冒険者のちょっと日常
昼差し掛かるかどうかといった時間。いつものようにわいわいとにぎやかなギルドに似合わず真剣なまざしでクエスト用紙とにらみ合ってる男がいた。
「え〜っと、どれにしようかな…。」
響介はそんなことをぼやいてもう10分はこのクエスト板に張り付いている。と言っても自分ぐらいの素人にできる簡単で一日の出費よりプラスになる依頼などそうそうあるわけではない。要は見え張りってやつだ。
「はぁ、旅費を稼ぐのがこんなに難しいとは…。」
「よっす!今日もクエストに精が出ますなぁ新入り君よぉ」
「ヒュースさん。今日も一人なんですか?」
響介を見つけては何かと絡んでくる双子の赤髪の方だ。もう片割れとは別行動なのか一昨日あたりから毎日のようにこうして絡まれている。
「まあな、うちのリーダーが受けた依頼にちょっと問題が出ているらしい。ウーズはそれの手伝いに行ってるんだよ。言ってなかったっけ。」
「そうなんですか。大変そうですね。」
「ま、俺は今日も壁の修繕で楽に稼がせてもらうけどな!はっはっは!」
「くそう…左官の才能があればもっとパパっと稼いですぐにでも旅に出れるっているのに。」
このようにヒュースは土属性の扱いがうまいからと自慢をしているのだが、さすがに響介もこの態度に慣れてきたところだ。
「まあまあ。平和なうちにいろんな経験しておくのも重要だぜ?レベルが上がれば下級スペルも習得できて一石二鳥ってやつだろ」
「まあそれはそうですけど…。」
すると突然、
「ぎゃあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」
遠くの方から悲鳴が聞こえてきた。平和とはどこに行ったのか。それをみじんも感じさせない女性の悲鳴に驚きを隠せない響介。それに対してやらやれといった雰囲気のヒュース。
「またやってるのかあの二人は。」
「また?」
「ああいつものことだよ。何なら見に行ってみるか?」
そう言うヒュースに連れられ訓練場に向かうと歓声が聞こえてくる。にぎやかな声のする方に向かってみると、実践スペースにちょっとした人だかりが来ていた。近くによると歳は自分と同じぐらいだろうか、二人の女性が模擬戦をしていたようで、片方は大の字に突っ伏していてもう片方はそれを見てあきれているようだ。まあ見慣れた光景だけどなとヒュースは言った。
「ふぅ、まだやるの?もうこれで11戦やってるけど、一向に勝てる気配がないじゃない?」
ショート髪の子がそういうと、もう片方のポニーテールをした方が勢いよく飛び上がりながら答える。
「い、いや!今回こそコツをつかんだんで次こそは絶対いけますって!次こそは負けませんよ!」
「え〜…。コツって全部同じ負け方してるけど…。」
「あ、いや、それは〜…。で、でもレオナさんが弟子入りを許可してくれるまで私あきらめませんよ!!」
「クオン。あなた本当そういう根性だけはいっちょ前よね…。」
「さあ行きますよ!」
クオンと呼ばれた少女が構えるとあたりからガヤが飛び始めて再びが盛り上がりだした。
「あの二人って。師弟関係か何かなんですか?」
「まさか。クオンがレオナに絡んでるだけだよ。何でもレオナの大ファンらしい。同期だっていうのにね。まったく、二人がこのギルドに来てからずっとそうさ。」
「そうなんですか。」
「ん?あぁ〜。そういえば新入り君チームのこと全然知らないもんなぁ。ニヤニヤ」
「そりゃこっち来たばっかりですからね!」
「はは!じゃあ時間もあるし教えてやろう。」
むっとした表情の響介を見て笑いながらそう言ったヒュースは二人のことを教えてくれた。
「クオン・ヒツジダ。ジーベインのギルド出身でポニーテールと見事な金髪、というかもはや黄色だな。とにかく髪の色が特徴的な雷属性使い。背が低めなのが何というか小動物的な愛らしさがあるがああ見えても女子チーム”四色団娘”のリーダーなんだ。ちなみにチーム名の由来はほかのチームの髪の色がジーベイン名物の四色団子から来てるらしいが俺は見たことないからわからないな。」
