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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(春)
18/205

右も左もやかましく(1)

「ねーさんはイチバンつよいんですか?」

「そんなことないです。まだ出会ってないだけです」

「わたしもねーさんみたいになれますか?」

「きっひっひ。なれますよ。だって海より空のほうが大きいですもの!」


 昔、海音姉さんはそう言ったけど、私は今でも姉のようになれないままだ。

 天河氷空が神さまに天賦を受け賜わっていないのは、自分でも知っている。

 どれだけ季節がすぎても、私はちょっとだけ強い、天河海音の妹のままだ。


 私は、海音姉さんを尊敬している。

 でも、天河海音の名前は大嫌いだ。



――――――――――――――――――――――――――



 朝女入学から一年がすぎた、二〇三五年。四月三日の正午。安くて美味しいと評判の学食には、お腹を空かせた育ち盛りの女子たちが詰めかけている。


 やれ、今日は日替わりランチだ。やれ、今日はヘルシー野菜丼だ(野菜オンリーだけど油と味が濃いめの欺瞞丼である)。そこかしこで賑々しい。


「りっちゃん。Raiyaの新曲は聴いた?」

「え、聴いてない。もしかして昨日?」

「うん、昨日の夜に」

「えー、知らなかった。花ってば言ってよお」

「窓明かりが見えなかったから。寝ちゃったのかなって」

「当たりだけど。それでもお」


 昨日は驚いて疲れて、帰ってお風呂に入って、そのままぐっすり寝てしまった。むしろ、それも仕方ないものとしてほしい。

 だって昨日の新入生歓迎会後は小枝律子、日影花、猪戸恋子が属する朝女ドレスソード部にとって、今年度そうそうの一大事件だったのだ。


「昨日はそれこそ、天河さんデーだったしさ」


 パクリ。安い早い旨いで親しまれる朝女の学食だけど、火曜はやっぱり日替わりの鮭味噌定食が一番。ポニーテールにタレをつけないよう、気をつけてパクリ。


「ね。さすが天河海音さんの妹さんって感じ」


 パクリ。花が短めの髪をかきあげつつ、ご飯の最後の一口を食べ終える。女の子っぽい仕草がよく似合うし、ときおり大人っぽく見えるようになってきた。


 さて、我らがドレス部の栄えある新入部員第一号だが、昨年度のJDS(全国女子高ドレスソード体育大会)の地方大会一回戦にて、私たちをボコボコに屠ってくれた黒須第一の天河海音さん……の妹である、朝女一年生の天河氷空であった。


 それを知った私たちの悲鳴といったら、第二体育館から遠く離れた朝女の校庭にも届いたんじゃなかろうか。それも無理ないでしょ。もはやハプニングだよ。


「私だとりっちゃんみたく、あの居合斬りには対処できないかも」

「私だって、ちょっと防げた程度だし。というかあの子が慣れたら無理っしょ」

「そうかな? そうでもないかもよ」

「そうでもあるって」


 ドレスソードの経験者にして、強者の親族である天河氷空は、その背景に違わぬドレソ巧者だった。彼女の得物は静謐……というより無愛想かな。いやまあそれはどっちでもいいとして、光刃80㎝ほどの「居合刀」をソードとしている。


 彼女との対面では、静止していると思っていると、気づけば身体がじりじりと近づいてきて、間合いに入ると鞘から走るような一刀が飛んでくる。

 それは、三角盾の扱いしか取り柄のない私の防御もたやすく突破してきた。防御面に難がある花や恋子ちゃんも対面したが、その結果は言わずもがなだ。


 とはいえ、記憶に刻まれた笹倉菖蒲の忍者刀よりもすごいかというと……うん、今の私には判別できないけど、菖蒲先輩以上ではないとしておこう。

 ついでに雰囲気のせいかな。お姉さんとは全然似ておらず、姉妹っぽくない。


「ともかく、これで一安心か」

「天河さんのおかげで、今年もJDSに出られそうだもんね」

「おまけに経験者だし。まあ、花だって今は相当だけど」

「私なんか、まだまだ」

「またまた、ご謙遜を」

「もう、りっちゃんってば」

「でもさ、あの子なんで朝女なんだろうね」

「それは……さぁ」


 天河氷空はとても強い。単純に強い。朝女ドレソ部にとっては都合がよすぎるほど強い。それ自体は喜ばしいんだけどさ、どうしたって疑問が浮かぶ。


 エスカレーター式の黒須第一大学付属中学から、なんで朝女に? って。


 せめて流星館に行くべきはずの武芸者が、なんの手違いか朝女にやってきてしまった。そう思ってしまうくらい、天河さん家の妹さんはたいした選手なのだ。


「黒須って大学付属で、中学も高校もエスカレーターなんだよね」

「そうだね」

「わざわざ違う学校に行くにしても、普通は朝女じゃないよね」

「そう、だと思う」

「もしや……意外と勉学ダメとか?」

「その印象はないかなあ……」


 まあ、昨日の今日でどうのこうの言ってても仕方ないか。

 まずは素直に歓喜して、徐々に根掘り葉掘りするのが先輩の役目だろう。


 なお、私はこれまで帰宅部生活が長いが、実家の小枝合気道道場では小学生の部の子たちに師匠面をしている(でも私より強い小学生なんていくらでもいるから「おい律子!」「律子弱い!」「律子おやつ!」と舐められてる)。


