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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(春)
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右も左もやかましく(2)

 二年生になって初めての世界史の授業は、筋肉ムキムキの強敵に見えた。

 これからは数学と同じくらい、私の期末テストの大敵になると予想させられた。


「律子はね、できる暗記とできない暗記の差が大きすぎる」

「千恵さま、千恵さま。今年もきたる時期に、どうか哀れな私に知のお恵みを」

「ぬー。それにはパティシャロンを二回、我に献上する必要がありますが?」

「ええー、二回はでかいって。一週間は学食に行けなくなるじゃん」

「先払いは春苺の夕焼けパイ。後払いは夏のマリンムース。それで手打ちね」

「ぐぬぬぬぬ、横暴なご友人ですこと!」

「ご友人ゆえにですわよ」


 今年は隣の席じゃないけれど、同じ2-Cのクラスメイトにはなれた瀬川千恵より、朝女の表門側から出てすぐ近くのケーキ屋さん「パティシャロン」を二回奢らんと、もう勉強教えてやらんぞ嬢ちゃん? といった恫喝を受けている私。


「それに私だけじゃなく花ちゃんのぶんも当然だし、計四個かな?」

「千恵さま、千恵さま。しんでしまいます。私がしんでしまいます!」

「それほど重いことなのです。あんたの頭を請け負うってのわねー」

「ぐぬぬぬぬ、今に見てらっしゃい!」

「できればそうさせて」


 今日のところはジャブとして、「また明日ねー」の意の捨てセリフで退散した。これは花から攻略しつつ、千恵に温情を強いる形がベターか。


 朝女の校舎は、私いわく「団地住宅っぽい」の声に応えるように、生徒たちは無機質な四角い一棟に押し込められている。ところどころ純白さが剥げている白い壁に、上履きがキュッキュと噛む緑色の廊下、その道なりに一学年の計4クラスが隣同士で並んでいる。専門科目の部屋などは主に、一回り小さい別棟にある。


 この校舎で生徒が唯一誇れるのは、窓ガラスを磨かれていることだろうか。

 朝女ではどの学年のどのクラスも、掃除の時間になると教室外の窓ガラスを念入りに拭く。それらは薄ぼんやりとだけど、日差しの具合によって鏡になる。


 女子高生にとっての鏡は、武士の刀に通ずるものがあるので、どのクラスの子たちもさりげない窓ガラスのチラ見で「かわいい私が維持できているかどうか」を確認できるよう、競いはしないもののピカピカに磨いている。

 朝女生徒の伝統芸らしいそれが唯一、私たちが誇れる淑女っぽさなのである。


 下り階段に到着すると、手すりに右手をかけながらリズミカルに下りていった。

 校舎の構造は一年生が一階、二年生が二階、三年生が三階と安易なものなので、今年からは階段の上り下りが少し増えている。体力作りにいいような、といっても日常生活でフルパワーなことはそうはないから、よくもないような。


 今日はこれから部活だが、花は残りの日直仕事、恋子ちゃんが天河さんの(一応の)お迎えのため、私が第二体育館の一番乗りとして鍵を開けにいく。

 鍵は菖蒲先輩が取りつけた約束のとおり、部活終わりに持って帰り、毎朝必ず職員室に預ける決まりを今年も維持することができた。感謝感謝だ。


 今後の鍵の取り扱いは原則、恋子新部長の役目になるけど、さすがに三年生だしね。進路とかいろいろあるはずだから、私と花も分担することにした。

 だから、一人でなんでもかんでもやっちゃっていた菖蒲先輩って、思い返すと、わりと絵に描いたすごい人みたいだ。


 コンコン。ガラガラ。失礼しまーす。


「あら小枝さん、どうしたの。勉強のこと?」

「いえ、ドレソ部の鍵をと。今年から猪戸と日影と小枝の三人でやりますので」

「ああそう。笹倉さんみたいに一人だと大変だものね」


 昨年まで私と花の担任だった橋場美江先生は、キリっとした眼鏡の奥の厳しそうな視線はそのままに、すぐさま納得してくれた。初めて会ったときは固くて怖そうな印象だったけれど、昨年1-Dにいた生徒たちは知っている。


 橋場先生は見た目と違い(自分でも気にしているらしい)、柔らかくユーモアのある人で、教室内を和ませるのも得意だった。怒るときは怖いけどね。


「第二はどう? 春休み中に視察はしたけど、酷いものね」

「外見だけですよ。私たちは中身で勝負です」

「あら、いいこと言うわね」

「橋場先生のほうはやっぱ、今年もバスケ部であれですか」

「そうねえ……ドレソ部には悪いけれど、昨年より気合入っちゃってて」


 橋場先生は今年も、バスケ部と兼任でドレソ部の顧問を担当している。

 であるからにして、今年も顧問のフォローはあまり期待できそうにない。


 バスケ部のほうはなんでも、昨年の卒業生の遺志を継ぎ、さらにパワーアップした女バス選手たちが乙女とは言いがたい鼻息で猛練習に努め、それにつられたOBや保護者たちから募金が集まってきているなど、なかなかのご盛況ぶりらしい。


