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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(春)
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右も左もやかましく(3)

 ぎゃあああ。ぎゃあああ。面白うるさい声を背中に浴びながら、裏門をとおる。

 まもなく満開の桜並木が見えてきて、背中のあたりが静かになってきた。


「わあ、桜すげー」

「あなた一年生?」

「今それ聞きます? そうですが」

「そ。私は二年。小枝律子先輩ね」

「自分で先輩って。それより手を」

「あなた名前は」

「なにこの人……右の左です」

「えっ、右? 左?」

「だから右の、左です」


 咄嗟に左右を振り向いた。そこには、たくさんの桜の花びらが降り注いでいる。

 木の枝にしがみつく花びらの残量を考えると、今週で桜並木も営業終了かな。


「うん、桜だね」

「いやだから、私の名前です」

「え、なにが?」

「だからっ! 苗字が“右野”! 名前が“左”ですっ!」

「みぎの、ひだりさん?」

「……笑わないでくださいよ?」

「いや笑わな、ぷふっ」

「ほらあ! もうっ!」

「ごめんって。左さんか。可愛い名前だ」

「もういいです。いつもこうですし。諦めてます」


 右野左さん。“枝と技の読み間違い”より、よっぽど高難度な子がいたものだ。


 左さんは案の定、新入生の自己紹介でも周囲にハテナ顔をされて、一人だけ黒板に名前の漢字を書きにいったのだとか。ご両親の命名エピソードを聞いてみたいところだけど、場合によっては「ぎゃあああ」とうるさそうなのでやめといた。


「左は部活、もう決めた?」

「いきなり呼び捨て……」

「おっと失敬。でで、左は決めた?」

「なんだこの先輩……」

「こっちは律子先輩でいいよ。ででで、部活は?」

「もうなんなの……まだ入ってませんけど」


 私も菖蒲先輩や葉月のことを言えないな。でも一目見たときからこう、波長がピンッとこの状態に合ってしまったから、いまさら礼儀ただしくはやりづらい。


「ふーん。朝女は部活入部が必須って知ってるよね?」

「そう聞いてますが」

「入りたいのあるの?」

「いえ、とくには」

「じゃあ決まりだ。ようこそドレスソード部へ」

「はあ? あっ、律子先輩もしやドレスソード部の人!」


 左のツッコミと同じタイミングで、私たちは第二体育館にたどり着いた。

 そういえば最近は感覚が麻痺していたから、彼女の反応も久々だった。


「え、なにここ。きったな。廃墟ですか?」

「ここが第二体育館です」

「え、うっそ。屋根も壁も剥げてますよ?」

「それが第二です」

「え、うそですよね? 第二って新しいって意味じゃないんですか?」

「いいえ。ここが第二です。現実です」

「え」


 すっごいひいてる。それはよく分かる。私と花もそうだったから。

 彩りだけ見れば豊かなんだけどね。ほら、窓ガラスだって三色だし?


 なんて思いながら目線を下げたとき、私自身のミスにも気づいた。第二の前にはすでに花と恋子ちゃん、天河さんが集まっていた。

 三人とも朝女伝統の古風な黒いセーラー服だから、不良女子高生がたむろっている不健全さはないけど、背後が廃墟じみているからホラー映画の一幕みたい。


「リッコちゃんおそいー、ってそちらは?」

「右野さん。もしかしてドレソ部に?」

「あれ、天河さんもドレソ部なの?」

「天河さんは左のこと知ってるの?」

「右の、左? んんん……?」


 五者五様のハテナが正面衝突を引き起こした。



 私たちはひとまず、この子が右野左さんであること。左が天河さんと同じ1-Bのクラスメイトであること。左が第二体育館に興味がある=ドレソ部に興味があると解釈してここに連れてきたこと(横でぎゃあぎゃあうるさい)を共有した。


「まあまあ、外だとなんだしさぁ。まず中に入りましょー」


 たしかに。部長のほわほわした声に従い、すでに脇に寄せられていた進入禁止ロードコーン君の横をとおって、私は第二体育館の入口の鍵を開けた。


「ささ、左もどうぞ」

「どうも……どうも?」


 館内履きに履き替えるときに発覚したが、左は校舎内を歩くための上履きのままだった。それと花に「りっちゃん自転車は?」と言われ、私は相棒を校庭に置きっぱなしだったことに気づいた。左も混乱しているが、私も相当だったようで。


