暗闇の迷走
『マリィがどんな想いでいるか、何にもわかってないくせに!』
告げられた言葉は重く、深く心を苛む。
それでも彼に出来ることなど何一つ無く、言い渡された役割は嫌でも境界線を引く。
―どんな想いをしているかくらい、感じている。誰よりも彼女を愛したのは、他でもない、俺なのだから……。
××××
窓の外―宵闇にその存在を主張する金色の満月をただ見つめている陸火に鞠或はどこか切なそうに声を掛けた。
「……煌」
鞠或の声は闇に溶け、心地よい響きで陸火―煌の耳に届いた。
「妖水……どうした?」
声を掛けられたことに驚きもせず、惹かれる様に見上げていた月からようやく視線をそらした煌は、妖水に視線を向けた。
「真愛から連絡が入ったわ……“彼女”が動くそうよ。あちら側も動くでしょう」
静かに―用件だけを簡潔に告げた妖水に、煌はどこか困惑したような表情を向けた。
言葉は無くただ無言でいる煌に、妖水は一つ溜息を吐くと頷いた。
「そう、見つかったそうよ―あの方が」
予測の範囲ではあった妖水の言葉に、煌は苦々しげに目を伏せた。
「直接の接触はまだしないつもり……だけど「式」を使って監視はしようと思っているわ」
妖水の言葉に相槌を打つと、煌は溜息を吐き出して再び視線を月に戻した。
「彼女は、覚えているだろうか?」
唐突とも思えるタイミングで告げられた、主語を抜かした言葉に、妖水は怪訝な表情を煌の背に向けた。
「……昔、言われたんだ」
「何を?」
あまりにも痛々しい煌の声音に、それまで発言を促そうとはしなかった妖水は思わず口を挟んだ。
「『マリィがどんな想いでいたか……マリィが今、どんな想いをしているのか、アンタ何もわかってない!』って……」
深く沈んだ声と、告げられたその内容に妖水は深く息を吐いた。
「『何もわかってない』か……」
どこか遠くに視線を向け呟いた妖水は、傷ついたような微笑を浮かべながら口を開いた。
「そうね……私たちは、何も理解してはいなかったもの」
××××
暗い、深い悲しみを背負うその言葉は後悔か、自嘲か。
痛みを内包しているからこその言葉に、煌は痛々しさを抱えた妖水を気遣うような表情を浮かべ、視線を向けた。
「大丈夫よ」
そんな煌に気づき微笑むと、妖水は顔を上げた。
「そろそろ行くわ……煌」
躊躇いながら呼ばれた名前に、煌は怪訝な表情を向けた。
「この胸に残る、想いだけは……」
静かに言葉を告げると、妖水は煌に背を向けた。
「転生してもなお燻り続ける想いだけは、何よりも真実よ?」
それだけ告げると妖水は、影の中に足を踏み出し、その場から消えた。
「……理解しているさ」
妖水の言葉に返された煌の言葉は、ただ、闇の中に落ちた。




