プロローグ
小鳥のさえずりのような音が聞こえてくる。
いったいどれぐらい時間がたったのだろうか……。いや、というよりもあの真っ暗な空間から落とされてから気を失っていたのだろうから相当時間がたっているのかもしれない。
からだの左側から何かしらの感触━━草地の感覚がする。俺は地面に横たわっているのか。
ぐっと体を起こし目を開ける。すると先ほどとは違い目の前には森が、というよりも周囲一帯が木々におおわれている。どうやら森のなかにいるようだ。上を見上げると光があるのがわかるのでどうやら夜が明けてすぐといったところか。
「これって本当に異世界に来たのか?」
というかここが本当に異世界だとして明け方のまだくらい森の中ってもしかして危険なのでは?凶暴な野獣がいきなり出てきてそのままご臨終なんて……。とにかく早くこの場から離れるべきだろう。
漫画とかアニメとかで培った(と思いたい)知識を遺憾なく発揮してそそくさとこの場から離れることにした。
「町に近い森の出口はどの辺なんだ…。」
ぼそりと呟きながら森の中をうろうろする。地図もなければなにも持っていない状態で見知らぬ地をさまようのはかなり不味いだろう。あのエルフのような姿の悪どい女はスマホとオーパーツ?とか言うアイテムを渡してくれると言う話だったがポケットにはな周囲を見渡してもどこにも落ちてなかった。完全にあれは売り文句だったわけか。一文無しでこんなところに飛ばされるとはまんまとはめられた。悔しすぎるわくそう。
出口が見つかる気配がまるでないので、立ち止まる。漫画とかだったらここで森の声を聞いてみちゃったりして……。
木々のそよぐ音が聞こえてくる。当然声のようなものは聞こえないが、
「うーん、こっち?かな?」
なんとなくこちらだと呼ばれている気がしたのでその方角へ向かってみる。てか気が気じゃないな俺。普通に考えて漫画アニメの話を鵜呑みにしてるのはどうかしている。っていっても今頼れるのはその空想の世界での話だけだ。普通あり得ないからなぁこんなこと。
最初のうちはぼそぼそと口ずさんではちょっと楽しんでいる体でいたが、やはり森の中はなにもない。動くものにすら出くわさない。…出くわしたら不味いんですけどね。と思ったときだった。
目の前に光が指している。…これってもしかして出口なのでは?まさかなんとなくで決めた方向に本当に出口があるとは。森の声さまさまだなおい!
俺は思わず走り出す。目の前が明るいってだけでこんなにも嬉しいとは思いもよらなかった。俺は一心不乱で走り、森を抜けた。
「こ……、これは……!」
森を抜けた先には想像を容易く越える素晴らしい光景が広がっていた。この森は小高い丘の上にあったようで周囲の様子がよく見える。辺り一面の大草原。そこをかける何らかの生き物の群。なにも遮るものがない大空。こんな景色はネットですら一度も見たことがない。それが目の前に実際に広がっている。
「ホントに……、本当に来たのか。」
本当に異世界に来た。気圧されるほどあまりにに雄大な景色に俺はしばらくそのば立ち尽くすのだった。
異世界に来た実感を十分に味わったあと周囲を散策していると、ある程度舗装された道、といっても当然アスファルトなどで補強されているわけでなく草がきれいに取り除かれ人や馬車が進みやすくなっている程度での道があったのでどうやら町の近くに出たようだった。よく見ると道の先に町のような影が見える。これで餓死するってことは無さそうだ。…多分。
とにかく町につかなければなにも始まらないのでこのまま道のりに進むことにした。
広大な大草原の中にポツンと表れる巨大な壁。スタティエンタはかつてあったとされる戦争の際に今は亡き大国が重要拠点として作り上げた要塞都市の名残をそのままモンスターから人々を守る壁として使い栄えた町である。
周囲の大草原にはこの町以外の都市は存在しないため、旅人などは個人ではなく複数の旅団で来ることが多い。そのため宿泊施設が多く、また長旅で消費する食料やそのほかの消耗品が多く流通しているので日々多くの人々で賑わっている。…とこの町の門番に聞いた。
「まさか町に入るのに金をとられるとはなぁ」
