ガマン比べ
夏。太陽が燦々と降り注ぐ夏。
普通はこの暑い夏を乗り切る為、冷たい麦茶を飲み、喉を潤す。もしくはエアコンを働かせ部屋の気温を下げたり何かと対策をするものだ。
だが、ある一軒家の一室に居た赤間・青木・黒田の高校二年生三人組は、非常に愚かしいことをして、夏を過ごそうとしていた。
窓を全て閉め切った部屋の中に、スイッチが押されたファンヒーターが熱を放っている。
三人の服装は、全く夏には不釣合いなもだ。
厚い生地の長袖に長ズボン、それにこれまた厚手の生地で作られたドテラの組み合わせだった。そして、その上に毛布を一枚羽織っている。
三人の脚の先は、電源がオンになったコタツが有った。
コタツの上には火が灯るガスコンロがあり、その上には唐辛子が大量に使用された火鍋が準備されていた。
豚肉に野菜等が使用されている。唐辛子でできた赤いスープの中に浸り、鍋の具は徐々に赤色へと染まり始めている。
赤いスープはマグマの様に、多くの気泡が、うまれは消え、うまれは消えを繰り返しながら沸騰していた。それぞれの小皿の上には鍋の具材が既に盛られている。
三人の額に汗の粒が多数浮かんでいた。
「赤間。お前限界だろ?」
額から首元へと伝うように垂れる幾つもの汗を拭いながら、青木は赤間を煽った。
「はあ? 俺の限界はまだまだだ!」
「じゃあ、それを証明しろよ。小皿に盛ってる鍋の具を完食しろよ」
黒田が赤間に悪魔の誘いを口にする。
「へ、平気だよ! やってやろうじゃん!」
小皿を手にする赤間だが、その状態を維持したまま二人に向け言葉を口にした。
「俺だけじゃなく、お前らも食えよ!」
赤間は、その言葉を皮切りに喚き始めた。
この暑さの中、赤間の喚きに精神を擦り減らしたくない二人は、しぶしぶ一緒のタイミングで鍋の具を食すことに同意した。
三人は鍋の具を箸で掴むと、口元位の高さまで持ってくる。
「せーの」
同じ掛け声を三人とも発し、一斉に口の中に箸で摘んだ具を運ぶ。舌の上に乗せた具は、唐辛子のスープに塗れ激しく味覚を刺激する。
「ぐおっ」
辛さに一番耐性の無い黒田は激しく悶絶する。他の二人にも耐性があるとは言っても、三人の中での話で、顔色を悪くするには十分と言ってもいい辛さだった。
赤間と青木は、ルールで唯一飲むことが許された温い水を喉に流し込んだ。
赤間の脳裏には、馬鹿らしいという言葉と共に、ここで他の二人を説得し、この無意味な時間を止めようという思いがよぎる。
「あのさ……」
言葉を口にしかけた赤間を遮るように青木が割ってはいる。
「このままだと面白くないから、お金かけようぜ! 勝利した奴に相手から五千円な!」
赤間はその言葉に絶句する。脳内では”お前はこの熱でどうかなったか!?”と言葉が渦巻いている。学生の身で、五千円という額の価値が小さいものではない。毎月与えられる小遣いの内、大半を失うことになるからだ。
「よかろう」
苦悶に塗れていた黒田が、妙な笑みを浮かべ同意した。赤間はもうカエサルの気分だ。もう、二人に従い同意する空気しかない。
「わかったよ」
赤間も仕方なく同意した。
それから数十分が経過する。
鍋に入っていた具も多くが、三人の口中に入り消費されていた。未だ部屋の室温が変わっている訳ではないが。
三人は仰向けでコタツに突っ込んでいる。
三人の体力消費は著しい。
「お前ら、ギブしろよ」
三人皆共通の想いを赤間が口にする。
「それを言いたいのはこっちだ」
「同じく」
他の二人も同じ考えであることを口にする。
熱気が部屋中を巡り続ける。
「何やってんのよ! アンタ達!」
その台詞と共に激しく引き戸が左に動いた。
「母ちゃん……」
気の抜けた表情で力なく呟く赤間。
そこに立っていたのは、鬼の形相でこの状況を睨み付ける赤間の母親だった。
熱気が充満する部屋に脚を踏み入れた赤間母は、暖房の電源を切り、ガスコンロを止め、コタツのコンセントを抜く。そして、自分の息子である赤間の頭を叩き、乾いた音をさせた。他の二人は黙って見ている。
この愚かなゲームの勝者は赤間母だ。
おわり