凛と激しく(3)
夏が過ぎ去り、小学校の二学期がはじまり、変わらぬ毎日が流れていく。
秋の紅葉も枯れ、山が色をなくした冬場。久々の雪が降り積もった。
七咲一刀流道場では年末、最終日の稽古後に納会が開かれた。鈴子ら子供たちは、保護者たちが作って持ち寄った自慢の料理や飲み物を味わったら解散となるが、齢二十や三十をすぎた門下生にとっては、師範や師範代らが無礼講を効かせてくれる、年に一回の飲み会とあり、気分が盛り上がる一日だ。
とくに成人を迎えた若者がいる年は、それまで子供の領域で扱われてきた立場から、今まで稽古してくれた大人たちと同じ土俵に上がれたワクワク感が付随して、彼らの剣の心に七咲一刀流への新しい愛着が芽生える。
ここ数年に関しては、奇剣の愛娘の突拍子のなさが酒の肴になりがちだが。
ちなみに、秋に最終回を迎えるはずだったアニメ「亡き月のクライムレディ」は、よろしくない事情があったのか放送休止を二度はさんだ。そのせいで最後に駆け足で月の新王は倒したものの、最終回の第二六話は放送されずじまい。
それから約一か月、鈴子はグズってわめき、ろくに稽古に出なかった。
町にかすかな雪化粧を残して明けた、二〇二九年の年始。
七咲一刀流道場では年長者が率先する餅つき会が開かれた。そこには道場関係者のみならず、門下生たちの保護者らや近所の顔なじみ、道は違えど交流のある武道系団体の年長者らも足を運び、明るい新年の幕開けを賑々しく盛り上げた。毎年ゆうに百を超える来場者であふれる、この道場の風物詩である。
また、今年は新興競技ドレスソードにおける夏の第一回大会で優勝した皆木一菜が、人生初の杵を手に餅をついた。脇で捏ね取りをするのは壮年の師範代ら。
餅を杵で突く役は、七咲一刀流に通う子らの憧れであるから、姉弟子の華々しい抜擢には鈴子も「私もやりたーい!」と妬ましく騒いだ。
人が百もいれば、話題も百人百色であるが、今年はなかでもドレスソードの話題が豊富であった。世間を賑わせてるとは言えぬ、いまだ一部の者しか知らぬ先進的な取り組みではあるが、その“一部の者”が多いのもまたこの場だった。
「七咲師範のおかげで、ドレスソードの立ち上がりもうまくいきました」
「私はなにもしておりません。すべては彦星と須磨研究所の尽力ですよ」
「なにをおっしゃいますか。先生がいなければJDSはお遊戯でおしまいでしたよ」
「まったくです。一菜ちゃんたちがJDSで見せた本物感。あれこそがドレソです」
白石の庭の一角でも、鈴子の父を囲んだ関係者らが盛り上がっている。
「それこそ、一菜自身のがんばり。彼女が稽古の成果を発揮したまでです」
「それでもですよ。現状は一菜ちゃんたちあってのJDSとすら言えますし」
「ほかの高校は低調でしたからねえ。まあ、我々もサポートのせいとも……」
「では一菜だけではなく、伊勢さん、坂田さん、閉野さんにもぜひ礼を」
「すでに抜かりなく。彼女たちの存在が、今後の華々しさの要となりますから」
手に取れないはずの電子情報を特定区域内に物体化する、そんな次世代技術を目の当たりにさせた、ファッション業界の接触型情報出力システム「Dress Code」(ドレスコード)が一般公開されてから六年。ドレスコードの基礎モジュールを研究ベースに、人体での接触および着脱が可能なドレス(服飾)、人体への非干渉および非外傷性を担保したソード(武装)、規範性と競技性を組み込んだ集団戦闘競技種目「Dress Sword」(ドレスソード)が二〇二八年に一般公開された。
あくまで現実空間に依拠した半仮想空間で戦闘するドレスソードは、刺激的かつ未来的な様相も含め、関係者間では誕生前からブームが期待されていた。
その潮流を作り上げるためにも、近接武装を用いた集団ないし個人での戦闘行動の安全性を認知させると同時に、幅広い指南が必要だと考えられた。
簡潔に、「なぜ危なくないのか」「どう戦うのか」を「誰が教える」かだ。
そこでドレスソードの権利・運用元のDress Sword開発機構 彦星、ならびに須磨研究所主催 共同開発委員会は、実際の大会運営・普及活動・選手育成に関して競技発足に先立ち、下部組織たるドレスソード運営競技会を設立。
機関の構成員は古今東西の剣道・剣術をはじめとする武道道場の識者らであり、彼ら運営競技会スタッフには次世代競技の牽引と規範の認知を担ってもらうことにした。現金な話、生計の助けになるくらいの特別補助金も用意しつつ。