通行料が必要というのは今の自分にとってはこの町の壁よりも高い障害だ。めちゃくちゃいかつい門番3人に囲まれ、事情を話しても点で聞いてくれなかったときはもう人生終わったと思ったが、ジャパニーズドゲザで懇願したところ何とか町に入れてもらうことができた。
というよりこの町のことも教えてくれたし、詰所で水ももらって丁寧に扱ってくれたからもしかして優しい人たちだったのかな。土下座したときに一層険しくなった顔を思いだし、俺はもしかして困り顔だったのかなどと思いつつ、とりあえず行くことを勧められた冒険者ギルドを目指す。
「てか冒険者ギルドってマジで異世界じゃん。これはワクワクしないわけにはいかないよな!」
異世界でしか聞けないような単語をきいてわくわくする気分を抑えられない。少し浮足立っているかもしれない。やっぱり吹っ切れててこの世界に飛んできた以上は最大限楽しんでやらないとな。あ、ちょっと顔がにやついてるかも。なんて思っていると町の中心まで来た。
この町は何といっても周囲を覆うような重厚な壁が特徴的だが、中央にある大きな噴水の広場もまさに異世界の町って感じがする。そしてここから放射状に大通り伸び、さらに蜘蛛の巣上に路地が伸びて区画分けがされているといったところだろうか。
「それにしても……。」
人がいない。門番は人がたくさんいるって言っていたのにまだ誰ともすれ違っていない。さすがに早朝に町の人が表に出るってことはないのか。そう思っていると、
「そこのお兄さん!」
どこからか人を呼ぶ声が、この町の中に入ってようやく人に会えるのか。誰かを呼んでいるようだけどもしかして俺?朝早くからキャッチ?こんな異世界で?いやいやこの町にきて間もない俺を呼ぶなんてそんな――
「そこの顔が整ってるけどそこまでイケメンじゃない一文無しでドゲザのお兄さん」
「完全に俺じゃねぇか!」
的確な指摘に思わず声を荒げて振り向く。それにしても聞き覚えのある声だ。どこで聞いたのだろうか。
「やあやあやあ久方ぶりだねぇ響介クン」
「あ!悪女エルフ!」
「誰が悪女じゃい!美少女広報リンカさんとおよびなさい。」
振り向いた先にいたのはリンカだった。俺をこの世界に飛ばした張本人。ていうか自分のこと美少女っていうのかよ。まあ実際そうだから認めざるを得ないけど。
俺のことを呼んだエルフ耳の少女は前に会った時とは違い大人しめな印象を感じさせた。というのも前は余所行きにでも着ていきそうなドレス姿をしていて神々しささえ感じるほどの美女といった感じだったが、今はザ・エルフ。茶色のマントを羽織っていていかにも森で遭遇しそうな格好といった感じだ。これが彼女のいつもの姿なのだろうか。
「そんな舐めまわすように見て、もしかして私のこと好きなの?」
「そんなんじゃないけど、こないだと服装が違うなって思って」
「お、そういう違いに気づくなんてあなたできる男になるわよ~」
「ハイハイ茶化すな。それで?何か用事があって俺に呼び掛けてきたんじゃなんですか?美少女広報リンカさん。」
もうこいつにはいい印象がない。早いとこ要件を済ませてこの場からとんずらしたいものだ。
「ああそうだった。これ、忘れものよ。」
そういうと俺のスマホと例の無限バッテリーとやらを渡してきた。
「落とし物やっぱりここに来た時に落としてたのかありが――」
「あなたを飛ばすときに渡すの忘れてたのよねーごめんごめん」
「こいつ……!俺の素直な気持ちを返しやがれ…。」
「いやホントに悪かったって!あとこれも渡しておかないといけなかったのよね」
そういうとなにやら古臭い紙きれを渡してきた。紙には緑色のマークが大きく描かれている。
「これは?」
「これはずばり“ワールドジャンプの証”よ!これがあればギルドである程度の優遇をしてもらえるし、大都市とか国とかに入るときの通行量も免除!しかもあなただけの特別カラー、グリーンです!」
「ワールドジャンプの証ねぇ。それに特別カラーって、あれ?てことはこれがあれば俺は土下座どころか怖い思いをしなくて済んだのでは?」
「アハハ、まさかあんなことをするとは思わなかったよ!」
「見てたのかよ!だったら渡せよこれ!」
「いやいや悪かったって!ウフッ、ちょっと思い出させないでほしかった。」
「こいつホント人の不幸を笑ってきやがって……。許せん」
「まあまあでもよかったじゃない?ちゃんと町までつけてさ。たいていの人はまず一日もたたずにこんないいい町つけないからね。」
