十四人の楽しい乙女(1)
四月下旬。上級生にはいつもの日常が戻ってきて、新入生にもゆるみが出てきた季節。誰にとっても嬉しい、今年の五月の大型連休がやってきた。
世間的には土日休みから平時の月火、それがすぎると五連休。うまいことやれば九連休で、そうでなきゃ五連休止まり。残念だけど朝女も流星館も後者である。
「みんな準備できたぁ?」
「おっけー」
「できました」
「はい」
「問題ないでーす!」
私たち朝女ドレソ部はおなじみ第二体育館に集合し、これから徒歩で流星館との五連休合宿に向かう。自転車だと氷空と左、それに向こうの子たちと第二のステージに移動するときに差が出てしまいそうだから、みんなそろって徒歩にした。
顧問に話をつけにいった恋子ちゃんによると、橋場先生は焦ったものの、いつもは顧問らしいことができていないからと私たちのチャンスを潰すことなく、関係各所の取り次ぎを買って出てくれた。ありがとう、素晴らしき橋場先生!
まあ、バスケ部も朝女で合宿らしいから、ついでの対応がしやすいのだろう。
クラスの子との世間話から得たその情報は、花にすら言わぬが花としている。
「左。問題です。成瀬姉妹は朝女も流星館も十分で行けます。では私たちは」
「二十分ですよね? 律子先輩、私のことバカにしてます?」
「ぶっぶー。葉月ん家は“三角形の角”なので、私たちも十分ですー」
「ぎゅ、ぬんぬんぬぬぬ!」
うちの後輩は不可思議な鳴き声を出すものだ。後ろ姿はちゃんと清楚なのに。
ちなみに、第二は朝女を示す三角形の角よりちょっと外側にあるから、ただしくは十分とちょっとかかる。ついでに最寄り駅の場所も足すと、私たちを取り巻く周辺図は“四角形の角”になる。実際の道の作りはそんなにロジカルじゃないけどね。
「流星館はねぇ。むぅ。ふむふむ。あっちのほうだねー!」
「恋子さん、そっちは真逆ですね」
「あちらですよね。駅で流星館の生徒をよく見かけます」
「あれぇ?」
花と氷空が正解。朝女と流星館の学生は同じ駅を利用している人が多く、私の数少ない電車通学の経験でも、あちらさんは二人の示すほうに歩いていた。
なお、両校はお隣さん同士で交流があるかというと、個人にあっても学校同士にはない。偏差値にも差がありそうなので、今後もあるかというと……うん。
大型連休だからか、私たちが行く道に流星館の学生はいなかった。
両校周辺はどちらもどっこいどっこいな住宅街だけど、流星館側のほうが閑静な空気が漂っており、緑も多く茂っている気がする。イメージが先立っているのだろうが、なんかこう一定の線から水が違うみたいなのがね。ある気がした。
それでも、知らない場所でこれから起こる、非日常的な出来事に浮き足立つ。
氷空ですら興奮しているのか、しきりにキョロキョロしちゃってるし。
「あっ、次はこっちのほうかなぁ!」
「はぁ……たぶん、あっちの建物です」
うむ。氷空はワクワクでキョロキョロしてる。そういうことにしておこう。
流星館を囲む外壁は、恋子ちゃん1.5人分くらいの高さがあった。目にできる範囲にはすべて壁があるので、おそらく全周が外壁で囲まれているのかも。
唯一見えるのは、壁の先でニョキっと空に生えている校舎のてっぺんだけ。でも一目で分かるよ。団地住宅みたいな朝女校舎が恥ずかしいくらい、きれいな白さ。
