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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 一年生編
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そんなもん聞こえたっけ?(2)

 地図には、今朝登校した表の校門とは真逆にある、あまり使われているようには見えない小さな裏門が記されていた。人や店や車をそれなりに見る表門側と違い、裏門側は住宅街のど真ん中って感じ。地元民じゃないと使う機会なさそう。


 裏門から先は、桜並木の一本道になっていた。今年は早咲きだったのか桜の花は散っている。しかも掃除前だこりゃ。地面に落ちた花びらが、土や汚れでぐちゃぐちゃに汚れていた。とてもじゃないが桜の絨毯とは言いがたい。桜の無残かな。


 気が滅入る色彩を七分ほど踏みしめて歩いていると、一軒家の連なりが視線から途ぎれたところに「うわあ、ここなんだろうなあ」と思う施設があった。

 花もおそらく、そう思ったに違いない。向き合わせた表情が十分に語っている。もしかしたら、今日はもう帰ろうの顔かもしれないけど。


「……趣というのか、歴史とかを感じるね」

「……本当にここなんだよね。りっちゃん」


 そこは大きな廃墟だった。それだと失礼かもだけど、長年の風雨で赤茶けたまだら色のボロボロ屋根、白ペンキがはがれて木材がよく見える壁面、窓ガラスはあれなに? 割れた部分を補強しているガムテープだらけの窓、暗幕を張ったのか真っ黒な窓、ガラスはあるけど埃まみれで汚い窓と、いびつな三色で彩られている。


 入り口の脇には、白字で「進入禁止」と書かれた黒いテープをグルグルと巻いた、黄色のロードコーンが二つ。来るものを阻むような置かれ方がされていない今、ここ第二体育館は「進入歓迎」の状態なのかもしれない。保証はないが。


 第二体育館ってことで、新しいって意味の第二かと思ったが、こりゃハズレだ。


「あれだ。あれだね」

「私、ちょっと勇気ないかも」

「……今日は帰ろっか」

「……明日の新入生歓迎会のあとにしよっか」

「ん? なに君ら? なんか用? もしかして入部希望とか?」


 気配を感じる間もなく後ろからかけられた声に、私たちの肩はビクッと揺れた。急ぎ振り返ると、背丈が花よりもさらにちっちゃい子が。150㎝弱くらいかな?


 後ろ髪を束ねる一本の三つ編みは、紫色のカラーゴムでとめられている。お昼どきの陽を反射してキラリと光るのは、細めでインテリな銀縁眼鏡。黒ラインが二本入った真っ白なセーラーカラーと地味目な黒いセーラー服は、私たちと一緒。

 ちょっと背が低めな、まあ上級生であろう朝女生徒がそこにいた。しかもさっきの言葉を加味するに、十中八九「あちゃあ捕まった」ってやつだろう。


「なになに何年生? ああ入学式だし新入生か。いいねいいねマジかいいね」

「えっと、一年です。体育館に行ったらドレスソード部はここだと言われ」

「うぇっ! マジか! 本物か! いいねいいね、ささっ入れ入れ!」

「え、ちょっ、その」

「ふ、ふわぁぁああ」


 十五歳らしい大人のコミュニケーションをすることなく、圧に負けた。



 追い立てられて入ってしまった廃墟内は、思ったよりも酷くはなかった。

 壁や床がちょっとだけ痛んで見えるのはご愛嬌だけど、ほんのりと感じる古さ以外はそんなに気にならない。どこの学校にでもありそうな、丁寧に使われている体育館って感じ。二階の側面、三色カラーの窓ガラス群を見なければの話だが。


「あっ、あのポール。ドレスソードのやつだ」

「へー、知ってんだ」

「ちょっとだけですけどね」


 館内でひときわ目立つのは、1.5メートルほどの高さがある四本の銀色ポールだ。ポールは計四か所、長方形の四隅を位置するように立てられている。


 ふふーん。今の私はね、これがなにか知っているんですよ。ほんの少しだけど調べたからね。これはドレスソードのステージを出力する機材なのだ!


 ドレスソードは銀色ポールで囲われた範囲内、試合用のバスケットコートよりも少し大きいのかな? それくらいの長方形型のステージで行われる。

 ステージ内部では、各々が制作して持ち込んだ3Dデータが実在の道具のように物体化する。そのため衣装であるドレスも、武装であるソードも持ち運びいらずで、体ひとつでステージに入るだけで参加できる……みたいな構造らしい。


 ドレスソードの発祥は七年前だったかで、元々はそのさらに数年前に生まれたファッション業界の機材「ドレスコード」が基になっている。

 ドレスコードが「3Dデータの衣装を物体化するファッションショー」とすれば、ドレスソードは「3Dデータの衣装と武装を物体化する集団戦闘競技」といったものに当たる。理屈についてはそうだね。花にでも聞かないと意味不明だ。


