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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
亡き月のクライムレディ編(Act 13)
100/205

凛と激しく(2)

――荒れ果てた地球の色が枯れ、新天地を求めた人類が月に移住してから五百年。月の王族の姫「サキ」は十七歳になったその日、没落貴族たちのクーデターにより、大切な家族や大好きな友を失った。悪意はびこる凄惨な場から逃げ延びた彼女は、ただひとつ持ち出せた真月剣パニッシュメント・ルナを左手に握りしめ、月の新王を名乗る、すべてを奪った反徒たちへの復讐を胸に誓う。


 という、シリアスな内容のアニメが「亡き月のクライムレディ」である。


 近年、まもなく一般開放がはじまるという月面遊覧飛行国策を前にして、ハードな世界観と悲壮なヒロイズムをテーマに送り出された本作は、地上波でのTV放送が開始してからというもの、「月面で肺呼吸している登場人物」「文明が封建制度」「展開が安っぽい」「銃器が出てこないうえに、真月剣がなぜか日本刀」などなど、笑いづらいツッコミどころの数々で視聴者を不評を買っていた。


 二〇二八年の春からはじまった1クール目は、駆け足な展開こそ目立ったものの、文化が読み取れないやたらと奇抜な悪役たちや、折り返しの十三話になるまでサキの復讐がはじまらなかったことを除けば、おおむね低評価に収まっていた。

 まもなくクライマックスを迎える2クール目は、ようやくはじまったサキの復讐も小規模で、しかも一話やるごとに月海、月山といった謎のロケーションが登場し、現地の心優しい美男美女たちと謎の水着回や謎のサバイバル回を繰り広げる話をはさんできたことで、見識あるアニメファンはここにきて離脱した。


 今も残る視聴者と言えば、歴史をその目に焼きつけたい研究家、感想のお祭りを楽しみたいはしゃぎ屋、結論を覆したい一発屋、加えて「これが楽しい」と思えるくらいの教養の持ち主。つまるところ、鈴子のような者だけだった。


 といっても。


「はぁーん……サキすてきー……すきー……」

 画面内の金髪少女を見つめる、熱に浮かされた目は幸せそうでなにより。


 それに、これだけ恍惚な表情を浮かべるファンがひとりでもいるのなら、亡き月のクライムレディの制作陣も本望で、多少は報われるというものだろう。

 その声が実際に彼らの耳に届くか、届かないかは、別の話としても。


「リンは本当にこのアニメが好きですねえ……私にはよく分かりませんが」

 ずずー。おばあちゃんのように緑茶をすすりながら、紫織が一言。


 昨年までは小学生男子がハマっていそうな熱血作品にのめり込んでいたが。この春からはすこし背伸びしたのか、雰囲気だけは大人っぽい作品にハマっている友人を、湯気の立つお茶をすすりながら、しげしげと見つめる。

 これは嗜好の成長と見るべきか、はたまた不穏な分岐路と見るべきか。


「だってカッコいいじゃん! 私もパニッシュメント・ルナほしーよー」

「私には、ただの日本刀にしか見えないのですが」

「違うし! 月光の光を真月解放すると国とか滅ぼせるし!」

「月光の光って……頭痛が痛いじゃないんですから」


 家柄がそれなりに太く、人としての育ちもいい紫織は、小学六年生にしてすでに京美人といった落ち着きがある。鈴子と比べればなおさらだ。

 剣の正統さもその心身を映したかのように清らかで、事実師範らからの評価も高く、年明けの昇級試験から先、早くも段位昇段の話も進められるのだとか。


「この子、なぜ月でサッカーをしながら、相手選手にあがなえと言うのでしょう」

「――“贖え叛徒よ、その血は 月を照らす”」

「べつにモノマネしろとは頼んでいませんが……まったく、うふふ」


 小学校にあがり、奇しくも七咲一刀流道場で知り合った鈴子と紫織はそれからずっと仲がよく、ケンカをしたこともない。紫織が母や姉のように鈴子をたしなめることはあれど、一緒になって稽古に遅刻することを、謝罪ありきでも確固たる信念のもとで選んでしまえるくらい、紫織は鈴子、いやリンにお熱だ。


 それはもはや、妄信的と言ってもいいくらいに過剰に熱々だ。


 学校も道場も休みの今、二人は遊んでいる最中だった。遊んでいるといっても、事前の連絡もなしにやってきた紫織が七咲家に上がり込んだだけである。

 小学生同士のコミュニケーションとしてはよくあることではあるが、紫織が抱く「私がリンと一緒にいるのは当然のことです」の意味合いをただしく認識できている者はいない。それどころか、本人も未熟な感情を解釈しきれてはいない。


