お隣さん家のお誘い(1)
いくよー。ゴォン! ぐぎっ。
いくぞー。ギィン! こんのっ姿勢がずれる!
いくねー。パキッ! フェイントだ! 構えろ構えろっ!
いっけー。ゴォォォン! いぎぎぎぎっ! バカ恋子ちゃんっ!
身を守るだけというのはなんと儚いものか。相手が攻撃してこないと知る者は、己のペースでソードを振る。やられないと知っているから、いっそ安心して斬撃している。まるで自分の力を最大限試してみるかのように。
相手のソードを受ける、崩される、フェイタルされる。それが防御側の覆せない理だ。私の場合、お相手のご自慢の連撃を許してしまうならば三回、いや二回目あたりの斬撃で決め手を準備されないよう、流れを断つ方法が求められていた。
「ソラぁ、律子先輩やばない。死んじゃいそうだけど」
「死にはしないよ。ドレスソードだもの」
「ぎゃあ、痛そ。腕が飛んじゃいそう」
「まあ、それくらいなら」
いやないから。ないと思いたい。いくら恋子ちゃんでも……ねえ?
大撃腕部長との対面練習には慣れたもので、立ち合いながら周囲に目線を配り、外野のやじに耳を傾けることもできる。てゆうか、する必要も出てきた。
朝女ドレソ部には現状、司令塔がいない。だから戦闘技術とは別の方面を養っておくのも決して無駄にならない。一番余裕がありそうなのも私だし。
一応、けん制中に周囲を見られる花。大物ソードゆえに駆け引きが硬直しがちな恋子ちゃん。初手の居合に神経を注ぐ氷空。みんな息つく暇もない肉弾戦タイプじゃないけど、かといって攻撃手にそれを委ねると、私の立つ瀬もなくなろう。
「手ごわーい。盾で光刃を叩かれると次が振りづらいよぉ」
「偃月刀の重量だと、こっちもしのぐだけで精一杯だけどね」
「でも、リッコちゃんをフェイタルするのがだいぶ難しくなってきた」
「そりゃ、恋子ちゃんは世界中の誰よりも私のことぶっ叩いてるから」
「えへへ」
可愛い。可愛いけど、ステージ内の恋子ちゃんはやっぱり可愛くない。
思えば、昨年の地区一回戦で戦った南千里のダメープリンセスこと榎本さん以外、私の対面に立ってきた相手は中量・重量級のソード持ちばかりだった。
だから、おおよそソードも筋肉でできていそうな恋子ちゃんや黒須第一の金森さんのようなスタイルは、この一年でだいぶ慣れてきたと言える。
その反面、葉月と海音さんはもはや人外枠としても、鋭い一撃や手数で決めてくる相手との対面経験は薄い。だから、花や氷空は私には天敵となっていた。
新生ドレソ部がスタートしてから約一週間。この二人にはよく対面相手を頼んでいる。花のゆらゆらと揺れるエストックの剣先には、かなり苦戦中。それに惑わされると、三手もしないうちにきっさきが盾をすり抜け、抜かれてしまう。
金森さんのような盾叩きに付き合わない慎重な相手は、ほんと厳しい。
氷空も当初は、盾受け専門の物珍しい私に面食らっていた(専門じゃないんだが)。しかし先手の居合斬り、そこから流れるように派生するいくつもの連続攻撃のパターンのひとつで大体落とされる。防ぎきれても、まだワンセットが山だ。
「ソラぁ。手加減してねー」
「うん」
「あと刀も抜かないでねー」
「……それだと攻撃できないよ」
ステージの傍ら、完全なドレソ初心者である左は現在、ソード選びの最中だ。
今日はソラみたいな刀でやるー。今日は花先輩みたいな刺突剣でやるー。律子先輩と恋子先輩みたいなのは……いいや、って感じ。毎日の服選びみたいに。
服と言えば、氷空は日本人形みたいな女の子だから、ドレス版の黒セーラーもよく似合っている。つっても、朝女ドレスには罰のような学校指定のオレンジジャージが付き物だから、素材同士の可憐さを滑稽な上着が殺しているんだけど。