「おお、館内はこぎれい」

「みんなそう言う。天河さんも昨日思ったでしょ?」

「はぁ……まあ」


 天河さんが目をそらしつつ、言いづらそうに同意した。


 ふむ、こういうノリにも乗らないか。昨日は経験者ってことに浮かれて練習からはじめてしまったものだから、彼女の人となりに向き合うのは今日が初と言える。


「りっちゃんは右野さんとは知り合いなの?」

「ううん。さっき会ったばっか」

「でも、ずいぶんと仲がよさそうに見えるけど……」

「あれだ。新入部員を見つけた菖蒲先輩のノリだと思って」

「ああ、そういう」


 これだけで伝わる、かの先輩の偉大さよ。それとついでに。


「てゆうか天河さんも、氷空って呼んでいい?」

「べつに構いませんが」

「じゃあ氷空で」

「はい」

「私は氷空ちゃん、左ちゃん派かなぁ」

「私も、そうさせてもらおうかな」

「左派って、なんか怪しい響きだねえ」

「ちょっと! 人の名前で変なことをっ!」


 四人から三人、三人から四人、次いで五人となると、館内もなかなか賑やかになってきた。とくに左は、菖蒲先輩とはまた違った意味でうるさいし。


 右野左にはあらためて、ここが朝女ドレソ部の活動場所であること、ドレソ自体のこと、イメージと現実のギャップのこと、そのほか諸々を教えた。

 強引に連れ去られてきたにもかかわらず、話はちゃんと聞いてくれている。


「そもそもなんだけどぉ。左ちゃんってドレソに興味あるのー?」

「いえ。昨日のししど……恋子先輩の説明が変なのーって思っただけで」

「あれかぁ……まあよし。とりあえずやってみよっかー!」

「えええ! 嫌です! すごい痛いって言ってましたし!」


 ぎゃあぎゃあとわめく左だが、押しには弱く、即座に着替えさせられた。

 ちなみに部活着は花の予備分で間に合わせた。そこまで考えが及んでいなかったけど、場合によってはあの夏の悲劇になりかねなかったか。危ない危ない。


 左の様子は、まるで昨年の私のようだった。私も当時のインストラクターを思い出しながら可愛い後輩を一方的に愛でる。リアクションが一々うるさいが。


「ぎゃあああ! なんだここ! なんだここ!」

「ぎゃあああ! 服が! 服が生まれてる!」

「ぎゃあああ! だっさ! この服だっさ!」

「ぎゃあああ! 剣が! 死ぬ! 殺す気か! 死ぬぅぅぅ!」

「ぎゃあああ! 処刑される! 処刑される! 殺されるぅぅぅ!」


 今日の恋子ちゃんのハーフアップは、編み上げばっちりだからね(合掌)。


 それにしても私たちのノリというか、右野左という女の子のせいかな。この子はなんていうか弄りたくなる雰囲気があり、あの花ですら弄る側に回っている。


 なんて思いつつも、ドレスソードに驚愕しながらもシリアスさに気圧されないその姿は、やっている側の私たちにとっては嬉しいものだ。「ドレソなんて所詮、こんな絶叫アトラクションみたいなもんです」って言われているみたいで。


(ってことで、氷空のほうもだね)


 ドレソ部がワキャワキャな混沌状態にあっても、氷空はやはりというか物静かで寡黙だ。葉月の系統ともまたちょっと違う感じで、お堅い距離感を感じる。


 あんま左ばかりを面白がってもてはやしていると、いずれ「ぷくー」って膨れちゃうかも(そんなイメージできないけど)。そもそも、天河氷空にしてもまだまだ教えてもらいたいことが山ほどあるのだから、話し合いは急務と言えよう。


「ぜー、ぜー、花先輩は殺す気だし、恋子先輩は論外だし、ぜー、ぜー」

「大撃腕部長はうちの通過儀礼だから」

「だからぁ、それー、もー」

「氷空ちゃんは、恋子さんみたいな大型のソードには慣れてるの?」

「いえ、私もここまで大きいのはあまり。持てる人も限られますから」


 大根十本分は、普通の女子高生には荷が重い。といっても。


「昨年の黒須第一も似たようなもんだったけど。海音さんとか金森さんとか」

「そういえば、律子さんはあの二人と対面していましたね」

「見てたんだ?」

「ええ、まあ」


 自分なりにうまく誘導できたと思う。ここがカードの切りどころだろう。


「あのさ、氷空はなんで朝女に? 黒須って大学までエスカレーターだよね」

「……あまり、黒須にいたくなくて」

「ど、どういう意味? その、言いたくなければいいけど」

「……私、海音姉さんほど強くないんですよ」

「ドレソが?」

「ドレソも、です」


 彼女は私から視線をそらすと、二階の窓のほうに目を向けて、ガムテープと暗幕と埃の三色で彩られた窓ガラス群に目を細めた。み、見ないでほしい……。


 右側頭部にある、もみあげの編み込みが地面に向けて垂れ落ちる。あご先くらいの長さの後ろ髪は、重力に引かれて宙で踊った。伏し目でもなく、負い目もない。凛としたまっすぐな視線のまま、天河氷空は話しはじめた。


