崩れゆく日常
「こんにちは」
微笑みと共に鈴香の前に現れたのは、薄茶色の長い髪をなびかせた一人の少女だった。
「え……と……」
見慣れないワンピースタイプの制服は鈴香の着ているものとは異なり、着る人を選ぶようなデザインは、目の前の少女のためにあつらえられたかのようにとても似合っていた。
「貴方が“茉莉香”様? ――アイリーン様?」
「……貴方は、誰……?」
少女の言葉に驚いて後退った鈴香を見つめながら、少女はただ笑った。
「質問に質問を返すというのは、感心しません」
「え……あのっ」
「……ミオ」
パニックを起こしかけている鈴香を見つめていた少女は、長い沈黙の後にポツリとつぶやくように零した。
「ミオ……?」
告げられた言葉に、その名前に、鈴香は聞き覚えのない名前に、ただ首を傾げることしかできない。
鈴香はミオと名乗った見知らぬ少女を、ただ不安げに見つめていた。
「早乙女真愛です……わかりませんか? アイリーン様」
名前を告げるのと同時に、真愛は指先を鈴香の胸元―心臓の真上に向けた。
ツキン
心臓を刺されたかのような痛みに襲われた瞬間、鈴香の意識は闇に落ちた。
××××
倒れこんだ鈴香の体を支えた真愛は、鈴香を見つめたまま首を傾げた。
「この反応……」
妖水―鞠或から渡されていた符を無造作に放り投げた真愛は、符に視線を向けた。
「彼女を保健室へ」
言葉少なく告げた真愛の目の前には符ではなく、怖ろしいほど外見の整った中性的な“人”が存在していた。
中性的なこの存在は、式神と呼ばれる鞠或から借り受けたモノだった。
鞠或から借り受けた式神は、真愛の言葉に頷くと鈴香の体を抱き上げ、音もなく保健室に入っていった。
その光景を見ながら、真愛は無意識のうちに眉を寄せていた。
「アイリーン様より、マリーウェザー様に……アイリーン様ご自身では無いとでも言うの? ……でもマリーウェザー様は地上には……」
しばらく思考に沈み込んでいた真愛は、軽く頭を横に振った。
「とりあえず、一人で決め込んでいてはダメね……少なくても、彼女がアイリーン様―ひいては王国とは無関係ではないことは確かなのだし。必要なら、いずれ知れるときも来る」
ポツリと自分に言い聞かせるように呟いた真愛は、戻ってきていた式神を符に戻すと踵返した。
××××
地上においての「鍵」を握る少女は、未だ目覚めの時を迎えてはいない。