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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 一年生編
12/205

黒赤のブルーティッヒファング(2)

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 初めて第二体育館に行った日、りっちゃんはドレスソードを諦めようとした。


 私はりっちゃんで慣れていたけれど、りっちゃん自身はね。まるでりっちゃんのように振る舞う菖蒲さんに辟易していた。それでも私はドレスソードをやりたかったから、彼女に諦めの言葉を吐かせなかった。私が弱って見せれば、あの子は手を引っ張るか、心配こそしてくれるけど、相談はしてこないと知っていた。


 ただ、恋子さんが教室にやってきたときは少しだけ焦った。りっちゃんは入部を断ろうとしていたから、彼女には喋らせたくなくて、話相手の位置に強引に割り込んでしまった。私が初日にやりたいとさえ口にしていれば、事は済んでいたのに。私の判断と選択になるのが怖くてできなかった。けれどこの瞬間「本当にドレスソードをやれなくなってしまうかも」と思ったら、口は自然と動いていた。


「えっと、わたしたち――」

「はい、二人で行かせていただきます。もうしばらくしたらお邪魔しますね」


 みんなは平然とした態度で、平気な顔をして「やりたいならやればいい」と口にする。気軽に、気楽に、その言葉を吐く人たちが嫌いだ。できない私のほうが悪いってわかっていても、できて当然だと我が物顔で言う人たちが嫌いだ。だから恐れて、怯えて、逃げて、匿ってもらって、これまでどうにか生きてきた。


 それなのに、私の最初の一歩は呆気ないほど簡単に踏み出せていた。


 幸いなことに私はドレスソードを続けられた。選手の高みにいる人たちのようには動けなかったけど、自分で自分に驚けるくらいは適応できた。弱々しい体はごまかせないままでも、りっちゃんより早歩きで、彼女の前を進んでいた。

 ずっと彼女に助けられて生きてきたくせに、「私はりっちゃんより強いんだぞ」なんて優越感を覚えた。絶対に口にしてはいけない醜悪な心の汚泥だ。それは毎日少しずつ肥大化していった。こんなに汚い人間がいることを、初めて知った。


 地区大会の一回戦。南千里とのラウンド1。りっちゃんの対面相手がこちらに向かって攻めてきたことで、私は人生初の試合で、今大会でも初めてとなるフェイタルを判定された。悔しさよりも恥ずかしさがあった。見て見て、弱い子がいるよ。一分もしてないのにフェイタルだって。妄想の観客たちは私を嘲笑した。

 私は恥ずかしくて死にたかった。でも、いつもと違って、怒りがあった。


「私を恥ずかしさで殺そうとした、目の前の人が許せない。殺してやりたい」


 絶対に倒したい。この怒りをぶつけてやりたい。このままじゃ許さない。

 菖蒲さんの動きで生まれた対面相手の隙に、私は怒りだけのエストックをねじ込んだ。フェイタルの声が聞こえてきたとき、快感だった。弱い私に倒されてしまうなんて、あなたたちはもっと弱いんだ。私をほめながらも、羨望が混じった視線を送るりっちゃんが気持ちよかった。ドロドロと、ドロドロと、汚泥は湧いた。


 地区大会の二回戦。沖野女子の三年生の小早川さんは「ペルセ」と小さく発し、体の左半身を後方に置き、右手のレイピアを右半身ごと前方に押し出す、全身矢のような刺突技を見せた。なんて美しい技なんだろう、もし私にも使えたら。

 また一人だけフェイタルにされた汚い感情が、ペルセを汚泥にまみれさせた。


 メイクオーバーエリアで一人、瞼にこびりついたペルセの動きを想像していた。同じやり方で倒されたら、小早川さんはどんな顔で驚いてくれるんだろう。

 そう思って次のラウンドで試したら、うまくできた。相手より長いソードで、相手よりきれいにフェイタルを奪った。小早川さんの顔は凍っているように見えた。


 私は、不意に泣きだしそうになった。これ以上ないというほどの不細工顔で。


 外から見れば、小早川静香のペルセがすごかったから、日影花もそれをまねした。それだけのことに映るのだろう。私を卑怯だと罵る人はいても、多くはいないと思う。朝女のみんなだって茶化しはしても、素直に認めてくれた。