鈴子の父はもとからの人脈のつながりも大きいが、彦星からの積極的なアプローチを受けた結果、今は競技会の幹部の席に座っている。ドレスコードの一般公開は二〇二八年だが、彼は運営協議会が設立された二〇二七年から、開発基礎研究の協力期間から数えるともっと長い年月、ドレスソードと関わりを持っていた。
当のドレスソードは、ステージを出力するプラットフォーム導入にあたる予算や労力、競技ができるだけのスペース、デキる理解者の総数などの問題もあり、日本をはじめとする全世界での契約数はまだまだ非常に少ない。
昨年の立ち上がりについても、さまざまな制約によって小規模なものにならざるを得なかったが、餅つきにやってきたドレスソード関係者らの顔は明るい。
「七咲師範の娘さんも筋がいいと聞きますし。いずれはやってくれますかね」
「鈴子の性に合う競技かとは思いますが……精神が追いつくまでは、いかんせん」
「だいぶヤンチャとお聞きしています。だからこそ、うってつけでしょう」
「いやはや、お恥ずかしいかぎりで」
今でこそ明るいが、彼らにも昨年まで、唯一にして最大の誤算があった。
ドレスなどを構成する高度情報の出力試験時、大多数の被験男性が治療を要するほどの重度の情報酔いに襲われた一方で、被験女性には極少数、かつ軽度の症状しか見られなかった。これにより、問題解決と技術革新によるブレイクスルーが起きるまで、表の場では女性専門の競技として推進せざるを得なかった。
女性向け競技としての枠組みは当初、興業的な意味合いが強い試案でしかなかったが、問題が発覚したのは正式技術が確立された二〇二七年とあって、競技のスタートは企画段階の構想とはかけ離れたものである、高等女子学校を受け皿とする「全国女子高ドレスソード体育大会(JDS)」とするほかなかった。
それゆえに。事業のちいさな成功とは裏腹に、男たちには思うことがある。
「……最初のコンセプトは、男子の憧れの競技でしたのにねえ」
「……ずっと、僕もやれると思って作ってたんですけどね、ドレスソード」
「……門下生の前では口にしませんが、かくいう私も」
次代の計画を推進した、彦星の者たちも。
開発に信念を捧げた、須磨研究所の者たちも。
鈴子の父をはじめ、協力した武道側の者たちも。
年齢は関係なく、ドレスソード発足に向けてがんばってきた男の子たちのしょぼくれた背中は、競技が華やかな第一歩を踏み出せた今でも、パッと見で興味なさげな女子たちに巨大ロボットを取り上げられてしまった、男子のそれなのだ。
二〇二九年。二月の末日。七咲一刀流道場にはいつもよりも活気があった。
稽古場には年齢性別問わず、下から上まで胴着姿の者が多く詰めかけている。
そこから距離が離れた母屋も例外ではなく、母と娘が騒がしい。
「鈴ちゃーん。昇級試験がんばってねー」
「へいへい。どーせ楽勝だって」
「んー……お父さん、最近厳しいから気をつけてね?」
「お説教は聞き流すから、だいじょーぶ」
新年の年明け以降、胴着と袴はすっかり着ておらず、最近はTシャツにジャージで練習していた記憶しかない。着替えが楽でいいのだ。
「ああそれとね、来月になったら中学校の制服も仕立てにいくからねー」
「わざと大きめに作っておくのだけは、やだかんねっ」
先を見越した服選びで悲しいことになった年代は、多々思いつく。
「んじゃ、いってくー」
「鈴ちゃん、ふぁいとー」
残念。ゆるい声援を受ける前から、当人の気は抜けていた。
秋ごろに最終回を迎えるはずだった「亡き月のクライムレディ」が、フィナーレの大団円を迎える直前に放送終了になってから、早数か月。
作中ではサキが月の新王を討ったものの、明らかにその後のエピローグがあるであろう予告までしておきながら、最終回は打ち切りとなった。なぜなのか? 言わずもがな。制作期間が足りなかったのだろう。放送スケジュールを二回ほど飛ばし、同じ内容の総集編を二回流すという荒技も駆使したが、力尽きたのだ。
それもあっての“月クラ”ロスにより、昨年末は稽古に行かない日が増えた。
サボりの日は喪中に服し、アニメ視聴を連れ添ったTシャツとジャージを喪服とし、紫織に泣きだされそうな剣幕で説得されながらも、ひとり裏庭で木剣を振って遊んでいた。道場で鍛錬しても、裏庭で遊んでも、同じくらい強くなれるのなら、好きなことをやっているほうがお得だ――それが彼女の言い分である。
