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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(春)
29/205

十四人の楽しい乙女(7)

 合宿五日目。最終日は、またまた朝女と流星館のガチ対決日だ。


 当初の予定では、二日連続で熱い激闘を繰り広げる算段だった。

 しかし、あんまりなパワーバランスが横たわっているのはもはや周知の事実なので、朝女の面々はすでに負けっぱなしコースが確約されている。それでも昨日と違い、勝利を期待しないぶんだけ心は軽い。みんな同じ。負けドッグ根性。


 朝女側は組み合わせNGに応じて花を抜き、左がメンバー入りしている。

 それに対して流星館側は姿が入っているが、フルメンバーだと私刑が加速すると心遣いしたのか。真田さんと徳永さんが、花とともに朝女ステージに向かった。


 代わりのメンバーは、連日続投の二年の美里さん。そして左のライバルである一年の佐伯さん。昨日よりワンサイドゲームにならないと信じたい。


「佐伯と右野さんは初試合だから、着装と入場あたりの確認からやるよー」


 今日の仕切りは、姉に対する上位互換と太鼓判を押されている姿の役目だ。


 合宿中、姿とはあまり同じステージに立てなかったけど、朝女にお手伝いに来てくれていたときからずっと思っていた。彼女は見かけも人当たりも器量よしだから人を引きつけるんだよね。おまけにリーダーシップも優れている。妹なのにね。


「ド、ド、ドレスってどうやって着るんですっけ!?」

「Tになれ。Tに」

「ソ、ソ、ソードない! 忘れてきちゃったかも!?」

「あとでね」


 左は初めての格式ばった試合にテンパっていた。

 そんなに変わらないよ。なんて言うのは無責任だし、好きにテンパらせよう。


「左ちゃーん。そんな緊張しなくても大丈夫だよぉ。負けても死なないしー」

「し、しぬんですか!? 試合に負けるとしぬんですか?」

「はぁ……左、そろそろステージに行くよ」


 氷空が左の腕を引っ張った。うちの一年生コンビは日常生活と部活動とで主従がコロコロと変わるもんだから、見ていて飽きない。


 左は花の代役ということで私の右隣にいる。視線を向けると最初に目に入るのがどちらも似通った刺突剣だから、持ち手が違っているけどホッとしちゃう。

 ああしろこうしろと言える状況ではなさそうだし、言ったところで負担をかけるだけだから当面はなし。相手の佐伯さんともども、場慣れできればOK。


「うひい。流星館めちゃくちゃ怖いんですが……」

「大丈夫だって。ほら、左の対面は佐伯さんだし」


 無事にステージに入り、ソード着装まで済ませた左は、試合の空気をまとう流星館のメンバーに怖気づいた。私が見たところ、佐伯さんもキョロキョロと落ち着かない感じのようで、両脇にいる葉月と姿に声をかけられていたが。


 初試合の緊張は、私もなにか言える立場じゃない。笑撃の仕掛け人だったしさ。


「ゆっくりでいいからね。行くよ」

「ぎゃっ、まま待ってください」


 ステージのセンターラインに向かって私が歩きはじめると、出遅れた左が右後ろからバタバタと追いかけてくる。チームバランスは昨日と比べ、対等に近づいているようで、やっぱりそうでもない。結局、成瀬姉妹だけでお釣りが出る。


 アヤメは後ろ腰に備えたまま。

 それでいて左手の力を抜き、宙にぶら下げる。


 三角盾を両手を使ってしっかり構えるのは、恋子ちゃんのような対面のときだけだ。片手ではどう考えても防ぎきれない攻撃をしてくる相手にだけ。

 盾の持ち方には現状の「下側から手を入れる」をはじめ「横側から手を入れる」「ひじで固定する」「握り手を持つ、持たない」といろいろな形状があり、より固定しやすい構えにすれば感触も変わるけど、今さら変更しようとは思えない。


 私の場合は、柔らかくしなやかに。片手で扱うほうが柔軟に動かせられる。

 そのうえで……私がもうちょっと器用ならね。左手のアヤメで反撃に転じられるけれど。残念なことに、未だにそんなに器用じゃない。試合中の頭だとね。


 私と対面している葉月は、いつもより遠間で足を止めた。たぶんこっちと同じ。隣にいる一年生らがちゃんと戦い出せるのかを確認する魂胆だろう。


 私らに注目されているのに気づかない左と佐伯さんと言えば、連日の気迫はどこへやら。腰が引けた姿勢のまま、おっかなびっくりソードを交わしている。

 ただ、この二人で合わせたのは正解だった。二人ともエンジンに火が点きはじめると、それぞれ敵愾心をむき出しにしてぶつかっていく。それを見た私と葉月は、安心したような表情を一瞬だけ浮かべて、両人の成すべきことを再開した。


