やかましい季節【エピローグ】
「――ありがとうございました。では続けてドレスソード部、お願いします」
「はい」
二〇三五年度。四月二日。朝倉女子高等学校の第一体育館では、今年度入学した新入生を含む、全校生徒が集まる新入生歓迎会が行われていた。
壇上では、ちょうど料理研究部が部活動の紹介を終えて(今年は季節のフルーツに注力するんだって。じゅるり)、続いてドレスソード部の部長である、三年生の猪戸恋子が壇上に登った。私と花は今、息を止めて見守っている。
「ご紹介にあずかりましたドレスソード部です。私たちドレソ部は……斬ったり斬られたりが好きならオススメです。痛いし苦しいし怪我もします。あと普通に汗臭いです。毎年少なからず誤解があるので伝えておきます。とても痛いです」
ひいいっ! 三人で相談した原稿だからわかっちゃいたけどつらい!
原稿の準備したのは春休み中、三人で恋子ちゃんの家に集まったときだ。
あっ、恋子ちゃんのお家には今回が初めてだったんだけどね、いやーいいとこのお嬢さんなのよ。おっきなお家には白くてふわふわな犬がいちゃったり、家族でバーベキューができそうな庭があったりして、小枝合気道道場にある庭園とは名ばかりの秘境も見習ってほしいよ……なんて話はどうでもよくて。
昨年の菖蒲先輩の痛い演説は、なにも知らぬ新入生を募集するには最悪も最悪だけど、人によっては「トラウマ製造、ダメ、ゼッタイ」になるドレソだけに、人心を考慮するには効果的じゃないかと話題に上がった。あのときはうららかな春の陽気に心が緩んでいただけなのに「ドレソに本気の子はたぶん絶対これならくる!」と、みんな少しばかり変な子になっていたわけだ。その結果がこれよ。
「ドレスソードは観戦競技としては人気の反面、選手としての活動には個々人のさまざまな要因が関わってくるため、ほかの部活動とは違い、安易に来てくださいとは言えません。ですが! やってみたいだけでもいいです! その気持ちがあればぜひ第二体育館へ足を運んでみてください! ドレソ部長の猪戸恋子でした」
新歓が終わると、二度目の部活巡りがはじまる。私と花はおもてなし側は初めてだけど、あれそういえば、去年はおもてなしという待遇を受けた覚えがない。
とりあえず恋子ちゃんと合流して、私たちは足早に第二体育館へ向かった。最近は直帰のために自転車で通っていたから、歩いて向かうのはなんだか久しぶりだ。まあ、足早な理由は「くるかな……くるかな……」と焦ってるからなんだけど。
「第三者の気分で聞いてたけど、やっぱあの紹介文ないわ」
「な、なんであれにしたんだろうね。私もよく覚えてなくて」
「やっちゃったからには仕方ないもん。今はいない先輩の魂を信じよー!」
「死んでないから。恋子ちゃんってばまったくもう」
横目で見ていたバスケ部、女子サッカー部は今年も盛況のようだった。友達が多い恋子ちゃんはバスケ部にお願いして、今年も「第一体育館および第二体育館について」の地図だけバージョンの配布紙を一応、第一に置いてもらっていた。
新入生には第二体育館の場所なんて、わかるわけないからね。
「うわ、すごい」
ただ、今年の第二体育館には素晴らしいところもあった。私たちも十日間ほど学校がお休みだったから気づかなかったけど、今年は遅咲きだったみたい。
第二体育館へと続く一本道の桜並木は、本日の絶好調なお日柄にあわせて満開に咲き誇っていた。サラサラと心地よい春風に揺られて飛んできた桜の花が、私の頬にピタリとくっつくと、がんばれーって応援されている気分になれた。
「こりゃ絶好の青春日和ですなあ」
「お花見できそうだね」
「住宅路じゃなかったら、みんなしてるんだろうねぇ」
さりとて当の第二体育館はいつもと変わらず、ロックでパンクな様相のままだ。
昨年だけでも二階の窓ガラスが、新たに二枚の命を落としたために、ガムテープと暗幕と埃ガラスの三色カラーは徐々に勢力図を塗り替えてきている。
「本命は明日からのヘッドハンティングだし。焦っても仕方ないかあ」
「今日やるのはねぇ。どこでやってもカドが立ちそうだったしー」
「部活巡りは部室や活動場所でって話ですし。怒られちゃいますもんね」
ほかの部活動の縄張りを荒らすと、こわーいお姉さんたちが出てくるってさ。
私たちドレソ部は校内では肩身がせまいったらありゃしない。
「恋子ちゃんは壇上から見てどうだった。目がギラついた子とかいた」
「いなーい。っていうかわかんなーい」
「そりゃそうか」
「みーちゃんが新入生だったら、って思っちゃうね」