「みんなー。こっちだよーん」
「おー、姿ちゃーん」
「律子、おはよう」
「おはよう、葉月」
流星館の正門には制服姿の成瀬姉妹が立っていて、私たちを手招きしていた。
正門は休日だからか閉じられているけど、真横にある通用口はとおれるみたい。
しかしまあ……流星館の門扉だけどさ。朝女のような一般的な学校の校門にあるガラガラ―っと左右に押し引きするキャスター付きの門ではなく、周囲の壁よりもさらに高さのある、ドアのように前後に動く金属製の大型門扉になっていた。
ピカピカな黒鉄は実に高級感。これだけで世界の違いを感じ取れてしまう。
まさか、ここまで、入口の時点で敗北感があるほどの格差だったとは……。
「流星館すご……なにこの門。やんごとない教会みたいじゃん」
「行き帰りは開きっぱなしだから、とくになんとも思わないけど」
「さっすが。葉月お姉さまは違うわ」
「くす。なにそれ」
ドレソと同じようなもので、日常に紛れるとそんなもんなんだろうか。
一同は成瀬姉妹に引き連れられて、通用口から校内に入っていった。
正門から先は、白くて豪奢な校舎まで続く、麗しい大通りになっている。
校舎の前には真っ白に輝く噴水があり(今日はお休みだからか未稼働)、地面には灰色のレンガが敷き詰められていて、道の両脇には青々とした木々が立ち並んでいる。普段は友人同士で話したり、淑やかに読書とかしちゃったりするんだろうか。深い色に艶がある木製ベンチも等間隔で並んでいる。すてきすぎ。
日によってはきっと、空は青く、学び舎は白く、水は弾け、並木はせせらぎ、可愛らしい紺色の雛鳥たちがさやさやと囁きあう。そんな花園空間になるのだろう。
まるで「(よくは知らないけど)小枝律子が想像する魅力的な女子高生活」を体現しているかのような場所だ。なにをせずとも、毎日トキメキが生まれていそう。そんなことはないんだろうけど、そんなことを妄想してしまうパワーがある。
「りっちゃん大丈夫? フラフラしてるよ」
「つらい。流星館が羨ましすぎて吐きそう」
「なんで? 律子たちの朝女だって大体同じでしょ」
「ふぁー……姿ちゃんよお。あんたの姉の乙女回路どうなってんの」
「アハハ……ごめんあそばせだけど、うちのお姉さまは頭ドレソだから」
「なにそれ」
むっと顔をしかめる葉月だが、羨望の意味はやっぱり分かってなさそうで。
女の子っぽくはしゃぐ恋子ちゃん、興味深そうに目線を配っている花と氷空、朝女と流星館のギャップに叩きのめされて心が壊死してきた私と左は、校舎脇の来客用の入口でスリッパに履き替えて、白い校舎内へと進入した。
そしたらもうね。「なんか階段が曲がってる!」「なにあのテラス的なすてきスポット!」「うわあ廊下が光ってる!」「窓枠が超女の子なんだけど!」「吐きそう」とてんやわんや。無駄に何度も足を止めての道中は、もはや観光だった。
流星館ドレソ部は校舎の奥の奥、第三体育館で活動しているという。といってもうちのようにドレソ部専用とはいかず、場所の貸し借りもあるんだとか。
同じ部活動に身を置く友として、そのままならなさに共感してあげたいが、今や逆ギレの鬼と化した私は「流星館なんだからちょっとは我慢しなよ!」の形相だ。だってすれ違う教師ですら、なんかスーツがパリッとしているんだもの!