「私、ドレソが好きではないんです。うちは武道の家系でして、海音姉さんが期待されていたので、そのついでに私も嗜むことになっただけで。習い事……そういう感覚でしょうか。義務と惰性の中間、みたいな。でも黒須第一にいたら、私は天河海音を期待されてしまう。海音姉さんは今年から黒須第一大学ですし。あそこにいたら私は外野の声に耐えられないと思って。家から近場の朝女にしたんです」


 天河氷空は、天河海音ほど強くない。三年間クイーンに君臨した姉の栄光を背負えるほど、私は強い妹じゃない。小さいころからずっとそう――と。

 それが癖なのか。氷空は右手の人差し指と親指で、もみあげの編み込みを摘まんだり、弄ったりしながら、とうとうと語ってくれた。


 その間、私はというと……ぐええ。すごい火傷じゃないが、藪から蛇だった。

 事情がまったく分からない左も含めて、私たち四人はその場の雰囲気にのまれて、顔ごとシリアス方面へと叩き落されている。お、重い。空気が重い。


 優れた親族に抱えるコンプレックス……というのは正確じゃないのかな。

 彼女は口にしたとおり、ただの習い事にうるさく言われるのを嫌ったのだろう。


「氷空はそのお……ドレソやりたくない?」

「やりたいとまでは思っていない、くらいかもしれません」

「でも、自分から入部しに来たよね?」

「私にできることなんて、ドレスソードくらいですので」

「うーん、難しい線引き」

「すみません。もし失礼なら、入部の件も一度」

「それはダメ。もうやめさせませーん」

「はぁ……」


 思春期の最前線にいる私たちに正論の答えは届かない。私だってそれを今後の目標にしちゃっているくらいだから、無理な説得もお節介というものだろう。

 即日解決とはいかなそうだ。とりあえず、ゆっくり付き合っていくべきか。


「まあ、氷空の好きにしたらいいよ。ドレソは逃げないし」

「すみません」

「いいって。でで、左はどうする?」

「ぎゃ、ここで私。ちょっと氷空みたいなドラマないんですけどお……」

「普通ないから」

「うーん、私はなんというか、うーん、急に連れてこられただけですしい」


 急にうっとおしい感じでクネクネしはじめた。花以上に無理やり連れてきた身だからこれ以上強くは言えないけど、まんざらでもないのは分かる。

 せっかくすぎるほどの釣果だ。まんまと逃す手はない。あと一押し。


 この小技のリッコはねえ。そのための小技をとうの昔に考えついているのだ。


「ところで左ちゃんよ。お勉強のほうはいかが?」

「えっ、まあ、見てのとおり、ゆゆ優秀ですよ」

「ふーん……氷空は?」

「朝女に来てから偏差値を下げるのは失礼なので、きちんと修めます」

「すばらしき。でね、左ちゃんよ。私は正直やばいほう」

「律子先輩は見るからにそうでしょうね」


 失礼な後輩だなもう。でも突破口は見えた。あとはぺルセあるのみ。


「そんな私にも花と恋子ちゃん、この二人がいれば道が開けます」

「……ど、どういうことです?」

「優秀な生徒が多いドレソ部に入ると、もれなくテスト勉強を見てくれます」

「……ゴクッ」

「そのおかげで、こんな私でも赤点を取ることはない。しかも左には氷空もいる」

「……つ、つまり」

「ドレソ部に入ると、テストの点数がアップします」


 左の視線が氷空の顔を、花と恋子ちゃんの顔を見て、私の顔に戻ってきた。

 当たりどころがよければいけるだろう。そして、これは、決まったな。 


「……は、はいろっかな~、なーんて」


 春一番のフェイタルが炸裂。朝女ドレソ部は史上最大の部員五名になった。

次回「お隣さん家のお誘い」(1)。

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