 シチュエーションだけなら、うちもそんなに大差ないはずだけど。悲しいかな。これが実績の差というものだ。それくらい分かってますよー。


「去年のJDSは本当に失礼しすぎたから、さすがに手を考えるわ」

「だと助かります。必要なことはあまりないけど、必要になると困るので」

「職員室も騒いだからねえ。現場責任者がいないのに大会に出てるって」

「その節はご迷惑を……あれ、おかけされたのは私たち部員では?」

「このとおり。大変恐縮です」


 ぺこり。橋場先生がお茶目に頭を下げる。


 私たちが昨年のJDSで職員室を騒がせたことは、まだ記憶に新しい。

 菖蒲先輩は出場申請をしっかり済ましていたので、問題は「まさかドレソ部が勝つと思ってなかった」に直面した先生たちのほう。なので、こちらにおとがめはなかった。当時、菖蒲先輩は「だから言ったろ。学校認可のDSチップがある時点で信頼性あるから、引率なしでもザルなんだよ」とふんぞり返っていたものだ。


 それに顧問の責任と言えど、バスケ部とドレソ部の兼任を放置してきたのは橋場先生だけの問題ではなかったようで、こっぴどく怒られたとは聞いていない。

 できることなら、よく分からない部活には関わりたくない。そういう権謀術数が職員室でうごめいていたのかもしれない――とかね。知らんけど。


 ともあれ、今年は対策してくれるというのだから少しは期待だ。


「そうだ、もう新入部員がいるんですって? 猪戸さんから聞いたわ」

「ええ、有望すぎるニューカマーが」

「なら、今年はもっといっちゃうかしら?」

「できることなら」

「大丈夫よ。小枝さんも日影さんもがんばってるんだし」

「あれえ? 橋場先生は見ていらしたことありましたっけー?」

「だから、それもこのとおり。大っ変恐縮です」


 なんて感じで、私たちは顧問の橋場先生とうまくやれている。


 朝女ではドレスソードの導入以降、学校としての対応は「どうすればいいのか」「どうしろっていうんだ」などなど、お上から新しいことをやれと言われたときのような混乱が、四年経っても落ち着いていない有り様みたいなのだ。


 待遇についての要求はいろいろあれど、私たちもそれなりにうまくやれているから後回し。意識のリソースをそっちに割くと、練習も遅れちゃうしね。

 それに今年は声も度胸も大きい人がいないので、学校にたてつく勇気ないし。


 失礼しましたー。ガラガラ。パタン。


 第二のカギは無事ゲット。職員室をあとにし、下駄箱で靴を履き替え、表門側にある自転車のもとに立ち寄る。青いトタン屋根付きの駐輪場には、それほど多くはない自転車がパラパラと立っていて、健気に主たちの帰りを待っている。


 そのなかで、私や花のようなスポーティな型のクロスバイクは珍しい。

 というのも「自転車通学って普通、ママチャリで行ける範囲だよね」だろうから。十数キロと遠いところから自転車通学をする子は、朝女にはいないみたい。


 第二体育館には表門から出て、学校外周をぐるっと大回りすると到着する。

 けれど「絶対に乗車しないのなら不問とする」の掟に従えば、自転車を手で押して校庭を突っ切ったほうが早いし近いので、私たちはいつもそうしている。


 校舎の脇を進み、近くの第一体育館から聞こえてくるバスケ部の怒声をBGMに、うんしょうんしょと自転車を押して歩く。かごに入れている鞄が少し重い。

 ふと、視線が第一に吸い寄せられた。なにか見覚えのある光景だったから。


(今年のバスケ部、部活中にもギャラリーいるんだ)


 それは昨年は見なかったけれど、今日のお昼休みに見た光景だ。あれは……もしかして、さっきの子かな。きれいな真っすぐ髪の後ろ姿に見覚えがある。

 お昼休みに一人でバスケ部を見学していた一年生らしき女の子が、放課後のこの時間にもまた、扉の外側の入口に立って、館内を見つめていた。


 もはや「そこまでしてるなら入れば?」と声をかけてあげたくなる。

 それが館内にか、部活にかは別としても。当然、そんな勇気はないのだが。


 昨年の部活入部前、もし私にもあれくらいじっくりと考える時間があったなら、今とは違う選択をしていたのだろうか。後悔はないけど、興味はある。


(あの子が館内に入ったら、今日は私も猛練習するか)