 できる私がすごい。有用な術を奪うのは当たり前。体の内で必死に言い訳した。でも、肥大化した優越感は体内で破裂した。吐きそうになった。なにも考えられなかった二度目のペルセは、剣先がブレて、なにに当たったのかも覚えていない。


 私は、私の判断で、私の選択で、私の手で小早川さんを傷つけた。

 昔から自分が傷つくのが怖かったから、なるべく傷つかないようにりっちゃんに依存してきたのに、挑戦することがこんなにも簡単だと知って、運動が苦手な私がこんなにも器用に動けることを知って、私にだってみんなと同じように選んで進めるんだと知って、そう酔ったまま人を傷つけることを選択していた。


 自分の醜さに耐えられない。自分の痛みには神経質なのに、他人の痛みには無神経な傲慢さが耐えられない。こんなにも汚い私はいつかドレスでも覆い隠せなくなる。今のまま歩んでいったら、汚泥を他人のドレスにぶちまけてしまう。

 誠実な人になりたい。信頼できる人になりたい。人を傷つけない私になりたい。


 りっちゃんみたいになりたい。そう強く願った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 関東中部地方大会には東京A代表とB代表、中部A代表とB代表のそれぞれベスト4が集まり、全十六組によるトーナメント戦を二日かけて行う。

 ここでも二試合を勝利し、ベスト4まで勝ち進むことができれば、次はいよいよ全国決勝大会に進出できる。とはいえ、その難しさは地区大会の比じゃない。


「りつ姉ぇ。花ちゃんもう来てるよー」

「もうちょっとー」

「早くしなよー。大会あるんでしょー」

「そー」


 地方大会初日の朝。私は荷物の準備こそ完璧だったけど、ポニーテールがカチッと決まらずに困っていた。中途半端なおくれ毛がうまくまとめきれない。

 地方大会では試合開始前に開会式が執り行われるので、出場校の選手たちはみな制服着用で現地におもむく。さすがに全出場校のドレスをステージ上で同時着装となると、大会とは別であるショーイベントでもなければ難しいんだってさ。


「もう、りつ姉まだ髪やってんの。さっさとしな」

「もうできたって。花ごめん、いこっか」

「……あとでポニーテール直そっか。みーちゃん、じゃあ行ってくるね」

「ほい、がんばって~。りつ姉ぇも~」


 お姉ちゃん的には、もうちょっと気合の入った応援がほしいかなあ。


 家から出た私たちは(ちなみに小枝家には母屋と道場がある)、学校に通うのとは逆方向の電車に乗り、東京都内にある国立の総合体育館へと向かった。

 朝女メンバーは会場まで一時間ほどでたどり着けるけど、いくら手荷物が少ないドレスソードとはいえ、都心部まで遠征しなくてはならない学校さんは移動や宿泊なども余計にかかっているだろうから、ほんのちょっと申し訳なく思う。


「橋場先生は今日も来れないんだよねえ」

「うん、バスケ部の大会があるんだって。だからこっちには」

「薄情な担任だこと。現場責任とかそういうのいいの?」

「菖蒲さんがほかの先生に声をかけるって言ってたけど、どうだろうね」

「じゃあ脅しの材料にするか。私は赤点ですけど先生もこなかったですよねって」

「怒られちゃうよ」


 花がコロコロと笑った。地区大会から先、笑顔に精彩を欠いていた我が幼なじみであったが、この一か月でどうにか全盛期(律子比)まで持ち直したみたい。

 練習か、勉強か、自信か。なにかしらの問題が解決したんだろう。私はとくになにもできなかったので花のヒーローにはなれてなさそうだ。ちょっと嫉妬。


 ここー、ここー。恋子ちゃんの呼び声が会場前から聞こえた。可愛い。

 菖蒲先輩はまだ三つ編みのままだけど、恋子ちゃんのアシンメトリーな前髪は鉄壁のような作り込みだ。ハーフアップの編み上げもお外行きの仕上げである。私と花はとくにいつもと変わっていないけれど……ちっ、花めっ。よーく見てみるとショートヘアの艶がいつもよりも麗しい。さては母親の香油でも借りたな。


