親友。ごめん、頑張って。
誤字のご指摘ありがとうございました!
豪華なシャンデリアの下、端正な顔立ちの男女が挨拶を交わしている。優しい笑みを浮かべ笑い合う2人は絵画に描かれてもおかしくないほどお似合いだった。
ブロンドの髪に青い瞳。凛々しい目元は端正な顔立ちを余計に凛々しく見せた。この国の第二王子ダリル・オルセンは絵本に書かれている王子様のように輝いている。
その隣にいるのは男爵令嬢キアラ・テイラー。異国の血が混じっているため髪は黒い。長いその髪は美しく、小動物のように愛らしいその顔に似合っていた。今まで異国で生活していたが、最近、テイラー家が養女として迎え入れたのだ。この国に来て間もない彼女が夜会に参加するのは今夜が初めてである。
そんな2人をエマ・メイラーは壁に隠れるように見ていた。
「あ~、も~、そこは、ぐっと手を握るところでしょう!!」
「…エマ、何ぶつぶつ言ってるの?」
そんなエマを私、マーメル・エリソンは見ていた。一応、公爵令嬢をやっている。次女だし、優秀な兄もいるから貴族の令嬢らしいことはしていないけどね。ま、唯一ある仕事と言えば、親友の恋の動向を見守ることくらいかしら。
私の言葉にエマは慌てて壁から離れ、苦笑いを浮かべた。
「というか、何やってるの?」
「えっと…応援?」
エマが見ていた方向に視線を向ける。ダリル王子とキアラ様がシャンデリアの下、笑い合っている。相思相愛であるかのような近さの2人に眉をひそめる。
「何やってるんだろう、ダリル王子」
「あ、やっぱり距離近いって思った?ダリル王子って、キアラ様が好きなのかな?ま、私なんて一応婚約者なだけだし。この際、キアラ様を婚約者にすればいいのに」
「…それ、本気で思ってる?」
「もちろん!だって、美男は美女といた方が絵になるもん。私みたいな平凡な女と並ぶよりいいでしょ?それに、イケメンと美女の組み合わせは正義だから!」
力強く言うエマに私は大きなため息をついた。
エマは私と同様に公爵家の令嬢だ。家の格は同じくらい。けれど違うのは、エマはダリル王子の婚約者であること。しかも、ダリル王子側の申し出で婚約者となった。
ちなみにダリル王子がどんな人か一応説明しておこう。絵本の王子様のような見た目麗しい外見からは想像つかないがこの国の暗部を担う人物である。もちろん公にはされていないが、一部の貴族の間では有名な話だ。容赦のない仕事ぶりに貴族からは怖がられている。
そんな王子が好きなもの。それは、エマである。仕事がらか、人を見るときの視線は鋭い。けれどエマを見るときだけはとても優しい目になるのだ。それだけわかりやすく好かれているにも関わらず、エマはそれに気づかないし、考えようともしない。だから、周りが肝を冷やすのだ。
確かに、エマの容姿はエマが言うようにお世辞にも「美女」と表現できるものではない。身長は高くもなく、低くもない。標準のスタイル。こげ茶色の髪は肩までで、顔の造りは地味。これといって目立つことのない平凡な容姿だった。けれど、よく笑う表情は可愛いし、身分関係なく、分け隔てなく優しくできるのはエマの最大の良さだ。
王子という身分に加え暗部を担っているダリル王子は昔から周りに一線を引かれていた。その扱いにも慣れていた。けれど慣れることと平気であることは違う。そんな中、ダリル王子の前にエマが現れたのだ。
「このクッキーおいしいですよ。王子もどうですか?」
あれは2年前。エマが15歳、ダリル王子が16歳の時だ。王家が開いた貴族同士の交流を深めるお茶会だった。公爵家の令嬢であるエマもダリル王子が暗部を担っていることを知っている。けれど、人の立場で態度を変えることがないのだ、私の親友は。
ニコリと笑い、クッキーが入っているお皿をダリル王子に差し出した。
「…ありがとう」
「どういたしまして」
「君は、僕が怖くないのかい?」
若干16歳で冷酷な判断をするダリル王子。そんな王子の質問にエマは少しだけ考え、ゆっくりと首を縦に振った。
「ええ。怖くないですよ。だって、私たちの国のために働いているだけですもの」
人好きのする顔で笑った。エマのその反応は、好きになるきっかけとしては十分だっただろう。
そこからダリル王子の目の色は確実に変わった。優しくなったと言ってもいいだろう。そして王子におびえていた周囲も少しずつ態度を変えていき、物事は好転していったのだ。