ジーベインは世界地図のほぼ中心にある小さめな大陸だ。響介は、受付嬢の話から察するにこの世界における日本とかの東洋系文化が集合した場所だと認識しているが、ヒツジダという名前を聞き、羊から来ているのだろうかと考えつつもその思いをより強くする。
「まああいつはチーム含めて伸び盛りって感じだからそのうち有名になるかもな。で、もう一人の方なんだが、あいつは逆にすごい実力者だ。戦闘で苦しそうな顔をしてるのを一度も見たことがない。」
そう言いつつヒュースの顔が少し険しくなる。
「レオナ・コロナ。ショートヘアで獅子のような印象を受けるオレンジよりのブロンドがこれまた印象的だな。珍しい太陽属性の持ち主でトライティンクルという女子チームに所属している。」
聞いて驚くべきところはそのチームの成長ぶりだ。トライティンクルはまだ結成して一か月とたっていないのにギルドの総合チームランキングで4位の位置にいるのである。
「それにチーム三人で天の3属性全部揃ってるっていうんだからな。もはや生きる伝説だよ。」
「え?そんなにすごい人なのか…。」
「まあな。なんでも巷では三英傑なんて言われてもてはやされたりもするし。」
「そうなのか…。」
そんな人がそばにいれば同期だとしても弟子入りしたい気持ちもわかると響介は考える。彼自身も至宝を集めるためにも早いとこ強くなりたい、そしてそのコツがあるなら少しでも教えてほしいと思っている。
(しかしあれはさすがに迷惑なんじゃないか?)
一心に攻撃をするクオンとそれを軽くいなすレオナをぼんやりと見ながら彼がそう思っていると突然目の前がまばゆく輝いた。
「うわ!なんだ?!」
光が収まり目の前を見るとクオンが見事に吹っ飛ばされここに来た時と同じように大の字で倒れていた。今度は目が渦巻きになって完全に伸びている。
「う、うーん…」
「はい!今日はこれでおしまい!もう疲れた!」
わっと歓声が起こる。試合が決まる瞬間を見逃し何が起きたのか戸惑う響介にヒュースは少し呆れた顔をする。
「今の攻撃。『シャイニングブロー』というんだが、俺はあいつがあれ以外の技を見たことがない。」
「それってあの技一筋でやってるってことですか?」
「まさか。能ある鷹は爪を隠すって言うだろ?まだまだ本気じゃないってことさ。」
肩をすくめながら言うヒュース。あれほど豪快に吹っ飛ばしておいてまだ本気じゃないとは。そんな強い人間がこのギルドのしかもこんな近くににいるなんて思いもよらなかった。
圧倒的な実力をまざまざと見せつけられ衝撃を受けつつも、少しあこがれを抱く響介であった。
「……というか。もう昼過ぎてんじゃねぇか!これじゃあ俺程度の人間が受けられるクエストもうないよ!」
「はっはっはっは!何事も経験経験!たまには難易度高いのも受けてみな。じゃあ俺はお仕事行ってきまーす!」
「あっ、ちょっと!?くっそおおおおおおおおお!やられたあああああああああああ!!」
見事にはめられて頭を抱えながら響介の一日は始まるのだった。
昼時も過ぎギルドの喧騒もも少しおとなしくなった頃。大広間で一人どんよりとした雰囲気で机に顔を合わせている少女の姿があった。
「あーあ。いつになったらレオナさんに認めてもらえるのかなぁ。」
クオン・ヒツジダ。世界地図で言うところのちょうど真ん中に位置する大陸ジーベイン出身の冒険者だ。金髪というよりもはや黄色の髪のポニーテールがトレードマークである彼女の実家は知らない人はいないという有名茶屋で、彼女はそこの看板娘でもある。トライティンクルのレオナ・コロナにあこがれ冒険者となり、レオナとギルドで鉢合わせては弟子入りを志願する迷惑な追っかけである。
