十四人の楽しい乙女(2)
合宿一日目。私と氷空と左は、流星館で成瀬姉妹やほかの部員と稽古だ。
表向きは、自分が他チームの選手を相手にどう対応するべきかの特訓。
裏向きは、両校の大事な新入部員たちにドレソを楽しんでもらうこと。
これは両校の上級生たちが満場一致で決めた大目的だ。朝女の左や流星館の一年生二人組のような初心者たちには、まずは特殊な環境下での練習をイベント的に楽しんでもらうことを最優先とした。個人とドレソ界の未来のためにもね。
「ふっ! ほっ! わわわ! ぎゃあああ!」
左が右手の直剣を振りかぶり、左手のレイピアを軽く突き出し、調子に乗ったところでレイピアを叩き下ろされ、崩れた態勢にあえなくソードを刺されるの図。
うちの新入部員である右野左はこの一か月、経験者としか対面していない。
同じ一年でも、氷空に関しては言うまでもなく熟練者。練習になるくらいに手を抜くことはできても、誰にだってそういう力の抜き加減は分かってしまう。
だから、対等な存在と必死になって戦う。自分とほぼ同じ力量の相手と戦うのは、今のように流星館の一年生たちとの対面練習が初めてのことだった。
「くあー! 両手がこんがらがる!」
「だから二刀流やめろって言ってんのに」
葉月や姿はすでに目にしていたが、ほかの流星館の子たちは左のソード二刀流に驚いた。うまく使えていない様子を見て、ちょっとだけ苦笑もしていた。
けれど、彼女たちは否定しなかった。姿の捉え方なんか、実に大人なもので。
「まーいいんじゃない。ガチの闘争でもなきゃ楽しいほうが優先だよ。ドレソなんて、こんな風にわちゃわちゃ遊ぶくらいが本来の楽しみ方なんだしさ」
ドレソ選手が陥りがちな罠。それはうまく戦うことばかりを考えて、ドレスソードの出自が体験型のレジャースポーツであると忘れてしまうこと。
ほんと、そのとおりである。どんな競技にだって入口には遊びがあり、そこで興味を持ってもらえるから界隈が広がっていく。事情はどうあれ、それをすっ飛ばしてストイックな戦闘狂を生みがちな女子高ドレソがどうかしているのだ。
その点、流星館ドレソ部は強くありながらも思考が柔軟で、左たち初心者にとってドレスソードのなにが課題なのかを、ちゃんと考えられているみたい。
あらためたのは、私の目先で戦っている一年生たちが入部してからのことらしいけどね。やはり初心者という自浄作用がないと、私たちは盲目になるのだろう。
そんな世間話の一方で、佐羽コーチからも興味深いことを聞けた。
「でも、右野さんのスタイルはドレスソードでは決して間違いではないの。たしかに伝統的な剣術の話になるとね。正統派とは言いづらい歴史があるけど。でもドレソのソードは軽いし、フェイタルにも力はいらない。剣術にならなくても効率的な身体の動かし方だけで実戦的になる。そういう仮説はずっとあるから」
佐羽コーチの言うことは、私にもしっくりきた。それこそが、左が初心者でありながら私にダメージを負わせられた理由でもあるはずだから。
格式ばった古風で伝来の戦闘法ではなく、無気力なほど力まずスッとレイピアを差し出す。怪我も出血もないドレソなら、それでも致命傷にできるから。
「でも……剣道や剣術が幅を利かせてるからね。どうしてもこうなるわよね」
目の前で左がまた負けた。現状、そりゃそうだ以外の結論はないか。
口調も乱暴に再戦を願っている左を尻目に、氷空がスーッと私に近づいてきた。
いつも物静かだけど、こういうときはさらに存在感がない。気にかけなくちゃなあと思いつつも、会話の内容が彼女なりの気配りだったから、キュンときた。
「律子さん。あれだと左、あとで拗ねませんか」
「ん、大丈夫でしょ。氷空じゃどうやっても対等にならないしさ」
「でも、あの子まだ一度も勝ててませんよ?」
「私なんか、今まで誰にも勝ったことないよ?」
「……それは、それで、凄惨ですね」
左にとってはいつもと違う。ちょっと勝てそうで、やっぱり勝てない相手。
流星館の一年生たちも普段はモヤモヤしていたのかな。左のおかげで入部一か月でがんばった努力が実ったのか、こらえきれないように口角を上げている。
「こなくそ! おどりゃ! ぎゃあっ! ぎゃああああ!」
とはいえ、不甲斐ない私たちのせいで、左には貧乏くじを引かせてしまった。
彼女は流星館の一年生二人と五回ずつ対面したが、フェイタルは一度も取れずじまいだった。ただ合気道だってドレソだってなんだってそうだけど、同じくらいの実力の相手ほど、起爆剤となる悔しさを与えられる存在はそうはいない。
ってことで、左は身を削って成長の糧を得たことにしよう。そうしよう。
てゆうことで、この律子先輩もみんなのために一肌脱ぎますかな。
はっ! やっ! たあ! キンキンカキン。
はあ! とっ! しっ! カキンカキンガキン。
くぉんの! くたばれ! しねええ律子先輩! カンコンカン。