ただ、氷空は抜刀術に邪魔だとジャージの袖に腕をとおさず、桜花女子の桜羽織のように肩がけで着こなしているから、居合のときに袖がバサッ! となってよく映える。やっぱ強い人たちって、ドレスの着方に理由があってカッコいいわ。
反対に、左は私と同類だ。まぎれもなく田舎女子高生の芋っぽさ。仲間仲間。
ガン。ガキン。ガンガンガンと、ステージ中央から剣戟が鳴り響く。それは左のシンプルな直剣による振りを、氷空が居合刀(鞘付き)で受けている音。
基本的に「鞘」というのは、居合などのソード事情でもなければ着装する人はいないらしく、忍者刀アヤメ用にと、後ろ腰にソードホルダーを付けている私からしても新鮮に映った。鞘は光刃ではなく実体だから、ソードとの衝突音も少しくぐもって聴こえる。当然、試合中に相手を鞘でぶったら即退場だ。
「いい感じ。左、振り方は昨日教えたみたいに」
「頭は覚えてるけど、右手が覚えてなーい」
「もしかして左って、左手が利き手?」
「左ちゃんの利き手は右手ですー」
聞いているだけで脳トレになりそうな会話だ、ややこしい後輩である。
氷空は基本的に、自分からガツガツと練習するような姿勢ではなく、今のところは左のお世話、ついで私たちの先生として教える側にいることも多い。
彼女の知識はそれはそれはたいしたもので、部長の恋子ちゃんを差しおいて朝女ドレソ部のブレインと化している。頼りない先輩たちの頼れる後輩なのだ。
それゆえ上級生三人は、誰がクイーンをやるべきかに悩んでいた。
「やっぱ、クイーンは氷空かな」
「うん。私もまだ攻撃偏重だから」
「私も花ちゃんも、やるかやられるかだしねぇ」
集団戦の要は人数差を作ること。かといって、やられたらラウンドを取られるクイーンの役割も軽視できない。どうせなら腕達者な選手がやるべきだ。
ちなみに、ユニークな意見を持っている人もいるようで。
「個人的には、リッコちゃんもありだと思うけどー」
「あっ、私もです」
「ええ、なにゆえ?」
「前に言ったけどさぁ、防御重視のクイーンもなくはないから」
「相手に抜かれないって意味では、りっちゃんが一番心強いよ?」
「私が心細いよ。相手クイーンを倒せないクイーンって、それもう」
それもう、いつやられるかを期待されるだけのラッキーな的でしかなくない?
「うーん、直剣って振りやすいけど、突くには重いね」
「じゃあ刀にする? それとも昨日のレイピア?」
「うーん、私的には……こっちかな!」
舞台の傍らで上級生らが頭を悩ませていると、左が左手にレイピアを持った。
右手にはそのまま、デフォルトオブジェクトの直剣を握ったままで。
「ソラぁ、これでよくなーい? 右手で斬れるし、左手で突けるよ」
「二本持つの? 二刀流はさすがに実戦的じゃないよ」
「いいじゃん。ドレソ界にはこれまで私という逸材がいなかったわけだし」
「はぁ……型が定められているわけじゃないから、左がしたいならいいけど」
左については現状、集団戦の補欠選手であり、出場選手には数えていない。
同じく完全ド素人としてJDSに出場した私、花、恋子ちゃんが、こんな贅沢でちょっと申し訳なくなる選択をさせられるとはね。入部してもらっておいて本当に恐縮の至りだが、同じ部の先輩としては決断するほかなさそうだ。
それに左にしても現状は「じぇーでぃーえすー?」「お肉かなんかですか?」「ああ、あの夏の大会」「あれですよね。ドカーンプリンスだったかなんとかの」といった具合で、昨年の誰かさんのように現実感はないみたいだし。
十六時ごろ。練習もあと一息。残りラストスパート。
ってときにお客さんがやってきた。といっても、見慣れた常連だ。
「お邪魔します。律子」
「葉月。どったの」
「今日は練習が早かったから。例の子を見たくて」
お隣さんの流星館女学院から、葉月と姿の成瀬姉妹が第二体育館に訪れた。
紺ブレザーと青シャツは練習終わりに着替えたからか、少しよれている。