「律子」

「ん、葉月。おはよう」


 私たちが集まっていると葉月が近づいてきた。向こうのほうには妹の姿、先日の試合でボコボコにしてきた二年部長の真田さん、同じく二年の徳永さん、そのほか二人の生徒に先生らしき大人もいる。あれが流星館ドレソ部の一団なのだろう。


「控え選手もいるんだ。いいなあ」

「うちは全員そろって六人しかいないけどね」

「そうなんだ。もっとわんさかいるものかと」

「たぶんそっちと同じ。流星館にしたってドレソはドレソだから」


 新進気鋭を謳われようと実績のない現状では、そう事情は変わらないみたい。


「どう、調子は」

「おかげさまで。芯までバッキバキ」

「ごめん、とは言いづらいね」

「いいよ。いつかお返しするから」

「期待してる。じゃあ行くね。がんばって」

「うん、葉月も」


 成瀬姉妹とは大会が終わったあとにでも、あらためてドレソ女子会でもしてみたいものだ。惜しむらくは、ドレソの実力が釣り合っていないところだけど。


 みんなして「さーて行きましょう」と足を動かそうとしたとき、恋子ちゃんが突然立ち止まった。あれは知り合いなんだろうか。樹木が立ち並ぶ木陰の下、一人きりで会場のほうを見つめている、黄緑色の制服の女生徒から視線が外れない。


「あの子か。行ってくれば」

「……うん。菖蒲ちゃんたちは先に行ってて」

「うい。リッコと花は行くぞー」


 最もちっちゃな人が引率するところが、朝女ドレス部っぽいね。


「さっきの。恋子ちゃんの知り合いですか?」

「そんな感じ」

「あれ、ライムライト女学校の生徒ですよね」

「花は物知りだなあ」


 恋子ちゃんのようにたった一年の部活経験でも、右見ても左見ても他学校でも知り合いが増えるのかな。女子高ドレソ界の絶対数の少なさがうかがえる。

 私だって、たった二か月そこらで成瀬姉妹と顔見知りになったんだしね。


「ライムライトは今年、地区一回戦で敗退しちゃったんですよね」

「あれ、ライムライトって全国レベルの強さじゃないの」

「事情は知らねえけど、主力がいなくなったとかでボロ負けだとよ」

「うーむ、どこも卒業生が主力だと同じことになりそうなですね」

「桜花や黒須でもねえと、女子高ドレソ部は新陳代謝がクソだからな」

「クソって。言い方」

「おクソだからな」

「もー」


 うちだって大会が終わったら三年生の菖蒲先輩がいなくなっちゃうし、対岸の火事ではなさそうだ。ああでも、冬の個人戦のウィンターブレードとか、無差別級の無双剣とかに出るのなら、高校三年生の後半になっても卒業間近まで活動する人はいるのかな。当然、大学の内定が決まってからの話なんだろうけど。


 大きな総合体育館の特権か、控え室は各校ごとに用意されていた。みんな荷物を置いて一息ついたら、菖蒲先輩は眼鏡を外して、恋子ちゃんに髪をアップに結われていた。黙って髪を弄られている姿は透明感あるのにね。不思議なもんだ。


 関東中部地方大会の来場者は例年2000人を超えるという。しかも試合はネット中継もされるから、汗が天敵の化粧こそ最低限だけど、髪型はキメすぎても足りないくらい。乙女たちの戦いはドレス着装前からはじまっているのだから。

 余談だけど“大会基準の女子高生らしさ”を超過した化粧をしてしまうと、試合中のラウンド休憩時にメイクオーバーエリアで強制洗顔させられ、顔の違う選手が出てくるといった恐怖体験も起こり得るとか。観客より当人が恐れるホラーだ。


 開会式のアナウンスが入るまでの三十分間。心が負け犬なのか、現実感がないのか、非常にのんべんだらりと過ごせてしまった。みんなの表情には緊張こそ見えないけど、緩んでいる人はいなかった。私にとってのJDSはやっぱこの程度か。


 体育館ホールで行われた開会式には、各出場校の選手たちが制服姿で入場した。うわっ! あれっ! 白鳴女学院だっ! 真っ白な制服に黒縁ラインと金糸の刺繍が映えている。どう考えてもあの汚らしいローブにする意味がわからない、生粋のお嬢様感が匂ってくる。事実、白鳴はとんでもないお嬢様学校なのだから。