けれど、今日という日は、久々に正装で道場に出向くほかない。
本日行われる七咲一刀流道場の昇級および昇段試験は、国や特定団体が認定する公式制度ではなく、あくまで内々での評価制度でしかないものの、だからといって無視できる門下生はいない。昇級昇段を志すものでなくとも、都合のつく大多数の剣士たちは年二回、積極的に参加し、練習の成果を披露してきた。
鈴子もご多分に漏れず、未成年者の組分けである少年少女部で参加する。級位や段位にはそれほど惹かれないが、実力で肩を並べる紫織に一歩先に行かれるのは気に食わない。また、このまま順調に肩書きが強まれば、ほかの者たちも自由気ままな振る舞いを納得するだろうことから「私ってば賢い」と考えている。
母屋の縁側を歩き、道場につながる渡り廊下を進み、白石の表庭に面した道場の縁側を踏みしめる。冬の寒々しい池の水面には、パクパクパク。等間隔の波紋が走っている。きっと鯉たちのボイスパーカッションが成す波だ。
まもなく道場に近づくと、入り口前に防具まで着込んだ親友の姿があった。
「しおりー」
「リン、おはようございます。すこし遅いですよ」
「ひひひ、しゃーせん」
「久方ぶりの胴着ですね……あら、髪留めはどうしました」
指摘されて、ふと髪に手をあてる。そこに三色菫のバレッタはなかった。
「お、ありゃ、忘れてた。まいーや」
「まったく……これから昇級試験だというのに、緊張感がありませんね」
「月に比べたら、地球なんてこんなもんでしょ」
「あれから月がどうなったのかも分からないのに?」
「それゆーなーっ!」
ええい、失礼な、失礼なっ! まったくもーもー。紫織ってば失礼だわ、もー。
たぶんだけど紫織の昇級は固い。やる前から分かる。これまでの真面目ちゃんなガンバリだけで、合格点どころかおつりが出るような子なんだから。
対して私は、これまでの悪行の積み重ねをなぎ倒すくらいの加点か、それ相応の剣が求められるはず。試験内容は一対一の練習試合。その場の勝敗や技術がそのまま査収されるものではないってお父さんは言うけど、それにしたってだ。
(私の相手、どーせ紫織だろうし)
私と同じくらい実力の人なんて、年齢層をかなり上げないといないしね。
準備万端の紫織をわき目に、稽古場に隣接した更衣室で、自分用の棚から防具を取り出す。胴当て、小手、ひじひざ当て、頭部のプロテクター。よしよし。
七咲流の木剣は角が削られて、丸みを帯びた刀身だけど、ほどよい重量がある。剣道の竹刀と比べると素材の違いもあり、相手の体を打つことも禁止されている。痛いのはヤだけど、それで実力派って。これぞサキの言うギマンに違いない。
剣術の危なさはちゃんと理解しているけど、どっちつかずが鼻につく。
「すずこちゃん! すずこちゃん! みてみて胴着きれた!」
「おはようございます、すずこさん!」
おっ、小うるさい小学三年生たちのお出ましだ。
「チーとアヤヤも試験やるんだ」
「そー! すっごいきんちょう! ボクきんちょうしてる!」
「どこがだよ」
「わたしもお手て、ブルブルしてます」
「ほんとだ。小鹿みたいじゃんかわいい。んまっ、二人ともがんばりなー」
低学年の子らの課題なんて、所詮はお子ちゃまな演舞だしね。
「がんばるー! ボクもすずこちゃんみたくなりたーい!」
「わたしもがんばりますっ!」
「かわゆい妹弟子どもめ。あとで隠し抜刀の新技おしえちゃる」
「わーい!」
私よりも下の年代の子らは全部で数人と少なく、私の最強剣技に魅了されているか、ドン引きしているかのどちらかだ。魅力的だから仕方ないね。
一方で、上の年代は数十人といるけど、驚きの声はあげてくれるも、ほめ言葉は全然ない。ほめてもらうことはどうでもいいから、それ自体はいいんだけど。面と向かってほめるには場所と立場が悪すぎるんだろうね、ひひひ。
私としては、存在が迷惑と思われていなければそれでいいの。一部の真面目な門下生や師範代にはそう思われても仕方ないけど、そこはこう「七咲流の愛娘」って威光を振りかざしておけば、触れるに触れられない無敵のお姫さまになれるしね。使えるものはなんでも利用する。それが生きやすく生きるコツなんだから。
次回「凛と激しく」(4)。