 たださあ……なんて名前がつけられているんだろう、この気持ち。


「その、あの、なんと言いますか」

「ん?」

「いえ、なんて言うのか、もっとこう、未来な感じをイメージしてました」

「諦めろ。やってる側がまったく未来じゃねえ競技だから」


 そう言われてもなあ……私的には今の気持ちを「がっかり」と命名したい。


 ドレスソードってさ。動画で見ていると未来的で、バーチャル的で、アニメや映画のような未知の科学を感じさせる、そんな華々しいものに映っていた。

 だけど、うーん、場所のせいなのかな。目の前にあるそれは庶民スーパーにいる富豪の貴婦人というべきか、違和感がすごい。ドレスソードが悪いんじゃなくて、私たちの日常風景のほうが、ドレソの先進性に追いついていない感じがする。


 すごいものがあっても、世の中ってのはそんなにすぐ変わんないのね。


 夢から醒めた少女のようにため息をついていると、件の上級生、この状況ならドレスソード部の上級生で間違いないんだろう。その人が説明してくれた。


「ここが朝女ドレソ部ね。部員は四人。第二は私らだけの活動場所」

「四人ですか」

「だから更衣室もシャワー室も使いたい放題。バスケ部のやつ煽っていいぞ」

「はぁ」


 第二体育館にはドレソ部しかいないんだ。優遇か、不遇か、気になるぞ。


「でで、二人とも名前は? 入部届とか持ってんの?」

「一応、書いてきてあります。入学前にもらってきた紙ですが」

「私もです。こちらです」

「はっや。真面目だなあ、あんがと。ふむー、コワザリツコちゃん?」

「コエダです」


 げへへ。彼女は下品に小さく笑ってから、花の入部届も確認しはじめた。


 むむ、初対面で失礼かもしれないけど、あまり近くにいないというか、いたらいたで自然と距離を放したくなるというか、ぶっちゃけ苦手なタイプかも。

 どことなく横暴な雰囲気は、うちのお姉ちゃんみたいだ。妹もそうだけど。まあ上級生とはいえ、身から出た失礼なんだから私がどう思うかはお互いさまでしょ。


 彼女のなかでは話が済んだのか、目をとおした二枚の入部届を乱暴に鞄へと詰め込むと、鞄を両手でポイっと、校長先生が長い話をしそうな壇上に投げ飛ばす。

 そして両手を腰に当て、むっふーって感じの顔つきで私と花に向き直った。


「どっちも視力はよしと。おめでとう。君たちが今年度の新入部員第一号と第二号だ。明日からわんさかと押し寄せてくる、新入部員のやつら煽っていいぞ」

「はぁ」

「私は三年の笹倉菖蒲ね。ドレソ部の部長。リッコと花、よろしく」


 ええ、ウソでしょ? 距離の詰め方が早すぎない? びっくりするほどのスピードでもって、仲のいい後輩キャラにされてしまった気分だ。

 しかも私の口ってば、モヤモヤを顔に出さないように話そうとすると「はぁ」しか言わないみたい。自分自身の変な習性を知ることになった。


 そうして見た目はインテリ、中身はトンデモな菖蒲先輩が(笹倉先輩と呼んだら、しょうぶと呼べと要求されたゆえに)、朝女ドレス部の現状を教えてくれた。


 なんでも朝女は、ドレソ導入と部活設立から今年で三年目になるが、初年度も次年度も新入部員の加入が振るわず、女子高生選手にとっての夏の一大イベント、JDSこと「全国女子高ドレスソード体育大会」でも二年連続で地区大会初戦敗退と、なかなかの活躍ぶりらしい。だから今年、第二体育館へ島流しされたとか。


「古くても、こっちのほうが広々と活動しやすいからとかですか」

「いや、バスケ部が体育館のスペースをもっとよこせって」

「なるほど」


 前年度、バスケ部が初の全国出場を果たしたことで朝女の生態系が崩れた。

 つまるところ、権力争いで負けたみたい。活動実績に明確な差があるようだし、仕方のない処置か。てか待って、あまり理解できない話を聞いた気が。


「新入部員が来ないって、なぜですか? ドレソってこう人気あるのに」

「わかんねえ?」

「だって、すごい華やかだし。私みたいにやりたい人も多そうだなって」

「リッコはタコだなあ、タッコ。見てるほうは乙女の花園でも、やってるほうは地獄だ地獄。考えてみ。いくらドレスが華やかで、ソードで斬られても怪我しないからって、長い棒で叩かれそうになったら誰だってこええに決まってんじゃん」


