お隣さん家のお誘い(2)
ステージは練習設定から試合設定に切り替えていない。この状態では各種コールもなく、ダメージ判定こそあれど、数秒ほどすると自動でリセットされる。
なので、こういうときは「はじめー」の声でスタートして、「ブルッたー」となったら一本とするだけの、簡易的な1vs1が朝女の慣例となっている。
「それじゃあ――いくよ」
「はい」
葉月の強みは、短距離を一瞬で詰めて、一振り一振りが致命になりえる大太刀を、あらゆる角度から振り回せるところ。離れようとしても詰め寄られるほうが圧倒的に早く、近づいても絶妙な距離感覚で一方的な射程圏を維持される。
私の場合は、いつやられるか。花と恋子ちゃんの場合は、昨年冬の練習でも完封こそされなかったが、初手でやれなかったらやられる。力量の差はまだ大きい。
このステージの行く末については、正直なところ想像していなかった。
そして氷空と葉月の対面は、葉月が一方的な有利を握っていた。
寄って斬る。寄れば斬る。それは氷空の居合も同様である。
左手で左腰につけた鞘を持ち、右手は居合刀の柄の近くで浮かせる。右足を手前に出し、左足を後方に置き、じりじりとすり足で距離を詰めていく。間合いに入ったが最後、高速の居合斬りが飛んでくる。それが決まればフェイタルだ。
たとえそれで決まらずとも、流れのままに追撃、あるいは納刀して次に備える。攻防のワンセットがちゃんと確立されているので、見ていて気持ちいい。
それでも葉月の実力は、氷空に劣勢を強いた。
葉月の大太刀の剣速はどれも、氷空の居合に見劣りするところがない。
そのうえ、氷空のほうは葉月の急接近に対して、居合斬りを必殺ではなく迎撃の一手として用いらざるを得なかった。そこから強制的にソードの打ち合いがはじまってしまう。居合を使えない場面では、一方的に氷空の分が悪い。
鞘から抜かれた氷空の刀が、また鞘に戻されることは一度も許されなかった。
一本。二本。三本と。二人の対面はすぐに終わり、葉月の三連勝で幕を閉じた。
「ありがと。急にお願いしてごめんね」
「こちらこそ、ありがとうございました。噂に違わぬ流れ星でした」
「天河さんの居合もすごいよ。お姉さんとはだいぶ違うね」
「私はあの人とは違いますから。昔からこの程度です」
「そっか。もしかしてだけどさ、ドレソ好きじゃない?」
「……嫌い、ではないです」
「そっか」
えっ葉月。もしや剣を通じて分かっちゃったとか、それ系?
信じられん娘だ。ドレソ脳すぎる。
そのあとは姿が監督役になり、葉月を加えた六名でざっくばらんに斬りあった。
初心者のお遊びだと微笑ましく見ていた左の右手直剣、左手レイピアは、攻撃自体を抑制する手段のない私には意外とくせ者で、ときどきスラッシュにされた。やる気なさげにスルッと突いてくるレイピアに足を刺されるのだ。意外と器用。
当然、ほかの子たちにはまったく通用していなかったけどね。
花なんか「それやめたほうがいいよ」って、わりと率直に非難していたし。
少し盛り上がりすぎてしまい、終了予定の十七時から三十分ほどすぎてしまったころ、私たちは急いで帰り支度をはじめて、みんなでシャワーを浴びた。
成瀬姉妹は家まで十分くらいの距離だけど、昨年度のお手伝いにきてくれていたときの癖か、二人とも「あっ」と気づいたころには一緒にサッパリしていた。
それから更衣室でグダグダ喋りながら着替えていると、姿が聞いてきた。
「恋子ちゃんたちって、ゴールデンウィークどうしてんの?」
「んー、半分くらい練習してるかなぁ」
そんな練習するんですか! と左が絶望している。まあ、JDSがまもなくという実感がないだろうから普通の反応だね。私も同じようなものだったし。
その反面、氷空は勝手知ったるなのかな。平然とした顔で受け止めている。
「じゃあさ、うちで合宿するんだけど一緒にどう?」
「うちって、姿ちゃんと葉月ちゃんの家?」
「ううん、流星館」
「え」
恋子ちゃんが一瞬固まった。外野の私たちもカチッと固まった。
姿が言っていることは理解できるが、なぜ誘われることになったのかが理解できない。流星館と朝女で合宿? 中身こぼれていいサンドバック募集中とか?
