黒赤のブルーティッヒファング(4)
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私はりっちゃんのように、ううん。りっちゃんになりたかった。
彼女はいつだって能天気で、考えなしで、根拠もなく選んでは、そのせいで怪我をする。それでも前に足を出せる人。だけど前向きな人ではない。どちらかというと後ろ向き。明るく元気に見えるから、彼女を理解していない人ほど誤解をする。私の惨めな姿のように、小枝律子だってときどきウジウジして動けなくなる。
そんなに完璧じゃないのに、それでも歩いていける、あなたに憧れた。
あなたがウジウジしていると、私は小枝律子の不格好なまねをしてしまう。彼女の言動を思い出して、彼女のお姉さんぶってみるのだ。最近まで「私もがんばればできるよ」、そういうちっぽけな対抗心だと思っていたけれど、違った。
私は彼女のまねをして、りっちゃんのようになりたかっただけだった。
体のなかで破裂した汚い優越感は、ドロドロと全身の内にこびりついた。
きれいに洗い流せるときがくるのかはまだわからないけど、りっちゃんのように誰にも委ねないで、私が私の判断と選択の責任を背負って、自分自身で傷つきたい。いつも嫌いな自分を否定できる自分でありたい。普通の人が当たり前にやっていることからはじめなければいけないのは、私が怠けて生きてきたせいだ。
そのためにも、最低の私を気づかせてくれた、自分を変えてくれたドレスソードで勝ちたい。負けたくない。諦めることに慣れた今までの自分に戻りたくない。
憧れの舞台で這いつくばっていないで勝利を称えられたい。強くなって勝って、勝って強くなって、独善的な人格を認めて、少しずつでもいいから変わりたい。
私の勝利への渇望は、りっちゃんのように美しく人を想う決意とは違う。
日影花は自分自身のために戦って、勝って、みんなでその結果をわかち合って、戦って、勝って、勝ちたい。それを言葉にして伝える勇気はないままだけれど、「みんなのために勝ちたいです」だなんてウソをつくことはもう許しはしない。
こういう夢物語に挑んだら、現実は容赦なく私を傷だらけにしてくれるはずだ。目標と現実の折り合いとしてはピッタリじゃないかと思っている。
でも、今のままでは本当に夢物語のままだと知っている。私たちがこの舞台で勝ち進むにはまだまだ弱くて、流星館にも一生勝てないんじゃないかと思うくらい弱くて、勝つためにできることは多くはない。だから全部やる。痛みだって選ぶ。
くだらない酔いから醒めた? ちゃんと自覚した、日影花? それならいいよ。
私は勝利を得るために、自分で考えて、自分で選んで、自分の手で他人を傷つける。なにかに流されてじゃない、己の手で他人の心を握り潰す。優越感なんて今はない。真正面からそれに向き合う。吐き出しそうになっても、罵られ貶され貶められようとも構いはしない。勝利の連続が、なりたい私にしてくれるまで。
大丈夫。私が卑怯者として生きてきた日々はとても長かったから。
いまさら、このくらい、へっちゃらだよ。
「忍法……アヤメ砕きっ!!!」
菖蒲さんがアヤメ砕きと叫んだ。対面にいる新堂さんの視線が一瞬、私からそれた。菖蒲さんはおそらく、危険が差し迫っていた私のためにやってくれた。
できれば、勝ちにつながる形勢逆転のために使ってほしかったけれど、彼女は私の生存を優先したんだと思う。菖蒲さんの視野の広さも、厳しい振りをした優しさも十分知っている。私がアヤメ砕きを使わせてしまった。もう、なりふりなんて構っている時間はない。覚悟を決めろ、日影花。私はただの卑怯者だ!