 むう、このロリ眼鏡め。でも言ってることは腑に落ちた。


 私もドレソをやったことないけど、そりゃそうだよね。当たらないし怪我しないって言っても、不意に光る剣を振るわれたら反射的に身の危険を感じるか。

 私だって合気道で打撃されたら怖いし(合気道では当てって言うけど)。


「……私も見ているのは好きなんですが、そういう怖さがあって」

「花は見るからに、編み物でもしてるほうが似合いそうだもんな」

「でもソードって体には絶対当たらないから、痛くはないんですよね?」

「いや、めっちゃ痛えよ」

「は?」

「体には当たんねえけど、ソードとソードは接触するから。ドレスもだけど、こっちはもはや体を斬られるようなもんだからどうでもいいとして。重量級のソードをソードで受けるとな、受け方を間違えりゃ骨折れるし、めっちゃ痛えよ」


 デジタルな印象がどんどんと崩れていく。斬られても痛くないから誰でも戦える、そういう触れ込みじゃなかったんかい。普通に真っ当に武道じゃんか。

 目線をチラッと投げると、花の顔がサーっと青白んでいた。ダメだこりゃ。インターネット記事では「ダイエットにも最適!」くらいの扱いで、そんな実情はひとつとして書かれてはいなかった。うまい話のないハードスポーツすぎる。


「つまり、ドレソって意外とやってる人が少ないんですか」

「少なかねえけど多くもない。いくら競技ぶっても、実情はコロッセオのイケニエみたいなもんだし。入部希望も毎年細々とはいるよ。けどやってみたら怖いって、ほぼ全員とんずら。朝女でドレソやりたいって来るのはそういう子ばっか」


 ぐう、私らがまさにその典型例になりそうじゃんか。


「ドレソのある高校って四〇〇校くらいで、全国高校数の一割以下だし」

「そう聞くと、少ないですね」

「しかも金も場所もなきゃできねえ。体育館のスペースないなら無理だし」

「朝女ってお金持ちだったんですか」

「ううん。廃部になると助成金が打ち切りだから、今年もやってますよアピールを餌に、第二で延命させてもらっただけ。廃部じゃなかっただけマシだマシ」


 菖蒲先輩の返答は、どれも想定の範囲外から飛んでくる。


「……えええ」

「……すっごい生々しいんですけど」

「知れただけありがたく思え、アッホ」


 もはや一字も合っていないけど私のことかな。ムカッ。それにテンションの下がりようもやばい。花なんか「助けてアイ」で私を見つめている気がする。


 いや、だって仕方ないじゃん! なんとなく可憐で優雅な未来スポーツって思っていたのはたしかだけど、ここまで地に足のついた競技だと思わないじゃん!

 白鳴の七咲さんだって、もっと住む世界が違うって感じしたじゃん!


 はぁ……さっきの入部届、ちょっと返してほしくなってきた。

 少しの時間でいいから、この廃墟から出て、清々しい青空の下で空気を吸ったあと、あらためて判断しないと、いらない壺を買わされた気分になりそう。


「あのお。菖蒲先輩。ちょっとお話が」

「いやあ、でもよかった。リッコと花のおかげで今年のJDS出れそうだわ」

「えっ、だって部員は四人いるんじゃないんですか?」

「だから、私とリッコと花ともう一人で四人な」

「……さっき入部届を渡す前に、四人いるって言ってましたよね?」

「含んどいたんだよ、気にすんな。これで四人なんだから問題なっしん」


 おい、このロリ眼鏡。くそっ、おいっ、ロリ眼鏡っ!


 ダメだ。私ってこういう自分本位な人が無理みたい。花も内気だから、納得いかない強引さでかまわれてばかりだとストレスで参っちゃうかもしれないし。

 花ぁ、ごめんねえ。こんなところだったなんて。いや違うか。場所はたしかに萎えたし、想像以上に激しそうなドレソの実態に怖じ気づいたのもあるけど、私の心情的につらいのはそっちじゃない。もうここは一度キッパリと言ってしま――。


「さっき聞こえたんだよなあ、春の音が」

「は? なんですそれ?」

「リッコは無粋だなあ。聞くなよなあ。もっと季節に生きろよなあ」

「はぁ」


 菖蒲先輩はそのあと「今日はうっかり忘れの戸締まりに来ただけだから明日来い。帰れ帰れ」と私たちを帰らせた。待って、明日も来たくないから今のうちに言っておきたいん……私と花は外に追い出された。廃墟の前で後の祭りかな。


 帰り道、私と花の口数は少なかった。押せ押せのイケイケで連れてきた手前、どうも座りの悪い私。無理に連れてきた身でこれだから、相談しづらい空気の花。

 私たちは第二体育館から最寄りの駅までの道のりがわからなかったので、裏門まで戻った。初めての第二体育館からの帰り道は、やたら遠く感じた。

次回「はじめてのどれすそーど!」(1)。

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