 大会主催のDress Sword開発機構、大会運営のドレスソード運営競技会の各代表者が、この場に相応しい頭に入ってこない挨拶を済ませると、大会開始を告げた。朝女は一回戦の第三試合だから、最初の第一試合か第二試合が終わったら出番がやってくる。二ステージ進行を踏まえると、今日も三十分後くらいかな。

 ひとまずみんなで控え室に戻ろうと、私たちは会場をあとにする。


 そしたら、出会ってしまったのさ。


「げっ! 七咲鈴子さんだ! 菖蒲先輩あれ、生ダガープリンセスですよ!」

「うるせえ。見ればわかるっつの」


 選手通用口の片隅にある木のベンチ。そこに白鳴の七咲鈴子さんが座っていた。


 ほかの白鳴メンバーが見当たらないことから、誰かの所要待ちだろうか。てか、うわあ、普通に超可愛い。七咲さんってメディアに出てくることがなくて、いつもはこれまた違う系統の金髪美少女が代理として出てくるから、彼女の姿形を見る機会はそれほどない。それこそ、昨年度のJDSの動画くらいのものである。


 髪はセミロングくらいかな。昨年の映像よりも長くなっているし、今は菖蒲先輩のように後ろ髪をアップにしてまとめている。美人さんな印象だけど、あどけない可愛さが先行しているというか、とりあえず羨ましいというほかない女の子だ。

 しかも、ぐひひ! ステージ上の大胆不敵で自信満々な暗殺者のイメージとは違い、手持ち無沙汰なのかキョロキョロしつつ、オドオドしている感じが小動物チックでたまらない。てゆうか、やばいね。これじゃあただのファンじゃん。


「ど、どうしましょう。制服ってサインしてもらっていいんですかね!」

「家族にぶん殴られる覚悟あんならいんじゃね」

「それは嫌です。あーなんかあるかなあ、持ってたかなあ」

「…………あっ」


 げげっ! 目が合った! 確実に目が合った! 七咲鈴子さんと目が合った! しかも立った! 立ってこっちに来てる気がする! やばいどうしよ心の準備ができていない! 七咲さんはニコッと笑いかけながらこっちに近づいてくる!

 まずいよ! きっと動画の向こうから気づいたんだ! 私がファンだって!


 もちろん、そんなことはなくて。


「久しぶりだね、菖蒲」

「ん、こっちはTVで見てたけどな」

「会うのは三年ぶりなんだから、やっぱり久しぶりだよ」

「そうかい」

「うーん、背はあんまし伸びてないね」

「うるせえタコ。自分の胸見て言え」

「し、失礼な、失礼なっ! これだってちょっとは」

「はいはい」

「んもう。真希名さんにはちゃんと連絡してる?」

「するかアホ。お前だってどうせしてねえだろ」

「まー、おっしゃるとおりで」

「てかさ、クイーンなのにプリンセスってIQザコすぎねえ?」

「……べつに言ってないし。勝手に言われてるだけだし」

「ドレスもやばすぎんだろ。センスがクソ。手癖も直ってねえし」

「……べつにカッコいいし。今年はダメって言われたし」

「家のほうは」

「……まだ。この一年で決まるか、決まらないと思う」

「そりゃそうだろうがボケ」

「んもう。菖蒲は。朝倉女子はどう」

「見てのとおりだな」

「そっか。すごく楽しそうだね」

「見てのとおりだよ」

「よかった。ドレスソードは、平気?」

「お前をぶっ飛ばすまではな」

「ひひひ、菖蒲らしいね」

「ああ、絶対にだ。絶対に、ぶっ飛ばしてやる。スズ」

「うん。待ってる」


 そうして、七咲鈴子さんは控え室に戻ったのだろうか。どこかへ行ってしまった。うんうん……うん……は? なになに? 意味不明なんですけど。


「菖蒲せん――」

「おら、道端でだるいイチャモン見せつけてんじゃねえぞクソチビ」


 私と花、一歩後ろにいる恋子ちゃんのさらに後ろから、末恐ろしい罵声が飛んできた。カツアゲだ、カツアゲだろう。こんな声色はカツアゲに違いない。


 三人とも恐る恐る後ろを振り向くと、そこには赤い校章が印象的な黒ブレザーに身を包んだ、ゆるふわサイドテールの女生徒がいた。一瞬、見間違えかと思った。それくらい容姿の女の子っぽさと、さっきのキレキレの発言が一致しない。