 友情と愛情のあいまいな混合物からなる、ただ一緒にいたいと思う情動。

 人格形成の真っただ中にいる小学生とあれば、それもまた不思議ではない。


「紫織ちゃーん。お昼ご飯、食べてくでしょー?」

 鈴子の母が、台所の小窓から顔だけ出して尋ねた。


「はい、いただきます」

 遠慮はない。もう当たり前になりすぎて、親同士の連絡もしなくなった。


「おかーさーん。お昼なにー?」

「お歳暮の残り物の最後のおそーめんでーす」

「げえ、また素麺! もう飽きたあ!」

「私はおばさまの素麺のおつゆ、大好きです」

「あら、ありがと。紫織ちゃんはほんとにいい子よねえ。ウチのと違って!」

「へいへい。聞き飽き聞き飽き」


 そうしているとトコトコと。鈴子の母がいる台所とは逆側の壁越しから、居間に向かってくる誰かの足音が聞こえてくる。軽い足取りは若さを感じさせる。

 ガラガラ。障子を開けた人物は、この春から女子高生の姉弟子、皆木一菜。


「おばさーん。今もしかして素麺って言ったー?」

「一菜ちゃん、もしかして道場いたの? 一菜ちゃんも食べるー?」

「ごちでーす! 朝から稽古稽古でお腹ぺっこぺこだったんですよお!」

 鈴子が幼児のころからお姉さん役だった一菜は、七咲家の家族のようなもの。


「うげげー、一菜ちゃんさあ。朝から木剣ふってたの」

「あんたと違って真面目なの。ああ、やっぱ紫織もいたんだ」

「おつかれさまです。一菜さんは高校生になってから練習量が増えましたよね」

「まーね。ドレスソードの練習は当分、リアルでやるほうがマシなのよ」

「ああ。そういえば先日、ジェー……なんとかという大会で優勝されたとか」

「JDSね。ありゃ優勝ってか、不慣れなほかの子らが勝手に脱落しただけかな」

「なんかそんなん言ってたね。全然覚えてないけど」


 七咲一刀流道場のなかでも、小学生のころからこの年まで通い続けてきた一菜は、実力も年季もほかの門下生とは頭ひとつ抜けている。ここ数年はとくに、大の大人でも彼女のパワフルな剣技についていける者が少なくなった。


 七咲流は剣の型を教えるが、人前に出る場での規定に縛られた剣道とは違う剣術の流派とあり、守を教え、破を養い、離を助けるといった性質もある。ともすれば自由な剣術と言えるが、剣道との違いは「評価される場」が少ないこと。

 同じような教えを持ち、なおかつ新興や実業としてのパフォーマンスではない真っ当な剣術道場となると、今現在で縁のあるところはひとつしかない。ゆえに他流派との試合や大会もなく、段位はあっても手前の内訳のためでしかない。


 そのため、七咲一刀流はこれまで表向きに名を上げる場などなかったのだが。

 二〇二八年。時代が変わった。新興競技「ドレスソード」の誕生によって。


「楽しいの? 普通に剣で斬り合うんでしょ」

「ソードは実体じゃないから、斬り合いはするけどケガはしないよ」

「なんでも、ドレスを着るのでしたっけ」

「それも実体じゃないから。なんていうか説明しづらいけど、SFよSF」

「ふーん」

「面白そうではありますが、なんとも理解しがたいです」


 このように、一菜が春からやりはじめたというドレスソードについてはこれまで何度か説明されたことはある。だが、いまいち要領を得ないせいで、鈴子も紫織もピンときたことがない。どういう競技なのかが伝わってこないのだ。

 それに全国大会と言いつつ、初年度は四校しか参加しなかったという微妙な実情もあり、女子剣士とはあれども興味を刺激されるには至らなかった。


 ケガなく剣闘できると言われると、不謹慎ながらあらゆる剣術家が「マジで!?」と喜び勇みそうな話ではあるのだが。実態が伝わってこないことには「一菜ちゃんみたいなイケイケの女子高生がやってるなにか」の域を超えないわけだ。


「実際にやれるとこも、見れるとこもまだ全然ないしね。学校もステージは平日しか使わせてくれないし。鈴のおじさんはドレスソードを後援してくれてるのもあって理解あるほうだけど、剣で斬り合うって、そこだけ切り取って高校の保護者会も大騒ぎしたみたいだし。友だちの剣道会もええーい、けしからん! けしからん! って抗議してるみたいでさあ。この先も続くのかは分かんないかな」


 そりゃそうだ。鈴子もお遊びで好き勝手に剣を振るうが、剣道とも遜色のないガッチリめの防具越しとはいえ、紫織ないし誰かの身体を「木剣で遠慮なく振りきって叩いたこと」はない。それはいけないことだから。

 モノが人体に影響しない剣と言われたところで、人を剣で斬る。そこに反発する有識者がいてもおかしくはない。ひいては、子供の教育に悪いとされても。


「道場にドレスソードプラットフォームがあれば、鈴は絶対ハマると思うけどね」

「えー、よく分かんないし。べつにいーや」

 これ以上に明快な理由を含んだ返事というのは、世の中めったにない。


「あんたの好きな、あれ、なんとかのなんとかみたいなこともできるよ」

「だから、亡き月のクライムレディ! それにサキの戦いはお遊びじゃないの!」

「なに言ってんだか。ま、天河のじいさんとこにあるし、二人もそのうち行こ」

「はーい、みんなお待たせー。お母さん特製、残り物のお素麺でーす」


 台所から、夏の終わりごろにピッタリの料理がやってくる。


 鈴子の母が両手で抱えてきた透明なガラス製の器には、残り物をこの機会に一斉処分してやるとばかりにてんこ盛りにされた真っ白な素麺と、冷たい氷がコロコロと浮かんでいた。二人、三人でもキツそうな量だが、女衆は飢饉にあえぐ鯉のような口さばきでパクパクと食べ進め、十五分もすると氷だけ残して平らげた。