「そうなのか…。というか、この証と言いこの世界に飛ばされてるのってもしかして俺だけじゃない?」
「ん?そうだけど」
「なんで言わなかったんだよそういう大切なことをさぁ」
「まあそりゃあ聞かれなかったからな!聞かれないことまで説明する義理ないし。」
クソ。どこまで理不尽なやつなんだこいつは。でも思い返してみれば俺以外にもあの空間に連れてきたと思しきことを言ってたような気もするしこれは俺も悪いのか。さすがに先入観で物ごとを考えすぎか。
「まあ渡すもん渡したしこれで本当にお別れだね」
「え?」
「私忙しいし。私にしては珍しいよ?こうやってちゃんと忘れ物を届けてあげてるっているのも」
「どんだけ迷惑なやつなんだあんたは」
「まあその証もそうだけど、私にとって結構注目株だからね。あなた。」
「そうなのか?」
「そ。だからせいぜいあらがってみなさい。あなたの死の運命にね。それじゃ私はこの辺で~」
そういうなりぴゅーっとでも言いそうな勢いで走り去っていった。いやはやいな!もう見えなくなった。あの雰囲気はどこか早苗に似ているな。かなりのド外道だがちょっと憎めない感じする。あんなに乱雑に扱われてこう思うなんてもしかしてマゾ?いやいやそんなわけないよな。異世界のノリがすごすぎて気が動転しているだけだそうだそうにちがいない。
自分にあるかもしれない特殊性癖を頑なに否定してギルドに向かうことにした。
冒険者ギルドはこの町の東側に向かう大通りに存在する飲食街にあるひときわ目立つ建物で、他の建物がほぼ石材でのみ作られているのに対し、木造の枠組みで漆喰よりもコンクリートに近いようなもので壁が作られてる。こいつは相当儲かっているのではないだろうか。なんて邪推してみる。
中に入るとすぐに大きな吹き抜けがありとても開放感のある作りとなっていて入口のすぐ右側に階段が設けられている。一階部分は左に伸びた大広間となっていて、長い木の机がいくつも並べられここで冒険者が次の旅先はどこにするかなどと作戦会議をするのだろう。階段のすぐ右の方には壁のボードには依頼が描かれた紙が貼られている。ここで自分の実力に合った依頼を取り、すぐ隣の受付に申請するといったとことか。そして笑顔の受付嬢と目があう。少し驚いてふっと目をそらすと、右側の壁には何やら大きな扉。この先には何があるのかわからないが、その扉のすぐそばに「更新室」と書かれた立札がある。…というより文字が読めている?見たこともない形をしているのに意味が理解できるとは驚きだ。これも異世界にはよくあることなのか?とにかく目が合ってしまったので受付嬢のところに向かった。
「こんにちは。こちらのギルドは初めてですか?」
「はい。というかギルド自体が初めてで」
「でしたらギルドカードの申請をご希望でしょうか?」
「ギルドカード?」
「はい。ギルドカードというのはお客様の身体能力や特殊な能力、属性傾向などを可視化することのできる会員証のことです。」
「特殊能力?属性傾向?」
もう何が何だかさっぱりわからないので、この世界のことからすべてを教えてもらうことにした。受付嬢もさすがにいやそうな顔をしていたが、ワールドジャンプの証を見せると納得したらしく大きく4つに分けて丁寧に話してくれた。
簡単にまとめるとこうだ。まず一つ、この世界に属性概念というものが存在している。光、闇の上位属性、光属性に準ずる火、木、雷と闇属性に準ずる水、土、風の下位6属性。そしてそれらの上位属性のさらに上に星、月、太陽の三つの属性が存在している。この11の属性によってすべてのものが成り立っているというのがこの世界の理である。
二つ目、巨大な世界地図を見せて説明をしてくれた。この世界には大きく分けて5つの大陸があるようだ。ユードランド。世界地図の北東部にある世界最大の大陸であり、今俺がいるスタティエンタもこのたいりくにある。大陸の中央部にある巨大な大森林と北部一帯に広がる山脈が大きな特徴だ。オストディオ。地図の南部から南東部に広がる二番目に大きな大陸。大陸の西部にある世界で最も高い山と、ひときわ科学が発展した国があるらしい。ジーベイン。世界の中央部にある最も小さな大陸。話の雰囲気から日本や中国を合わせたような感じで、大陸の西部にある超巨大海溝の攻略拠点であるらしい。アクアタリア。地図の北西部にある鉱山資源が豊富な大陸。中央部に水が生活に密着した国がある。ミーフォート。全くの無人大陸。巨大な火山からできたカルデラ湖が存在している。