「妹まだ中二だし。あーもー、よしっ! 練習しましょ練習っ!」
「そうだねぇ。JDSもうすぐだし、やれることからやろっかー」
こういうのは宝くじみたいなものだ。願って待っては自由だが、動かない理由にしてはならない。今年から部長として、ドレスソードプラットフォームの管理者権限を持つことになった恋子ちゃんがコンソールに向かおうとした、そのとき。
コツコツコツ。
まだ硬さが取れていないローファーの靴底が鳴らす音は、打楽器のようで小気味いい。第二の入り口に、春の日差しを背負う一人の女の子がやってきた。
「すみません、こちらがドレスソード部でしょうか」
申し訳ないことに、私たちは数秒ほど驚きで固まってしまっていた。
だってさあ、第二体育館にはこれまで成瀬姉妹以外、朝女生徒なんて誰一人として来たことなかったんだもの(葉月と姿なんて流星館なのに!)。
「……あの、ドレスソード部さんですよね?」
「……うわっ! きた! きた! 花きた!」
「り、りっちゃん、おおお落ち着いて!」
「き、きたー! 新入生だー! ようこそドレソ部へ―!」
「えっ、あの、ちょっと」
ガバッ。恋子ちゃんが勢いのままに新入生であろう、その子に抱き着いた。
おいおい。どっちも華があるキャストだからいいものを、ちょっと間違えれば不審者だよ恋子ちゃん。いやすでに不審者なんだけど。でもその喜びもわかる。
身長は恋子ちゃんよりも、うーん私よりもちょっと低いのかな。
がっつり抱き着かれて驚いたのか、恋子ちゃんの右肩からにゅっと生えているその子の顔は焦っていた。あご先くらいの長さで後ろ髪をピシッと切りそろえている愛らしい印象。もみあげの右側だけを編み込んでいるところがオシャレさんだ。
「あ、あのっ! 離してくれませんかっ!」
「おっとと、ごめんねぇ。つい嬉しくって」
「はぁ……」
「ごほん。はい、ここが朝女ドレソ部です。あなたは部活巡りに?」
「いえ、入部希望です」
「えっ、いきなり入部希望なの!? マジのマジで!?」
「はい。そのつもりですが……」
「ふ、ふわぁぁああ。すごい、これでもう四人だね!」
「落ち着け花。えーっと、なんだ。なに聞くんだっけ」
「まずスリッパかなぁ。はいこれスリッパー」
「どうも……」
もう出足から上級生の威厳も面目もあったもんじゃないけど、この混乱が去年の菖蒲先輩の気持ちだと思うと、今になって共感の嵐だ。新入部員ってすごい。
「……その、新入部員って、そんなに珍しいものなのでしょうか」
「女子高のドレソ部にいればわかるよぉ」
「はぁ……」
「ドレソは? やったことあるー?」
「はい、一応」
「うお! 経験者だよ花! すごい経験者!」
「ふ、ふわぁぁああ。すごい、中学生で経験者だなんて!」
「あ、いえ、それほどではないので」
「なになに、ソードなに使ってるの? 盾? 盾?」
「いや盾は使っていませんが」
「なんでー!」
「なんでと言われましても……」
「りっちゃん、普通はメインソードで盾ってないから」
「というか圧が強すぎるよぉ。もうちょっと落ち着きなさーい」
「恋子ちゃんがそれいう」
「部長ですもの」
「大撃腕部長?」
「だからそれやめて―。可愛くない―!」
「その、ごめんなさい。私は日影花です。うちっていつもこういう感じで」
「はぁ……」
「ちょっと花! なに抜け駆けしてんの!」
てゆうか、そうだそうだ。まず聞けってのね。
「名前、あなたの名前聞いてもいい?」
「天河氷空と申します」
「へー、天河さん! 天河さん」
「はい」
「天河さんの出身校って」
「黒須第一大学付属中等学校から来ました」
「へー、黒須第一の……天河さん……天河さん?」
「はい」
「それはそのお……天河さん家の氷空ちゃん?」
「……おっしゃっているのが天河海音のことであれば」
ピシッと背筋を伸ばしたお固い姿勢で、彼女は言った。
「海音姉さんの妹です」
「「「えええぇぇぇーーー!!!」」」
廃墟に響いた私たちのやかましい悲鳴が、きっと春の音だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
少しでも楽しめてもらえていたのなら、うれしいです。
こちら「敗北のドレスソード」ですが、
一章分がまるまるっとできてから投稿していく予定です。
そのため次は数か月……で済めばいいなあ、というタイミングになりそうです。
ですので、ほどほどに忘れつつ、次また目に入ったときに
また読んでもらえると私が喜びます。では、また。