曲がりなりにも部長の恋子ちゃん。頭をフル回転して聞き取りをはじめる。
「えーっとぉ、私たち五人が流星館にお泊りするってこと?」
「そっちは朝女でもいいけど。まあ一緒のほうが楽しいよねー」
「うーんとぉ、そちらの部長さんや先生方は知ってるの?」
「一応ね。聞くだけ聞いてみるって伝え済み」
「むー、いろいろ頭が追いつかないんだけど、流星館は得するの?」
「実はね。あるっちゃある」
姿によれば、流星館の選手たちにとっては交流と試合経験のために、流星館ドレソ部にとっては対外関係の実績のためにと、それぞれ名目があるらしい。
破竹の勢いの流星館であるが、学校もドレソ部もまだ新設されたばかり。意外と外部との伝手もないらしく、徒歩圏内のご近所さんは朝女くらいのもので。
「つーわけで、流星館から朝女にラブコールしようってなったわけよ」
「なるほどねぇ」
女子高ドレソ界での交流において、邪悪成分がなくなった今でも出禁扱いな朝女(なのかは知らないけど、私らも調べる伝手がないのよ)には、願ったり叶ったりの提案なのはたしかだ。そこで恋子ちゃんが意見を募ってみたところ。
「ちょっと楽しそうだよねぇ」
「叩かれまくりの連休しか想像できない」
「私は……ちょっと興味あるかもです」
「私は部長の指示に従います」
「やったー! 流星館ってあれですよね? ちょーお嬢さま学校の!」
うちは乗り気が優勢か。いや私もそこまで拒否感ないけどさ。
マジで。参加者総出で叩かれるゴールデンウィークしか想像できないわけさ。
これまでの経験上、ドレソ選手というのはソードの斬り合いには慣れていても、一方的に斬り続けていい相手は未知で、その快感にも抗えないみたいだし。
「流星館もなんだかんだね、新入部員を入れても同じ面子で4vs4だからさ」
「うちはできても2vs2だし。まぁ、ありなのかなぁ」
「それとさ、人数もそうだけどステージも」
「っていうとぉ?」
「流星館と朝女の二ステージを使えれば、効率的に練習できそうだねって」
んん。ステージってそんなに必要? 一個で十分じゃないの?
という私の「よくわがんにゃい」って顔を見て、葉月が補足してくれる。
「個人練習とか二人同士の対面練習とか、八人でメニューを混ぜこぜにするとさ。わりとステージってせまいよ。周囲に気を配る必要もあるし、意外と気が散る。だから、うまいこと朝女を利用して練習メニューを切り分けられないかって話」
なるほど。そりゃあ、朝女ドレソ部には未知の領域ってやつだ。
葉月も臆面もなくストレートに伝えてくれるから、納得もしやすい。そのあと「こら葉月!」と姿に怒られていたけど。そしたら、ムスーってしてた。
「流星館って、そっちの部員もこっちの部員も全員泊まれるの?」
葉月に尋ねる。ステージで雑魚寝だったら、さすがにごめんだし。
「部活棟がある。心配ないよ。なんなら私の家でもいい」
「葉月ん家か。それもいいね」
「今度来る?」
「成瀬姉妹をぶっ飛ばしたら、お呼ばれされようかな」
「ふふ。それでも手加減しないよ」
軽口のつもりで発した条件だけど、ふむ。これはめっちゃ難題だ。
「事情は分かったー。学校との相談もあるから、返事は今度でいいかなぁ?」
「おっけー。三週間くらい先の話だし、考えてくれるだけで嬉しいよ」
恋子ちゃんはとりあえず話を切り上げた。単純にお喋りしすぎて、一八時をすぎてしまっていたから。自転車組は暗いほど危ないし、電車組の氷空と左も裏門が閉まっているこの時間帯だと、学校をぐるっと大回りしないと駅に向かえない。
朝女生徒じゃない成瀬姉妹だけが十分で帰れるって。ねたましー!
