ありきたりかもしれない日常
前回同様の導入部です。
妹と家に帰りすぐシャワーを浴びた後父親の書斎で日曜日の手伝いの話をした。内容は隣町近くにある古民家を取り壊すことになったので中にあるものをすべて運び出すといったものだ。しかもかなり量が多いらしい。その運び出しが終わったら実質バイト代としてゲームを買うのに足りない分をその場で渡してくれるそうだ。
「そういえば隣町ってもう何年も行ってないな」
「僕記憶の限りじゃ仙内に行ったのは加奈の七五三が最後じゃなかったかな」
「てことはもう7年も行ってないのか」
父と話してふと思ったが隣町の情報がここ最近、いやもしかしたら何年も耳に届いていない気がする。
「仙内もそうだけど隣町のこと全然知らないな」
「まあ行く機会がまったくないからなぁ」
行く機会がないというのも今住んでいるこの町は周りの町に比べるとかなり栄ていて中心部にある駅の周辺は都会といっても差し支えないほどだ。
仙内はこの町の東にあって妹の七五三の時に大きな神社に行った記憶があるだけだ。
「そういえばなんでこの町にも結構大きな神社があるのになんでわざわざ隣町までいったんだ?」
「ああそれはね、この町にある一番大きな神社。あれは僕のおじいさんの一番上の兄弟の家系がやってるんだよ。でそこの人たちと面識があってね、ちょっと恥ずかしくて行き辛かったんだよね。ははは…」
「え?それだけでわざわざあんな遠くまで?!」
「そう、僕の都合でみんなには悪いことしちゃったね……。そういえば加奈がふくれっつらになってる写真、まだ母さんが持ってるんじゃないかな」
俺もその時は長距離移動の疲れが出てたことぐらいしか覚えていなかった。だからかもしれないがその写真のことが妙に気になった。
「じゃあ後で母さんに頼んで見せてもらおうかな。」
夕食を済ませたあと母に写真の話をすると寝室にアルバムがあるというので入る許可をもらってアルバムを見ることにした。母のクローゼットの奥にある妹の成長日記と一緒に保管してあるというのでそれが入ってる箱を引っ張り出すと少し部屋が埃っぽくなってしまった気がした。そういや母さんこんなもんつけてたなとかなんで俺の日記はないのか、などと思いつつ懐かしさでつい読みふけってしまっていたが、妙な感覚を覚えた。
(なんで隣町に行った時のことが書かれてないんだ?)
日記とあるからには当然毎日のようにつけられているのだが、時々全く空白のページがある。しかもたいていは週末だ。そしてその週初めには必ず隣町に遊びに行くなどの予定が書かれている。何かがおかしい。
この猛烈な違和感は同時に嫌な予感を感じさせた。俺は焦る気持ちをどうにか抑えながら7歳の日記を開いた。このころになると日記つけるのに疲れてきたのか日にちが飛び飛びになっている。そして、
「ない!!」
どこにもない。七五三の時の写真も日記もどんなに探してもない。これだけ日記をつけているのに大切な日のことをつづらないなんてことがあるのだろうか。俺の嫌な予感が的中してしまった。隣町のことを書かれた内容が丸々消えてしまっているのだ。
「こんなこと……ありえるのか……?」
ぽつりとつぶやいた言葉が馬鹿らしくかんじる。こんなこと絶対におかしい。すぐに両親に報告しないと思ったが、
(いや待て、このままこの話をしたら日曜の手伝いががなくなるかもしれない……)
父は家族との思い出をとても大切にしている。そんな父にこの話をすれば大事になるのは間違いない。いや、すでに大事になっているのはそうなんだけれども。
とにかくこのことを知れば父は仕事どころじゃなくなるしそうなると俺は“SEVEN WORLDS”が買えなくなってしまう。それはそれでまずい。こんなに楽しみにして計画も立ててコツコツやってきたのがここで水の泡になるのは本当に困る。これは黙っておいたがいい。そう、これは我が家の隣町に関する日記がなくなっているに過ぎない。そうだよ、手伝って、お金をもらって、それからでもいいじゃないか。うんいいとも。
妙な違和感をぬぐえないが自分の邪な気持ちが勝り、このことは週が明けるまでは誰にも話さないことを固く決心した。
目覚ましのアラームが鳴る。いつもならもうぱっぱと起きてしまえるのだが正直昨日のことが気になりすぎて全く寝つけなかった。とういかぱっと起きてしまわないと“あいつ”が来る。今日は“あいつ”が起こしに来る日だ。どうにか無理やり起きようと思っているが全然寝ていないせいで睡魔の猛襲に耐えられない。再びうとうとして眠りかけていたその時、
「おっはよー!!!」
とんでもなくデカイ声とともに少女が扉を開け放ってきた。来てしまった…。あぁ、でも眠い。
「きょうちゃん起きて!朝だよ!きょうちゃん!!」「あぁ…」
「珍しく寝てるなんてきょうちゃんらしくない!やっぱりここは幼馴染としてちゃんと起こしてあげないとね!」「うーん…」
「きょうちゃん起きてー!今日は私がお味噌汁作ったんだからね!今日こそ絶対おいしいから一緒にご飯食べて学校行こうよ!ね!だから早く起き――」
「うるせぇ!!」
彼女の声に負けないぐらいの声とともに飛び起きる。
「いつも言ってるけど!思春期の男子の部屋に家族以外の女子はダメだって!いろいろ見えちゃうから!朝特有の奴とか!たのむよぉ起こしに来るのだけはやめてくれってさぁ!」
「きょうちゃん目の下にクマできてるよ?なんか嫌なことでもあったの?」
「この人また話聞いてないよまったく……」
「きょうちゃんの言いたいことは分かったから、早く着替えて朝ごはん食べよ?リビングでおばさんと待ってるからね!」
「はいはい」
彼女、空良早苗は俺の幼馴染で、なおかつ容姿端麗で、家が真隣で、自室の窓が向かい合ってるとかいう古今東西探しても空想の世界にしかないような御仁だ。今は剣道部に所属していて朝練がないときは毎回こうしてビビるぐらいの大声で起こしに来る厄介者だ。うらやましい?正直きついっす。
そんなわけでこの巨大めざまし時計が鳴るまでに何としても起きないといけないのである。まあ今回は失敗したけど。
「相変わらずですねお兄様。」
ぼさぼさになった髪のままうんざりしていると制服に着替えた妹が話しかけてきた。
「なんだよお兄様ってまたなんか影響受けたのか?」
「お兄様はうらやましい限りです。あんな美少女の幼馴染に朝起こしてもらえて。あー私もイケメン男子の幼馴染欲しかったなーケッ」
「え?妹様ぁーー?!!」
あなた散々見てきてて今日になってそれ言うの?と皮肉を言って走り去った妹に愕然としながら俺は朝を迎えた。