 みんなして固まっていると、クソチビが言い返した。


「うるせえ。クソヤンキーが幅きかせんな。おめえこそぶん殴るぞ」

「きっひっひ! 相変わらず頭が悪そうでちゅねえー菖蒲ちゃん」

「そっちは……顔と口もどっちかに寄せとけよ。普通にキモい」

「いんだよ。美少女で最強って、それってもう絶対最強だし」

「うっざ。絶対モテねえからな」

「きっひっひ! 菖蒲みてえな特殊な需要はたしかにねえわ」

「ぶん殴るぞウミネてめえ」

「……天河海音さんだ。黒須第一の」


 花が口にした二人目の乱入者の名は、天河海音さん。これから私たちが戦うことになる黒須第一のクイーンだ。これまた大物だった。いや、その、どゆこと。


「にしてもよお、近況報告くらいしろよ。あいつ気にしてんだぞ菖蒲のこと」

「知るか。そのうちぶっ飛ばすんだから、生きてりゃそれで十分だろ」

「こんのクソチビが。私に潰されんだから諦めろ。次で最後だ」

「うるせえ。お前から飛んどけお嬢さま」

「さいですか……つってもさあ、どうせ治ってねんだろ」

「治ったよ」

「うそつけ」

「絶好調だよ」

「お前ほんっと馬鹿だわ。ずっと馬鹿のまんまだわ、この先も」

「……うるせえ」

「そういうとこ大好きだけどな。きっひっひ!」


 きっひっひ。変な笑い方のまま、天河さんもどこかへいってしまった。

 さて、そして、問題は当の私たちだけど。この空気どうしたもんか。


「…………(どうすんのこれ)」

「…………(どうしようこれ)」

「…………(むぅーん)」


 まだ十五歳の私に、正解はわからない(九月に十六歳なるけどね)。


 朝女ドレス部としては明らかにつっこむしかないんだけど、誰がこの空気で菖蒲先輩にアタックすんのよ。花は露骨に目をそらしてるし、恋子ちゃんも難しい顔してこっち見ないし、私もこの状態に挟める軽快なトークなんてできないし。

 まもなく時間切れとなり、菖蒲先輩に「ほら行くぞ」と言われてしまった。


 私たちは控え室に戻ったけれど、みんなしてうまく会話できていない。

 大会よりもさっきのドラマに緊張している。いつもみたいに軽口で踏み込めないのは、菖蒲先輩がドレスソードをやっている理由があの二人な気がしたから。


 ぎこちない温度感のまま「今日は天気いいですねー」「お昼ご飯なに食べましょー」といった、今この瞬間に最もすべきでない無駄な会話で時間を潰してしまっていると、やがて第一試合終了のアナウンスが流れてきた。


 まずい。なにも聞けないまま出番がやってくると、さすがに座りが悪い。

 思いきって小枝律子。ひとつだけでいいから聞いておかなければならない。


「菖蒲先輩。さっきのは」

「時間ねえから今度な」

「……それでもいいですけど、ひとつだけ」

「ん」

「治ってない、ってなにがです」

「治った、って言ったぞ」

「うそつけ、って言われてました」

「知らない人の言うことは気にすんな」

「菖蒲ちゃんね、視力が年々悪くなってるんだ」


 菖蒲先輩がキッと睨みつけたけど、恋子ちゃんの口は止まらない。


「……視力?」

「菖蒲ちゃん、練習や試合ではこっそりコンタクトレンズなの」

「菖蒲先輩の眼鏡は、伊達眼鏡って言ってましたよ」

「ステージが本分だから日常生活の視力なんざ伊達だ伊達だ! って」

「うるせえぞ恋子」


 恋子ちゃんはそう言われたときのことでも思い出したのか、楽し気に笑った。


「そうだったんですか。つまり大丈夫ってことですか?」

「ううん、たぶん全然。言わないけどそんな気するもん」

「なるほど。で、どうなんです? 菖蒲先輩?」


 先輩はふてくされた子供のような顔をしていたけれど、口は開いた。


「怪我でも病気でもない。リッコの頭が悪いのと同じ。眼が悪いだけだよ」

「いや、だから、ちゃんと見えてるんですか?」

「言ったろ。今が私の最盛期だって」

「はーもう。強情なんだからー」


 このままだと菖蒲先輩が素直に話しはじめるよりも先に、試合のほうがはじまってしまいそうだ。とにかく、いつぞやに菖蒲先輩が口にした「今が私の最盛期」という言葉は、おそらく文字通りの意味で、目が悪くなっていく一方の先輩は視力が悪化していくほど選手としての能力も下がっていく。そういうことなんだろう。