 知らない女の子に妙な親近感を覚えて、勝手に私の未来を託してみた。

 彼女を横目に見ながら、私は自転車とともに少しずつ裏門に近づいていく。


 校庭の外周は柔らかな新緑に覆われているので、自転車のときはちょっと内側に寄って、砂地の部分をとおっている。べつに禁止されているわけじゃないし、人によっては堂々と踏みしめている。背の短い草場だから痛みも少ないしね。

 でも、私はどうにも申し訳ない気がして避けてしまう。性分ってやつかな。


 今日はどうしよっか。まずは天河さんだよね。人見知りってよりは無愛想なだけの気もするけど、テンションを上げて話すような子には見えない。恋子ちゃんが甘やかし、花がおずおずと触れて、私が素知らぬ顔で中央突破する。これかな。


 頭のなかで今日のドレソ部の絵面を想像した。横目に入っていた見知らぬ少女の姿が背中しか見えなくなってきたころ、私は彼女から視線を切った。

 切ったはずだった。そこで二度見していなければ。


(あの子、館内は見てなかったり?)


 第一の入口扉は片側しか開いておらず、もう一枚はピタッと閉じている。

 でも、彼女が立っていたのは閉じている扉のほうで、そこにいては館内を覗けない。去年の私みたいに最初の一歩を悩んでいるにしても、随分長いこと気合を入れるじゃないか。そんくらい一大決心なのか。まあ、がんばれ。見知らぬ少女。


 目線を前に戻して、足を動かした。裏門はゆっくりと近づいてくる。

 不意に――ゾワゾワってした。これで三度見。私はまたあの子を見ていた。


(あれさ。もしかしてさ。万が一……かもしれないけどさ)


 私は去年、あそこでなにを見た。上級生に、あそこでなにを教えてもらった。

 あの扉には、今年も恋子ちゃんが「第一体育館および第二体育館について」の紙を掲示してもらっているんじゃないのか。それを見ていたら、それってつまり。


 その場に自転車をとめる。見つかってもどうということはないはずだけど、なぜかそろりそろりと大回りで早歩きして、件の少女の背後に回り込んでいた。

 勘違いなら、口笛でも吹きながら通りすがりになりきるさ。しかし。


(いやあれ、紙見てる。絶対見てる)


 お昼休みのときも今さっきも、遠目に見ていたから立ち位置がつかめていなかったけど、後ろにいると分かる。彼女はバスケ部ではなく、扉を見ている。

 なんでそんなとこ見てる。そこには一枚の紙が貼ってある。第二体育館への行き方。なんでそんなもの見てる。そこには、ドレソ部への道しか書いていないのに。


 全身がカッとなり、ポニーテールをぶん回しながら彼女に駆け寄った。

 まるで、白鳴の小さな狼のごとき俊敏さだ。こういうのが試合でもできたらいいのにって思うくらい、今の小枝律子は獰猛な獣と化している。


「ねえ! そこのあなた!」

「ぎゃあっ、なななんですか!?」


 いきなり後ろから鼻息の荒い上級生が現れて、語気の強い感じで声をかけられたからか、その子は両肩をビクッとさせてから急ぎ振り返った。

 肩にかかる長めの髪もワンテンポ遅れて、慌ててひるがえる。体の線は細く、小柄に見える。身長も花と同じくらいかな。私は扉を指さして問いかける。


「ごめん、もしかしてだけどさ、その紙見てた?」

「ええっと、そうですが」

「お昼休みにも見てなかった?」

「……なんでそんなこと。も、もしかしてストーカーですか」

「ないから。たまたま」

「……本当ですかー?」


 ジットリした目つきでいぶかしまれる。長い髪を静かに揺らす後ろ姿から、なんとなく清楚で聡明な子を想像していたけど、あえて言えば愉快そうな子だ。

 見返り美人ならぬ、見返り娘かな。なんとも失礼な話だけど、まあいい。


「本当だって。でさでさ、それ見てたでしょ?」

「まあ、そうですが。それがなにか」

「第二体育館に行きたいんでしょ」

「いやべつに」

「またまたあ」

「いやウソじゃないですって」

「でも行きたいんでしょ?」

「いやまあべつに、興味ないわけじゃないですけど」

「連れてったげる。いこ」

「え。ちょ、ちょっとぎゃあああ!」


 まるで青春映画のワンシーンのように、私の右手が、彼女の左手を奪った。

 その動きの強引さ、まさにぺルセのごとし(なーんてね)。

次回「右も左もやかましく」(3)。

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