 なお、四本だけ入っていたピンク色の麺は、鈴子が真っ先に奪い取った。


 四人のレディの食事が済むと、一番にギブアップしていた鈴子が、ガラス容器のなかで解け残った氷を箸で転がして遊びはじめる。カラン、コロン。

 まだまだ陽が高い季節に、夏を感じさせる風流な音色が転がる。


 そこに。ガラガラと。障子を開ける音がした。


「母さん、お昼はあるだろうか」

 道場の昼休み中の父。首元はすこし汗ばんでいる。


「あらやだ、ごめんなさいお父さん。お素麺ちょうど食べ終わっちゃった」

「げぷー」

「ごちそうさまでした」

「おじさん、お先にごちでーす」

「……そうか」

 顔つきはそのままに、大の男の両肩がしょぼんと落ちる。


「お父さんお父さん。カップ麺ならありますけど、作りましょうか?」

「私がやろう。休んでいてくれ」

 鈴子の父はついでとばかりに、女たちが食い散らかした食器を下げていく。


 道場では頂にいる師範でも、母屋では女衆の丁稚奉公。それは女性陣らの強権ではなく、そうしろと言われてきた習慣でもない。男ひとりの家の彼なりの気遣い。それが下から真ん中から上まで女だらけな七咲家で生きていくコツなのだ。

 世間的に、ありていに言うのならば。鈴子の父は“いいお父さん”である。



 それじゃ稽古に戻るわ、と。一菜が居間を離れ、次いでカップ麺で腹を満たした鈴子の父があとを追う。母は鼻歌まじりに洗い物をし、その隣で紫織が濡れた食器を布巾で撫でる。残った鈴子は引き続き、画面に映したアニメに夢中。


「うはー! ここよ! これよ! くぅーっ、サキを嫌ってたはずの暗殺者ミオが手助けするところ! くぅーっ! ミオかっこいいよー! サキにもミオみたいな必殺技があったら真似すんのになー。さすがに木剣は光らせらんないしなー」


 まるで、真昼間から居酒屋で管を巻くおっさんのそれである。


 アニメや漫画は嗜む程度で、フリークの域には達していないものの、亡き月のクライムレディがはじまってからというもの、その気が出てきている。

 母は依然「鈴ちゃんは毎日楽しそうでいいわねー」と娘の育ちに不満はないが、剣の稽古の支障が大きくなってきたことで、昔気質な父や、鈴子以外には潔癖気味な紫織の顔色も、怪訝さの色が濃くなってきた。それでも当人の幸せを邪魔しないスタンスとあって、鈴子の怠惰な幸福をとがめる者はこの家にはいない。


 なんだかんだ、彼女は実力を差し引いても、甘やかされっ子なのである。


「ミオの隠し抜刀かっけえ! やりたい! 木剣しまえる鞘を探さないと」

 このあと裏庭で、ここ一か月のブームであるミオごっこをしようと決意する。


 道場では不真面目だが、やりたい剣にはわりと真面目。これまでも少年漫画やアニメに出てきた必殺技をひとりでコソコソ練習したり、紫織に付き合わせたりしてまねしてきた。それらは七咲一刀流の教えとは極めて相反するものだが、現実の剣術を知り、自らの才覚で機敏にアレンジすることで実践的に仕上げたまね技は、いずれも「使えれば使えそう」といった領域にまで昇華させられている。


 そういった数々を目にして、大人たちは驚くのだ。「わりとありかも」と。

 ゆえにお遊びと一蹴しづらいところが、七咲鈴子の真に厄介なところだった。


「しおりー。木剣の鞘とか持ってるー?」

 背中から畳に寝そべり、背後の台所にいる友人に問う。


「鞘ですか? 持っていませんが。なにに使うのです」

 布巾で手を拭きながら、紫織はだらしない寝そべり娘を見下ろした。


「ミオの隠し抜刀ぉ。今見返したら技名ないけど、三種類くらいあったの」

「……ですから、七咲流に抜刀術は存在しませんよ」

「いーじゃんいーじゃん。町で辻斬りにあったとき用に研究しよーよー」

「いかに京都であれ、現代に辻斬りをする輩はおりません」

「なら、私が第一人者になるからー」

「まったく」

 そう言いながらも付き合うのが、紫織ちゃんである。


「鈴ちゃんも紫織ちゃんも、ケガだけはしないでちょうだいよー」

 バタバタと居間を出ていく二人の背中に、母のいつもの困り声がかけられた。

次回「凛と激しく」(3)。

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