 今の彼女の眼には、どこまで映っているのか。どれだけ捉えられるのか。

 口を割らせるのは至難の業だろうし、私たちにこれ以上ワチャワチャとやっていも時間はない。だけど、もうひとつだけ。私の身体のなにが突き動かしているのかはわからないけれど、もうひとつだけ、どうしても聞かせてほしいと思った。


「んじゃ眼のことはいいですから、最後にもうひとつだけ」

「欲張るなあ、おい」

「先輩はJDS勝ちたいんですか」

「ん……そうだな。そうだと思う」

「天河さんを倒して、七咲さんも絶対倒したいんですよね」

「そうだ」

「うん、ならいいです。私も勝ちたくなってきました」

「いやいいって、そういうの。私の話だし」

「そう言われても、もう思っちゃったから仕方ないんですう」


 菖蒲先輩と七咲さんと天河さん。彼女たちがどんな関係なのかは、話を聞くその日までいったん棚においてあげよう。だけど先輩が口にした「絶対にぶっ飛ばしてやる」。その言葉に込められていたものは、たった三か月の付き合いだけどさ。

 今までにない想いの強さを感じた。だから今は事情なんてどうでもいい。


 先輩が勝ちたい。なら私も勝ちたい。それだけでいい。便乗だなんだと馬鹿にされてもいいさ。JDSに現実感も切迫感も持ってこなかった私を、たった一言でやる気にさせたんだ。構うもんか。私も勝ちたくなった。負けてたまるか。そう思わせただけで大した先輩じゃないか。花だって恋子ちゃんだって、イイ顔してる。


 初めてかな。ここにきてようやく、みんなで朝女ドレソ部になった気がする。

 すでに取り返しがつかない時間なのは重々承知だ。私たちは仲が良くても、ドレソのチームワークを養えていない。そのうえ敵はめっぽう強大ときた。


 試合に遅れるわけにはいかないので、四人で熱い団結の儀式をするでもなく、とくにカッコもつかないまま、みんな急ぎ足で選手入場口へと向かった。

 着いた扉の先には青い壁。その先にメイクオーバーエリアが広がっている。そこに入れば私たちは、今だけのシンデレラとなり、華麗に優雅にステージを舞う。


 負けられないって考えるのは今の私には傲慢だけど、負けたくないって思うのは今の私の勝手だ。能天気に健やかに、小枝律子らしくぶつかりましょう。

 そう思うと少しだけ気が楽になって、さっきから情けなく震えていた両足にも突然抗議がしたくなって、選手入場口の目の前でいきなり叫んじゃった。


「あーあー! やっぱ私たちもドレス作りたいなー!」

「ふふ。大会が終わったら、本当に考えてみよっか?」

「私も私も―。やっぱもっと可愛いのにしたいよねー」

「うるせえなマジで。ほらっ、とっとと行くぞボケが」


 壁の先には乙女の決戦場。身だしなみは完璧。勝ち目はないけど気合も十分。


「ぷぷ、菖蒲先輩。右手と右足が一緒に出てますが?」

「あは、菖蒲さんでも緊張することってあるんですね」

「いいよねぇ、こういう可愛い小動物っぽいところー」

「クソ。黙れシバくぞ! 終わったらシバくかんな!」


 負けたって気にしない。勝てるほうがおかしいし。それでも、ちょっとだけ。


「さあて。あいつら全員、顔面からぶっ飛ばしてやれ」


 そのときになって、私たちは悔しがるのかもしれない。



【Dress Sword Start-up……「朝倉女子」vs「黒須第一」…………First Look.】


【Lady to Ready……Round 1…………On Stage.】

次回「黒赤のブルーティッヒファング」(2)。

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