 しかし、花は小学校では上級生のいなかった家庭科クラブ。中学校では万年帰宅部であったため、実際のところ先輩風を吹かした経験がない。

 単純に上級生・下級生との付き合いもなかったし、人柄を踏まえるとあまり強気に出られそうにないしと、今年は今年でワタワタしてくれそう。


「そっち日直でしょ。トレイ片付けておくから、お先にどーぞ」

「ありがとう。じゃあ先に行ってるね」

「ういい」


 午後の世界史で使う大きな地図を運ぶのは、花の日直仕事だ。

 昨年はちょいちょい手伝ってたんだけど、クラス替えしたばかりの2‐Cとあり、もう一人の日直に友達の圧力をかけるのもなんだからさ。教室内の交友関係がなじむまではお預けすることにした。花の保護者面するのも何様ってもんだし。


 食堂から離れる、幼なじみを見送る。歩きながら指でパステルグリーンのヘヤピンを弄っているのはバロメータがゴキゲンな証拠。私には分かりやすい娘だ。


 二つ持っても私のソードよりは軽い気がする食器を返却口で片づけ、うーんと両腕を上げて、体を伸ばす。爽やかお昼に背筋がピンと張って気持ちいい。

 たぶんだけど、ドレソ部の幸先は絶好調だ。天河氷空のおかげで集団戦に必要なメンバーを確保できて、六月下旬のJDSには早くも憂いがなくなった。


(嬉しいけど、ちょっと先輩に申し訳ないね)


 朝女ドレソ部で三年間。地道に、孤独に、それでいて全力で支えてきた菖蒲先輩のことを思うと、私たちはなんて幸運なのだろう。いっそ恨めしくなる。


 なぜ、三年前に天河氷空のような人が菖蒲先輩を支えなかったのか。

 なぜ、二年前に恋子ちゃんと一緒に彼女がやってこなかったのか。

 なぜ、一年前に私の代わりにドレソ部に入ってこなかったのか。

 もしもの話でしかないけれど、ちょっと憤りを覚えてしまう。

 笹倉菖蒲という人は私にとって、それくらいの存在だから。


(いかんいかん。センチメンタルになってる場合じゃない)


 この一か月、気を抜くとすぐこれだ。後ろばっかり見てしまう。


 私は今ここにいて、菖蒲先輩の仇討ちを買って、隣には花と恋子ちゃんがいて、そこに天河氷空もやってきた。それだけでもお膳立ては十分だろう。

 実際問題、いくらダガープリンセスを含む主力全員が抜けた白鳴女学院とはいえ、そもそも強豪の彼女らと対峙するにはJDSを勝ち進む必要がある。


 となると、地区大会で流星館女学院に勝利する……のは無理があるから、地方進出のためには、成瀬姉妹たちとベスト4まで当たらないことを祈るほかない。

 そのうえ、地方大会でも流星館や黒須第一、さらに私たちよりも平均スペックが高いであろう進出組とぶつからずに、白鳴とだけ当たることを祈祷する。


 そうして逃げに逃げて対峙できた白鳴に勝てるかというと、考えれば考えるだけ明るい未来はイメージできない。なので思考停止する。今はそれも大事。


(花と恋子ちゃんも、私の抱負にひいてたし)


 私が菖蒲先輩に言いきった私怨の目標は、二人にも昨年度の卒業式後に伝えた。すると、ポカーンとしたあと「は? うーん……は?」って顔をされた。

 無理もない。菖蒲先輩にしたって心に隙があったタイミングだったからこそ、笑って受け入れてくれたんだろうから。素面で言ったら、そりゃこうなる。


「朝女の学食っていいよねー」

「ねー。安いし美味しいしー」

「今日の日替わりはちょっと好きじゃないかもー」


 校舎とは切り離された場所にある学食の外では、今年の新入生だろう。初々しい一年生たちが登校三日目にして楽しそうにはしゃいでいる。

 少女たちがそこかしこで休んでいる中庭、そこに立ち並ぶ木々にもつぼみが芽生えはじめていて、「夏に向けてがんばります」と言っているかのようだ。


 ああいう姿もまた、部活巡りで友達を作れたおかげかな。私と花も昨年は早くからあんな感じだったし。朝倉女子高等学校きっての良イベントだよね、あれ。


「ねえ、早くいこうってば」

「んー、先行ってて」


 学食と校舎とをつなぐ道、そこから脇道に進むと第一体育館があるが(脇道というべきは本来、学食のほうだけど)、第一の入り口に少女たちが集っていた。


 少し離れていても館内から届いてくる音で察するに、バスケ部のお昼練習に目を取られているみたい。本来ならそういう目を引くデモンストレーションこそ、ドレソ部の得意分野だってのに。場所が場所だけに、新歓でもお披露目できずだ。


(バスケ部は昨年も全国だしなあ。一回戦負けでも、すごいよ)


「じゃあ行っちゃうよー?」

「うん。あとで」


 扉の外の入口に一人、ジッと館内を見つめる一年生だけが残った。昼休みの時間いっぱいを費やすつもりなのかな。そうされているバスケ部がひどく羨ましい。

 私が菖蒲先輩の仇討ちをするならきっと、あんな風に憧れられるくらい強くならなければならない。そうでなきゃ、挑戦の機会すら得られない気がする。

次回「右も左もやかましく」(2)。

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