だからこそできるもので、光刃が長くて真っすぐなエストックでは再現しきれず。
それでも、攻撃手段としては十分実用に足る気がするけどさ。
正面のみならず体の左右から変則的に突かれると、それだけで攻めのアクセントになる。私のように盾を構えて視野を限定していると、角度が噛みあったときは不可視の一撃になり得る。さすがうちの盗っ人モンスターだ。実に厄介。
「ぎゃあ! もー! なーんでソラに勝てないんだろう」
「左、右手が雑だよ。それじゃ左手の奇襲も意味ない」
左なんだか右なんだか左なんだか。
頭を働かせずにいると今でも混乱する。
一年生組は、私たちと6メートルほど離れたところで対面練習をしている。
左の負けん気は、当然のように氷空がいなしたようだ。今のところ氷空と打ち合えるのは花だけ(それでも劣勢)。そもそも私は“打ち”合えないし、恋子ちゃんは一発勝負でときどきフェイタルを決めているけど、左は全戦全敗のまま。
「直剣だけで打ち合えないんじゃなー。そもそも無理っしょ」
「直剣は実直な訓練が大切だから。レイピアは……花さんにでも習ったら?」
「べっつにー! 私流でいいしー! どーせJDS出ないんだしー!」
「はぁ……」
左に素直に拗ねられると、これはこれで弄りづらい。
しかも……その態度が花さまの逆鱗に触れる。
「左ちゃん。部で決めたことだから。そういう言い方はやめて」
「いいじゃないですか。事実なんですし。堂々としてるだけですし」
「みんなの空気が悪くなるの。分かるでしょう」
「そ、それは私だけのせいじゃない、っていうかー」
ほーらね。まーたはじまった。これで何回目だよ。
最近、私の幼なじみがめちゃめちゃトゲトゲしい件について。
この二人により、あれから何度となく繰り返されてきたお決まりの口論には、すでに私も氷空も疲れたやら呆れたやらで、溜息をつくほかない。
どちらも言っていることに間違いはないけど、スタート地点でコミュニケーションのボタンをかけ違えたせいか、梅雨らしいねちっこさが消えないままだ。
「大体、楽しくなってきたから大会出たいって、それがいけないことですか!」
「今はね。もう少し勉強してもらわないとダメ」
「なんでですかっ」
「未熟だから。選手として実力も知識も」
(やめてー。そういうのやめてー)
二人の言葉の殴り合いは、聞いているだけでメンタルをガリガリ削ってくる。
私たちはそもそも「戦える人から順番にレギュラー入りしたら、こうなるよね」という軽い気持ちで出場選手を考えていた。可もなく不可もなくね。
ドレソに興味なかった左が、ここまでモチベーションを高めてくれたのは非常に喜ばしい。喜ばしいけど、部の総意として左の処遇に変化はない。それは実際、みんなであらためて話し合って、彼女にも伝えて、そうすることにした。
たださ。今みたいなギスギスな状況だとね。恋子ちゃんなり私なりが参戦して「花の言うとおり。左は補欠選手だから」などと、部の総意なるもので諭すのは難しい。もしかしたら、花の肩を持ったなどと思われるかもしれない。
左からすれば、共感してくれる仲間が一人もいない状況に見えるだろうし。
最悪のケースに至ってしまえば「右野左。もう実家に帰らせていただきます!」(ドレソ部を退部)しちゃう可能性だって、ないとは言えないのだ。
もちろん。学校の部活動としてより健全なのは、みんなで根気よく意見を交わしあって、左に納得のいく理解をしてもらうことだと分かっている。
分かっているけどさ。たとえ不健全でも、今のような場で大胆に宣告する勇気はほかの三人にはない。ここまで拗れなければ言いようはいくらでもあったけど、あの二人が、二人だけの世界でヒートアップしてしまったからに。
全員怪我なく、すべて丸く収まる偉大な一言は、すでに絶滅してしまった。
あの日、合宿疲れと緊迫感のなかでも口を出していれば。
次の日、いやこれどうするどうしよと結論を出さずに静観していなければ。
今のように、どんどん口が出せなくなっている状況は防げたかもしれない。
今やドレソ部は、触れると弾ける二つのボムを抱えるはめになった。
それを抱えている私らもまた、傍観する加害者ってやつなのだろう。
「み、未熟って。分かってますよ! 花先輩だって初心者だったくせに!」
「ええ。でも優秀な先輩方の教えで、少なくとも危険行為はしませんでした」
少なくともさあ。ステージ内でソード持ったまま口論はやめてほしい。
信じていないことはないけど、剣を持った一触即発の絵面が怖すぎる。
「それだと、私の前に立つ“先輩”は優秀じゃない、ってことになりますが?」
「そうだよ。私が優秀じゃないから、あなたに危険な行為をさせてしまった」
「……じゃあ、悪いのは花先輩ってことですよね」
「うん。未熟な私が指導できなかった。そのせいで、あなたは出場できません」
「なっ、ぐぐ、ぐんぬんぬんぬ!」
もう論点があっているんだかいないんだか。ここは弁論大会のステージか?