「王子」としてではなく「ダリル」としていられる場所をエマは与えた。無自覚だっただろうけれど。そこからのダリル王子の恋心は手に取るようにわかる。わからないはずがない。あんなに甘くて優しい声をかけるのはエマにだけなのだから。けれど容姿が人並みであるからエマは自分に自信がないため、私の言葉を受け入れてくれない。
「世の中容姿だけで決まるわけじゃないでしょ?エマと一緒にいると楽しいし、あなたは優しいわ」
「それはマーメルが親友だからそう言うのよ」
「…王子に同情するわ」
「え?」
「いいえ、こっちの話」
「ふ~ん。ま、何でもいいけど。…ねぇ、マーメル」
「何?」
「悪役令嬢っぽいことしてきた方がいいと思う?」
「はい?」
「ワインぶちまけてきて、『わたくしの婚約者に色目使って、この泥棒猫!』とか言ってきた方が盛り上がるかな?」
「…そう言えば、大衆恋愛小説が好きだったわね」
「バカにしてる?」
「ええ」
「も~、そんな正直に言わなくてもいいでしょ!でもさ、恋愛に障害はつきものって言うじゃない」
「…」
「王子の大切な人にそんなことしたらたぶん何かしらお咎めがあるわよね?…そうしたらマーメルのお屋敷で雇ってくれる?」
「そんなことになったらね」
「ありがとう!」
笑顔で抱き着くエマを受け止めた。きっとあきれ顔になっているでしょうけど、しょうがない。お咎め?あるわけないじゃない。
「ずいぶん、仲がいいんだね」
突然の声に顔を向ければ端正な顔。あ、私、終わったかもしれない。慌ててエマを引き剥がし、スカートを持ち上げて頭を下げた。
「ダリル王子」
「なんだい、エマ」
「よろしいのですか、こちらに来て」
「ああ。婚約者を一人にしてしまって申し訳ない」
「大丈夫です。それに、マーメルと一緒にいましたから」
ダリル王子の視線が私に刺さる。何こいつ、みたいな目で見ないでほしい。エマ以外への視線は鋭い。それはこの夜会に来ているもの皆が知っている。いや、あの男爵令嬢は知らないようだ。だからこそあんな距離で談笑できるのだ。テイラー家も教えておけよ、大事なことだろう。それともあの美女なら王子を落とせるとでも思ったのだろうか。
「エリソン家の次女マーメルです」
「小さいころから仲良しなんです」
「君がマーメルか。よくエマの話に出てくるよ。綺麗で優しいと言っていたが、エマが言うとおりだな」
いや、初めまして、的なこと言ってるけど、会うの3回目ですけどね。エマ以外興味がないのか、エマと仲がいい私が嫌いなのか。きっと両方だろうけど。
「お世辞がお上手ですわね」
「お世辞なんかじゃないよ。エマが美しいと思うものは美しいからね」
「…」
エマが「白」と言えば、黒いものも白になるのでしょうかね、それなら。ため息をつくのを必死で堪えた。視線だけそらしてエマを見ればどこかそわそわし、視線を動かしている。あ、止めて。これ以上、面倒事起こさないで。そう願うが、エマには届かない。
キアラ様の行方を捜し、心配しているのだということが容易にわかった。どうしてこんなに盲目的に愛されているのに気づかないのだろう。
「それよりエマ、もうすぐダンスが始まるけれど、ファーストダンスを踊ってくれるよね?」
「……私でいいんですか?」
「どういう意味だい?」
「キアラ様はよろしいのですか?」
「キアラ嬢?どうしてその名前が出てくるの?」
どこか期待をしているような声色。あ、やっぱりわざとですか。嫉妬させようと?でもそれ、エマに対しては結構リスキーな賭けだと思うんですが、と一人頭を抱えたくなった。だって、王子が求めている答えはたぶん出てこない。
「だって、先ほどまで2人で楽しそうにしていたので、その…あの…」
「僕の婚約者はエマだよ」
ダリル王子の手がエマに伸びる。こげ茶色の髪に触れ、耳にかけた。エマに向ける笑顔はとろけるほど甘い。
「私は、その…あの、気にしませんわ」
「…それはどういう意味かな」
周囲の温度が確実に2℃は下がった。慌ててエマを見るが、温度の変化には気づいていないようで、にこりと笑う。
「ダリル王子が好きな方とダンスを踊るのが一番だと思います」
今度は5℃下がったかな、と苦笑いを浮かべる。ダリル王子の完璧の笑顔がゆっくりはがれてく。
「ダリル様。ねぇ、私と踊って、くださいますよね?」
温度が着実に下がる中、どこからか現れたキアラ様がダリル王子に腕を絡め、甘えた声を出した。ちょ、護衛。仕事しろよ!
