婚約破棄のための大根演技
はあ、もぅ(この国)まぢ無理、、、。
おっと、現実逃避がしたすぎて思わずふざけてしまいましたわ。
目の前にいるのは私の婚約者である麗しの王子様(笑)、その後ろにはよくわからん震える小娘、そのまわりにはどいつもこいつもいいところの坊ちゃんたち。
もう一度それを意識したとこでまた私は遠い目をしてしまった。うーん、控えめに言ってこいつらあほ。
「おい聞いているのかマリアンナ!俺はお前との婚約を破棄する!」
「そ、そんな……!」
私は必死に驚いたように声を上げ口元を押さえる。大根になってはなかろうか。
本日は学園生徒たち参加による卒業パーティ。大きな広間にたくさんの生徒たちが集まっていた。その中でのこの騒ぎ。貴族界に激震が走るわね。いや〜さすが私の王子様。
「なっ……。まあいい。素直に従うならかまわん。だが、お前がエリシアをいじめたいくつもの行為、忘れたとは言わせんぞ!」
「わ、私は悪くありませんわ!」
こんな感じだろうか?いや、実際何もしてないので悪くないのだが。
ついでに男たちの真ん中でブルブルバイブレーションのように震えてる令嬢をキッと睨みつける。ビクッと肩を震わせたその姿に他の男が彼女の肩を抱き寄せた。
それにしても、酷い震えね。是非ともた〇し城のとなりでタンスに入ってもらいたいわ。素敵なセッションになりそう。
「しょ、証拠はあるんですの!?」
「証拠はないが動機はあるだろう!」
一瞬真顔になるかと思った。証拠くらい捏造してくれ。
己の婚約者のアホ加減に嫌気がさしてくる。幼い頃から見知った顔ではあったが、まさかこんな人間になるとは。昔は可愛かったのにな。
私ができる女だったら婚約者として普通の人間になるよううまく誘導できたのかもしれない。
けど、たとえそれが可能だったとしてもそこまで面倒みるのは嫌だわ。私はお前のママじゃない。
「アリシアは平民ながら魔法の才がある、対してお前は貴族のくせに魔法が一切使えない。嫉妬するには充分だろう」
「っ……!それは、」
私は証拠を出せと言ったのだ。別に動機を列挙しろとは言っていない。
確かに私は全くと言っていいほど魔法を使えない。魔力が無いわけではないのだが、それを自力で外に放出できないのだ。そのままだと危ないため魔道具などを日々使っている。
だからといって嫉妬するかは別だろう。私は魔法に頼らなくとも充分生きていける。
「私、何もしていませんわ!信じてくださいまし!」
「ふん!お前みたいな差別意識が根付いたような女、信じられるか!」
??? そこでその話でてくるの?
涙なんて微塵も出ないが顔をおさえ泣き真似をする。その下で結局真顔になってしまった。今なら背景宇宙にしてもらったらいい感じのコラ画像になれそう。
「エリシアに対する様々な非道な行い……。最終的に階段から突き落とすなんて!一歩間違えたら死んでいたんだぞ!到底許せるものでは無い。お前は国外追放に処す!」
「そ、そんな!お待ちください殿下!」
おおっとこれは大きく出たわね。国外追放か……。まあ悪くは無いかしら。投獄処刑よりは幾分もマシだろう。
これは私にとっては都合がいい。貴族なんてめんどくさいと常々思っていたのだ。前世庶民の私にとってやれテーブルマナーだのやれ社交界などたまったものではないのだ。それなら平民として冒険者になった方がよっぽどいい。
国を出るのも別に構わないだろう。言語の壁はゼロではないが、隣国ハルデーアはほぼ同じ言葉で話すという。それに冒険者ギルドは世界共通、国単位としては動いていないから国をまたいだって大丈夫だ。
「カリウス、マリアンナを捉えよ!ひとまず牢に閉じ込めておけ!」
「はっ!」
いやそれは困る。だって、時間を与えたら私の父が動いてしまう。
私は騎士団長子息が伸ばしてきた腕をつかみ胸元を握りしめ背負い投げで一本をキメる。まさか令嬢に投げられるとは思っていなかっただろうが、反射的に受身はとれただろう。
私の父は貴族らしく娘は駒としか考えてない父親だが、おそらく私を見事に助けてしまうだろう。外聞が悪く、自分が困るから。あれは狡猾な男なのだ。
いや、狡猾だろうとなんだろうと相手のやり方が杜撰すぎるため凡人だろうとひっくり返してしまえる状況だ。もうちょっと頑張れよ。大丈夫かこの国。
「なっ……!」
「まあ、茶番はこれくらいでいいかしら」
手を叩きながら姿勢を戻す。いつの間にか、すっと近づいてきていたメイドから1枚の紙を受け取り殿下へと向き直る。
その紙を見せつけるようにして前に出した。
「殿下、これなーんだ!」
「な、これは……」
「そう、私とあなたの婚約の誓約書でーす!」
準備しておきました、こうなるかと思ったので。
色々書いてあり、もし約束が破られたらみたいなことが書かれているがこの際どうでもいい。金もいらない。
私はこれを破り捨てるため厳重に保管されていた場所からパク……持ってきたのだ。
「では、ここにマリアンナ・ノーラとアルデウセ・ヴェクデイア第1王子殿下の婚約を破棄いたします!」
言葉と同時にびりりと縦に破り捨てた。ずっとこれやりたくて昨日練習までしてしまったのだ。勿体ないので必要ない紙でだけれど。
ああ〜最高!身軽になった気分!