「やっぱり実力が足りないんだろうか。それとももっと別の要因が。ま、まさか女の子を性的な目で見ちゃうから弟子入りさせられないとか?!レオナさん!私の純潔ならいくらでも――」
「さすがにそれはないわよ。クオン。」
「あ!ミサねえ!」
ガタリと立ち上がり突拍子もないことを口走るクオンの暴走を止めたのは同じチームのミサキだ。
チーム”四色団娘”はジーベイン出身の四人で結成された女子のみのチームで、クオンがリーダーをしているが、実質的なリーダーの役割はミサキにある。というのもチームメンバーは全員ミサキの勧誘によって加入している。特にクオンはミサキが親への説得あってのチーム加入なのだ。それほどにジーベインでの彼女の知名度は高い。
そんな彼女であれば当然チームリーダーになるだろうと誰もが思っていたが、ミサキはクオンを推薦した。というのもリーダーはチーム全体の雰囲気を作るものだとミサキ自身は考えていたためだ。
当然最初はメンバーの反対が強く、実質的なリーダーの実務や責任等はミサキ自身が負うことでなんとか納得させていたが、今ではクオンをリーダーにしたの正解だったとメンバー誰もが思っている。この先見の明もミサキが有名たらしめる要因であることは言うまでもない。
「あなたまたレオナさんに弟子入り申し込んでぼっこぼこにされたんですってね。」
「ま、まあそれは…アハハ」
「はぁ…。あなたほんと一度そうするって決めたら聞かないからねぇ。会うたびにそんなんじゃ、レオナさんもさすがに迷惑でしょう?」
「え?そ、そうなのかな…」
「そうよ、ギルドでにいたらしつこくからまれるんじゃ彼女もここに来づらくなっちゃうわよ。ちゃんと相手のことも考えなさい。」
「そ、そっか。きっとそうだよね。よくよく考えたらもしかしたらそうかも」
「クオン。あなた本当にそう思ってるの?」
「うん多分!」
「はぁ…。」
クオンはいつもこの調子だ。一度決めたらなかなか考えを変えることはない。というよりそう思い込んでしまうっといった状態だ。普段はちょっとアホっぽさはあるものの素直で看板娘をやっていただけある可愛げのある子なのだが、こうなると周りの反対も聞かずに徹底してやりこんでしまうのが玉に瑕だ。良く言えば極端にポジティブなのだが、この性格のせいでよく迷惑をかけるのも事実である。
「それでさんざん欲しがってたサインはいい加減もらえたのかしら」
「あ!また忘れてた!」
「もう。ほんと一つのことに意識が持ってかれると他の事すぐ忘れちゃうんだから。いつも言ってるけど、そういうところ早く直さないとここぞって時にとんでもない目に合うわよ。」
「エヘヘ。ごめんごめん。次からはちゃんと気を付けるって。」
「それ毎回言ってるけど」
「あ、あははは…。と、とにかく!次会った時こそレオナさんにサインもらわないと!」
「私のサインがなんだって?」
後ろから声がかかる。噂をするとなんとやら、振り返った方にはレオナがいた。
「あ!レオナさん!」「あら、久しぶりね。」
「見慣れない顔がいるなと思ったらミサキだったか。随分と久しいな。最後にあったのいつだっけ?」
「もう二年以上前だったかしら。あの時は見逃してくれてありがとう。」
「あの時?あ〜その首飾りかぁ。あの時は私の欲しかったものじゃなかったしなぁ」
「あれ?もしかして二人って知り合いなの?」
以前いつも肌身離さずつけていると言っていた首飾りをちらりとみせたミサキとそれに反応するレオナ。その随分と親しげに話している二人の様子に頭をかしげ訪ねるクオン。というのも実務の忙しさかそれとも別の理由かはわからないがミサキはギルドにほとんど顔を出すことはない。そのためクエストなどはクオンや他のメンバーが彼女の分も取ってきて行うことがほとんどで、レオナとミサキが会うのは少なくともチームを結成して初めてのはずだった。
「あら?言ってなかったかしら。私と彼女はこう見えて結構長い付き合いよ。」
「え?そうなの?」
「えぇ、ディープダークの同期ですからね。」