スタティエンタはユードランドの東側にあり、大陸の北東部にある大都市から南東部の港町に向かうための中継地点となって、大陸南側に隣接しているオストディオに向かうために多くの冒険者がこの町のギルドを訪れている。なのでほとんどの店が冒険者の多くが訪れる時間帯に開き、夜遅くまでが閉まることがない。そのため早朝には人がほとんど出歩かないのである。
三つ目は冒険者ギルドについてだ。冒険者支援協会、通称冒険者ギルド又はギルドはこの世界の各地に支部が存在しており、遺跡や未探索の地帯を解明する調査隊としての役割と、各町やその周辺に起きた問題を解決する警察の役割を持っている一大組織である。要は夢やロマンを追い求める人々情報共有の場であると同時に町のトラブルを解決するよろず屋として冒険者を雇い働いてお金を稼いでもらうといったところだろう。
最後はギルドカードシステム。これは会員登録した人間を特殊な機械に通すことでその人の持つ身体能力、特殊能力、そして扱うことのできる属性をステータスとして可視化してカード状の端末に記録してくれるといったもので、登録した段階で、レベル1を認定され、そのカードを所持した状態で戦闘や依頼をこなして経験を得るとレベルアップしボーナスポイントがもらえるというまさにゲームそのもののシステムだ。ちなみにレベルアップでステータスが上昇するわけではないとのこと。
このギルドカードシステムが特に驚きだ。この町に来たときは中世レベルの技術力しかないものだとばかり思っていたが、ゲームをそのまま再現させるようなハイテクマシンがギルド各地に配備されているとなると、やはり生身の人間ではかなわないモンスターや、属性の概念というものは元いた世界とか全く別の発展を遂げさせる要因となっているのだろう。
これは面白い。こういうのやっぱりあこがれるし、ステータスとして自分の持ってる力が判れば思わぬ才能の発見にもなるしまさに異世界だし。もともと5つの至宝を集めるのが目的だったから会員登録をしない手がない。
無事に会員登録を済ませると「更新室」と書かれた部屋に案内された。なるほどこの部屋でギルドカードを作成するのか。ちなみに普通であれば入会料がとられるのだがワールドジャンプの証を持っていたので免除された。それだけでなく冒険者の初期費用としてある程度の資金が渡されるそうだ。いきなり役に立ってるじゃないかこれ。
部屋に入るとスピーカーのようなものから声が聞こえてきた。
「ではその円上の台に乗ってお待ちください。一時間ほど時間がかかりますので楽な姿勢でお願いします。」
「え!ここで1時間も座りっぱなしなの!?」
「はい、では始めさせていただきます。」
嘘だろ…機械以外何もない部屋で一時間も何もできないとか…。あ、そういえばスマホがあった。渡されてから今の今まですっかり忘れていたが、初めてづくして完全に混乱している自分には気持ちや情報を整理するのにちょうどいい。この時間を利用して俺はこの世界のことをスマホにメモしておくことにした。ちなみに電波は通じていなかったので案の定備え付けの機能しか使えそうになかった。残念。
一時間がたち、部屋から出るように指示を受け外に出ると。先ほどの閑散としたギルドとは違い、冒険者で賑わっていた。一時間でこんなにも人が増えるのか。
人ごみをよけ受付嬢のもとへ向かう。
「おつかれさまでした。無事ギルドカードの発行が終わりましたので、こちらのポーチを進呈いたします。」
「それでは…。ようこそ冒険者ギルドへ!」
そういうと大きめのハンドベルを鳴らして祝福をした。
一斉にこちらを見る冒険者たち。え?なにこのサプライズ聞いてないんだが。周りの視線が一気に自分に集まり赤面する。拍手をして祝ってくれる人や指笛を吹く人赤い顔を見て俺も最初はあんな感じだったと話す人など様々だ。これっていつもやってることなのか。そうならそうと説明してもらいたかった。マジで恥ずかしいじゃないか。
とにかくようやくこの世界での冒険が始まるのだ。恥ずかしさもさることながらこれから起こるであろう道の体験に胸を躍らせるのであった。