四月初めとあり昼は暖かくなってきたが、夜はまだ肌寒さが残っている。
できれば黒セーラーではなく、ジャージや運動着姿で自転車をこぎたいところだけど、朝女の校則は制服着用厳守。仮にそれを破っても、制服を丸めて鞄の荷物にするほうがもっとぐちゃぐちゃになりそうだから、私たちは諦めている。
自転車組の帰り道は、街灯がないところは避けている。けれど基本的に田舎方面なので、キラキラな道中とは言いがたい。でも悪路やアップダウンはないから、部活帰りの足でも朝の通学よりペースを落とせば、今はそれほど苦しくない。
恋子ちゃんとの帰り道は、最初の十分くらいは同じ道で、そこから分かれる。
もう一人の先輩がいたときも、別れるときの道は同じだった。
チャリン。ピッ。ガタンゴトン。
そんな私たちの帰宅開始ちょっとのところには、メジャーな飲み物が一本もラインナップされていない、田舎あるあるの不思議な自販機がある。
そこに併設されている小さな休憩所は、第二体育館に負けじとボロボロ。ジリジリと音を鳴らしながら夜を照らす裸電球は奇妙だし、青いベンチの足もガタガタと揺れる。私たちはたまに、そこで他愛ない五分ばかりの時間をすごす。
一〇〇円硬貨が一枚で買えるトロピカルフルーツティーサイダーは、最近の花のお気に入りドリンク。結構甘いけど、なかなかイケることは体験済み。
ここ数年、デジタル円を使えない現金のみの支払いというのは世にも珍しくなってきたから、私も自転車通学のおかげで久々に生のお金に触ったものだ。
缶ジュースを開けた花は、一口だけ飲んでのどを潤し、一呼吸したあと。
「恋子さん、りっちゃん。私、流星館との合宿に行きたいです」
ドレソをはじめてからこの一年、花は自身の主張をこうやって口にすることが増えた。自信がついてきた挑戦者なりの心構え。私も見習いたい。
「うん。花ちゃんはそう言うかなーって。リッコちゃんもでしょ?」
「軽口は叩いたけどね。この機会は逃すべきじゃないでしょ」
「そうだねぇ。三人とも成長したし、氷空ちゃんも含めて試したいよね」
「意義なーし。左も流星館で釣られてるから問題ないだろうし」
もともと無知なムードメーカーは私の役割だったけど、女子高生を一年もやると大人になるものだ(私比)。それに過去の自分を褒めるわけではないけど、左のようなドレソ初心者がいてくれると、ドレソを振り返るいいきっかけになる。
すでにドレスソードに慣れてしまった私たちには、あのころ感じていた危険性や課題点がすでに知識になってしまい、感覚として捉えられなくなっている。
だから「ぎゃああああ」とうるさいのは難点としても、外の世界からやってきた左の反応に私たちは救われる。うん、ドレソって変だよね。そう再確認できて。
「んじゃ、ゴールデンウィークは流星館に乗り込みますか」
「姿さんたちもだけど、部長さんたちも気になるもんね」
「たださぁ。個人的にはちょっと怖いこともあるんだー……」
あら、朝女きっての処刑人らしからぬ反応。なんとなく分かるけどさ。
流星館は強いよね。間違いなく強い。氷空の実力はまだ未知数だけれど、先ほど葉月に完封されてしまったようにパワーバランスは想像できた。今の私たちでも昨年のJDS地区大会と同様、抗えたとしても蹴散らされることは明白だろうね。
それでも怯える必要はない。流星館を倒す必要はない。倒されずに地区ベスト4に上がれればそれでいい。消極的だと笑われようと私のターゲットは白鳴だけだ。
まだ具体的な勝ち筋どころか、新生白鳴からどのような選手が出てくるのかも知らないけど、流星館からはそれまで、うまい汁を存分に吸わせてもらおうじゃないか。なにも知らずとも、やっておいて損になることは絶対にありえない。
仇討ち人。盗っ人モンスター。処刑人。ドレソに萎えてる妹に、うるさい新人。
パーティの面々はひどいもんだけど、できる範囲で勝つためには全力だもの。
「怖がることないって。対策なんてされてもべつに構わないし」
「そうですよ。それより試合経験のほうが大切だと思います」
「あーうん。そういうのはいいの。分かってるぅ」
「んじゃあ、恋子ちゃんはなにが怖いわけ?」
「流星館を第二体育館に招いて、堂々としていられるかがねぇ……」
「ああー……」
「んんん……」
それは、ちょっと、怖いかも。乙女の自尊心はそこまで頑丈じゃない。
次回「十四人の楽しい乙女」(1)。