ディープダーク。この世界とは違う場所にあると言われている謎の世界だ。噂では星の墓場であったり、希望が絶望に変わる場所であったりとなんとも的を得ない表現の話ばかりが飛び交ってその実態がつかめないのが事実だ。ただはっきりとしていることは、ディープダーク出身の冒険者は実力者ぞろいであること、ギルドカードのステータスがレベルの平均値と大きくかけ離れていること、この世界ではなかなかお目にかかれない種類のマジックアイテムを所有していることの三つだ。
こういった理由からディープダーク出身の冒険者は即戦力となるのでチームメンバーの勧誘を非常に受けやすい。なので勧誘の波を避けるため自身がディープダーク出身であることを隠す者がほとんどだ。しかし謎多きその世界は箔をつける肩書としても使われる。現にこの場にいる二人はディープダーク出身であることを公言していて、そのこともあり周囲からは一線を画す存在として認識されているのは間違いないだろう。
「なんだ。ミサキも隠してないのか。」
「ええ。別に隠すほどのことでもないですし。」
「で。ふたりはどういう関係なんですか?私気になる」
「うーん…。そんな語るほどの関係じゃないけどな」
「まあ結構な割合で鉢合わせてたってだけで別にそれほど密な関係をもってたわけじゃないわね。あ、でもオフシーズンの時に一緒に暮らしてた時期もあったかしら。」
「ああそんなこともあったな」
「ええ?!ミサねえそれはずるい!私も同居したい!」
「同居って言っても同じ部屋を使ってたってだけよ。活動時間が結構ずれててほとんど口を利かなかったし。」
「そうそう。フフッ、それにこいつ寝言がひどくて一緒に寝れないしな」
「あ!わかります!ミサねえって昔から寝言いう癖あったんだ〜」
「…………。」
「ヒッ…」
「ミサキ…?目が、怖いよ…?」
「そ、それにしてもディープダークの話が聞けるなんてちょっと新鮮です!オフシーズンとかあるんですね?ちょっと意外かも」
「…。ええ、活動期間がタームごとに分けられてるのよ。開催時期は同じだけどタームの長さは毎回違うから時々開催期間が長く空くことがあるのよ。それを私たちはオフシーズンって呼んでるのよ。」
「へ〜そうなんだー。なんかスポーツみたい。」
「それに――」
「ミ・サ・キ。そうやって情報をポンポン出すとあんまいいことないぞ。」
「あっ、えぇ、そうね。私ったら、ごめんなさいね。」
「その調子が出ると何でも言っちゃう癖も相変わらずだなぁ。お前全く成長してないんじゃないか?」
「あら失礼ね。こう見えてもあの時から内外ともに随分成長したのよ?」
「ふ〜ん?そうは見えないけどねぇ。少なくとも外身は。」
「あなたの一言多いところも相変わらずね。」「そりゃどうも」
「「……。」」
「む〜二人だけの話で盛り上がってると私ちょっと嫉妬しちゃいます。」
「え?盛り上がってる…?」「アハハッ、悪かったよ。サイン書いてやるから許してくれ。」
「え?やった!全然許しちゃう!」
「はぁ…。現金な子ね」
「それはそうと……。」
「「?」」
「あそこで突っ伏してるやつは誰なんだ?もしかして死んでる?」
「さあ?生きてるとは思いますけど見たことないですね…。」
「あの人多分噂の新人さんですよ。なんでも星持ちなんだとか。」
「星?ステラと同じか。……。」
「そんなに見つめてどうかしたの?」
「いや、星と聞いてちょっと興味がわいた。ちょっくら話しかけてみるか。あいつら今日も来ないみたいだから暇だし。」
「同じチームの人ですよね。そういえばチームの二人とはどういう関係なんですか?」
「さらさら〜っと。うん?それを、語るには、お前はまだ半人前なのだ!」
ウインクをしながらそう言ったレオナはクオンにサインを渡して、気になる少年に話しかけるべくその場を後にした。
追記:ミサキはやや青みがかった白の切りそろえられたロングヘアー(肘くらいまで)です。