そしてこれね。花の言い方がよくない。言っていることはただしいし、一年生相手に撃発するのも間違いじゃないとしても、あからさまに感じが悪い。
少なくとも、そう見られる態度だ。左ちゃんが気に入らない、ってくらいに。
「でもでも、初心者にチャンスくれたっていいじゃないですか!」
「時と場合によります。今年のJDSはそうじゃないだけです」
「花先輩たちだって、初心者でJDSに出たのに?」
「……だから、時と場合によります」
「ずるっ! 不公平だ! 私もミラクル起こしますもん! 葉月さん倒したし!」
ブッスーってしながら、フッフーンってする左。
直情的だけど、それも含めて感情の出し方が器用な子である。
「あれは危険行為です。それに今の左ちゃんはチーム戦術に必要ありません」
「ぐぐぐ、で、でも! 律子先輩なんか絶対に相手倒せないじゃないですか!」
ギクッ。
まあね。可能性の話ならその切り口が出てくると思っていたから、ショックは最小限に抑えられた。うん、そのとおりなんだよね。
私が出場選手になっているのは、人数がいなかったから。それに次ぐ理由は……
うん、ないんだよね。なら倒せない選手より倒せる選手、ってなるよね?
「――左ちゃん」
うおっ。きました。無表情で冷たい声色。幼なじみの顔がマジ怖い。誰がどう見ても「おいおい、この子ぶちキレてない?」ってのが分かる雰囲気である。
「りっちゃんは上級生です。今の失礼をあらためなさい」
「だ、だけど」
「だけどじゃありません。彼女は先輩です。謝りなさい」
「……スミマセン」
(やめてー! 花も左もそういうのやめてー!)
上下関係の礼節にまで踏み込むと、友達同士のぬるい感覚で付き合う風潮を作ってきて、この部で最も規律をおろそかにしてきたのは、どう考えたって二年C組の小枝律子さんなのだ。私が逆にスラッシュ状態じゃんか。
恋子ちゃんもその原因の一端だけど、部長責任というには流れ弾がすぎるし。
はぁ。いたたまれない。まさに思春期のぶつかり合い。
私も同じようなことをしていたが、相手は甘えを許容してくれるお姉さんだったから。正面衝突の経験は少ない。それゆえフォローの仕方も分からない。
てゆうか、こういう空気こそ花が苦手としているはずなのに。よくもまあこんなにズケズケと言えるようになったものだよ。誰だよ、花に水あげすぎたの。
「左。そんなにJDSに出たいなら、私の代わりに出たら」
しかも、んもー! 空気を読めない子がもう一人いやがる!
そして勝手に自分用の油を注いでくれやがるのだ!
「いやいや……私にソラの代わりは無理でしょ」
「氷空ちゃん……それはさすがに。現実問題としてありえないかな」
「ですが、私はべつにJDSには――」
「はいはーい。氷空ちゃんは律子お姉ちゃんとあっちいきましょーねー」
氷空のドレスの朝女ジャージは肩がけだから、そのまま引っ張ると取れてしまう気がして、上着をよけて、左腕の二の腕あたりをぐにっと捕まえた。
(もー、火に油注ぐのやめてよお)
(でも、一向に収まりませんし)
(ああ言ったら収まると思ったわけ?)
(はい)
(かーっ、この子は、かーっ)
氷空も氷空で、怪しい問題を抱えている。この子はドレソに対して意気がない。分かっていたことだ。言ってしまえば、去年の私も同じようなものだったし。
流星館との合宿後も、やはり氷空が「私やります! JDS優勝してみせます!」なんてノリになることはなくて、毎日の練習を淡々とこなしている。
むしろ、やる気がないのに淡々とこなしていることに驚くよ。
今年の練習量は昨年同時期をはるかに上回っている。五月からは平日週五のフル活動、さらに活動時間も一八時まで延長させてもらっていてと、気づけば朝女ドレソ部はぬるくもなんともない環境に突入しているのに。よく付き合えるよ。
しかしまあ、この一年生たちが直面している問題。それと似たようなものを同時に抱えていた私って、はは。笑えない。菖蒲先輩はよく乗りこなしたね。
先陣を見習い、思いきって「うるせえ馬鹿。どっちもグダグダ言ってんなボケ」と言い放ってやろうか。できないからこうやって長引いているんだけどさ。
解決案が見つからないなか、恋子ちゃんが通話を終えて戻ってきた。
むーん……こっちもこっちで、スカッとしない顔になってるんだけど。
「どうしたの恋子ちゃん。あんまし顔色よくないよ」
「ちょっとね……友達が大変みたいで」
ドレソ部の明るく可愛いの象徴である恋子ちゃんが沈んでいると、なんだか私まで沈んでくる。いつもなら「うるさくやかましいドレソ部!」なんだけど、その意味合いも今では違う表現に濁ってしまっていて、心のささくれを撫でる。
大丈夫かなあ、私たち。こんなんでさあ……。
変わらぬ空気のまま練習を続けて、終えて、シャワーを浴びて。サッパリしたはずでも湿気のせいでいまいちスッキリしない。更衣室の雰囲気もどっしりと重い。外に出れば、シトシト。止まずに待っていてくれた鈍色の雨にお出迎えされる。
年に一回しかない、煌びやかなステージの幕開けは、刻一刻と迫っていた。
次回「右の左の左手で」(2)。