「花ちゃん、おひさー」
「お久しぶりです、姿さん」
「ねえ、メッセージで言ってた天河妹ってあの子?」
私と葉月の淡白な関係に対し、花と姿はちょこちょこやり取りしている(べ、べつに羨ましくはないけどね)。その流れで新入部員のことも教えていた。
二人は氷空のことを認識すると、彼女にすたすたと近づいていって。
「こんにちは。隣の流星館の二年、成瀬葉月です」
「妹の姿でーす」
「はじめまして。朝女一年の天河氷空です。お二人の噂はかねがね」
「そう……天河海音の妹さん。本当にいるんだ」
「顔は似てるけど、顔つきは別物だねー。氷空ちゃんのほうがモテそ」
「はぁ……私は海音姉さんと違って、とくに知られていませんので」
事実、あの狂剣こと天河海音を女子高ドレソ界で知らない人は(初心者以外)いない。だけど、妹がいることを知っている人は多くはないみたい。
それもまた、彼女の肩の荷物なのだろうか。そして氷空の独白を聞いてからというもの、ミーハーな私は彼女にどんどん甘くなっているのを自覚している。
「すげえ、ソラ。やっぱ有名人なんだ」
「だから有名じゃないって。左、ちゃんと聞いてた?」
「じゃ、そっちがもう一人の新入部員さんか。お名前はー」
「は、はい。右野左と申します!」
「えっ、右の、左。うん?」
私たちもどうこう言えないけれど、左の「ハハハ」って感じの死んだ表情を見ていると、そろそろ同情を禁じ得ない。葉月もハテナ顔だ。可愛いらしいこと。
彼女たち流星館のドレソ部は今年で設立三年目。部の中心である部長の真田望、副部長の徳永明日香、主力の成瀬姉妹に加えて、二年生が二人、一年生も二人が入部して合計八人所帯になったらしい。さすがスター校。大盛況だね。
しかしながら、私たちもスタメンの悩みを抱えている状況だ。一口に羨ましいとは言えない。それもこれもドレスソードの大きいようで小さいところが悪い。
葉月は挨拶もそぞろに、氷空におねだりをはじめた。
予想はしていたから、なんて言うのかも分かった。ほら、当たり。
「ねえ、天河さん。今から打ち合ってもらっていいかな」
「えっと……恋子さん、どうすれば?」
「氷空ちゃんがいいならいいよ。うちで構ってくれるの流星館くらいだしー」
「はぁ……」
「決まりだね」
ガバ。ヌギ。バサ。ちょっと葉月さんよお! あんた男子高校生かっ!
葉月はそもそもやる気だったようで、氷空の返答を聞くや否や恥じらいもせず、その場で豪快に制服を脱いだ。墨色の長髪は衣服に引っかかることなく、滑らかに布地を撫でる。下に着ていた薄い青色のスポーツウェアも、もう見慣れたもの。
けど、はしたない! はしたないですわよ! 葉月さん!
目線で抗議しても「なに? なんか言いたことでもあるの律子」って感じで涼しい顔してるし。前から思っていたが、この子は根が男子みたいである。
「姿さんはいいんですか。氷空ちゃんと戦わなくても」
「いきなり二人とも対面ってのはね。同地区として礼儀なさすぎでしょ」
さすが、妹っぽい姉の姉っぽい妹さんはきちんとしている。
自慢の赤茶色のストレートヘアも艶めいていて、パーフェクトな女子力だ。
我が家のごとく堂々とステージに入る葉月。しぶしぶといった感じでついていく氷空。私たち野次馬の五名もそれを追っかけた。
ドレスソードではドレスを着装しなくても、ステージに入ること自体に支障はない。そのため、野次馬のなかで姿だけは制服姿のまま。
なお、流星館の暗い青色のハイネックショートコート。ワンポイントな檸檬色のカットソー。ボーイッシュな紺色のショートパンツ。右手と右肩に光る銀色のアーマー。例の流星館の青×紺ドレスを間近に見た左は、「どうゆうことですか! なんでうちのドレス、あれじゃないんですか!」とぎゃあぎゃあうるさかった。
次回「お隣さん家のお誘い」(2)。