 ああ、何度も見た光景だ。私に向かって降ってくる、早くて青い流れ星。


 斬撃の威力と速度に優れている相手に対して、私ができること――いや、できなくても徹底したいことは、相手に気持ちいい攻撃をさせないという意識だ。

 その方法はいくつかあるけど、まずは立ち位置と重心から。


 葉月が予測する「ここで大太刀を振れば、こう当たる」を実現させないために、前進からの盾受けで当たりどころを詰まらせたり、半歩の後退で一振りの間隔を長引かせたり、盾の角度を斜めにずらして受けてみたり、その間もできるだけ早く重心を整えたりと、とにかくソードをジャストミートさせないことを優先する。


 たとえ盾にでも手応えのいい連撃を決められると、私の右腕や半身は流される。それで相手の調子が上がっていけば、いずれフェイタルまで持っていかれる。

 武器同士の競り合いなら、そこに駆け引きが生まれるけど、盾だけの私には大体「その人の最高の攻撃」が贈られるから。反撃手段を持たない、私の弱点だ。


 鋭く。強く。止まらない葉月の攻勢。一つ一つの振りを目で見て、体に指令を送る。脳内のイメージは、波打ち際の防波堤。荒波(海音さん)や大波(葉月)に打たれて飲み込まれないよう、私は水しぶきが上がる堤防でコントロールする。


 ときには津波(徳永さんのあれ)に一瞬で瓦解させられることもあるけど、少しずつでも堤防が高く、硬くなればいい。限界が訪れるまで押し引きは強要させる。

 花のように駆け足で進歩することはできなかった。けれど散歩するような早さでも受けを磨いてきた。私は倒された回数だけ、この三角盾を強くしてきた。


 葉月の大太刀が直上から迫ってくる。それを盾で受けながら叩き返す。

 時間の経過も忘れ、何度も防御を繰り返していた。すると彼女がうめいた。


「……つっ」


 集中しすぎていた。なんかこう、ランナーズハイ的な。ついさっきまで自分がなにを考えていたのか分からないくらい、機械のように無心で対処していた。

 負担がかかる右手や軸足はいつもどおりピリピリしているけど、今の防御連携はなかなかどうして。自画自賛してもいいほど完璧だったのでは?


 てゆうか、そんなことどうでもよくて。葉月がしかめ顔になっている。


「大丈夫? 怪我した?」

「ううん、違う。律子がちょっと硬すぎて」

「ああ」

「これだけ防がれるとさ。手が痛い。痺れる。いつもの律子の気持ちも分かる」

「へー、初めて葉月に共感できそう」

「まるで、石でも叩いてるみたい」


 その言葉は結構、衝撃だったかもしれない。

 つまり、今までは私ばっかり痛い痛いだったけど、もしかして。


「律子。今から失礼なこと言うけど、いい?」

「控えめになら」

「初めてね。律子が敵だと思った。その路線さ、失敗じゃなかったね」


 友達で、強敵で、越えられない壁。それに認められた、私の活路。

 つまり、対面の手が痛くなるまで盾を叩かせれば、私の時間がやってくる?


「だから今度からはもう、一秒でも早く斬り伏せる」

「バカ葉月っ」


 バカ葉月は本当にバカみたいな速さで近づいてきて、その両手を振るった。

 これまでもお遊びや手抜きではなかったんだろうけど、威圧感が違う。


 本気の本気で刈り取りにきた彼女の大太刀を止め続けることはできず、一撃目の胴斬りで体幹を崩され、二撃目の切り上げで右腕を上空に跳ね飛ばされ、三撃目の両手突きでガラ空きとなった心臓を貫かれた。見事なフィニッシュルート。