そのランラン気分のままエリシアに近づいて肩を叩く。周りの人間は間抜け面でこちらを見ているだけだった。
「これでライバルはいなくなったわよ!頑張ってね!」
「えっ……。は!?」
可愛い顔を白黒させてとても驚いているようだ。演技したかいがあったというものだ。
私はその場を離れて当たりを見渡し一様にこちらを凝視している人の群れの中から目を合わせないようにしようとあらぬ方向を見ている男を見つけた。
「マイク!見つけたわ!」
「人違いです」
「弟を間違えるわけないじゃない。舐めてるの?」
「舐めてないのでメンチ切らないでください……」
弟は片手で顔を覆い天井を仰いでいる。目の端にキラリと光る涙が見えた。よほど辛いことがあったのだろう、かわいそうに。
「じゃあお父様に当分帰らないって伝えてね。あと、隠し場所は考えた方がいい、とも」
「うわ、えげつない。なんで見つけちゃってるんですか?まあ伝えますけど」
嫌そうな顔で素直に弟は頷いた。それに笑って頷き返す。
隠し場所というのは裏帳簿のことだ。結構悪い父なのでそういったものが普通にある。金庫にいれておくものだと思うが、あの人は裏をかいて別の場所に保管しているのだ。
裏帳簿を知っているとほのめかすだけで充分脅しになるだろう。きっと追いかけてはこないはず。
弟の元から離れた足で私はカーテンが揺れるバルコニーへと向かう。クルクル回り鼻歌を歌いながら私はバルコニーの手すりへとジャンプで登り、指笛を吹いた。高い音が夜空に響き渡る。
「ま、まて、どこにいく!」
「どこって国外へ。安心しなさいな、ちゃんと出ていくわ!だって私は白金級だもの、国境なんてすぐよ!」
そう言いながら私は髪をまとめていたリボンを解く。視界の端に月に照らされた赤い影が映った。
その様子をみて私は解いたリボンにキスをして近くまで来ていた殿下へと投げつける。
「じゃあね王子様!あんた馬鹿だけど、なんだかんだ嫌いじゃなかったわよ!」
「マリアンナ!?」
ぽかんと呆けるその顔にウインクをとばして、私は手すりをけってバルコニーから宙へと飛び降りた。
会場から大きな悲鳴が聞こえる。慌てて覗き込んでくる殿下がちらりと見えた。
くるりと一回転して飛んできていた巨大な鳥の背中に着地する。
燃えるかのような赤い鳥ことフェニックスのフェニが呆れたような目でこちらを見る。大方人使い、もとい鳥使いが荒いと文句を言いたいのだろう。ちなみにフェニは私がつけた名前だ。安直とは言うな。
「フェニ、1回家に戻って着替えたいわ。ギルドタグと剣も持ってこないとだし」
「ピゥ」
ひと鳴きしてフェニが公爵邸へと向かう。
私は魔法は使えなかったが、剣の筋はよかった。元は魔法が使えないからと習っていたが、剣術の魅力にとりつかれ、顔を見られないようフードと仮面をつけこっそりと冒険者として活動していたのだ。
元々、自分の体を強化する魔法は使えたし、世の中にはちょっと値段は高いが魔法剣なるものもある。私の魔力をあり余らせる体質ととても相性がよく、6年も活動していたらあっという間にギルドでトップの白金級になっていた。
フェニとはギルドの依頼で採集に行った時に戦って仲良くなったのだ。羽を貰うためガチンコバトルをしたら不思議と心が通いあってた。まるで河川敷だった。元々似たもの同士だったみたいだけど。
「フェニ、これからいくらでも冒険できるわよ!」
「ピゥ!」
フェニが嬉しそうにひとつ鳴く。いつかは婚約者なんて投げ捨ててフェニと旅に出るつもりだったが、こんなに早く訪れるとは!王子たちの様子を最初に聞いた時は腹が立ったが、今思えばありがたいことこの上ない。さすが私の王子様。
希望に胸をふくらませる1人と1匹は、東の空へと飛びさっていったのだった。