「エマと大事な話をしてるんだ、邪魔をしないでほしい。それと、僕に触らないでくれるかな」
絡められていた手を強引に振り払う。きっとそんな扱い受けたことのないキアラ様は唖然としていた。ダリル王子の視線で護衛が動き、キアラ様をどこかへ連れて行く。いや、その子も悪いけど調子に乗らせたのは王子でしょう?
「それで、エマ、さっきの言葉の真意を教えてくれるかな?」
極上の笑みを浮かべているけど、その笑みが怖い。怖すぎる。どうしてエマは気づかないのだろう。自分に向けられているわけではないのに、近すぎて耐えられそうにもない。ここで、「婚約破棄してくれて構いません」なんて言われた日には、この国滅びるかもしれない。
「エ、エマ。そんな強がり、言わなくてもいいのに」
慌ててそんな言葉を口にする。私の言葉にダリル王子が反応した。エマも反応したけれど、それは無視することにする。私は、自分の身が、かわいいのです。
「マーメル嬢、強がりとは?」
「ダリル王子、婚約者がいるのに、他のご令嬢とあまり仲良くするものではありませんわ。誤解されてしまいます。王子には他に好きな人がいるのではないかと」
「…エマが誤解を?」
ダリル王子の言葉に頷く。
「王子の幸せを一番に考え、『好きな人と踊るのが一番』だなんて言ったのですわ。王子の事を大切に思っている私の親友のことを、悲しませないでくださいませ」
「…マーメル?」
首を傾げるエマ。ごめん、ちょっと黙ってて。そんな思いを込めて、まっすぐに見つめる。そしてゆっくり首を振った。
「エマ、簡単に諦めてはだめだわ。こんな多くの人がいる会場で、すぐにダリル王子のことを見つけるくらい、ダリル王子のことを好きなのに」
「…私がダリル王子を?」
どこか疑うような視線。けれど私は大きく頷いた。
「ええ。ダリル王子と一緒にいるエマは幸せそうに笑っているわ。2人が想い合っているんだなって思ったの。私は、エマに幸せになってほしい」
「…」
「ダリル王子といるとドキドキするでしょう?」
私の言葉にエマは少しだけ考え頷く。…頷いてくれてよかった!だいぶ賭けだったけど、エマもそれなりに王子を好きだったってことがわかったから、罪悪感が少しだけ薄れる。
「そのドキドキは、エマがダリル王子の事を好きな証よ」
「…そうなんだ。…私、ダリル王子が好きだったんだ」
「エマ」
甘い声がその名前を呼んだ。ダリル王子とエマの視線が絡み合う。エマの頬が赤く染まり、この国に平和が訪れたことを悟る。
「エマ、僕も君が好きだよ」
「私、ずっと、自分の気持ちに気づいていなくて、…でも、私も、王子が好きです」
「僕は愛している」
そう言ってエマの肩に手を伸ばし、ダリル王子は包み込むようにエマを抱きしめた。エマもゆっくりダリル王子の背に手を伸ばす。
「エマ、幸せになってね」
「マーメル嬢、よい仕事だった。エマを幸せにすると約束しよう」
そう言いながらダリル王子はエマをさっと抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。
「お、王子?」
「なんだいエマ」
「どうして抱き上げるのですか?」
「ちょっと、用事があってね。…それでは僕たちは失礼するよ」
エマを抱えたまま、ダンスホールから出て行く。そして、きっと自分の部屋にでも行くのだろうその背を見送った。えっと…一応貴族なので、結婚までは白いままでいなくてはいけないんですよ~。なんて怖くて声に出せないから。
親友。ごめん、頑張って。
書こうと思っていたのと全然違う展開が訪れました。
けれど、楽しかったのでよしとします。
読んでいただき、ありがとうございました。こういう視点も書いてて面白かったです。
ただいま、シリアスを書いている反動からか、コメディっぽくなった。
エマは幸せだと信じてる!