「なんだあ、あれ――っ! っと」
声も発さずに、右手のエストックも右腕も右半身もすべてを前面に押し出すように繰り出したぺルセで、新堂さんの左側頭部を狙った。新堂さんは身体能力に優れたすばしっこいインファイターであり、このぺルセも“やっぱり”というべき直感を働かせたのか、頭と上半身をほんの少し捻るだけでかわされてしまった。
ラウンド1でも理解していたけれど、彼女と私では人としての力が違いすぎる。ただの不意打ち程度じゃ、今の私には新堂さんを下す力なんてない。
「よそ見してる相手を黙って狙うとか、キミって卑怯だなあ」
新堂さんは己の崩れた体幹を整えるよりも、その嗅覚をもって、右半身を突き出して無防備をさらけ出している私への攻撃を“やっぱり”優先した。
「せめてやるならさ、そんな大げさにやっちゃだめだって。覚えといてね?」
新堂さんの右手にある刀が、彼女の腰の下のあたりから、私の胸元を貫くような角度で一直線に突き込まれた。おそらく、どちらかだと思っていた。
わざわざ肩を上げてまで袈裟で斬るのは時間のロスだから、やるなら手軽な片手水平か、無難に刺し返せる突きか。もし水平斬りだったら前例がないからダメだった。けれど、賭けだったけれど、飛んできたのは“やっぱり”雑な突きだった。
ごめんなさい。私はこの瞬間にすべてを賭けました。あなたの“やっぱり”に。
「覚えておきます! 竜巻っ!」
「はっ!? それボクのたつま――」
私はエストックを突き込んだままの姿勢から、上半身を倒し、ひざを曲げて、地面にくずおれるようにして体全部を沈める。新堂さんの突きは目標を外し、宙を貫いた。私は低姿勢の体をぐるっと右回りで回転させ、同時に彼女を斬りつけた。
ラウンド1のとき、私のぺルセを低姿勢でかわしながら、同時に腰部から肩部までを切り上げた、新堂さんの迎撃技「竜巻」。空手で言うところの後ろ回し蹴り、ならぬ後ろ回し斬りといったもの。ドレスソードでは刺突に優れたレイピアが人気だけど、エストックという実戦的な刺突剣であれば、斬撃だってできる。
【ピロッ――Damage Fatal.】
「ぐっ、ボクの技パクったな!」
「はい! パクリました!」
「ぐぐぐ、この卑怯者!」
「卑怯者です! 勝つためならなんでも盗みます! 罵声はお好きに!」
「ぐぐぐぐぐ、くそっ! カッコいいなキミは!」
「恐れ入ります!」
フェイタルになっても元気のいい新堂さんに、ペナルティは与えられなかった。気にせず視線を周囲に振りまくと、ほかの六人は動かずにこちらを見ていた。
ああ。私にとっては永遠のような長さの一瞬で、このまま倒れて寝てしまいたいほど消耗しているけれど、ほかの人たちはまだアヤメ砕きの世界にいたんだ。
おかげさまで、落ち着いて一呼吸をすることができた。菖蒲さんまで驚いた表情をしてこちらを見てるのが、ちょっとだけおかしい。
左前方にいるりっちゃんが、こちらをチラッと向き、すぐに視線を金森さんのほうに戻してから大声でこちらに伝えてきた。今はただ、それが温かく感じた。
「花! すごい! ほんとすごい!」
「ううん。ここからだよ。ここから、ぶっ飛ばそ!」
私はりっちゃんが大好きだ。でも彼女の親友として、彼女の隣で対等に歩きたいとは思っていない。がんばって、これから成長して、自分で誇れる人間になれたとき、私はこの子の前を走り、その手を引っ張ってみたい。今まで私が彼女にたくさんもらってきたように、汚い優越感じゃなくて、醜い物まねじゃなくて、りっちゃんの人生にステキな影響をもたらしてあげられるような、そんなお返しがしたい。
今はまだドロドロにまみれたままで、一歩しか抜け出せていないけど、これからちゃんとまっすぐ歩いて、それでも彼女の前にいられたのなら、私は初めて透明な日影花になれる。そうなったらついでに、さっき思いついた小さな言葉を彼女に言ってみたくもある。新しい私らしく、まじマウントを取るために。
「りっちゃん、私のほうが強くなっちゃったね?」
これも最近気づいたけど、私はやっぱりサディストなのだ。
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叫ぶだけでなにもないアヤメ砕きは、金森さんに様子見の時間を作らせた。
菖蒲先輩の動くようで動かない名女優っぷりは遺憾なく発揮され、黒須第一の面々にも逡巡の時間も加算される。久々に三秒ほど呼吸する時間をもらえた。
まもなくステージの中央あたりから「って、なんもねえのかよクソチビがっ! めっちゃ面白いじゃねえかクソ!」という多大な評価が聞こえてきた。
さすがにもう通用しないかな。アヤメ砕きが作用しただけまだマシかな――と朝女のみんなが思っていたはずのところで、花がまさかの大逆転を披露。対面の新堂さんをフェイタルしてしまった。私は思わず大声で花をほめていた。
すごい! 私の花ちゃんすごい! こんな才能があるなんてやっぱりドレスソードを一緒にやってよかった! 無理に引っ張ってよかった! 心も軽くなった!