 一歩進んでは一歩下がる。今回の合宿中はそれの繰り返しだ。

 だけど、進んだ先に足跡が残っている。だから形跡さえ忘れずに覚えておけば、次の一歩はより強固になる。私もついさっきより、硬くなっていける。


「うおっしゃあ! 佐伯ぃ! 討ち取ったりー!」


 言い訳で自我を持ち直していると、左のレイピアが佐伯さんの胴体を貫いた。

 それは間違いなくフェイタルである。左まじか。初試合で勝っちゃった。


「やったー! どうだ佐伯ぃ! あっ、わっわわ」


 両手を上げ、威勢よく勝ちどきを上げていた左の頭部を、葉月がかち割る。

 まあ、そうなるわな。試合中だものな。


 味方の損失すらカバーできる成瀬姉妹を前に、朝女は今日もラウンドを一本も取れずじまいであった。数的不利ですら、すぐに覆す葉月だもの。無理無理。

 ただ、計十ラウンドを終わらせるのには昨日よりも時間がかかった。成瀬姉妹は論外でも、それ以外の面々がそれなりに拮抗したからだ。


 左も佐伯さんも初戦のあとはグングンとそれらしくなり、技術こそつたないが勢いをつけていった。左の戦績は最終的に2:8。結局、勝ち越されてしまったみたいだけど、本当にすごいと思う。私なんか練習ですら相手を倒せたことないし。


「こうですね。ズバンといってバビュンとやったら刺せたんですよ!」

「意味わかんないかもぉ。だけどすごいよ左ちゃん。よくやったよー」


 己の手でフェイタルを成し遂げたことに、左は興奮していた。そのあふれんばかりの笑顔にこっちまで楽しくなってくる。もうすっかりドレソ選手じゃん。


 っと、そんな左のお祝いは恋子ちゃんに任せて、私は氷空に尋ねねば。


「氷空氷空ぁ。氷空って私の盾叩いてて、手が痛くなったことある?」

「痛いまではないです。長時間やっていれば、そうなるかもしれませんが」


 そうだよね。そんな都合よくいかないか。


 相手に苦痛を強いる硬い石。うーん、朝女的には触れると痛いウニかな?

 いずれにせよ新たなサンドバックの形が見えたけど、簡単じゃないよね。


 だって相手が痛いときって、私もめっちゃ痛いに違いないし。


 いくら軽量のソード相手でも負荷がないわけじゃない。葉月のようなレート3相当のソードともなると、さっきみたいにうまくできない限り、私のが痛い。一足飛びの道は相も変わらず閉ざされている。各駅停車のまま進むのがお似合いかあ。



 気づけば練習練習練習な毎日であったが、それも終わりとなると寂しくなる。

 合宿最終日の本日は、夕方前には練習がお開きとなり、そのあとみんなで食堂に集まって「お疲れさま会」をやるという。流星館の小粋な計らいだ。


 それが無事に終わったら私たちは家に帰り、楽しかった非日常を振り返りつつ、明日からはじまる普通授業に思いを馳せるわけ。連休明けに慈悲などない。


 お昼休憩から先も黙々と練習試合を続けていると、ラウンド休憩中のメイクオーバーエリア内に、一足先に上がってきた朝女ステージ組が入ってきた。

 花が真田さんや徳永さんと並んで立っていても、もう違和感はない。ドレソ選手としても、人見知りだった幼なじみとしても、すっごいがんばってるよ。


「おかえりー。花ちゃんどうだったぁ」

「滞りなくです。真田さんたちがよくしてくれましたので」

「こちらこそ、付き合っていただいてありがとうございました」

「いやー、花ちゃんダークホースだわ。こりゃウカウカしてらんない」


 やっぱり朝女自慢のモンスター、ヒカゲバナはすくすくと進化していた。

 総括にはまだ早いけど、流星館との合同合宿は間違いなく糧になったね。


 花の成長については言わずもがな。具体的な技術よりも、真田さんや徳永さんと“打ち合えるようになった”のが大きい。彼女に足りなかった対面経験が、しかも強者相手で養えたことで、目に見える以上の成長につながっている、と思う。


 恋子ちゃんとは合宿中、あまり一緒に練習しなかったけど、こちらも会話の端々に反省と改善がうかがえた。左もドレソの魅力に気づいたようだし、氷空について肩ひじが緩くなったような、そうでもないような、みたいな。