「律子先輩。私、ドレソ部で勉強して、こっちに転入します」
「やめな左。これ以上そのへん見てると嫉妬で死んじゃうよ」
「こんなとこいたら、毎日が少女漫画の世界ですよね」
「生徒会に入っちゃったりしたら、絶対なんか起きるよね」
「にくいっ……! 流星館の奴らがにくいっ……!」
「その気持ち、ドレソじゃ勝てないからそれ以外でぶつけよう」
「はぁ……二人ともなにを情けないことを」
代表して氷空が呆れてくれたが、聞くところによると黒須第一もそれなりのピカピカ学校らしいから、所詮は目の肥えた者の言葉だ。私たちには通用せん。
嫉妬の獣がグルルと高ぶってきたころ、私たちは第三体育館にたどり着いた。
ペタペタとした入口の金属扉を姿が開けると、館内の様子が目に入った。
外観や内装はわりと普通の体育館。とくに流星館チックということもない。
まあどのみち、館内四隅に立っているあの銀色ポールを起動すれば、私たちが目にするのは黒い壁に黒い床、視認性はいいけど物々しいオレンジ色の競技線、さらに青い壁のメイクオーバーエリアと、見慣れた風景になるんだろうけどね。
「真田ぶちょー、朝女ドレソ部が参りましたよー」
「お待ちしておりました。朝女のみなさん、こんにちは」
「うっひゃ、あの子だよあの子。あの大将軍みてえな偃月刀の!」
流星館の子たちは口元がやかましくも、滞りなく集合した。
それだけのなんでもない動きなんだろうに。その所作がやたら滑らかで速やか。立ち居振る舞いだけで「ああ強い人たちだ」って思い出してしまったよ。
「ようこそ、流星館ドレスソード部へ。三年で部長の真田望です」
身長は私よりも低くて、身体だって華奢に見えるけど、なんだか大きく感じる。内側にクルッと巻かれたミドルヘアが、笑顔に続いて軽やかに踊った。
この顔。覚えてる。昨年のJDSで菖蒲先輩を1vs1で制した、流星館の大黒柱だ。
「同じく、三年コンビの徳永明日香でーす。猪戸ちゃんとは去年やったよね」
「はい、お久しぶりです。といってもボッコボコでしたけどねぇ」
「相性悪いからね、しゃーなし。黒須のゆゆちゃんもそうだったろうし」
もう一人はスタイル抜群な体育会系のお姉さんって感じ。その健康的な色気は、女子高だと「そっちの意味でモテそう」と邪推してしまう。
短めの一本結びからは遅れ毛が活発そうにハネている。近づいてきて気づいたけど、前髪の一部は青いメッシュカラーで染められていた。姿が女子高生ヒエラルキーの高位生物だとしたら、そのさらに上に浮いている頂点的生物感がある。
続けて流星館の六名、顧問兼コーチだという佐羽先生、そして朝女の五名がそれぞれ自己紹介を済ませる。この十四名が、五連休合同合宿の参加者であった。
「猪戸さんには具体的なことを近々までお知らせできず、申し訳ありません」
「いえいえ、お構いなくー。私たちもお世話かけちゃうと思いますがぁ」
「構いません。言い出しっぺは姿ですが、私たちも楽しみにしていましたから」
真田さんがしっとりと笑いかけた。華やかさはあれど、そこに弱々しさはない。
ふむ、これは、部長同士の可愛さ勝負ならタメをはってるね。
合宿について事前に聞いていたのは、最初の三日間はステージごとに個別や対面の練習をし、残りの二日間で練習試合を集中的に行うということだけだ。
基本的に流星館ステージは十人、朝女ステージは四人の割り振り(選手でもある佐羽コーチを含む)。場所に気落ちするのは少数であるべきという計らいか。
朝所側は、攻撃手の要となる花と恋子ちゃんがなるべく一緒に行動し、ほかの三人は流星館側にあわせて調整する。解説役から新人のお目付け役まで、「新入部員だけど指示も出せる氷空先生」はとっても便利屋になりそうである。
なお今回の合宿でも、花×姿の組み合わせだけは唯一のNGとされている。
「では、さっそく離れ離れで悪いのですが、練習をはじめましょうか」
「はーい。朝女ステージには私と花ちゃんが行きますねぇ」
初日は両校の最大戦力タッグが朝女でひたすら打ち合うべく(いや成瀬姉妹の立ち位置は知らないんだけど)、慣れ親しんだあの場所に花と恋子ちゃん、真田さんと徳永さんが向かう。流星館側の練習になるのかは、はなはだ疑問だが。
葉月によると「望さんも明日香さんも、入学以降は対外試合をできてないから、それだけで十分だよ」とのこと。飢えた獣じゃないことだけ祈ろう。
朝女行きの四名を見送った残りのメンバーたちは、更衣室で着替えた。
やはりというか、更衣室は第二とは別物で、まるでホテルみたいだった。
次回「十四人の楽しい乙女」(2)。