まあ、口に出していない心の声も少なくなかったけど。
でも、世の中そんなに都合よくはいかないものだ。よく知っていたのにね。
「ゆゆちゃん超アターック!!!」
【ピロッ――Damage Fatal.】
アヤメ砕きはさすがの効果で、黒須第一は足を止めた。私たちだって知らなかったらそうしちゃう。だけど花の起死回生の一手は知らなくて、私たちは己の実力も顧みず、のん気に足を止めた。変わり者なんて、どこにでもいるのにさ。
「ゆゆ! 楓のフォロー入れ! あとお前うるせえんだよクソガキ!」
「ほいさーい! あと海音ちゃーん、ゆゆの悪口言っちゃメーッだよ!」
「いいからさっさと行け、腐れクソガキ!」
「もうもう海音ちゃんってばー。いつか後ろから殺しちゃうぞクソブス女」
呆れるほど簡単に恋子ちゃんが抜かれていた。ううん、たぶんそうじゃない。
あのクソガ……違う違う、丘町ゆゆさんも二年生にして黒須第一のメンバーに入っているんだから、ホンモノだっただけだ。ギリギリの均衡できっかけを掴まれただけのこと。落ち込むことはない。焦ることもない。リセットされただけ。
朝女側は、丘町さんが花の対面に入っていくムーブを止めなかった。
いや、こういう事態でどうするのかなんて菖蒲先輩しか知らないから、止められなかったのだ。先輩が動かなかったのも、一年生組に混乱を与えないためだろう。
仕切り直しだ。対面に目線を合わすと、金森さんが微笑んだ。敵ながら可愛い。
「海音が言ってましたけど、面白い部長さんですね」
「ええ、わりと尊敬してます」
「そちらの……日影さん? あの子も優秀ですね。まさか竜巻を奪うだなんて」
「自慢の幼なじみです。私が才能を見いだしました」
「うふふ、そうなんですか。じゃあ、もっとがんばらないとですね」
「はい。まずはこの場をどうにかします」
「いいことです。今日を糧に、これからもがんばり続けてください」
金森さんが大剣のきっさきを、私の眼球に向けた。あのとき目にした忍者刀に比べれば、こんな剣はピカピカと赤く光るだけのおもちゃにしか見えない。それじゃあ私からフェイタルを取れても、私の心までは害せないですよ、金森さん。
怯える必要はない。私は殺されない。私は今、ドレスソードやってんだ!
「いきます」
宣言の直後、私の三角盾に、ゾウが突っ込んできたかのような両手突きが繰り出された。突かれる練習はそれほどしていないし、こんな重すぎる正面衝突はされたことがない。私は踏ん張ることもできずに宙に投げ出され、両足が地面から離れた。追撃がくる。地面に倒れながらも、すかさず盾を顔の前にかざした。
トンッ。ブルブル。
お腹に振動が生まれた。力も技も勢いもなく、サクッと刺されていた。
パニくったからって反射的に顔を守ろうとすると視線が途切れるし、ドレソでは厳禁かな。ドレスソードをやってんのに、私って超バカじゃん。
涙をこらえるほどの特訓はしてこなかったけど、涙は簡単にこらえられた。
【ピロッ――Damage Fatal.】
私を討った金森さんが、流れるように花を狙った。
【ピロッ――Damage Fatal.】
金森さんと丘町さんが花を抜き、菖蒲先輩に向かった。
「忍法……アヤメ裁き」
菖蒲先輩が前傾姿勢を取り、天河さんを目がけて駆け出した。
クイーンさえ倒せば、メンバーがどれだけフェイタルされても勝利だから、きっとこれが全身全霊の最後の技。私も、花も、恋子ちゃんも、メイクオーバーエリアに戻ることなんか忘れて、その瞬間を見届けた。ドレスソードも気を効かせたのか、あるいはこれがルールの未熟さなのか、ペナルティのコールはなかった。
菖蒲先輩は敵前で、天河さんの地面からすくい上げるような切り上げの迎撃に対し、さらに下をいった。文字通り、相手の目の前で五体投地。顔面から地面に倒れ込んだ。天河さんの大曲刀が空を切った次の瞬間、先輩の体がロケットのように地面から跳ね上がって、腰だめに構えた左手の忍者刀を体ごとぶつけにいった。
それはダガープリンセスが昨年見せた、最後の一撃にも似ていた。でも菖蒲先輩ったら、死体のようにバタンと倒れ、死んだ振りをするカエルのようにガバっと起き上がり、任侠映画の鉄砲玉のように突撃したもんだから、少し笑えてきた。
ドサッ。
菖蒲先輩の背丈が足りなくて、限界まで伸ばした左手はまだ足りなくて、忍者刀の短い40㎝は少しだけ足りなくて、必死な表情で全然カッコよくない感じで後ずさった天河さんの体にもちょっとだけ届かなくて、先輩はなににもぶつかることができず、飛び上がった勢いのまま、また顔面から地面にドサッとこけた。
「やっぱ遠近感が見えてねえじゃねえかよクソチビが」
「お嬢様相手にゃ、こんぐらいで十分だ」
「きっひっひ! お前のそういうとこマジで大好きだよ。また今度な」
「次はぜってぇ、ぶっ飛ばす」
【ピロッ――Damage Fatal.】
うつ伏せに突っ伏している、どこからどう見ても敗北者な菖蒲先輩に、天河さんが大曲刀を気持ちよく振り下ろすと、私たちのJDSは終わった。
【Annihilation……Winner「黒須第一」End of Stage.】
ステージの黒い壁が消える。少女たちの手から物騒なソードが消える。
黒須第一の晴れやかな勝利に、会場の観客から大きな歓声が贈られる。
彼女たちの応援団が熱い喝采を贈る。選手たちは勇ましく腕を上げる。
その間、涙ぐんでいる恋子ちゃんが助け起こしに行くまで、菖蒲先輩は身じろぎもせずに、負けたまんまの姿でベターっと地面に突っ伏していた。
泣いていないと思う。わからないけどさ。今度ぶっ飛ばすって言うくらいだし、菖蒲先輩に悔し涙は似合わないよね。だから代わりに、私からこぼれたんだ。
次回「ぶっ飛ばせ、ぶっ飛ばせ!」(1)。