 私も身になったものは多くないけれど、いろんなことを吸収できた。


「花先輩! 私、初試合でフェイタルしましたよ!」

「えっ……すごいね、左ちゃん。あれで戦えるなんて」

「そーですよ! 私ってば二刀流の天才なんですから!」

「そうなの、かもね」


 花は「じゃあ、ここで見てるね」と告げると、次のラウンドに臨む私たちの後ろ姿を見送ってくれた。真田さんたちも対面側のメイクオーバーエリアに向かう。


 今さらだけど、私も少しは観戦しておいたほうがよかったのかも。

 そうすれば朝女の弱点や課題も少しは見つけやすかったと思うし。一度やっておきたいところだね。それで分かることもあるはず。今さらだから、もういいけど


 流星館側で真田さんたちが話がつけたのか、ステージの26メートル先にいる姿が「今日はこれでラストラウンドねー!」と叫んだ。

 終わりと聞くと、急に五日間の集大成として、花にカッコいいところを見せてやりたい欲が出てきた。こういう欲求は概して、いいほうに転ばないのだが。


「律子――もらったよ」

「げっ!」


 恋子ちゃんが美里さんを処刑し、氷空が姿にあえなく破れて、左が最後の最後で佐伯さんに仕返しのフェイタルを決めた直後、私は葉月に追いやられていた。


 あー、こりゃだめだ。構えた盾を大上段からぶっ叩かれたあと、腕が下がったところにおまけの縦振りで頭から真っ二つにされるやつ。前にもやられた。

 これじゃあ全然カッコよくない。まあ私らしいか――と諦めていたそのとき。


 ヒュンッ。グサッ。ブルブル。


「やった」

「……まいった。右野さんか」


 対面がいなくなり手の空いた左が、左手のレイピアを投げつけていた。ソードは葉月のお腹に突き刺さった瞬間、スッと粒子になって跡形もなく消えた。


 左がなんと、葉月を仕留めた。正面きっての戦闘じゃないとはいえ、朝女では菖蒲先輩以外、試合形式で葉月をフェイタルさせられた人はいない。左さんすげえ!


 その後は感激していた私と、直剣一本だけになった左が、姿にササッと処理されてラウンド終了。この五日間、朝女は一回もラウンド勝利できなかった。


「み、見ましたか、律子先輩! 私、はは葉月さん倒しちゃいました!」

「左すごい! ソード投げるとか、ダガープリンセスみたいじゃん!」


 さっきの左の投擲は、白鳴の七咲さんが昨年のJDS決勝大会で見せた、ダガーの投擲のようであった。あっちはもう曲芸だったけど、それでも左さんすげえ!


 私と左がものすごいはしゃいでいると、花も後ろから近づいてきて。


「花先輩! 私すごくないですか! ついに葉月さんまで――」

「左ちゃん。今のはダメ。流星館の皆さんに謝って」

「へ」


 音にしたら、ピシッだろうか。私のテンションも急激に下がった。

 ぐるっと周囲を見回すと「まー、まぁまぁ……」って感じの苦笑いな恋子ちゃんをはじめ、あたり一面が生温かい雰囲気になっている。


「な、なぜに……? 私が謝る……? んですか」

「ソードの投擲はね、一般的には危険行為なの」

「え。で、でも光刃だから危なくないし、現にフェイタルしましたし」

「たまたまダーツになっただけ。柄の部分が当たってたら、葉月さん怪我してた」


 花に怒られている理由が分からなかった左も、そこでサーっと青白んだ。


 私も大変、大っ変情けないことに、それで思い出した。

 実例を目の前で見たのは初めてだったから。


 彼女が思いつきでやったソード投擲。それは「ダーツ」と呼ばれる行為であり、ドレスソードでは原則、禁止行為ではないが、危険行為とされている。


 ソードによる刺突は「光刃部分を刺しきって、柄などの実体部分が身体に接触」しないよう、光刃の根元、刃渡りの全長約1/4にあたる範囲に人体外皮表面の光学被膜が接触すると、打突事故防止のためにソードが緊急消失する。

 これに該当しないのは刃渡りの短い、それこそ七咲さんのような短剣だけ。光刃が一定値に満たないソードは、斬撃ですら緊急消失の可能性があり得ることから、ロストまでの時間猶予があると聞く。猶予があるだけで消えるのは変わらない。


 だから花をはじめ、刺突攻撃を行う選手はこれを念頭に入れ、深く刺しすぎないよう心がける。でなければ試合中、相手をフェイタルした直後に無手になる可能性があるからだ。ゆえに左のレイピアも光刃によるダメージは判定されたものの、深々と刺さり、持ち手の装飾が葉月の体を殴打する、その前に消失した。


 そのうえで、もしも技術のない人がソードをがむしゃらに投げたら。その結果どうなるか。ソードがダーツの矢のように真っすぐ飛ばず、グルグル回転して、光刃と柄のどちらが当たるか分からないまま、人の頭にでも飛んでいったら。


 怪我しないがモットーのドレスソードで、人体への傷病が発生しかねないダーツは推奨されない行為であり、ダメージ判定も低めに抑えられている。よっぽどきれいに当てないと、基本的にフェイタルも起きないようになっている。