今、私の目の前には佐羽コーチを除く八名の選手が一列になり、私に三回攻撃してはステージ一周ダッシュで最後尾に戻る、「流星館的十本アタック&ダッシュ」が行われている。体力的にしんどいのは当たり前のうえ、防御手への攻撃が少しでも途切れたら全員ワンセット追加という、かなりハードな練習メニューだ。
普段は練習はじめと終わりに、その日の防御手を一人選んでやっているらしい。
けれど今日は盾の専門家がいたからか。私の役は口を開く前に決まっていた。
一年生の初心者三人は攻撃パターンが固まっていないため、剣先を少し叩いて流してしまえば、さすがに三発では仕留められない。流星館の二年生の補欠選手二人は、ちと手ごわかったがフェイタルには至らない。成瀬姉妹には六本目くらいまで連続でフェイタルされてしまったが、バテバテの後半はさすがにしのげた。
それらの結果、一番の脅威が氷空だったのは興味深い。
氷空はフェイタルの回数こそ成瀬姉妹より少なかったけど、初手に全身全霊の居合斬りを許してしまうことから、三回も斬撃されれば大体もっていかれた。しかもこの子は十本ダッシュしても息切れを隠しきり、静謐な居合を保ち続けた。
居合にはきっと目に見えない疲労があるんだろうけど、静と動がはっきりしているからかな。筋肉の負荷はあれど、体力の負荷は小さいみたい。短期決戦なスタイルに見えて、いやはや長期戦にも対応してくれそうである。
それになにより、精神で体力をねじ伏せる立ち姿がまさに武人っぽいの。冷静沈着な印象のとおり、氷空の戦いにかける集中力はものすごく強靭なんだろうね。
まもなく十本アタック&ダッシュが終わると、大多数が地べたでへばった。
盾役の私も集中力は途切れたが、走っていないから疲れはそんなにない。
そこに、ちょっと息切れしつつの葉月と姿が近寄ってくる。
「律子うまくなったね。さすがに去年のJDSみたいにはいかないや」
「去年の葉月のあれ、ただの初心者狩りだったし」
「律子ちゃんの受け方って、力じゃなく技って感じ。きれいだよねー」
成瀬姉妹から見て、少しは成長しているのかな。過信はしないけど嬉しくなる。
しかし、さっきの練習メニューは私には画期的かも。ほかの人たちにとっては攻撃と体力と集中力を養うものなんだろうけど、私にとってはちょうど求めていた、フェイタルまでもっていかれない連撃の防ぎ方を考えるのに最適だった。
どうせだから、朝女ドレソ部でもまねしよっか? どうせ苦しいのも、いつも私の盾を叩いて気持ちよくなっている、私以外の攻撃手たちだしね!
小悪魔の微笑みで悪戯心を開花させていると、佐羽コーチに驚かれていた。
「小枝さんの話は聞いていたけど、今どき本当に盾受け専門なのね」
目を見張ってしばしば瞬かれている。私のスタイルって、どうも先生の学生時代のあたりで廃れていったものらしい。私ってば、本当にドレソ界の化石。
ってなわけで確信を得られてしまったのか、化石の本番はここからはじまった。
「ぐっ! 硬くて抜けません!」
「油断させて足刺しな! 足!」
「さすがにもう通用しませーん」
全力で攻撃しても反撃されることのない、私という存在にみんなが夢中になり、1vs1を厳守しつつも八人で私を囲んで、代わる代わる対面練習をはじめた。
こうなるとサンドバックどころか、人によっては私刑に見えかねない光景だ。
普段は佐羽コーチに攻防の駆け引きを説かれていて、仮に盾持ち相手に攻撃練習をしていても、相手の反対の手には必ず武器があるからか、どうしても攻め引きのバランスを意識していたらしい流星館の子たち。
そんな彼女たちには右手に三角盾、左手は無手という私がぬいぐるみ感覚の相手に映るのか、楽しさと凶悪さが同居している笑顔で打突してくる。
私だって、最近は忍者刀を一人で振ったりしてるんですからね。
誰かに振ってないから、まだ反撃のパターンをつかめていないだけで。
「ぐんぬんぬ! ちょっと! レイピア踏まないでくださいよ!」
「悪いけど私の武器って、剣より盾より足さばきだから」
左のレイピアによる脚部への刺突に不覚を取っていたのは、先週まで。
さすがに一年分のアドバンテージどころか、幼少時から父に合気道のすり足を(厳しくない程度に)叩き込まれてきた私には容易に対策できた。
また右足アーマーのおかげで、足元に突かれたレイピアの光刃を踏みつけられたのは発見だ。アーマーがあると、光刃と人体表面の光学被膜との接触判定に猶予があるみたいで、ダガープリンセスのようにソードを足蹴にできてしまった。
といっても所詮はアーマー。身体の方向にちょいっと力を加えられると、すぐにスラッシュ判定になった。実戦ではとてもじゃないが使いたくない小技である。
「小枝さん。次は私もお願いします!」
「はーい。力いっぱいどーぞ」
「はい、よろしくお願いします!」
合宿を象徴する猛特訓ができたわけでも、初心者の子たちを完璧にもてなせたわけでもないけれど、いつもと違う場所で、いつも違う人たちと交流する。
それを盛り上げる点において、私は立派な道化になれたと思う。(笑顔こそ見せなかったが)氷空も左も流星館の子たちも、楽し気な様子ですごしてくれた。
次回「十四人の楽しい乙女」(3)。