 なぜか? 勝てないと分かって最後に破れかぶれでソードを投げる人がいたら、それだけで危険だから。原則、ソードを手放して無手で戦うことはできないため、選手がダーツという手段を正攻法で選ぶこともほとんどない。


 それでも禁止とされていないのは、ステージ上でソードの「手放す」と「落とす」と「投げる」を厳密に処理できないためとされている。


 ゆえに、ダガープリンセスのようにできるなら、ダーツは禁止じゃない。

 ゆえに、できないのなら危険だから退場。退場だけで済めばいいほうか。


 左のダーツはたまたまうまくいったけど、彼女がそれを練習していたわけじゃないことは朝女の全員が知っている。葉月をフェイタルできたのも運がよかっただけで、彼女の体を傷つける危険性は大いにあった。それを花が咎めた。


 静かな怒りの花。それを受ける左。さらに見ている私たち。

 微妙な空気をどうにかしたいのか、成瀬姉妹が割って入ってくる。


「花もういいよ。右野さんも知らなかっただけで、今のも上手だったし」

「そうそう花ちゃん。そこまでにしといたげて。左ちゃんうまかったじゃん」


 温情な二人のフォローに答える花は、実に誠実で厳粛で。


「いえ、私たちの部員がご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません」

「……すみませんでした」


 花が頭を下げる。左も微妙な顔つきで頭を下げる。

 私と恋子ちゃんと氷空も、ついでに頭を下げる。


 流星館の人たちは笑って許してくれた。だけど、この日は運が向いていただけ。もしかしたら、JDSを前に取り返しのつかないことも起きていた。


 ううう……やっぱドレソってダメだわ。私もダメだわ。しゃんとしないと。


 最後の最後にケチがついてしまったものの、両校生徒はそれから第三体育館をお掃除し(第二は真田さんたちがやってくれたみたい)、汗ばんだ体をシャワーでさっぱりしてから、食堂で準備されていた「お疲れさま会」に参加した。


 花は普段どおりという素振りだけど、左の顔つきはずっと微妙なままだ。

 掃除中から着替え中から食事中まで、二人の会話は一度もなかった。


 私も左の快挙にはしゃいだ手前、内心では反省モードなところがある。

 表面上は明るく元気に、「今年は朝女も流星館もJDS優勝だね!」「なにそれ」なんてノリで場をすごしていたけど、もにょもにょした湿っぽさが消えない。


 しかしまあ、花があそこまで強く出るとは。普通に怖かった。上級生の威厳か。さっき恋子ちゃんと二人で「花やばいね」「うんやばいね」と畏怖してたし。


 ともかく……いろいろと課題が見つかった日々だったとしよう。


 これから気を取り直して、あとは約二か月後のJDS地区大会に向けて、目指せ地方大会。ぶっ飛ばせ白鳴。ついでに全国優勝なんかもしちゃおうのターンだ。



 五日間の部活棟生活。人によっては私物が散らかり(律子・恋子・氷空)、人によってはすでに整理整頓が済んでいる(花・左)部屋から荷物を出す。

 なんだかちょっと寂しくなって「来年も流星館に来たいかー!」「おー!」なんて小芝居を左とした。ああでも、恋子ちゃんはそのときにはいないのか。


 真田さんや徳永さんたち流星館ドレソ部の面々とは、部活棟の入口でお別れの挨拶を済ませた。「JDSで当たったらよろしくお願いします」と宣戦もした。

 校門までの道のりは成瀬姉妹に付き添われ、明日からのスクールライフも流星館で体験してみたいとおちゃらけつつ、二人とも校門前でバイバイした。


 外は明るい。五月の夕方だから、まだ陽も沈んでいない。

 いつもとは違う生活、違う場所、違う日常から飛び出した景色は、懐かしいような不思議なような。朝女ステージに行くときも普通に歩いていた道のはずなのに、今は旅行から帰ってきたような感覚で両の目に入り込んできた。


 駅までの帰り道。私たちは明日からの部活、さらに六月下旬のJDSに向けて話をした。これまで伝えていなかったけど、一年生組にも「白鳴ぶっ飛ばすのが私の目標」と例の話をしたら、氷空には声もなく、怪訝な顔で勝機(正気)を疑われた。


 そうこうしていると、左もいつもどおりの元気さを取り戻してきて。


「JDS楽しみー! やーん、ドレソ界のアイドルになれちゃうかも!」


 花が返答した。


「左ちゃんはJDSには出せません」


 五月晴れの爽やかな季節がすぎれば、まもなくジメジメな梅雨が訪れる。

次回「右の左の左手で」(1)。

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